不思議な出会い
「見かけない顔ね?
あなたたち、何処から来たの?
ああ、わたしの名前はクイーンよ。」
ご婦人の膝に乗っていたメイクーンがわたしに語りかけてきました。
「初めまして。
わたしはタツロー、隣の男はタケシと申します。
タケシは、ここから南西に行ったところにある港町の出身。
わたしは大海原のような草原からやって来ました。」
「そう…、あなたは草原生まれでは無いようね。
主の見立てによれば、あなたはイヌっぽくないみたいなのよね。」
わたしの返答に対して、思わぬ言葉を返してくるクイーン。
わたしは驚きのあまり、クイーンの飼い主に視線を向けてしまいました。
すると、何かを含んだような笑顔でご婦人がわたしの顔を見返してきます。
自分の正体を見透かされたのでしょうか?
それともわたし自身も知らない何かをご存知なのでしょうか?
変な不安に駆られたわたしは、クイーンに対して質問します。
「あなたの飼い主はどういう方なのですか?」
クイーンはご婦人の方に振り返り、二言三言と会話を交わした後
「単刀直入に言うわね。
全幅の信頼を置くのに足りる方よ。」
と、笑顔で答えてきました。
「ネコさんが全幅の信頼をねぇ…。」
わたしが呟くと
「あら、聡明なワン子ちゃんね。
イヌにしておくには惜しいわね。」
そう言って、コロコロ笑うクイーン。
偏見と言われれば、それまでなのですが…。
生来ネコという生物は人間にベッタリと頼るような類のペットではありません。
自己中が毛皮を羽織って闊歩しているものと、わたしは思っています。
まぁ、わたしのようなインドア志向のイヌが居ますから、クイーンのように飼い主に信頼を置くネコも居るのかもしれません。
さて、我々のやり取りを眺めていたタケシがわたしに話しかけてきます。
「どうしたんだ?タツロー。」
「あらあら、どんなお話をしていたのかしら?」
わたしが答える変わりに、ご婦人が話に割り込み、タケシの視線もご婦人に向けられました。
「これは、失礼しました。
わたし、木之本 武と申します。」
「桜庭 京子よ、よろしくね。」
そして、飼い主同士の挨拶と与太話が始まります。
「ねぇ、あなた。
何か隠してるでしょ?」
目を細めてわたしを見つめるクイーン
「何を隠しているんですか?」
おどけてみせるわたしですが
「そうねぇ…。
例えば、あなたはイヌじゃないっ!
とか?」
コロコロ笑ってみせるクイーン。
「!!」
図星を突かれ絶句してしまうわたし。
「あらら、本当にイヌじゃなかったのね。」
そんなわたしの所作を見たところで、笑いは止まり、目を細めてわたしを見つめるクイーン。
どうやら、タケシさんの方もケイコさんの誘導に引っ掻かってしまったのか、色々と化けの皮が剥がされそうで、会話がシドロモドロになってきています。
「本当に、ケイコさんは全幅の信頼を置くのに足りる方なのですか?」
「さぁ、わたしの言葉をあなたがどれほど信頼してくれるか次第かしら。」
わたしの問いに対し、目を細めてわたしを見つめるクイーン。
おもむろに、タケシへスマホを催促すると、彼も何かを理解したのか、わたしの催促に同意してくれた。
スマホを受け取ると、いつも通り、慣れた手付きで文章を組み立て、読み上げアプリを操作する。
ケイコさんとクイーンは、そんなわたしの所作を興味深そうに眺めています。
『桜庭さん、はじめまして。
わたしは、タツローと申します。』
スマホの読み上げた言葉に、得心したのか満面の笑みを浮かべるケイコさん。
「タツローさん、はじめまして。
ところで、あなたたちは何の目的でこの街に来たのかしら?」
『それは…。』
そして、我々がこの街に来た経緯をタケシとともにケイコさんへ説明していきました。
ケイコさんは、真剣に傾聴されており、適宜質問もされてきました。
さて、二人と二匹で話し込んでいると、窓口案内のアナウンスが流れてきます。
「番号札10番の方ぁ~、お待たせしましたぁ~。
住民課の窓口へお越しくださぁ~~い。」
アナウンスに促され立ち上がるタケシ。
「すいません、呼ばれましたので…。」
「ええ、またゆっくりお話しましょうね。」
タケシとの挨拶を済ませると、わたしの方にも向き直るケイコさん。
「あなたもね、タツロー。
近いうちに、再開することになるでしょうから…ね。」
「わん!」
わたしは愛想よく返事を済ませ、ケイコさんと別れました。
すると、クイーンがケイコさんの膝から降りて、わたしのところまでやって来ます。
「それじゃぁ~ね、坊や。」
そう言ってクイーンは、わたしの額を軽く舐め、ウィンクを送るとケイコさんの膝へと帰っていきました。
さて、住民課の窓口へ向かうと、先程の女性が我々を迎えてくれます。
「こちらが、木之本さんの住民票です。
ご家族などの記入欄に不備がないかご確認下さい。」
住民票を受け取り、一通りの内容を確認するタケシ。
「はい、問題ありません。」
「本籍地は、現住所に合わせるという事で問題ありませんか?」
「はい、お願いします。」
「分かりました…と、こちらの住所は…。」
そう言って、法務省の登記簿謄本を確認する女性。
「はい、確認できました。
こちら、固定資産税も発生しますのでご注意下さい。」
「分かりました。」
とりあえず、家主変更の手続きが正式に完了した瞬間です。
その後、印鑑登録証の手続き、住民税や国保、年金の説明を一通り受けたところで、わたしとタケシのミッションはコンプリートとなりました。
さて、窓口の席を立ち振り返ると、ケイコさんとクイーンが先程の席からずっとこちらを笑顔で眺めています。
「お先に失礼します。」
タケシとわたしも笑顔を返して、役所を後にしました。
これでようやく、木之本夫妻は自宅を手に入れ、わたしとミカも安住の地を確保できました。




