住家にて
無事にスコールを回避できたわたし達。
ミカの後を付いていくと、林の中央に鎮座する大木のウロに到着しました。
ウロの入り口にはヒサシと敷居のような物があり、枝葉から落ちてくる雨水は勿論、地面から流れ込んでくる泥水の侵入も完全に遮断出来そうです。
「こちらは?」
ウロの外周を眺めながら質問するわたし。
「私の巣です。」
身体の水を振り落として、敷居をまたぎウロの中に入ってく彼女。
「貴方も入りなさい。」
ウロから顔をのぞかせ、笑顔の彼女がわたしを誘ってきます。
「失礼します。」
頭を下げ、身体の水を振るい落としてから、彼女の住まいにわたしはお邪魔することにしました。
ウロの中はちょっとした小屋ほどの広さがあり、部屋の中央部には枯れ葉や草原の草で仕立てたベッドが置かれています。
取り敢えず、部屋の中で湿気が少なく生活の邪魔にならないような外れの場所を見つけ、持ち込んだ食料を置かせてもらいました。
彼女は、わたし用のベッドとして、下草を拭き直してくれています。
「ところで、アナタ何者?」
下草に箱座りし、わたしに視線を送ってくる彼女。
わたしも、彼女の前に箱座りしています。
「わたしは、タツローと申します。
今朝がた、無事にお野良のお墨付きをいただきまして…。」
「そういうことじゃなくて!」
とぼけたわたしを睨みつける彼女。
「二足歩行で走ってたわよね?」
彼女の眼光が鋭くなってきます。
「気のせいです!」
「はぁ?」
ボケるわたしに、目を吊り上げる彼女。
「それは、あなたの目の錯覚、耳の四角というものなんです。」
「…はぁ。」
さらにボケ続けるわたしを眺め、彼女は深くため息をつきました。
まだまだ、雨は降り続いています。
暫くの沈黙を経て、雨音を聞きながら、彼女は身の上話を切り出しました。
「私は、ミカ。もうすぐ二歳になるわ。私も…捨てられたようね。」
ミカは寂しそうに笑っています。
「ところで、タツロー…。
言い難い名前ねぇ…。タツローは、何歳になるの?」
「半歳です。」
「はっ?」
「え~~っとぉ、生後六ヶ月です。」
「んん?」
わたしの年齢を聞いておきながら、わたしの答えにひたすら首を傾げるミカ。
言葉は通じているようですが、わたしの意図した事は通じていないようです。
どうやらイヌ社会には年月単位の量を測る概念は無いのかもしれません…でも、二歳って言いましたよねぇ?
しばらくの沈黙の後、ゆっくりとミカは立ち上がり、わたしの後ろに歩み寄り、おもむろにお尻に鼻を近づけてきます。
「ふひゃぃっ!!」
変な声を出し、立ち上がってしまうわたし。
「ちょっと、動かないで!」
「ひゃ、ひゃいぃっ!」
ミカはわたしのおしりの匂いを嗅ぎだし、そのむず痒い所作に体を震わせながら耐えているわたし。
しばらくすると、満面の笑顔でわたしの前に戻ってくるミカ。
「うん。もう少し、お子ちゃまかな?」
ニコニコしながら、わたしの前に座り直すミカ。
「…ということは、私はママかな?」
年齢が一歳半しか変わらないのに、姉を通り越して母親というあたりは、流石イヌ社会だと驚かされます。
えっ?
「何か驚き方に落ち着きが有るよう…」
ですって?
仕方ないじゃないですか、これでもイヌ生活六ヶ月ですよ!
おまけに、わたしには人間並みの学習能力があります。
人間からワン子に変わったことによる感性の差を埋め合わせるまでには時間がかかりましたが、今更、ちょっとの事では驚きませんよ!
いずれにしても、わたしが成犬となるには、今暫く時間がかかるようですし、身近に成犬が居てくれることは、何かと便利なものかもしれません。
「今日からは、私のことをミカママと呼ぶように♪」
「は…はい。」
ミカの高圧的な視線に従うしか無い、ウブなわたしでした。
ほどなくして、ミカは眠ってしまいました。
まぁ、外は土砂降り、ウロの中に何かあるわけでもありません。
そうなってしまっては、眠ってしまうのが最善の策のようです。
ところが、女性の部屋に家主と同居しているというシチュエーションに、わたしの心臓が忙しなく活動してしまうのです…ドッキ、ドッキと。
お恥ずかしい話なのですが、わたしは物心のついた時には父子家庭での生活が当たり前でした。
小学校こそ共学でしたが、中高一貫性の男子校に進学してからは、男子集団に入り浸り、実に灰色の青春時代を謳歌していました。
結局、大学在学中は勿論、就職後も女性との運命的な出会いなんぞは蚊帳の外状態でした。
社会人二年目の夏に父が急逝したことで、ついに出来上がったのが『ボッチリーマン』です。
そんなわたしが、相手がワン子とは言え、女性と寝所を共に…もう、非常事態もいいところです。
心臓の鼓動は高まり、今にも口から飛び出しそうな気配までしてきます。
そんなわたしを知ってか知らずか、ミカはゆっくりとこちらに顔を向け、微笑みかけてきます。
「気にしなくていいわよ…ゆっくりお休みなさい。
私の坊や…」
ゆっくり寝息を立てるミカの傍で、わたしはゆっくりと目を閉じました。
あいも変わらず、心臓の鼓動は高止まり中…。




