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-6.〔回収:ネットスーパー〕③

 

  …


 城壁に囲まれた都市から抜け出すため、亘平は良平の背中を追いながら石造りの地下通路を急ぎ進んでいた。

 しんとした暗がりの中で、湿り気を帯びたニオイが漂う。

 二人が刻む靴底の音が細く狭い空間に反響し。

 頭上からは、はるか地上で繰り広げられている気配が不穏な振動となって砂粒を落とす。

 されども亘平はそれらの事柄よりも、気になっている――。

 先導する良平が、今もその手の平の上で保持している魔法の光、――ライトを。


「……この地下通路を無事に抜けることができれば、城壁の外には出られます」


 やや引きつった声でそう語る良平、に対し、亘平は気負いのない平坦な口調で短く応じる。


「わかりました」


 良平の手にある灯りが、黒ずんだ壁面と石畳を照らす。

 しばらくそんな状況の中を二人は奥へと、一本道を――ひたすら進んでいった。

 が。

 足音の途切れない地下の道で、前方を行く良平が、手元の明かりを微かに揺らしながらおずおずと口を開く。


「……外に出たあとは、どうする予定ですか……?」

「詳しいことは分かりませんが。安全を確保できる場所でなら、良平さんをもとの世界へ還すことができる、そうです」


 良平は歩みを止めることなく、戸惑いの混じった声で――。


「――そう、というのは……?」


 気になる灯りを見つめたまま、亘平は補足する。


「ボクは魔法というのを使えませんので」


 その返答に、良平は小さく息を詰める。

 良平は、亘平が口にした言葉の裏にある状況を、なんとなくだが察して口元を結ぶ。

 まもなく二人の周囲を覆っていた石壁の圧迫感が、靴底の鳴る反響音と共に広がりを見せた。

 細い一本道を抜け出た二人は、これまでよりも一段と開けた空間に――足を踏み入れていく。




 二人が足を踏み入れた場所は、地下通路の途中に設けられた小広場のような空間だった。

 天井は高くなったが、良平が掲げる灯りの先、部屋のちょうど反対側にあたる方には奥へと続くアーチ状の低く狭い通路がまだ存在している。


「あとすこし、次の通路を抜けた先が城壁の外です……」


 良平が進むべき方向を確かめるように灯りを向けて告げる。

 そうして、亘平は良平の背中に続いて部屋の中ほどまで歩みを進めた。

 二人がおよそ部屋の中央、中間に差し掛かった時。

 ふいに風を切る重たい羽ばたきの音が、空気の揺らぎを伴い。

 野獣特有の生々しいニオイもが二人の鼻腔を突く。

 直後、亘平の背後、――遮るもののない暗がりから。


「ね、リョウヘイ。どこに行くつもりなの?」


 その声はしっとりと、粘りつくように二人の耳の中へ入ってくる。

 亘平は自身の背中を直接撫でられたかのような問いかけの声で、戸惑いながら。

 良平は、手元の明かりを若干乱しつつ。

 ――二人が振り返る。

 そこは、かろうじて灯りが届く境目の暗がり、その中からゆらりと姿が浮き上がる。

 しなやかな若い女性の顔立ちと身なりを持ちながら。両腕は、畳まれた大きな翼。腰から下は猛禽の毛皮で覆われる、鋭利な鉤爪を石床に食い込ませて。

 その異形が首を傾げながら愛おしそうな色の混じる眼差しで、――良平をじっと見つめる。

 亘平にも分かるほど急激に深まる緊迫感……。

 良平の唇から、かすれた呟きが漏れ出る。


「……ハーピー」


 異形の存在を確かめる、その言葉。眼前に立つ怪異は愛執を込めた瞳で、一層深く、首を傾げた。


「ねぇ。答えてよ、リョウヘイ。そんなに慌てて、――どこへ行こうとしているの?」


 折りたたまれた両腕の先で羽毛をさわさわと擦り合わせる音を立て、床に食い込んだ爪で僅かに音を響かせる。

 耳にまとわりつく声は、部屋の湿った空気をも濡らす……――。


「――……何故、ここに……?」


 良平が明かりを微かに震わせながら、胸の奥からせり上がってきた問いを漏らす。

 そんな戸惑いと、揺らぎを隠せない良平を見て。ハーピーは親愛を滲ませる笑みを作る。


「あたしね、ずっと前から知ってたんだよ。リョウヘイがときどき、転移魔法陣を使って外に出ていたこと。……だからね、後を追いかけてきたの」


 思わぬ追手の告白に、良平は息を呑む。


「だけど、キミは、――……皆と一緒に」絞り出すような声は、そこで言葉を詰まらせた。


 混乱と困惑で唇までも震わせる良平の様子を、ハーピーはなおも愛おしそうに見つめ続ける。


「……そう。でもね、あたしなんかが参加してもアレじゃ意味ないし」


 と言って、ハーピーはあどけない素振りで肩をすくめる。と、粘り気を帯びた吐息とともに言葉を重ねた。


「だからね、リョウヘイを守ってあげようとおもったの」


 言葉を伴って歪むハーピーの口元、曲折した感情の果て。しかしその直後に、それ以上の傾きを見せて影を落とす冷ややかな瞳が良平の近くに居る別の人間へと向けられる。


