表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/32

20話 居場所

本家からの帰り道。


ハンドルを握る手に、妙な力が入っていた。


狐塚。


黒曜会。


やっぱりあいつだった。


赤信号で車を止め、フロントガラスの向こうの夜を見た。

街灯の明かりが、滲んだように路面へ落ちている。

妙に遠い光だった。


狐塚の顔が、頭の中から消えない。


あいつとは、高校からだ。


俺は片親だった。

母親一人で育ててもらった。


別に、それを言い訳にするつもりはなかった。

むしろ逆だった。


片親だから駄目だとか、金がないから無理だとか、

そういうことを言う連中に、努力で黙れと言いたかった。


だから勉強もした。

スポーツにも打ち込んだ。


努力をすれば、人生は何とかなる。

そう社会に見せつけてやるつもりだった。


歯車が狂ったのは、高校に入ってからだった。

進学校だった。


周りには、親が金を持っている連中ばかりいた。

制服の着こなし、持ち物、休み時間の会話、家の話。

何もかもが俺とは違っていた。


正直、浮いていたと思う。


だが、それでも諦めなかった。


テストでは一位を取っていた。

実力があれば認められる。

頑張っていれば報われる。

そう信じていた。


……きっと、生意気に見られていたんだろうな。


片親で、金もなくて、周りと馴染めもしないくせに、順位だけは上。

それが気に食わなかったんだと思う。


俺は、いじめられた。


かなり陰湿だった。


殴る蹴るみたいな、まだ分かりやすいもんじゃない。

物が隠される。

仲間外れにされる。

人格を否定するような噂を流される。

そういうやつだ。


できないことを笑われるなら、できるようになれば止むと思っていた。

足が遅いなら走ればいい。

頭が悪いなら勉強すればいい。

喋りが下手なら上手くなればいい。


でも違った。


あいつらは、俺の何ができるかなんて見ていなかった。

俺の存在そのものが気に食わないのだ。


どうしようもない。


周りで助けてくれる人間なんざ、いなかった。


見て見ぬふり。

面倒ごとに巻き込まれたくない顔。

ああいうのは今でも忘れられない。


ある日、狐塚のグループの連中と言い争いになった。


ほんの些細なことだった。

今となっちゃ、きっかけなんてどうでもいい。

どうせ最初から、何か理由をつけて俺を押し込めたかっただけだ。


言い争いは、そのまま喧嘩になった。


馬鹿らしい殴り合いだった。


机が倒れて、椅子が鳴って、周りが騒いで。

なのに、元凶である狐塚は一歩引いたところで見ていた。


自分では手を出さない。


取り巻きにやらせて、場の空気だけを支配して、最後は自分に都合のいい形で収める。

あの態度に、心底ムカついた。


ああいう奴が一番嫌いだった。


綺麗な顔で、綺麗な言葉で、自分だけは泥の外に立ってるつもりの奴。


だから、隙を見て狐塚をぶん殴った。


周りはあっけに取られていた。

狐塚自身も、さすがに動揺していた。


今まで自分のところへ飛んでくると思っていなかったんだろう。


だが、あいつはすぐに立て直した。

頬を押さえながら、皮肉みたいな笑みを浮かべて、その場を収めた。


まるで、自分の思い通りの茶番だったみたいな顔で。


あの顔も、今でも覚えている。


後日、教師に呼び出された。


弁明は聞き入れられなかった。

事情なんて関係ない。

殴った事実だけが残る。


学校は狐塚の親である代議士に

気を使ったのかもしれない。


結局、分かりやすく手を出した方が負けだ。


誰も助けてくれる人間はいなかった。


俺はやけになって、喧嘩に明け暮れた。


別に、正義感が残っていたわけじゃない。

ただ、もうどうでもよくなっただけだ。


実力があれば認められる。

頑張っていれば報われる。

そんなもの、綺麗事だとしか思えなくなった。


努力しても、結局、空気を握る奴が勝つ。

金や立場を持ってる奴が、最後には笑う。

その現実を、腐るほど見せつけられた。


……いや。


一人だけ、助けてくれる人間はいたな。


組長だった。


やけになって荒れていた俺を拾って、飯を食わせて、寝る場所をくれた。

説教はされた。

怒鳴られもした。

だが、それでも「ここにいろ」と言ってくれた。


初めてだった。


俺みたいなどうしようもない人間に、

まだ居場所があると思わせてくれたのは。


信号が青に変わる。

アクセルを踏む。


黒曜会。

狐塚。

ランキング。

過去。


全部が一本の線で繋がっている気がした。


あいつは今も変わらない。


自分は一歩引いた場所に立って、他人を使って、空気を支配する。

しかも今度は、それを作品にまでしてやがる。


俺との関係そのものを、形を変えて売り物にしている。


腹が立つ。


だが、それ以上に、妙な納得もあった。


狐塚ならやる。


昔から、あいつはそういう奴だった。


だったら――

今度こそ、ひっくり返す。


教室ではできなかったことを。

あの時、誰も助けてくれなかった場所で終わった勝負を。

今度は、作品と順位で。


アパートが見えてくる。


あの灯りのついた部屋の中には、

水島と、早乙女と、久瀬がいる。


どうしようもなくて、面倒で、傷だらけの連中。

でも、あいつらは少なくとも、俺の話を“作品の材料”としてだけ見ていない。

ちゃんと面白がり、揉めて、真剣に一コマを語る。


あの部屋は、少しだけ昔の組長のいた場所に似ている気がした。


傷物がいてもいい。

どうしようもない奴でも、まだ何かを作っていていい。

そう思える場所だ。


だったら、俺は今度は、その場所を守る側でいたい。


車を停め、エンジンを切る。


しばらく動けなかった。


組長に拾われたあの日から、ずっと俺は「与えられる側」だった。

居場所も、役目も、義理も。


だが今、初めて少しだけ思う。


俺も誰かに、居場所を作れるのかもしれない。


水島に。

早乙女に。

久瀬に。


どうしようもないこいつらが、

どうしようもないままで、

それでも一緒に前へ進める場所を。


そして、その場所で作った作品で、一位を取りたい。


その思いは、もうただの対抗心じゃなかった。


狐塚に勝ちたい。

それは本当だ。


だが、それだけじゃない。


このチームで勝ちたい。


かつて組長が俺にくれたものを、

今度は俺が、こいつらに返す番なのかもしれなかった。


俺は静かに車を降りた。


夜風はぬるい。

だが、胸の奥だけは妙に熱かった。

読んでいただいてありがとうございます!


20年以上前の事を未だに引きづっているのは真壁にとってはショックな事だったんでしょうね。

狐塚も似た様にトラウマになってるから真壁に執着しているのかもしれませんが


読み終わりましたら上の☆マークを五つ分頂けますと幸いです。

リアクション、レビュー、感想、ブックマークよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