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まるくんの夢物語  作者: まるくん
第8章 「車懸り」の陣
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カラス天狗から、上杉謙信の「車懸りの陣」という戦い方を教えてもらい、海の国との決戦に勝利する。

 

 中国の史書には「邪馬台国は連合国家」と記述があったので、私は大王様にたずねました。

「まわりの国とかはヤマト大国に好意をもっているのでしょうか?」

「いろいろである。ヤマト大国が好きな国もあれば、嫌いな国もある」

「海のほうの国は、ほかの国々との結びつきはあるのでしょうか?」

 私は海の国に知恵者が居れば、かならず私たちの武器を真似ると恐れていました。その武器を使って攻めてくると、いったい何人の兵がそれを持つことになるのかと不安になりました。私の知略など、本を読んで知っていただけのもので、知恵者がなにか突拍子もない事と考えるのではないかと思いました。

「海のほうの国は、たくさんの国を従えておる。ヤマト大国に従っていた国もいくつかが海のほうに加わった」

「それらの国々を取り込むことは出来ませんか?」

「1度離れた国に頭を下げろと申すか? そんな事は願い下げだ。ヤマト大国が嫌いならば、嫌いでよし」

「無駄な戦はお避けになったほうが賢明かと存じます。戦をするたびに死者がでます。好きとか嫌いではなく、利があるならば、仲間にすべきでは?」

「そんな事は出来ぬ」

「しかし、それでは死ぬ人間が、、。」

「出来ぬ! と申しておる! もう話すことはない! 下がれ」

 私は大王様の屋敷をあとにすると、気が重くなりました。私の戦の仕方は本を読み、知識として知っているだけで、自分の知恵で生み出したものではありません。敵の知恵者が新しい戦、私の知らない戦を仕掛けてきたら、対処できないかもしれません。

 サラリーマン時代の重苦しい気分が蘇って来ました。とくに日曜日の夕方は、月曜日の出社を考えると物憂く沈んでいました。

 電車に乗って映画を観に行き、暗くなった帰りにしとしと雨が降っていた事がありました。濡れた舗道にネオンが映って鮮やかだったのが、車が踏みつけていくと、ピカソの絵のように壊れました。カーペンターズの「雨の日と月曜日」が頭に流れてきて、「雨の日と月曜日はいつも気が滅入ってしまう」という歌詞を思い出しました。私は、月曜日の仕事を考えてしまい、急に憂鬱になりました。

 戦いのことを考えるとふさぎ込んでしまいます。

「まるくん、どうしたの?」

 感の鋭い凜が聞いて来ました。

「戦いがあるかと思うと気分が滅入るんだ」

「重荷になっているの?」

「責任がのし掛かってくる」

「まるくん頑張って! としか言えないわ」

 そのとおりだと思いました。戦いになるまえに出来ることはやってみよう、と自分を奮い立たせました。

 敵が弓矢や投石など真似されれば、私たちの兵士も無事では済みません。私は、竹の盾の後ろにつっかえ棒をつけて、地面に据え置けられる物も作りました。弓矢を打ちながら、石を投げながら、身を隠せることが出来ました。

 勘太を呼んで、

「君には手下がたくさんいるだろう。彼らを色々な国にやって様子を見てくれないか。とくに海のほうの国の様子はくわしく探ってくれ」

 と頼みました。

「わっかりやした。おやすい御用でやんす。あっしには手下がいっぺい居るから問題ありやせん。さっそく手下どもを向かわせやす」

 私が知恵者に勝てるのは、この情報戦だけです。これだけはなんとしても負けられません。

 夕食のとき、

「ねぇねぇ、まるくん。最近おかしなことがあるの」

 凜が私に言いました。

「おかしなこと?」

「そうなの、なんだかカラスがじっと見ている」

「カラスが? 勘太の手下だろ」

「私も最初はそう思ったんだけど、勘太のことも木のあいだから覗いている。1度、勘太に聞いてみようと思って忘れてたわ」

「そうそう、私もそのカラスを見たわ」

 シズカも同じことを言いました。

 夜が明けて、陽が昇り、高くなると、私は凜とシズカを連れて、集落のまわりを観察しました。目のいいシズカがさっそくカラスを見つけました。凜も見つけたようでした。シズカが言う方向に目を凝らして見ましたが、なかなか見つけられませんでした。

