弾き飛ばされた夫婦 カスミside
私の名前は、木之本 香澄。
一年前、夫の武と二人で十坪程の小さな喫茶店を開業しました。
主人とは、児童養護施設から一緒に暮らしてきた間柄。
高校を卒業した後、お互いの夢を実現させるため、彼はホテルの厨房、私はケーキ屋さんの売り子として働き始めました。
養護施設を出てからは、二人で同居しながら資金を貯め、喫茶店開業を機会に入籍しました。
元々、身寄りが誰もおらず、夫婦になる事で、どうにか銀行からの融資を受けられる運びとなったのです。
結婚式はしてません…出来ませんでした。
呼べる親戚も居なければ、近しい知り合いも居ません。
養護施設の先生方も、私達の事情はご存じなので、『生活第一』と言われた事でしょう。
バースディケーキを買い、二人だけの挙式を挙げました。
取りあえず、やっとの思いで開業した喫茶店でしたが、半年待たずに『開店休業』に追い込まれてしまいます。
原因は、パンデミックとまで言われた流行病です。
『人々同士が近づけば、感染が拡大する!』という錦の御旗が世間を闊歩してしまったが為に、飲食事業はいきなり苦境に立たされてしまいます。
私達の店舗も例に漏れず、『休業要請』を受け、僅かばかりの補助金で食い繋ぐよう、自治体からの指示がありました。
…食い繋ぐなんて出来ませんでした。
テナント料で補助金は全額取られ、光熱費と生活費がジリジリと貯蓄を食い潰す有様でした。
主人は道路工事の誘導員、私はコンビニのアルバイト等をして、当座の生活費は何とか賄えましたが…。
何時迄に店舗を再開できるのか?という不安が徐々にストレスとなってのしかかり、馴れない仕事もあって、私達の仲も悪化していきます。
入居していたビルの他テナントが次々と廃業して行き、テナント料を見込めなくなった大家さんは事業をたたまれ、必死に守ってきた喫茶店も再開することなく、私達は終焉を迎えました。
もう生きる理由もなく、生活にも疲れ果ててしまった私達は『死』を選択しました。
「無事に喫茶店が軌道に乗り、子供が出来たら、ここに来よう!」
そう主人と約束した、この大草原…
草木を渡る風が、さながら大海原を思わせる雄大な緑の絨毯…
そして、私達のが最期を迎える場所…
「おやすみなさい。」
私は、車窓から草原を眺めています。
「ああ、おやすみ。」
多分、彼も私の方を向いていないと思います。
彼が七輪の火を興している音を聞きながら、私は睡眠薬を飲みました。
(月が綺麗…)
まどろむ意識の中、まばゆい月光だけが、私を包んでいるようでした。




