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-4.〔回収:ネットスーパー〕①

 

  …


「もう、目を開けていいぞ」


 言われて、亘平は目を開ける。

 そして何も無かった。もの凄く、何も無かった。


「……――荒れてるな」

「荒野だからな」


 見渡す限り、乾いた大地が地平線の彼方まで続いている。

 どこもかしこも赤茶けた土と無骨な岩が転がるばかりで、草木はおろか生き物の気配すら微塵も感じられない。

 そんな調子で、遮るものが一切ないため、どこまでも遠く見通せる。

 亘平の視界には、本当に“何もない”という事実だけが平静と広がっていた。

 ただ違和感を覚える。

 単刀直入な陽光の眩しさに目を細めながら、荒涼とした景色を亘平は観察し。


「……変じゃないか?」

「何がだ?」

「なんていうか――」


 言葉を濁しながら、亘平はその場にしゃがみ込む。

 そしてひび割れた大地へ、直接手を伸ばし。表面にうっすらと積もった砂埃を払うように、指先で少しだけ地面を掘り返す。


「――乾いているのは表面だけで、中は普通だ……」


 極小さな土のかけらを親指と人差し指で擦り合わせながら、亘平は告げた。

 傍らで、その様子を見下ろしていた天使は不思議そうに小首を傾げる。


「それの何が変なんだ?」


 純粋に理解できていない様子の相棒に対し、亘平はゆっくりと立ち上がり、手のひらについた汚れを払い落とした、後。


「見た目は荒れ果てているのに土地そのものは涸れていない。まるで――畑から、作物だけを綺麗に抜き取った後、みたいだ」


 改めて、天使は周囲を見渡す。

 草木一本生えていない赤茶けた景色――。

 長い年月をかけて自然に風化した荒野、ではなく、何らかの理由で強制的に作られた自然。

 ――だとしても。


「それは、此度の回収任務と何か関係のあるコトなのか?」

「……――いや。分からない」

「ならば気にせず。進むほかあるまい」

「……そうだな」


 天使の言葉に、亘平は従順に引き下がった。

 もとより二人の関係も目的も、チートを回収する以外にはない。

 歩き出せば踏み止まることのない、天使の向かう先――亘平はその鎧の隙間から生えている白い翼を見据えて、歩き始める。


  …


 赤茶色の土を踏みしめ、緩やかな傾斜を登り切る。

 辿り着いた高い丘の頂で、亘平も天使に続いて歩みを止めた。

 次いで隣に立つ天使と同じように、眼下へと視線を落とす。

 遮るもののない広大な景色の中で、二つの視界に、これまでの道程を根底から覆す異様な光景が映っていた。

 天使と亘平が居る現在地からはまだ遠方に、堅牢な石積みの壁でぐるりと囲まれた巨大な街。

 ――その威容は、まさしく城塞都市と呼ぶにふさわしい。

 ただ亘平の意識を引いたのは建造物そのものよりも、その都市を取り巻く周辺の環境だった。

 見渡す限り荒涼とした大地のなかにあって、街――その周囲だけが、極端なほど生命力に満ち溢れている……。

 生い茂る木々、濃い緑に染まった豊かな土壌。

 別の場所から切り取って、豊かな自然を、無理やり貼り付けたような不自然さ。

 境界線も明確で、赤茶けた乾いた大地が都市を中心とした一定の距離から――突如として、鮮やかな緑へと変貌している。

 さすがにこれは――。


「目的地はあそこだ。さっさと終わらせて、帰るぞ」


 それでも、天使が興味を示す内容ではなかった。――と亘平は印象を受ける。

 それはそれでいい、としても。問題は、その不自然な都市へ至るまでの道のりだ。

 現在の丘の頂上から麓にかけて、道と呼べるようなものは存在していない。


「どうやって行くんだ?」


 亘平の率直な疑問に、天使は微塵も悩む素振りを見せず。


「問題ない。飛べばいい」


 言うが早いか、天使は亘平の後ろへと移動する。そして有無を言わさぬ手つきで、両脇を掴み上げた。

 そのまま天使の背中から生える翼がふわりと広がり、力強く――風をはらむ。


  …


 抵抗してもかえって危険なだけだろうと悟り、亘平は大人しく身を委ねた。

 その甲斐あってか――。


「この辺がいいだろう。手をはなすぞ、コウヘイ」


 ――ふわりと、最後に少しだけ浮遊感を残したものの。何事もなく、無事に、亘平は地面に降り立つ。

 二度羽ばたき、遅れて天使も横に降り立った。