「木の枝に止まっている。葉っぱに隠れているわ」

 木の葉が重なり合うところで、やっとカラスを見つけられました。

「あの木の葉っぱの影だな」

「そうよ、勘太の手下だったらあんな風に隠れないでしょ」

 私は、「勘太!」と呼びました。

「へい、旦那。なにか御用で」

「あそこの木に止まっているカラスは勘太の手下か?」

「どれどれ、どこの木でやんすか?」

「あそこの木だ。葉っぱの陰に隠れている」

「誰でぃ、ありゃ。ようござんす。あっしが行って確かめて来やんす」

 勘太がその木に飛んで行くと、1羽のカラスが飛び去りました。勘太はそのカラスを追いかけ、体当たりしました。

 戻って来た勘太は、

「あいつは、あっしの手下じゃありません。カラス大王の手下です」

 と説明した。

「カラス大王って聞いたことがあるぞ!」

「源三よ! カラスの源三に襲われたことがある」

 シズカが叫びました。

「ああ、そうだ。源三もカラス大王に命令されたと言っていた。カラス大王とは何者だ」

「へい、カラス大王は悪の塊のようなやつでさぁ。この辺りの悪党カラスの親玉で、代が替わってもカラス大王を名乗ってやんす。おいらですかい? おいらは真っ当なカラスでやんす。おいらの親玉はカラス天狗さまでさぁ」

「カラス大王の手下がこの集落を見張っていたのか?」

 ひょっとして海の国の偵察部隊ではないかと思いました。それが事実なら情報戦で優位に立てると思っていた私の考えを根底から崩すことになります。

「あのカラスが誰から頼まれたか調べられるか? 海の国と関係があるか、とくに調べてくれ」

「へい、わかりやした。調べてみましょう」


 その夜、夢を見ました。夢というよりは、カラス天狗様の言葉を借りて言えば、映像に近いものだと言えばいいのでしょうか?

「まるくん。お主の意識に邪魔されないように、お主が寝ているときやって来た」

 誰かが私に話しかけてきました。

「私はカラス天狗という者だ。お主に大事なことを伝えるためにお主の寝ているときに現れた。さきに勘太に尋ねられたことを教える。お主を監視していたカラスは海の国と繋がっておる。勘太にはそのカラスたちを集落に近づけないように命じたので心配するな」

 カラス天狗様はそう言うと、私に映像を見せました。

「これは川中島の戦いだ。上杉謙信と武田信玄の戦いだ。この上杉謙信の戦い方をよく見て覚えよ」

 毘沙門天の「毘」を旗指物にする上杉謙信が武田信玄の陣に襲い掛かっていました。武田信玄のほうは「風林火山」です。上杉謙信は相手の陣に対して斜めに進み、先頭が止まると鉄砲隊が進み出て一斉射撃しました。鉄砲隊が弾込めしているあいだ、弓矢隊が矢を放ち、相手がひるむと戦闘部隊が攻撃しました。斜めに進んだ部隊が順番に相手と対して、半円形になりました。すると最初に当たった先頭の部隊から順番に退いて行き、車に近い形になりました。その時出来た武田軍の隙間に上杉謙信が突進していきました。

「これは上杉謙信の『車懸りの陣』だ。しかしこれは味方にも犠牲が出る。そのことはしっかり心にとめておくように」

 そいうとカラス天狗様は消えました。

 翌朝になってもその映像が目の奥に鮮明にありました。

「車懸りの陣」は、川中島の4度目の戦いで行われたのでよく知られていますが、謎が多く誰も実体を知りません。軍記物語にいろいろと書かれていますが、その通りにすれば、戦う事は不可能と言われています。また、これを実際に作ったのは北信濃の豪族、村上義清で、この戦術で武田信玄の大部隊を2度も打ち負かして、信玄にも傷を負わせました。だが村上義清も兵の損失が激しくて越後に逃げ、そのとき頼った上杉謙信にこの戦術を教えたという説があります。

 映像を見た私は、「車懸りの陣」を知ることが出来ました。

 カラス天狗様がこれを教えてくれたという事は、この「車懸りの陣」が必要になってくるだろうと予測しました。この予想に応じて、私はさまざまな準備をしました。大王様やユズルさんにこの陣を教え、兵の動かし方などを相談し、実地訓練なども行いました。

