↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/32

22話 最高の一作


「最高の一作を作る」


口にしたのはいいものの。

部屋に落ちた沈黙は、妙に重かった。


勢いだけじゃ届かない相手がいる。

しかも、その相手の正体は狐塚だ。


黒曜会。

あいつが率いている。


そう分かった瞬間から、ただの順位争いじゃなくなった。

上にいる競合じゃない。

昔から俺を見下ろして、空気ごと握ってきた相手だ。


「で」


久瀬が缶コーヒーを机に置いた。


「最高の一作って、具体的に何するの」


早乙女が液タブの電源を入れる。

水島は黒曜会の作品ページを開いたまま、しばらく動かなかった。


「まず、向こうの弱点を探す」


水島が言った。


「弱点?」


俺が訊くと、水島は画面を指で叩いた。


「強い相手には必ず癖がある」

「その癖が、長所にも短所にもなる」


「分析ってやつか」


「そう」

「今までは“何で上にいるか”を見てた」

「ここからは、“何で落とせるか”を見る」


久瀬が少しだけ口元を上げた。


「感じ悪い」

「でも好き」


「うるせぇ」


水島はランキング一覧と、黒曜会の作品群を並べる。

公開日時。

紹介文。

更新間隔。

サンプル構成。

表紙の色味。

感想欄の言葉。


「……まず、これ」


早乙女が画面を覗き込んで言う。


「更新曜日、だいたい同じですね」


俺も見る。


たしかにそうだった。

木曜の深夜から金曜の未明。

ほとんど同じ時間帯に、新作も、更新も、追加サンプルも入っている。


「決まってるな」


「決まってる」


水島が頷く。


「たぶん向こう、配信曜日を固定してる」

「それ自体は強い」

「読者が待ちやすいからな」


「でも弱点にもなる?」


早乙女が訊く。


「なる」


久瀬が答えた。


「固定ってことは、逆に言えば“そこでしか動けない”ってことだから」

「しかも毎回この精度で出してるなら、向こうの作家は相当削ってる」


その言葉に、水島が目を細める。


「……そうだな」


黒曜会のサンプルをもう一度開く。

たしかに、出来はいい。

整理されている。

売り場で止まる顔をしている。


だが、続けて数作見ると、妙な冷たさが見えてきた。


「同じだな」


俺が呟く。


「何が」


「抜く位置」

「軽くする位置」

「見せ場の作り方」

「全部じゃねぇが、同じ匂いがする」


水島がこっちを見た。

少しだけ驚いた顔だ。


「分かるか」


「何となくだがな」

「上手いんだろうけど、毎回どっかで“整いすぎる”」


久瀬が、うん、と頷く。


「それ」

「強いんだけど、ちょっと息が揃いすぎてる」

「たぶん編集が勝ってる時の作品だ」


早乙女が不思議そうに言う。


「勝ってるのに、弱点なんですか」


水島が答える。


「勝ち方を知ってると、外しづらくなる」

「外すのが怖くなる」

「だから、どうしても“勝てる形”へ寄せる」

「それは安定するけど、時々、読者の心を本気でえぐる一歩が消える」


部屋が少し静かになる。


黒曜会は強い。

でも、強いからこそ、同じ勝ち方を繰り返している。


「疲れてるのかもな」


俺が言うと、早乙女が画面を見る。


「作家が?」


「作家も、編集も、両方だ」


水島が言った。


「向こうはたぶん、ずっと“勝つ形”を維持してる」

「それはしんどい」

「しかも同じ曜日、同じ強度で回してるなら、なおさらだ」


久瀬が鼻で笑う。


「締切に追われ続けた人間の顔って、作品にも出るからね」


「分かるのか」


「分かるよ」

「読んでると、“ここ本当はもっと汚くしたかったんだろうな”ってとこがある」

「でも整えてる」

「整えないと回らないから」


早乙女が、小さく息を呑んだ。


「じゃあ、今の黒曜会って」

「上手いけど、ちょっとだけ苦しそうなんですね」


「そうだ」


水島が即答した。


「完成度は高い」

「でも、“今ここでどうしてもこれを描きたい”って衝動が、少し削れてる」

「勝ち続けるために、感情を均してる」


その言葉が妙に腹に落ちた。


勝つために均す。

整える。

外さない。

