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24話 攫え

一位を取った夜、部屋の空気は壊れていた。


もちろん、いい意味でだ。


早乙女は泣きながら笑っているし、久瀬は「うるさい」と言いながら自分も笑っていた。

水島だけは相変わらず静かだったが、その静かさの奥で、何かがようやくほどけた顔をしていた。


俺も、正直、信じられなかった。


黒曜会の上。

狐塚の上。

ランキングの、一番上に俺たちの作品がある。


「やったぁああああ!」


早乙女がまた叫ぶ。


「近所迷惑」


久瀬が言う。


「うるさい、今日はいいんですよ!」


「よくない」


「いいんです!」


そんなやり取りさえ、妙に愛おしかった。


机の上には、売上のメモと、ランキングの画面と、空になった缶コーヒーが散らばっている。

最悪だ。

でも、最高だった。


「……で」


久瀬が画面を見ながら言う。


「これで手術代、どこまで行ったの」


俺は封筒の中の計算メモを見た。


「ほぼ届く」

「入院費まで全部見たら、まだ軽くはねぇ」

「だが、組長の手術そのものは、もうやれる」


早乙女が、目を丸くする。


「ほんとに?」


「ああ」


「じゃあ」


「ようやくだ」


その一言が、自分でも思ったより重かった。


組長の手術代。

あの人の枯れた手を握ってから、ずっと胸の奥で鳴っていた数字だ。


上納。

組の金。

同人の売上。

ランキング。

全部、そのために走ってきた。


なのに今は、それだけじゃなくなっている。


「真壁さん」


早乙女が、少しだけ声を落として言った。


「あ?」


「私、ちょっと報告あるんですけど」


「何だ」


早乙女は、さっきまでの浮かれた顔を少しだけ引っ込めた。


「大手から連絡来てます」


部屋が静かになる。


「大手?」


俺が聞き返すと、早乙女は頷いた。


「出版社です」

「商業の方」

「前から少しやり取りしてたとこもあるんですけど、今回の流れで、改めて連絡が来てて」


久瀬が、へえ、と小さく言う。

水島は、早乙女の顔を見たまま黙っている。


「もちろん」


早乙女がすぐに続ける。


「今すぐチーム抜けるとか、そういう話じゃないです」

「連載が決まったわけでもないし、企画が通っても、実際に動き出すまで普通に一年くらいかかるのはザラですし」


「そういうもんか」


「そういうもんです」

「だから、今すぐどうこうじゃないです」


俺は短く頷いた。


頭のどこかでは、少しだけ冷たいものが動いていた。


当然だろうな、と思う。

ここまでやれたんだ。

声もかかるだろう。

早乙女がずっと描きたかった場所へ、少しずつ近づいていくのは自然だ。


だが同時に、俺たちのラインから、いつか離れていく未来も見える。


金のこともある。

戦力のこともある。

正直、内心は複雑だった。


でも。


「おめでとう」


俺は言った。


早乙女が少しだけ目を見開く。


「……え」


「頑張れよ」

「上手くいくことを願ってる」


それ以上は何も言わなかった。


引き留めるようなことも、冗談にして濁すことも。


あれだけ手伝ってくれたんだ。

俺の都合で、ここに縛るなんてことはしたくなかった。


早乙女はしばらく黙っていたが、やがて少しだけ笑った。


「ありがとうございます」


その笑い方は、前よりも少し大人だった。


水島が小さく言う。


「まあ、声がかかるのは当然だ」


「何でちょっと偉そうなんですか」


「俺が見てた作家だからな」


「嫌な編集」


久瀬がぼそっと呟く。


だが、その声もどこか柔らかかった。


翌日から、俺はまた組へ顔を出した。


金を持っていく。

頭を下げる。

若頭と話す。

手術の段取りを詰める。


やることは山ほどあった。

それでも今は、前より呼吸があった。


金がある。

結果が出ている。

組長の手術も現実になる。


組の中でも、俺を見る目は変わっていた。