 勘太がやって来て情報を私にくれました。

「旦那、海のほうでたくさんの兵があつまってやんす」

「どれくらいだ」

「あっちこっちの国からやって来ているので、詳しい数はわかりやせん」

「分かった。勘太、お前はこのまま監視を頼む。どこの国からやって来ているのか、それも探ってくれ」

 私はその情報を大王様に伝えました。

「なんと、海の国は兵を集めていると申すか」

「詳しいことは分かり次第、申し上げますが、我がほうも準備が必要です」

「しかし、なぜそのほうはそれを知っておる。かねてより不思議だとは思っていた」

 カラス天狗様のことや勘太のことを包み隠さず大王様に申し上げました。私自体が不思議と思われているので、動物と話が出来ると言っても、大王様に変なところも驚きも感じませんでした。人間は知識が増えると同時に、動物と話せる人間はいないという事実を知りますが、この時代だと「そういう種類の人間」もいるのだと思っているだけでした。

 ヤマト大国と友好な国に使いの者をやって、兵を出してくれるように頼みました。それらの兵が集まって来て集落は賑わいましたが、食べる物を用意しないといけないので、私たちは川で魚を取り、山で食べられる物を探しました。

 凜とシズカは目が覚めると、モモカの姿を探します。目のいいシズカがモモカを見つけると飛んで行き、肩に止まって「何してるの?」と興味を示します。「なになに、どうしたの?」と凜もシズカの後を追ってモモカに話しかけます。このころ私は気がついたのですが、モモカは動物と話ができるようです。

 昼が過ぎて、私たちは集落を出て野草を探しました。食糧が少なくなってきたので、野草を粟や米に混ぜて雑炊にして腹を含ませるためです。ユズルさんは、サクラとモモカと一緒に野草を取っています。凜とシズカがモモカのそばに行きたがるので、しぜんと私も彼らのほうへ近づくことになります。

「これと同じような草を探して」

 モモカがそう言うと、凛は鼻をくんくんさせて草の匂いを嗅ぎ、シズカは素早く飛んで目の良さで空の上から探しましました。凜は鼻を突き出して、風の中に草の匂いを感じ取ろうとしています。シズカは飛びまわって疲れたのか、木の上から見下ろしていました。

「賢い犬とスズメね」

 サクラは感心して言いました。

 早速、凜が、

「モモカさん、こっちにたくさんあるよ」

 と呼び、シズカも「モモカさん、こっちだよ」と叫ぶと、モモカはその場所に歩いて行きました。

「おとう! おねぇちゃん! こっちにたくさんあるよ!」

 と手招きしました。

 サクラが小走りで行き、草を取り始めました。私は、草を取るサクラとモモカのまわりをシズカが飛び交い、凜が走る姿を追っていました。私は手をやすめてしばらく見ていました。

「まるくん、こっちにたくさんあるよ」

 サクラが手を振って私を呼びました。私は我にかえって急いでその場所に向かいました。

「ほんとだ。たくさんあるね」

 と私が言うと、ユズルさんが、

「凛とシズカは、お手柄です。おかげでこんなに取れました」

 と褒めました。

「これだけあると、今日はたくさん食べられますわ」

 サクラは嬉しそうに言うと、

「お腹いっぱいになるね」

 モモカは嬉しそうに言いました。

 凜とシズカは「私が見つけたのよ」、「いや、わたしよ」と言い争っていましたが、モモカが「そんなに喧嘩しないの」といさめました。

 野草がたくさん取れたのか、モモカは凜やシズカと鬼ごっこを始めました。

 ユズルさんとサクラも石の上に腰かけて、休憩していました。私もそのとなりに座って休みました。

「モモカにも妹が出来たみたいだわ」

「ほんとだね。妹みたいだ」

 ユズルさんは、モモカや凜、シズカのほうを見つめながら同じことを言いました。

 凜は、モモカの裾を嚙みついてブルブルとしています。モモカは凜から逃れて、ユズルさんのほうに走って来ました。凜は追いかけてモモカに飛びつきました。モモカは、「きゃあー」と言いながらユズルさんの背中に抱きつきました。

 シズカがモモカの頭に止まりました。

「今日から、凛とシズカをお宅に泊めてもらえませんか」

「えっ?」とユズルさんはモモカに抱きつかれたまま目を丸くして私を見、「でも、そんなことをしたら、まるくんが淋しくなりませんか」と聞いて来ました。

「私はずっとひとりだったので、淋しいとかは思いません。馴れているということでしょうか。お宅が邪魔でなければ、という事ですが」

「邪魔という事はありませんわ。モモカはいつも私から離れないし、いいお話相手ができます」

 サクラは賛成してくれました。

「サクラがそう言うなら、2匹、いや二人を泊めようか」

 その野草はこの日の夕食になり、私はユズルさんの家でご馳走になりました。サクラがこの野草を雑炊にして作り、素焼きのお碗に入れてくれました。素朴な囲炉裏の火がみんなの顔を照らす中、私たちは熱い雑炊にふうふうと息を吹きながら食べました。ご馳走になったあと、私は家に帰り、お腹が膨らんですぐに寝つきました。

