家主と飼い主 カスミside
「ありがとう。」
タツロー達を送り出し、リビングのテーブルで一息着いたところで、夫がコーヒーを入れてくれます。
「インスタントだけどな。」
肩を竦める夫。
喫茶店経営を目指し、水だしコーヒーからエスプレッソまで、必死に勉強していただけに、今日のコーヒーは夫にとってはご不満のようです。
向かい側に彼は座り、話してくれます。
「昨日、改めて家の全てを任されてしまったよ。」
「そう…。」
私は、夫がタツローと通帳記入を済ませた日のことを思い出しています。
本当に、タツローの銀行通帳を見てビックリしました。
そこには七桁の数字が踊っています。
『自由に使ってくれ!』
そうタツローは言っていたのですが…。
「これから私達、どうすれば良いんだろう?」
「…。」
私の言葉に主人も黙り込んでしまいます。
タツローの希望は、私達がもう一度喫茶店経営を始める事。
その希望に応えられるのか…
しかも、彼の財産を全て奪い去るようなカタチになって…
「俺は挑戦したい!」
何時もは引っ込み思案の夫が、珍しく自分の意向を伝えてきたました。
私はそっと左肩に視線を落とします。
そこは、いつもミカが寄り添ってくれる空間。
死の恐怖に震えたあの草原の出来事から、体調を崩した私は、ずっと家に引き篭っているます。
夫は、半強制的にタツローに引きずられて、役所や銀行など、連日方々に出かけていました。
彼にいろいろと頑張ってもらっている最中も、私は引き篭り…。
陰鬱とした気持ちに沈み、何も出来ない自分を嘆き、涙が溢れる事も有りました。
そんな時、いつも傍に居たのがミカでした。
励ます訳でもなければ、せき立てる訳でも有りません。
ただ寄り添って、たまに私の顔を舐めてきます。
『心配ないわ。
安心して。』
と言っているかのように。
「ミカも『うまくいけば、面白い』と、応援してくれているみたいだよ。」
不意な夫の言葉に、思わず視線を戻せば、彼は目を丸くしています。
私は嬉しさと恥ずかしさ…
満たされた気持ちと申し訳ない気持ち…
押し寄せる沢山の感情から、涙が零れてしまいます。
ミカに介抱されて、私も少しずつ元気を取り戻す事が出来ました。
そして、夫と家の内情を確認していた頃、ミユさんとケイコさんにお会いしました。
穏やかな語り口、決して威圧的でも高圧的でもない言葉選び、そして、こちらの話しを傾聴してくれる心遣い…。
多少人間不信に陥っていた私は、彼女達との会話を通して、陰鬱とした気持ちも徐々に癒されていきました。
きっと、彼女達の言葉の力があったのかもしれません。
そして、彼女達の言葉に後押しされて…
夫もまた、自分の人生をやり直すために、喫茶店経営に乗り出す気になったのでしょう。
「付いて行きます。」
私は真っ直ぐに顔をあげ、彼にはっきりと答えました。
まだ、何ができるか分からないけれど…。
沢山の力を借りたのなら、結果で応えないとイケナイと思うのです。
「ありがとう。」
夫は満面の笑みで私に応えてくれました。




