弾き飛ばされた夫婦
軽自動車を背景に、動く気配のない人間が二人と、それを眺めるわんこが二匹。
さて、いつまでもこのシュールな画面をご視聴頂いてもしょうがありません。
しょうがありませんので…。
人間の視界に入るところに立ち寄り、わたしはゆっくりと後ろ足だけで立ち上がり、忘年会のかくし芸では十八番にしていた安来節…いわゆる『ドジョウすくい』を踊り始めます。
「♪ワァウウ~、♪ワァウ、♪ワァ~ウ~、♪ワァウ、♪ワァ~ウッウ、♪ウッ、♪ワァウ、♪ワァウ…」
勿論、歌う事はできませんので、吠え声を操りながら、絶妙な踊りを披露してまいります。
ミカさんはかぶりを振ってくれました。
二人の人間は呆然とわたしの踊りを見ていましたが、やがてお互いの顔を確かめると大笑いし始めました。
ふむ、期待通りの良い反応をする人間たちです…後は、わたしの思惑通りに事が運んでくれることを祈るばかりです。
踊っているわたしは、頃合いを見計らいながら、人間たちにジワリジワリと近づいていきます。
やがて男性がスマホを取り出し、こちらにレンズを向けてくれました。
(しめしめ、狙い通りですよ。)
動画を取り始めた男性…ここまでは予定通りの反応です。
わたしの思惑通りであれば、動画を取り終えた男性は、動画をSNS等に投稿するために、わたしから視線を外し、スマホの操作に集中するはずです。
やがて、動画を撮り終えた男性は、SNSへ画像をアップしようとスマホを操作し始め、女性と揃ってニコニコしながらスマホを眺めています。
(チャンスです!)
「バウッ!!」
一吠えして、男性のスマホをぶんどるわたし。
男性はなすがままにわたしにスマホを奪われ、女性共々後方に倒れて尻もちをついてしまいます。
呆気にとられている二人を尻目に、奪ったスマホの前に箱座り、颯爽とスマホを操作しはじめるブルテリア。
スマホのアプリを確認し、足りないモノは片っ端からダウンロードを行い、人間との対話ができる環境を構築していきます。
こう見えて、わたしは犬生前、システムエンジニアとして敏腕を発揮しておりまして、この種のコミュニケーションツールの運用などは朝飯前なのです。
文章作成アプリから音声読み上げアプリへの連動を済ませると、手早く文章を書き上げ、音声読み上げアプリで人間へ問いかけます。
『お前たちは、何者だ?
どうして、ここに居る?』
「バウッ!」
最後に、文章がわたしの意思であることを示すために一声吠えます。
人間二人は勿論、ミカさんまで目を丸くしています。
さらに、スマホを操作してみせます。
『繰り返す!
お前たちは、何者だ?
どうして、ここに居る?』
「バウッ!」
最後に、文章がわたしの意思であることを示すために再び一声吠えます。
暫くの沈黙の後、二人の男女が顔を見合わせながら、おずおずとわたしに話しかけてきます。
「おまえ、俺たちの言葉が分かるのか?」
「バウッ!」
怪訝そうな顔の男性に、元気よく返事します。
「賢いワンチャンなの?」
「ワン♪」
興味津々の女性には、愛想いっぱいの返事をかえします…エチケットですから。
困惑の色を深め、こちらを見ながら何やら相談を始める二人の男女。
何の躊躇もなく、わたしはスマホを操作します。
『繰り返す!
お前たちは、何者だ?
どうして、ここに居る?』
「バウッ!」
最後に、一声吠えます。
困ったような顔で、腕組みをしながら、わたしに答えてくれる男性。
「俺は、木之本 武。隣にいるのは、妻の香澄。」
ここに来た…と、タケシ君が語りかけたところで、カスミさんがタケシ君の腕をつかみ、首を横に振っています。
「バウッ!」
わたしは一声かけて、二人の注意を引きます。
『わたしは、タツロー。
隣のフカフカは、ミカです。』
再び目を丸くする夫婦。
ミカさんはわたしの隣に箱座りをして、わたしたちのやり取りを見守っています。
落ち着いてきたのか、タケシ君がわたしに質問してきました。
「お前は、どうしてここに居る?
なぜ、俺たちの所に来た?」
「アォ~ン!」
わたしがスマホで返答するよりも早く、ミカさんが立ち上がり一声吠えました。
すると、カスミさんがミカさんの方に歩み寄って行きます。
ミカさんの前にかがみ込んだカスミさんは、そっとミカさんの首に腕を回し、抱き着きます。
女性同士思い当たる事があるのでしょうか、ミカさんもカスミさんの顔に頬を寄せていきました。
タケシ君も思い当たる事があったようで…
「もう少し、話をしようか。」
わたしの前に胡座をかいて座り込んできます。
「バウッ!」
わたしも腰を下ろし、タケシ君の相談に乗る事にしました。
穏やかな陽気のもと、穏やかな風と、のどかな時間の流れる中、同性同士の人とワン子が談笑をするのでした。




