家主と飼い主
「なあ、タツロー。
お前は、この家の外観が変わって、一階も別物のようになっても、いいのか?」
夕食が済み、カスミは食器を洗いに台所へ、ミカもお供で台所へ、食台に居残っていたわたしにタケシは問いかけてきました。
『ああ、問題ない。
好きに使ってくれて構わない。』
「でも、ここはお前さんの両親が残してくれた大切な建物だろ?」
『ああ、そうだな。』
「だったら…」
『だったら、何だと言うのだ?
この家が、見つかった段階で、この家はお前たち夫婦のものだと、わたしは考えていたのだが?』
タケシはため息をついて、話しつづける。
「ケイコさんに話しを聞かされ、資材もいろいろ見直してみたら、どれもが大切な品々に思えてきてね。
何だか、申し訳なく思えてきたんだ。」
『何に申し訳が立たないんだ?
誰も迷惑を被ってはいない。
わたしだって、立派な寝所を確保できたのだ。
有り難みこそあれ、迷惑を受ける言われは無い。』
タケシは、しばらく黙り込んでいたが、一束の走り書きメモをわたしに見せてきました。
メモの内容は、おおよそ次の通りでした。
『 1. 住宅全体の色調は、欧州の建物を参考にシックにまとめる。
通りに面した一階、二階窓は出窓に変更し、植物プランターが置ける程度のバルコニーを設ける。
一階窓には、巻き取り式のオーニングサンシェードを設置し、玄関口には大きなヒサシを取り付ける。
2. 喫茶店内部は木製を重視し、暖かみのある色彩に揃える。
テーブル等は、既存品を流用するため、木目や木色については、吟味していく。
カウンターと食器棚等は、内装の色合いが決まったところで化粧直しを行う。
書斎机は一階部屋の奥に借り置きしておく。
3. 庭の一角を駐車場へ変更する。
庭の植生は極力維持しつつ、植え替えが必要なものは、随時植え替えを行う。
駐車場は、普通車なら二台、軽自動車なら三台置ける程度の広さを確保する。
4. 看板は、玄関ヒサシの上に設置する。』
これは、かなり大掛かりな改装になりそうです。
『ほほぉ~、いい感じに仕上がりそうじゃないか。』
「いや、そうじゃなくて…」
タケシが身を乗り出して来たところで、わたしたちは本題に入ります。
『草原でこの家に来る提案をしたことを覚えているか?』
タケシは席に座り直すと、少年のような瞳で一つ頷きました。
『あの時、ミカに言われたんだ、『うまくいけば、面白い』とね。』
タケシは黙って話しを聞いています。
『その時から、決めていたんだ。
もし、この家と財産が確保できたら、家も財産もお前たちにくれてやろうとね。
もはや、わたしは人間ではない。
人間でない以上、家の管理や財産をどうこうできる訳が無い。』
タケシは頷きます。
『だったら、辛い境遇に会った君達を助けられればと思った。
願わくば、わたしとミカの衣食住はも保障して欲しかった。
「それは、当たり前じゃないか!
まぁ、衣服の面倒は勘弁してほしいですね。」
そう言って、ウィンクするタケシ君。
『そう、わたしとミカが生活できる空間が確保できた以上、わたしに必要なモノは揃った。
であれば、ここまで付き添ってくれた君達にこの家を預けるのは、当然の選択じゃないか?
だから、誰に気兼ねすることも無ければ、負い目を感じることも無い。
ただただ、お前たち夫婦が自分たちの思い通りに頑張れば良い。』
タケシが応えます。
「俺もカスミとあの時話した。
もう死んだものと思っていた命、助けられた恩に報いるのが筋だろうってね。」
『じゃあ、問題ないじゃないか?』
「でも…」
タケシが席を立った物音で、こちらに振り返るカスミとミカ。
わたしは口の前に前足を当てお静かにのゼスチャーを行い、タケシもおとなしく席に着きます。
カスミとミカには愛想よくしっぽを振ってみせたので、不思議そうな顔をされましたが、取りあえず何事もなく収まりました。
しばらくの沈黙を置いて、わたしから話しを再開します。
『タケシの心情は理解した、カスミも同じ気持ちなのか?』
目の前の男の子は一つ頷きます。
『では、こうしよう。
君達夫婦が、この喫茶店をちゃんと商って行ける事!
そして、わたしとミカを養う事!
そうだ、飼い主としての責務を果たせるように…。
と、この辺りで妥協しないか?』
「それでは、こちらの方がもらい過ぎで不平等だ。」
タケシが頬を膨らませる。
『じゃぁ、季節外れの気前の良いサンタに出会った挙げ句、ちょっと色の付いたプレゼントを貰ったと思えば良いじゃないか?』
「季節外れのサンタが…?
プレゼントをねぇ…。」
しばし考え込んだタケシが、ゆっくりとわたしに拳を差し出してきます。
「わかったよ、相棒。」
拳と前足をお互いの前でぶつけ合うと、タケシはミカのところへ走っていきます。
そのままミカを抱き上げるタケシ。
突然の事態にパニックを起こしたミカは、タケシの腕を噛んだり、足をバタつかせたりと大騒ぎになってます。
「ちょっとぉ、あなたたち何やってるの!」
と、二人揃ってカスミに怒られてます…。
まぁ、ミカは被害者なんですけどね。
タケシはしばらくミカを解放する気は無いようで、カスミはあきれ顔、ミカはあきらめ顔になっています。
そして、翌朝…。
「じゃあ、二匹をお預かりしますねぇ。」
真新しい首輪とリードをぶら下げて、わたしとミカは玄関前に佇んでいます。
「よろしくお願いします。」
大型ワンボックスカーにてご登場したミユに、二本のリードが、カスミから手渡されました。
「ブツブツ…」
何だか落ち着きのないミカ。
「どうしました、ミカママ?」
長閑に質問する僕の顔を悲壮な面持ちで見つめ帰すミカ。
「ブツブツ…、ブツブツ…」
会話をしながらも、車に載せられてしまうわたしとミカ。
扉が閉まり、車が動き出したところでミカが一吠えします。
「予防接種よぉ~!」
はい、わんちゃんを飼っているご家庭の方ならご存じかと思います。
わんちゃんは毎年狂犬病の予防接種を受けなければなりません。
これは、危険な病気から、わんちゃんと飼い主を守るための大切なルールです。
(まさかとは思いますが、昨夜の伏線回収がもう始まったのでしょうか?)
隣では、すっかり落ち着きを無くしたミカが狭い車内をウロツキ回っています。
わたしも一抹の不安を抱えたまま、車に揺らされるのでした。




