表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/8

大草原のボッチ犬

 皆さん、こんにちは。

 わたしは「タツロー」と申します。

 見ての通り、毛艶もよろしく、座る姿も精悍なブルテリアにございます。

 まぁ、わたしの全身をお見せすることがかなわないのは痛恨の極みにございます。

 

 さて、わたしの眼前には、蒼天と大海原のような草原が広がっています。

 所々に、島を思わせるような林のような木の密集した場所が散在し、吹き渡る風にそよぐ草のうねりを見れば、()()()と形容した意味もご理解頂けるかもしれません。

 この草原に身を置き、大きなあくびを一つ付き、ゆっくりと眠りにつく!

  わたしに与えられた至高の時間であり、前世では願っても得られなかった怠惰な日々がここにはあります。


 もっとも、ほんの数刻前まではペットの地位に甘んじておりましたわたし。

 「この大飯食らいのゴクツブシィィィッ!」

 確か、飼い主さんと別れた最後の言葉は、この一言だったと思います。

首輪を外され、厄払いよろしくドッグフードともどもにこの草原に放り出され、『お野良』に()()いたしましたのがつい数刻前の朝のことでした。


 ()飼い主さんは、週末のたびに「キャンプだぁ!バーベキューだぁ!」とアウトドアまっしぐらの豪快なご家族でした。

当然のことながら、お散歩も率先してくれるという、一般的なワン子にとっては、願ったり叶ったりの有り難い飼い主さんのハズなのです。

ただ、残念な事にわたしは生来のインドア派です。

平日の散歩は程々に、週末などは書斎に籠もり、まったりと読書などが出来るのであれば、文句はございませんでした。


もっとも、ワン子が書斎に居座り、あまつさえ読書に興じる姿など、誰が想像できるものでしょうか?

部屋に溢れかえるワン子のムダ毛と泥足の汚れ。

鼻につくのは、ワン子特有の獣臭いニ・オ・イと、ヨダレでベトベトになってしまう本の方々。


当然の事ながら、わたしは書斎への入室を禁止され、玄関かイヌ小屋周辺が生活圏と規定されます。

本にしても、ワケの分からない雑誌が投げ与えられ、正直読む気にもなれません…せいぜい引き破って、飼い主さんのご機嫌を取るのが関の山でした。


イヌらしくないわたしの所作の数々に、飼い主さんの鬱積も溜まりに溜まり、わたしは草原へ放逐される事に…。

まぁ、なってしまったものは仕方ありません。


 さてさて、ここまでくると、どうしようもなく不思議に感じられることがあるのではないかと思います。

 お察しの通り、わたしの前世は『独身貴族』という名の四十路サラリーマン、いわゆる人間からワン子に転生してしまったのです。

 ご丁寧なことに、生活圏を含めた風景は前世から何一つ変わっておわず、変わった事と言えば、身なりと住処ぐらいだけのようでした。

 

 とりあえず、もう一眠りしてから、今後の身の振り方について、ぼちぼち考える事にします。

 幸か不幸か、ドッグフードも捨ててくれたおかげで、当座の食事は何とかなりそうです。

 穏やかな日差しと、草原を渡る温暖な風にも導かれ、わたしは眠ることにしました。


 数刻後…


 ヒヤリとする風が頬をくすぐったところで目が覚めました。

 土の湿り気から来る嫌なニオイが鼻を突いてきます。

 周囲を見渡せば、いつの間にか曇天が広がり、草原の端では雨が振り始めているような白いモヤも見えています。


「お前さん、ここは水浸しになっちゃうよ!

 さっさと逃げなさい。」

 わたしの後方から走ってきたシェルティが立ち止まって声をかけてくれました。

「何処へ逃げれば良いんでしょうか?」

「着いてきなさい!」

 わたしの質問に間髪入れず、答えると走り出す彼女。


 ですが、わたしの周りには命の次に大事なドッグフードたちが散らかっています。

(仕方ない!)

 ビーフジャーキの袋を口に咥え、ドッグフードの袋を前足で抱えあげ二足歩行で走れば、そんなわたしの姿を二度見して立ち止まってしまう彼女。

「わたしの事は気にしないで!急ぎましょう!」

「は、はい!」


 颯爽と…まではいきませんが、とりあえず短いスライドで走るわたしと、わたしの声で正気に戻ったのか、彼女も走り出しました。

 やがて、わたしたちの前方に、島のような小高い林が見えてきました。

「こっちよ!」

 彼女が檄を飛ばしてきます。

 ポツリポツリと雨も振り始めてきました。

 眼前の林に彼女が飛び込み、ようやくわたしも林に飛び込めました。


 さて、林から草原の方へ振り返ると、雨が降るという生易しい状況ではありません。

 もはや滝のような雨、スコールでした。

 滝のように叩きつける雨に、草原は瞬く間に大海原に様変わりしていきました。

 やがて、高台になっている林の足元にもヒタヒタと波が打ち寄せてきます。

 どうやら、わたしは彼女に助けられたようです。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