真下組も、俺自身も、少しずつ上へ引っ張られ始めている。


だが、そのことを昔ほど素直には喜べなかった。


人の心は霧だ。


寄ってくる顔も、

頭を下げる角度も、

結局は風向き次第で変わる。


今は調子がいいから寄ってきてるだけかもしれない。

落ちたら、またすぐに散る。


そういう顔を、俺は何度も見てきた。


だったら、本当に信じられるのは誰だ。


創作の話になると目が変わる、あいつらなのかもしれない。

水島、早乙女、久瀬。

あのどうしようもない三人の方が、よほど本気だ。


組長に居場所をもらった俺が、今度はあいつらの居場所を守る。

そんな考えが、最近妙に腹の底へ残るようになっていた。


その日の夕方だった。


携帯が震えた。


画面を見る。


水島。


珍しい、と思った瞬間、嫌な感じがした。


「何だ」


出る。


返事がない。


代わりに、向こうから荒い呼吸音だけが聞こえた。


「おい」


『……真壁』


水島の声だった。

だが、いつもの感じの悪さがどこにもない。

掠れていて、低くて、妙に遠い。


『久瀬と……早乙女が……』


そこで、一度言葉が切れた。


俺の背中が冷える。


「何だ」


『攫われた』


その一言で、頭の中の何かが止まる。


「何だと」


『アパートに来い』

『今すぐ』


通話が切れた。


俺は車の鍵を掴んでいた。

考えるより先に身体が動く。


アクセルを踏む。

信号なんて、まともに見ていなかった。


胸の奥で、嫌な予感がもう答えになっている。


こんなことをする奴は、一人しかいない。


仕事場代わりにしているあのアパートへ着くと、外から見ても様子がおかしかった。


窓が割れている。

階段の手すりに、赤いものが少し飛んでいた。


車を飛び降りる。

二段飛ばしで階段を上がる。

ドアは半開きだった。


中に入った瞬間、足が止まる。


部屋は荒らされていた。


机はひっくり返り、

液タブは床へ落ち、

紙も原稿もぐちゃぐちゃに踏み荒らされている。


そして、水島が転がっていた。


頭を殴られたのか、額から血が流れている。

壁際に座り込もうとして、途中で崩れたみたいな格好だ。


「水島!」


駆け寄る。


水島は意識はあった。

だが、顔色が悪い。


「……遅い」


「喋るな」


早乙女の声は、ない。


久瀬の毒も、ない。


部屋の中には、水島しかいなかった。


「どこだ」


俺の声は、自分でも驚くくらい低かった。


「二人は」


水島が血のついた手で床を押さえながら、息を整える。


「やられた」

「三人……いや、四人か」

「入ってきて、俺だけ先に潰された」


「顔は見たか」


「見た」

「でも、知らない」



腹の奥が、熱くなる。


「早乙女と久瀬は?」


「連れていかれた」


それ以上を聞く必要はなかった。


こんなことをする奴は、一人しかいない。


狐塚だ。


黒曜会。

ランキングで負けた。

順位で、作品で、俺たちに負けた。

だから、今度は場ごと壊しに来た。


高校の時と同じだ。


自分では手を汚さず、

人を使い、

空気を握って、

こちらの居場所を奪う。


何も変わっちゃいない。


床に散らばった紙を踏みしめる。

液タブの割れた画面に、俺の顔が歪んで映る。


このまま、直参である狐塚に手を出せば、どうなるかくらい分かっている。


高校の時みたいに、俺はまた全部失うかもしれない。

今度は学校じゃない。

組だ。

立場だ。

金だ。

組長の手術だ。

せっかくここまで来たものが、全部飛ぶかもしれない。


それでも、構わなかった。


唇を噛みしめる。


拳が自然に握られる。


狐塚。


今度は、絶対に逃がさない。

読んでいただいてありがとうございます!


クライマックスに突入です。


読み終わりましたら上の☆マークを五つ分頂けますと幸いです。

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