たしかに強い。


だが、俺たちが今持ってるものはそこじゃない。


こっちはまだ、傷も、怒りも、喜びも、生っぽい。

きれいに揃っていない。

その分、見苦しい。

でも、多分それが武器になる。


「じゃあ勝ち筋は」


俺が訊く。


水島は、黒曜会のページを閉じた。


「熱だよ」


短い言葉だった。


「向こうの方が上手い」

「向こうの方が慣れてる」

「でも、今の向こうには少し足りない」

「“どうしてもこれを描かずにいられない”って熱だ」


久瀬が頷く。


「技術じゃなくて、感情を一段上げる」


「そう」

「ただし、生っぽいだけじゃ駄目だ」

「ちゃんと売り場に置ける形にはする」

「でも最後の一歩は、整えすぎない」


早乙女の目が、少しだけ光った。


「それ、好きです」


「だろうな」


「じゃあ、何描くんですか」


その問いに、部屋が静まる。


俺は机の上の紙を見る。

黒曜会のメモ。

狐塚の名前。

高校の順位。

組長の手術代。

早乙女のBL。

久瀬の毒。

水島の敗北感。


全部ある。


だったら、使うしかない。


「見下されても、まだ立ってる奴の話だ」


俺が言った。


「上から全部決められて、空気を握られて、順位も付けられて」

「それでも最後まで、自分の意地だけで立ってる奴の話」


早乙女が、ゆっくり頷く。


「いい」

「しかも、それ、今の真壁さんそのものですね」


「うるせぇ」


「でも本質です」


久瀬がメモに何かを書きながら言う。


「じゃあ、相手役は?」

「その意地を笑いながら試してくる奴が要る」


水島が小さく言う。


「勝てない相手、でもいい」

「ただし、ただ強いだけじゃなく、“こっちを見ている”奴」


その言葉で、狐塚の顔が浮かんだ。


綺麗な顔で、

綺麗な理屈で、

一歩引いたところからこちらを見ている男。


「入れる」


俺が言う。


「露骨にはしねぇ」

「でも芯は入れる」


水島が頷く。


「そこだな」

「向こうは現実を作品へ変えることに慣れてる」

「だったらこっちも、現実をただ燃やすんじゃなく、届く形へ変える」


「で、いつ出す?」


久瀬が訊く。


「黒曜会の更新曜日、木曜深夜なんだろ」


「ああ」


「だったら、その前だ」


俺が言う。


三人がこっちを見る。


「向こうがいつも置いてる棚の、少し前に置く」

「同じ客が見るタイミングで、“今週はこっちが強い”と思わせる」


早乙女が、ちょっと興奮した顔をする。


「喧嘩ですね」


「喧嘩だよ」


久瀬が少し笑う。


「ヤクザらしくなってきた」


「最初からヤクザだ」


水島も珍しく否定しなかった。


「悪くない」

「配信曜日を固定してるなら、そこを逆手に取れる」

「ただし、間に合わせるだけの急造じゃ意味がない」

「ちゃんと、今の一番をぶつける」


俺は大きく息を吐いた。


勝ち筋は見えた。


黒曜会は強い。

だが、整いすぎている。

勝つ形を知っているがゆえに、少しだけ均されている。


だったらこっちは――

もっと生々しく行く。


上手さじゃ負けるかもしれない。

整理でもまだ及ばないかもしれない。


でも、今ここで本気で描きたいものの熱量だけは、まだこっちが勝てる。


「やるぞ」


俺が言うと、早乙女がすぐにペンを握った。


久瀬も、メモの端へ新しいラフの構図を書き始める。

水島は、もう売り場の顔を考えていた。


液タブの光が、少しだけ強く見えた。


黒曜会の弱点は、たぶん“疲れてること”じゃない。


疲れていても勝つ形に持っていけるだけの強さがある。

そこは素直に認めるしかない。


本当の弱点は――

勝つために、少しだけ整いすぎていること。


だったら俺たちは、そこを越える。


整えながら、最後の一歩は均さない。

こっちの怒りも、意地も、嬉しさも、悔しさも、ちゃんと残したまま作品にする。


最高の一作。


ようやく、その言葉の中身が見え始めていた。

読んでいただいてありがとうございます!



読み終わりましたら上の☆マークを五つ分頂けますと幸いです。

リアクション、レビュー、感想、ブックマークよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。