10話 ヤクザの顔
リアルな裏社会を交えたBLは
どうやらコアな層に突き刺さったらしい。
正直何だこれはとは思っていたものの
結果としては5万ダウンロードも売れた。
水島は「初でこれは快挙だ」と
言っていた。
1本あたり770円で販売し
サークルの取り分としては一本当たり
440円程なので2200万
取り分としては
早乙女40%・水島10%・俺50%
俺は 1,100万円ほど手に入れる事になった。
とにかくマンガを作りたい連中なので
あんまり金に対してうるさくは
言われなかった。
上納金は払えたが組長の
手術代にはまだまだ足りず
もっと稼がないといけない。
水島と早乙女の二人は
次回作への作品作りへとせっせと邁進していた。
全く求めていなかったものだが
こういう熱は悪くない。
自分が元居た
ギスギスとした世界ではない場所へ
居場所ができ始めているような気がした。
急に電話が鳴る。
「若頭だ」
早乙女が顔を上げる。
水島は何も言わないが、少しだけ視線が鋭くなる。
俺は通話に出た。
「何です」
『真壁、今夜、本家だ』
その一言で、背中が少しだけ固まる。
「……急ですね」
『上納の件だ』
『お前も顔を出せ、って話になった』
「何故オレを?」
『知らんが狐塚って
直参がお前に声をかけたらしい』
「狐塚!?」
嫌な記憶が蘇る。
ギリっと奥歯を噛む。
高校の時に俺は奴をぶん殴った。
それから全てを失い
気がつけばヤクザになっていた。
『遅れるなよ』
通話が切れる。
部屋が静まる。
早乙女が最初に口を開いた。
「本家って……」
「上の組織だ」
「え、嫌な予感しかしないんですけど」
「オレもだ」
水島が低く言う。
「その顔は、かなり面倒な場所に行く顔だな」
俺は携帯をポケットに戻した。
「面倒だ」
「でも行かねぇわけにはいかねぇ」
机の上には、ようやく固まりかけた作品の骨。
整い始めた導線。
それを、またヤクザの世界の空気が遮りに来る。
腹立たしい。
だが、これが現実だ。
俺はまだそっち側の人間でもある。
「今夜戻るまでに、お前らは表紙ラフと紹介文の叩き台を作れ」
早乙女が即座に反応する。
「え、今からですか!?」
「今からだ」
「人使い荒い!」
「若頭補佐だからな」
水島が小さく笑った。
「ようやく肩書きが活きたな」
「うるせぇ」
俺は立ち上がり、壁にかけていた上着を取る。
夜はまだ少し早いが、本家に行くならそれなりの顔を作らなきゃならねぇ。
だが、玄関へ向かう前に一度だけ振り返った。
液タブの光。
机に散ったメモ。
死にかけ編集と借金まみれBL作家。
ここにはもう確かに“俺の作りかけの居場所”みたいなものがある。
それを、向こうの世界に知られたくないと思った。
その感情が、少しだけ自分でも意外だった。
「真壁さん」
早乙女が呼ぶ。
「あ?」
「気をつけてくださいね」
「誰に言ってる」
「ヤクザに」
「今さらだろ」
「今さらだからだよ」
少しだけ笑う。
水島は紙を揃えながら、顔も上げずに言った。
「狐塚がいたら、余計なことは喋るなよ」
足が止まる。
「何で知ってる」
「顔を見てれば分かる」
「一人だけ具体的な嫌な顔をした」
さすがに腹が立った。
「全部見てやがるな」
「編集だからな」
俺は舌打ちして、ドアを開ける。
外は夕方の湿った空気だった。
川の匂いも、紙の匂いも、煙草の匂いもない。
代わりに、アスファルトと車の匂いがした。
こっから先はまた別の顔だ。
極道の顔。
間下組、若頭補佐、真壁真一。
だがその胸の奥では、別の火がまだ消えずに残っていた。
今夜、本家でどれだけ嫌な思いをしようが、戻ってくる場所がある。
そう思ったのは、多分これが初めてだった。
俺は車の鍵を鳴らしながら、薄暗くなり始めた道へ向かった。
今夜、また狐塚に会うかもしれない。
だったらちょうどいい。
昔の順位も、
今の順位も、
まとめてひっくり返してやる。
読んでいただいてありがとうございます!
次回、順調に進んでいた真壁は本家で因縁の相手と相まみえる事になります
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