木之本家の人たち
タケシ君は身の上話を始めます。
「俺たちは、この草原の南にある港町の一角で喫茶店を始めたんだ…。
ちょうど一年前位かな。」
とつとつと話す彼の横顔を、寂しそうな顔で眺めるカスミさん。
「高校を卒業して、同棲生活をおくりながら、必死に二人で働いて、貯金を少しずつ貯めて、ついに一年前に小さいながらも妻と一緒に喫茶店を開店することが出来た…。」
空を見上げ、眩しそうに日差しを手で遮りながら、それでも空の先を見ようとしているタケシ君。
「喫茶店を初めた頃は、俺達が勤めていた元職場の方々にもお越し頂いて、そこそこに賑わっていたんだ。
ようやく近隣のお客さんも増えてきて、『さぁ、これから!』って時に…。」
彼が涙ぐみ、言葉が詰まります。
「…。」
カスミさんが補うように話を繋ごうとしますが、こちらも言葉に詰まり、俯いてしまいます。
しばしの沈黙の後、彼が話し出します。
「流行病の影響でね、客足が遠退いてしまった上に、役所からの指導が有って、休業を余儀なくされてしまったんだ。」
確かに、飲食店に対して補償を行うかわりに強く休業を促す自治体があったことは覚えていました。
彼は苦笑いを浮かべ、わたしたちの顔を相互に眺めてきます。
「まぁ、君たちには関係ないか。」
無理に笑顔を作ってみせる彼でしたが、わたしはその流行病で命を落とし、ミカさんは生活の場を奪われています。
「結局、喫茶店の経営もままならず、開店から一年も経たずにわたしたちは廃業することになってしまったの…。」
そう言ってミカさんを自分の元へ寄せ、彼女の首に手を回すと、自分の方へさらに抱き寄せています。
「店を手放し、住む家も追われた俺たちは、テレビや冷蔵庫、家具までも差し押さえられ…。」
「着のみ着のままにここまで来ました。」
カスミさんはすすり泣き、空を見上げていたタケシ君も大粒の涙を流しています。
カスミさんに寄り添い、心配そうに彼女の様子をうかがっているミカさん。
さてさて、どうしたものでしょうか。
現状のわたしたちでは、どうしようもありません。
そもそも犬ですから、何がしかの応援も出来ない訳です。
(そうですねぇ、わたしがまだ人間だったならば…。)
あれこれ思案しているわたしの所作に気づいたのか、ミカさんが話しかけてきました。
「坊や、何か考えがあるの?」
彼女の一吠えで全員の視線がわたしに向けられます。
「う~ん、無くはないんですけど…。」
そう、生前の我が家と貯蓄があれば、この二人の再スタートを応援できそうなのです。
むしろ、主題はこちら…わたし達の生活も安泰になるかも知れないという事です。
なにせ食糧事情が逼迫してきています。
此処での生活も、そろそろ飽き飽きしてきましたので、新しく何かしたい!という欲求もあるのです。
「坊や、面白そうな事だったら、やってみましょう?
上手く行かなくて当たり前!
でも、上手く行ったら、面白くないかしら?」
ミカさんが茶目っ気いっぱいに吠えてきました。
わたしも覚悟を決めました。
『上手く行ったら、面白い。』
思い返せば、この言葉を信じて人生を頑張ってきた記憶があります。
わたしはタケシ君にスマホを催促してみました。
わたしに袖口を引っ張られ、慌てたタケシ君がスマホをお手玉してしまい、わたしの鼻っ面と彼の手の間でポンポンと跳ねるスマホという、コミカルなやり取りもあり、重苦しかった空気感は穏やかな風に拭きやられ、すっかり落ち着いた夫婦とワン子二匹でした。
『タケシ、お伺いしたいことがあるのですが。』
「ああ、何だい?」
わたしの質問に気前よく答え始めるタケシ君。
早速、現在の年月日を確認したところ、概ねわたしの犬人生…つまり、わたしが新生活を始めた半年と、わたしが人間最期の日を迎えたであろう日付の半年後が、ほぼ一致していました…何たる偶然!
次に、わたしの自宅が在った住所の確認です。
「え~~っとぉ…
あ、在る在る。
タツロー、お前の住んでいた街、見つかったぞぉ。」
カスミさんのスマホを使い、探し物をしていたタケシ君が、嬉しそうにわたしに答え返してくれます。
後は、自宅がそこに存在してくれれば、思惑通りに事が運ぶのですが…こればっかりは、現地に行かないと判りません。
『それでは、わたしの自宅に向かって頂けませんか?』
わたしの言を聞いたところで、相談を始めてしまう夫婦。
無理もありません。
だいたい人語を解するようなワン子など、怪しさ大爆発ですよ。
しかも、わたしの想像した仮定の提案です。
信憑性など欠片もありませんし、向かった先が『ハズレ』ということだって十分に有り得ます。
しかし、行って見なけりゃ判りんない!
『行くだけ、行ってもらえないだろうか?』
「きゅ~~ん。」
尻尾を内股にまで引き込み、わざとらしく甘え鳴きをして、精一杯情に訴えかける努力をするわたしに、タケシ君は苦笑いします。
それから程なくして、夫婦は笑みを浮かべ、わたしの願いを了承してくれました。
わたしがスマホをタケシ君に返すと、彼はスマホを受け取りながら、わたしの頭を撫でてくれます。
「よし、行くとするか。」
夫婦が立ち上がり、わたしも彼らの後に従い立ち上がりましたが…。
「私…ここに残る。」
そう言って、ミカさんは立ち上がろうとせず、伏せ状態になってしまいました。




