5.
時が経つのは意外に早いもので、中間テストが終わり答案用紙が返却されると共に座学の成績も修正期間を既に終えて確定した。今週末からいよいよ夏休みが始まる。
今日も今日とてダンジョンに潜っていた俺は、今ちょうど帰りだ。
扉を2回ノックして何時も通り慣れた様子で「失礼します」と言って保健室の扉を開ける。
「これは……また、無茶をしたみたいだね……」
「いつもありがとうございます。回復魔法お願いします。」
ダンジョン内の第六〜第七階層で走り回りながら偶にゴブリンやコボルトの集団と戦って来た。その際に1年生の時とは異なり、怪我をしないように出来るだけ隠れたり逃げながら、丁度いい敵の数や魔法や弓など遠距離攻撃を持っていそうな存在とは戦わない等の制限を全て排除し戦闘を行っている。
そのため、刀傷みたいな切り傷や打撲により色が変色して青緑から紫色になった皮膚が身体中を覆い尽くし、さらに良く見ると、ところどころ矢の鏃が刺さって抜けた矢傷跡が見られる。
加えて、火の魔法が直撃した事を要因とする火傷で左腕の皮膚は爛れてデロデロとゲル状のようになっており、他者から見れば非常に痛ましい姿をしている。
帰りに迷宮の第一階層で麻痺毒を持つ小型サンショウウオを小川のような地形付近で見つけて捕まえ、火傷した左腕に何回か噛ませた。そのため今は腕が持ち上がらず、普段感じない腕の重さをズシンと感じ、どこか自分の腕が異物のように感じてしまう。
痛みに関しては、噛ませた際に少し感じたので火傷はそこまで皮膚を侵食していないのかも知れない。
少なくとも今日は、水脹れが破れた跡が灰白色や黒ずんでたり炭化しているようには見えないし、火傷してからずっと熱を帯びた感じでズキズキと痛かった。
相手の攻撃で火傷を覆うまでに必要な回数も増えてるから、大分怪我しにくくなっているのも分かる。
「ベッド空いてるけど座るかい?見たところ寝転がったら痛みそうだからコッチの椅子でも良いから先ずは座りな。」
「じゃあ、コッチの椅子で。」
一番最初に保健室で治療して貰った際に使用した椅子に腰掛ける。
ちなみに今日は、初めて保健室に来た時にいたお爺さん先生とは違い、おばちゃん先生みたいな見た目40〜50代くらいの恰幅の良い先生が治療してくれるらしい。何人か先生が居るから、24時間365日持ち回りで仕事してるんだとか。
いつ、緊急の治療が必要になるか分からないから。
住んでいるのもこの学校近くと言っていた。一年に一回くらいパーティ全員が結構な重症で運び込まれるケースがあるらしく、その時は勤務時間でも徴集される事もあるんだとか。
めったにないらしいけど。
「じゃあ、先ずはその腕から治療しようか。」
火傷した左腕の方に先生が手を当てると、治癒の光が腕を覆うように広がって癒し始める。
皮膚にゲル状に広がっていた組織が綺麗になって行き、肉が僅かに盛り上がるように細胞が修復される。
俺は静かに目を閉じて、その治癒の感覚に集中する。
あともうちょっとで何かを掴める感じがするので、先生に話しかけられない間はずっとそうしている。
「ん?あんた、これ火傷だけじゃないね?この感覚は……弱いけど神経毒かい?」
先生は困惑しながらも、緑色の燐光を右手で出しながら、左手から茶色に近い色の光を出して毒を消していく。
回復魔法は全員同じ光の色をしているのかと思っていた当初からここ数ヶ月の通い詰めを通して、最近「人によって色や回復速度、治り方が全然違う」というある意味当たり前の事に気がついた。
怪我の回復をする時は、緑系の似たような色が多いのに、毒消しの時とかは結構皆バラバラだったのを、怪訝な表情をしている先生を見ながら思い出した。
独り言かどうか判断に迷ったので、敢えて先生の疑問には答えずに、言葉に反応して一瞬開いた瞼をまた閉じる。
「これで腕はよしっと。次は胴体だね。」
そんな感じで、胴、右腕、裂傷のある左右の太もも。それから、スライムの酸により皮膚が張りつくようにパリッとした右頬から右耳。
打撲の跡が多い顔の左側面。
といった順で治してくれた。
「よし。これで見た感じは全部治せたけど、他に何かあるかい?」
「はい。実は左右の足も怪我をしてしまったので、治して欲しいです。」
そう言って、靴を脱ぐ。
「……あんた、どうやったらこんな所にこんな傷が出来るって言うんだい?」
「はは、運が悪くて。」
当然、自分でやった事なのだが、恍けたように軽く笑ってから、靴下すら履いてない左右の足を先生に見せる。
酸で焼けたようにぐちゃぐちゃになって、靴からも刺激臭が漂いそうなソレを見て先生は眉間に皺を寄せていた。
「まあ、将来の探索者に対して深く追及するのはマナー違反ってのは重々承知してるから聞けないけど、命は大事にしなよ。少なくとも、今はまだ学生なんだからさ。」
先生の心配混じりの言葉が、何故か耳に残ってしまって心が痛かった。
「ありがとうございましたー。」
辺りは暗く、ダンジョンに探索していると時間感覚が狂ってしまう事から形骸化しているとは言え、一応門限を過ぎているため寮母さんに保健室で書いて貰った診断書の提出をしてから自室に戻る。