 そして完全に地面へ足が着く直前、ふいに拘束が解かれたことをささやかな疑問として亘平は抱き――首をひねる。

 その様子に気づき、天使は淡々とした口調で補足する。


「手持ちの者が地に着くと、飛行が不安定になるんだ」


 なるほど。

 素朴な疑問が解消され、亘平は一人、腑に落ちたように小さく頷く。

 次いで亘平は気を取り直し。二人が前方へ視線を向ければ、先ほどまで丘の上から見て遠方にあった建造物が今や目の前に立ちはだかっている。

 間近で見る城塞都市は、丘から観察した時よりも遥かに巨大で、堅牢な石積みの壁が空を圧するようにそびえ立つ……。

 且つ、都市の周囲は極端な緑――急な変化で呼吸器官がむせ返るほどの不自然な生命力に覆われている。

 ただそんな光景を目の前にしても、天使の態度はどこまでも実務的で変わらず。都市を見据えたまま、口を開く。


「コウヘイ。事前の打ち合わせどおりだ」


 抑揚のない、確認だけの言葉。

 呼応するように、亘平もまた、平坦な声色で返す。


「分かってる」


 過不足のない返事。

 天使は、満足げに言った。


「――幸運を祈るぞ」


 亘平は思った。

 あるいは、思わずにはいられなかった。

 祈る相手とはいったい、誰なのだろう。と。


  ※


 リソース系チート――通販、通称――ネットスーパー。

 異次元の市場と接続し、物資や食料を取り寄せて強者さえも容易に従魔化させる、経済と胃袋を支配するスローライフ系では定番のチート能力。

 だがその力が行き着く結末は、供給が絶たれた瞬間にすべてが瓦解する依存の破滅、と等価交換の果てに世界の資源が枯渇する無自覚な崩壊である。


  ※


 堅牢な城壁に守られた都市の中心部。

 人々から神殿と崇められるその建造物の内部は、外の景色とは打って変わり、特有のおごそかな空気に満ちていた。

 天井は高く、広い空間には、色とりどりの供物を抱えた群衆が長蛇の列を作り。

 床にひれ伏して祈りを捧げる者、自身の欲望を満たす品を求めて彷徨う者、それら無数の視線が最奥に設けられた神聖な座へと集約する。

 そこに、此度の回収対象であるチート能力者が、まるで本物の神のごとく鎮座していた。

 さらにその背後では圧倒的な威圧感を放つ神獣マーナガルムが、主人の絶対的な権力を誇示するかのように従順な様子で控えている。

 けれどもそんな宗教的で重々しい雰囲気すら、実務を旨とする天使にとっては些末なコトにもならない。

 天使は恭しく順番を待つ人々の列を完全に無視し。単独、まっすぐに神殿の最奥へと歩みを進める。

 と。

 列にも割り込んできた無作法な侵入者に、並んでいた人々から非難の眼差しが次々と突き刺さる。次第に無礼を咎める声など、露骨な怒りがさざ波のように広がっていく。

 が。

 顔色一つ変えることなく、天使は淀みない足取りのままチート能力者の正面へと到達した。

 周囲の張り詰めた空気はどこ吹く風、堂々と歩みを止めた天使は――此度の対象を直視する。


「我は神の使い、天使だ。神から授かったものを返してもらえるか?」


 真っ先に反応を示したのは、主人の背後に控える神獣だった。

 ――不躾な侵入者へ向けて、マーナガルムは喉の奥で低い唸り声を響かせる……。

 次いで身を起こそうとする。が、獲物へ飛びかかろうと顔を上げかけた矢先、主がすっと片手を上げてそれを制止した。

 たったそれだけの仕草で獰猛な獣はピタリと動きを止め、再び大人しく身を沈める。

 回収対象であるチート能力者は手を下ろし、座ったまま微動だにせず。天使を、自らの正面に立った者を値踏みするような眼で――見つめ返し、て。


「突然来て返せだなんて、随分と勝手ですね」


 天使の要求を鼻で笑いながら一蹴すると、その視線はゆっくりと天使の全身をなぞり、やがて背中から生える翼へと留まる。

 装飾や幻術でもない、本物だけが持つ神聖さを確かめる、――男の瞳はクッと細くなる。


「……どうやら、天使というのは嘘ではないみたいですね」


 と探るような言葉を向けられても、感情の起伏すら一切見せない。天使は、ただ事実のみを淡々と告げる。


「神の使いは嘘をつけないからな」

「――それは」


 対象の瞳に明確な揺らぎ。天使は、見定めた。

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