「――なのに。ねぇ、ダレ? その人間」


 愛執に濡れていた眼差しから色が失われ、石床に突き刺さる鉤爪が胸中の不快感を映すように音を立てる。

 が。

 徐に向けられたその鋭い視線を、亘平は平静を保ったまま見つめ返す。

 射殺すような眼光で威圧してくるハーピーに対し、亘平は瞬きどころか嫌悪のひとつも表さず。正面から、その視線を受け止め続ける……。

 どれだけ睨みつけようとも、亘平の顔には恐れも波風も浮かぶことすらない。

 そんな手応えのなさを感じ取ったハーピーは、突き刺すような眼差しをふっと緩め――。


「――……変わった人間ね」


 呆れを含んだ吐息とともにその一言。

 亘平は、ただ立ち尽くしていただけの自分が、なぜ奇妙に映ったのか。その理由に、――思いを巡らせようとする。が。

 それより先に、ハーピーは再びしっとりとした声で言葉を響かせた。


「アナタはリョウヘイの、おトモダチ?」


 探るような色も混じる問いかけ。

 良平の灯りに照らされた暗がりの中で、亘平は表情も変えることなく、投げられたその問いに至って平坦な口調で。


「違います」とだけ、返した。




 迷いもなく返された否定の言葉に、ハーピーは一瞬で拍子抜けする。

 畳まれた大きな翼も羽毛が動揺で揺れ、さわさわと擦れ合う。


「……あっさりと言うのね。――その調子で、なにもかも教えてくれると嬉しいなぁ」


 一変して愛執の混じる瞳で相手を絡め取るように見つめる。

 対する亘平は視線すら動かさず。役所の窓口で定型文を淡々と読み上げる時と同じ、平坦な声色で応じた――。


「――業務上の守秘義務がありますので。利用者の事については、外部にお話しすることはできません」


 予期せぬ、堅苦しい返答に、ハーピーの顔から笑みがヘっとなって消える。

 聞き慣れない単語と羅列にも頭を傾げ。


「……しゅひ、ぎみゅ……?」


 舌の上で未知の言葉を転がす異形の表情に隠しきれない戸惑いも色濃く出る。

 亘平はそれ以上、余計な説明を付け足すこともせず、黙ってその場に立ち尽くした。

 ただ静かに次の指示や状況の推移を待つ、その姿勢は、湿った緊迫感が充満する地下空間の中で異様なほど孤立して見える。

 会話も完全に途絶え。

 一向に状況が進展する気配もない。

 このままでは拉致が明かないこと、そして何より自らの目的が城壁外への脱出であることを、良平は焦燥とともに強くあらわにする。

 左の手で揺らめく魔法の光を保持したまま、良平は空いている右の手に自身の魔力を急速に集束させる――。

 加えて体内で高めた魔力を下腹で支え、ハーピーへ向けて強く前に手を突き出す。


「――伏せ!」


 一声に解き放たれたのは主従の契りによる絶対的な命令の強制力――。


「ぇ?」


 ハーピーが驚愕の声を漏らすと、同時に頭上から目に見えない巨大な重圧が叩きつけられる。

 ――ドガァン、と地下空間に激しい衝撃が走る!

 良平の従魔であるハーピーは、その抗えぬ圧力によって石畳へ勢いよく叩きつけられ。

 強烈に平伏させられて、鉤爪すらもピクリとも動かせぬまま――ハーピーの身体は硬い床で押し潰されていく……。

 圧力が掛かり、石床からも硬い破片が砕け散る。

 沈む、ハーピーの喉からは苦悶の悲鳴が微かに、……排出された。

 容赦なく沈み続けるその声は、途切れ途切れに、やがて掠れた哀鳴すらも次第に小さくなって、完全に、途絶えていく。

 重苦しい余韻と、巻き上がった石塵のニオイが充満する。

 と異形を圧迫していた重圧が不意に散り払われた。

 薄い煙が消えるように離れたあとには、さっきまでハーピーが立っていた場所に、その身体の形で沿ったくぼみだけが残されている。

 事が終わり、床に沈み込んだ従魔の姿へ意識を向けることすら拒む。良平は、灯りを保持する手とは反対の右で拳を固く握りしめた……。


「……急ぎ、ましょう」


 良平が無理やり形にした声で、先を促す。

 亘平は、その背中を見、静かに頷いた。

 再び地下の空気に、二人の足音が重なり始める。

 しかし、二人が小広場から進路の細い通路へと踏み出そうとした矢先に。

 ――ズズ……、と靴底を通じて身体の芯を突き上げる重低音が響く。

 直後、二人が居る空間どころか、地下通路の全域を揺さぶるほどの震動が押し寄せた。

 突然の激しい揺れで、良平は手元の光を大きく揺らし転びそうになる。


「な、なにがっ?」


 とっさに良平は頭上を見上げる。

 はるか上方――地上で天使と従魔たちが繰り広げている激突の余波が、この地下深くまで届いたのだ、と。

 だが――。

 亘平は、天井を仰ぐことも、目の前にある進むべき道を確かめることもせず。

 体の向きをゆっくりと反転させ、自分たちが歩んできたばかりの後方の道、来た方の通路へと視線を注ぐ。

 頭上からの、これまでの揺れとは性質の異なる、迫りくる不穏な振動をその平然とした眼差しで――じっと見据える。

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