夏休み直前という事も相まって座学の授業で宿題は特に出ていない。他の高校では出される可能性のある休暇課題等も特に出る予定がない為、それを前倒ししてやる必要もなく今寮に居る学生は大抵放課後暇になる。
風呂や夕食を取るのに30分程度掛けて、現在時刻22時半を少し過ぎた程度。寝るにはまだ早い気がして持て余す時間だ。
そこで、他の学生と同様に動画鑑賞や漫画含めた読書を携帯端末を使用して電子書籍で読み、熱中する程の作品に出会わない日は大抵24時に他の部屋からゲームしているらしき叫び声を聞きながして「あー、またやってんな」と思いながら就寝する。
そんな日々を過ごすこと数日。明日から夏休み。
明日からの自分流ダンジョン計画を頭の中で妄想しながら、明日の休みの為にダンジョンをそこそこで切り上げようとした帰り。
大して珍しくもないゴブリンのパーティに接敵した。
もはや慣れてしまった命のやり取り。
戦闘で、最後まで立っていたゴブリンが殴られ蹴られと暴行を受け過ぎて、フラフラになりながらもなんとか命を賭して振りかぶった剣が振り落とされるのを、避けることすらせずに掌で掴もうとして、想像していたよりパックリと切り裂かれた手から血が溢れ落ちるのを、生じる痛みごと無視して、未だ殺意が残る敵を殴り殺した瞬間。
身体の中で何かが結び付いて形作られる、そんな不思議な感覚がした。
まさか!と思って、いつものように小さいサンショウウオやスライムを使った訓練はすっぽかし、直帰するはずだった予定を変更して役所のスキル鑑定室に向かう。
「あの、すいません!」
早めに帰った為、最近は帰り際に空いている事のなかった受付がギリギリ開いており、駆け込むようにして職員の人に話掛ける。
「はい、あの…大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です。スキル鑑定お願いします。」
時間ギリギリなので「間に合うか?」とドキドキしながら聞いてみる。
「はい、スキル鑑定自体は可能です。ですが、その、酷いお怪我をされといるようですが……」
「? ああ、いや大丈夫ですよこれくらい。」
後から考えれば、純粋な心配とは別に「せめて火魔法でゲル状になっている火傷跡くらいは綺麗にしてから入れ(部屋が汚れる)」と暗に言われていたのかも知れないが、このときの俺はそれどころではなかった。兎に角鑑定を受けられそうな事に安堵していた。
「そ、そうですか。それでは、探索者証のご提示をお願いします。」
「はい!これでお願いします。」
「お預かりします・・・えっと、白瀬様は探索科の学生でいらっしゃいますで、月一で無料の鑑定が受けられるかと思います。ですが、本日鑑定してしまうと別途鑑定料が発生してしまうのですが、如何でしょうか?」
「ありがとうます。でも、知っているので大丈夫です。鑑定料を支払うので、今日鑑定して欲しいです。」
「かしこまりました。お支払い方法は如何なさいますか?」
「探索者証でお願いします。」
「かしこまりました。それではこちらに手を置いて頂いて、少々お待ちください・・・お待たせ致しました。引き落としが完了しましたので、奥の1番カウンターで鑑定の方をよろしくお願いします。」
「分かりました。ありがとうございます。」
探索者証に紐付いた口座から鑑定料を支払った俺は、受付の人に案内された「1」と書かれてる鑑定室にやって来た。
人が前に並んでいない事、それから扉が閉まっていない事を確認して入室する。
「こんにちは。鑑定をお願いします。」
「こんにちは…あの、怪我をしているようですが大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です。」
「そ、そうですか。それでは、扉を閉めて頂いて・・ありがとうございます。こちらにお掛け下さい。」
防音の為厚く作られた扉を指示通りに閉め、学校でいつも受ける時と同様に、案内された席に座った。
「では、鑑定を始めさせて頂きます。」
ここから気まずい時間を数秒経て、印刷された紙を震えそうになりながら受け取る。
スキル欄に「最大速度常態可」と書かれている下に、「痛覚鈍化」と書かれていた。
涙が自然と出て来た。
「あ、あの。もしお辛いようでしたら救護室にこちらから連絡する事も可能ですが…」
「……いえ…すいません。結果が、嬉しくて………鑑定…ありがとうございました。」
「いえ、良い結果だったのなら良かったです。」
そう言って、職員さんを困らせながらも、これ以上迷惑にならないようにと、冷静な部分が残る頭を使ってなんとか一礼だけし、鑑定室から退出する。
そして、気づけば保健室まで辿り着いていた。
涙も収まり、治療を受ける。
「おや、珍しい。今日は怪我が少ないね。
それに、良い事でもあったのかい?」
「はい、初めてスキルが生えて……」
この日は、お爺さん先生の当番で、いつもより長く話し込んでしまった良い日だった。
初めて生えたスキルは耐性系で、実際は全然大したものではなかったけれど、クラスメイトが続々と新しいスキルが生えたと喜んでいる所を最近よく目にしてきて、その度に取り残されて行くような気分になっていたから、思わず泣いてしまう程度には、
とても、嬉しかったのを覚えてる。




