10.
2年生の夏休み明け、座学の内容は1年の時と比較してより高度になっているが、今期は座学のみでなく実習にも内容の変更があった。
選択制で様々な専門分野の実習が開始する。
ちなみに、俺は魔物解剖学の実習を選択した。
入学当初の予定では、バラエティに富む魔法系の実習を選択予定だったが、現時点までに魔法系統のスキルを持ってないため、時間の浪費になると判断して泣く泣く諦めた。
来年までになんらかの魔法スキルが芽生えないかと祈って、半年間は魔物解剖の技術習得に集中する事にした。
解剖実習を選択した理由の一つとしては、他の生徒グループと自分を冷静に比べた時、現時点ではどうしようもないことではあるけど、火力不足感がどうしても拭えないからだ。
魔物の脆い部位を知りそこを突くことで、多少なりとも不足しているパワーを補えないかと考えた。
体術も選択肢に入っていたが、一朝一夕に身につく物でもないと考えて、結局は魔物解剖にした。
もう一つの理由としては、今まで実習で行っていた階層での探索は、放課後の探索よりも時間が少なく、現状と照らし合わせると非効率感が否めなかったからだ。
怪我人の有無や、そもそもちゃんと生徒が戻って来ているかの人数確認が、担当教員の責任問題になる関係で、時間は厳守。
安全確保に関する行動に時間を多く掛ける。
そのため、一斉に各グループが潜る状況へ必然的になってしまうため、自分の気質のせいではあるけど、動き出しに遠慮してしまって走れない。
まぁ、一番気に掛かったのは集団行動過ぎてついていけないってことなんだけど。
基本ソロでやって来たし。
そんな感じの考えで、探索に後で役立ちそうな知識や経験の獲得に、在学中は専念する方向で舵を切った。
「今日から実際に魔物の解体を行う。
今日解体する魔物は、君たちは既に遭遇したことがあるゴブリンだ。
私たちの人体に似た構造で、魔物の中では初心者でも体の構造がイメージし易い。だが、人間の人体に近すぎること、多分君たちは始めての解体だろうから、気分が悪くなった人は無理せず私か近くの職員に申し出るように!
それから、一応専用の刃物を取り扱うので、怪我をしないように十分気をつける事!
ここまでで何か質問がある人!……居ないようだな、解体途中に分からない事があったら、遠慮せずに手を挙げてくれ。それじゃあ、見本を見せるから近くのディスプレイを見てくれ。」
そうして、担当教員からの説明が始まる。
初めてのだったから、手元に用意された資料にメモを取りながらディスプレイを眺める。
「…と、説明はこんな感じだ。それでは、各々解体開始!」
ちょうど見やすいディスプレイが真上に付いていたため、長時間見上げ過ぎて首に若干の痛みを感じながら解体を始める。
解体用のナイフを一本手に取り、ゴブリンの胸から腹をY字に裂く。
死因と思われる首元の大きく開いた傷口から、既に血液の大部分が抜けているようで、熱は感じない。
それどころか、冷凍された魚のような冷たさと感触が手を介して伝わってくる。
ゴム手袋が用意されていたが、任意らしいので現場に少しでも近づけるため、敢えて付けずに解体を始める。
力の加減が分からなくて、ガタガタの軌跡を描きながら仰向けのゴブリンの皮膚にナイフを差し込んで引く、という動作を繰り返すと、なんとか内臓は傷つけずに切り開けた。
内臓は形が若干違うらしいけど、素人目には人間の内臓とそんなに変わらないように見える。
内臓は細菌感染のリスクを避けるために、肉の使い道がないゴブリンであっても最優的に取り除いた方が良いとの事だ。
本来、ゴブリンの解体であれば、魔石以外の回収するものは少ないので胸骨や肋骨の隙間を縫うように切り、必要ならば周辺の内臓を退けるが、それ以外には触れないのが基本となる。
しかし、授業の目的として魔物の体構造の理解も含まれるため、一つ一つ最初に説明された部位を見つけながら切り分けて行く。
ナイフは数種類用意されていたが、不便さをあまり感じなかったのでモーラナイフで全て処理をした。
初心者のうちは、刃物の扱いに慣れていないため、1〜2種類の解体用刃物で十分だと説明があったから下手にチャレンジはしなかった。
軽く周囲を見渡すと、数種類使い分けている人はごく少数派で、大体が俺が今使っているナイフと同じのを使っているらしい。
使い分けているのは、将来魔物解体をする職業希望の人達か?
もしくは、作業スピード的に経験者の可能性もあるか。
なんて考えながら、心臓部の魔石を取り出す。
不思議な事に、魔物は人間にとっての心臓の代わりに魔石を持つが、心臓とは異なる構造をしているはずの石にも、人間の心臓に近い太い血管がつながつている。
この魔石と魔物の体を巡る血管が、どのような仕組みで動いているかについて、解明は未だにされていないため、現在も研究が続いていると担当の先生が話を脱線させていたが、確かにこれは不思議だった。
最初は未経験のため集中していたが、実習の後半には放課後のダンジョンで何をしようかをついつい考えてしまっていた。
ゴブリンを4体目解体し始めて数分後のタイミング、余裕が出て来た油断からかナイフを滑らせてしまった。
「痛ッ!」
滑ったナイフの刃先は、綺麗に親指の中央に刺さり、勢いそのまま側面を通過した。
「うん?痛く、ない…」
あまりに勢い良くヒットしたので、反射的に声を出してしまったが、親指をよく見ると切れ目は浅く、切り口の薄皮が切れて多少血が滲む程度だった。
上げた声の割に被害が微小過ぎて、若干恥ずかしさが込み上げて来て顔が熱くなったが、同時に嬉しさも広がった。
どうやら、ダンジョンで毎日毎日魔物にボコられる日々を過ごしたのは無駄ではなかったようだ。
まさか、こんな事で日課が役に立つなんて思いもしなかったが、なんだか報われたような気がした。
細菌について結構口うるさく注意されていたので、実習後の手洗いは念入りに行い、浅い傷のため怪我人として申告はせずに、放課後はさっさと準備していつも通りダンジョンに向かった。
日課から帰って来て保健室で回復魔法を掛けて貰う時、実習の時の傷口に注意していると、魔法が直接掛けられている訳ではないのに、傷口が塞がって行くのが見られた。
もしかしたら、「自然治癒促進」が何らかの影響を与えているのかも知れない。