 毎日のように野草や木の実を取り、魚を網で取っても、食事の量はだんだんと少なくなっていきました。それでも集落の人々は我慢し、兵士たちに食事を提供しました。


 数日が経ち、勘太から再び知らせが届きました。

「旦那、海の国の兵が山の裾野にまで迫ってやんす。かなりの数でさぁ、いよいよですぜ」

 大王様もこの知らせに眉をひそめた。

「まるくん、準備は整ったか?」

「はい、大王様。すべての配置が完了し、兵たちも待機しております」

 私たちには「車懸りの陣」の準備が出来ていました。いまや、あの教えが生かされるときです。緊張のなか、大王様が号令をかけました。

「皆の者、進軍せよ!」

「おう!」

 あちこちで掛け声が起きて、集落が湧きたちました。編成を済ませた兵士たちが山のほうに向かいます。その兵士たちひとりひとりに、大王様が「頼むぞ! しっかりやろう!」と声を掛けました。兵士たちは「任せてください」と大王様の手を取って応えていました。集落の人々が兵士たちを見送りました。ユズルさんは、サクラとモモカに声を掛けていました。

「おとう、気をつけてね」

 サクラが言うと、

「お前たちも気をつけるんだよ」

 とユズルさんは答えました。「おとう!」とモモカがユズルさんに抱きつきました。「モモカも気をつけてな」とユズルさんがモモカの背中を軽く叩いて言いました。

 モモカがユズルさんから離れようとしないので、サクラが抱きかかえて無理に退き剥がしました。私も凜とシズカをサクラに託しました。そんな光景が隊列のあちらこちらで見かけられました。

 兵士たちは集落の人々の声援を受けながら、戦いの場へと出て行きました。リリコさんが立っていて、「ご無事で」と私に言いました。私は軽くうなずきました。


 山の裾野では、海の国の兵が展開していました。部隊ごとに幾つもの塊になっていて、それが左右と前後に広がっていました。「それにしても数が多い」と私はつぶやいてしまいました。その数は勘太に教えられて覚悟はしていましたが、実際に見ると、その数はもっと多いのではないかと思いました。

「これは鶴翼の陣?」

 この時代にこの陣形を知っているのは、考えられない事でした。

 敵兵は鶴翼の陣形を崩さずに我がほうに向かってきました。

 カラス天狗様から教えられた通りに、兵士の隊列を斜めに進ませて、私たちの本陣も同じように進みました。もう敵の顔の目や鼻や表情まで見えてきました。

 敵を目の前にして、弓矢隊と石投げ隊が、左に展開した500人隊の前に出て攻撃させました。相手からも矢と石が飛んで来ました。

「予想通りだ。相手も真似をしている」

 早速、据置型の盾が役に立ちました。味方は盾を置いて、その攻撃をしのぎ、矢と石を撃ち掛けました。

 相手の隊に混乱が見えて、「強い隊」に突撃させました。

 500人隊は喊声をあげて敵にぶつかりました。次の500人隊を右隣の敵に突撃させました。3番目の500人隊をさらに右隣の敵に突撃させました。

 ヤマト大国の陣形は斜めに進んでいます。

 私たちの右側も敵に攻撃されてきたので、後方の500人隊を充てました。その形は車の形をしていました。これが「車懸り」の陣の姿でした。

 戦いが進んで頃合いをみて、1番目の500人隊に連絡板を「トトン、トトン」と叩いて退き下げさせました。戦いながら徐々に下がるように訓練していました。故意に負けているように見せかけました。

 敵はここぞとばかりに攻め込んできました。2番目の500人隊にも退き下げの合図を送りました。かれらも徐々に退き下がると、敵が前進してきました。

 私は止まっていた車を動かしたのです。

「敵は恐れをなしたか! 退き始めたぞ! 進め! 進め!」

 敵の兵士が喚いています。

 3番目の500人隊も退き下げました。私たちの本陣とそれぞれの500人隊との距離が開いて来て、敵がその隙間に攻めてくると予備隊の一部を充てました。

 4番目の500人隊に中央の突撃を命じました。彼らはもっとも強い隊です。喊声もすさまじく、私の耳にも大きく聞こえました。中央の500人隊は、味方が退き下がる中で、奮戦しました。この部隊が退き下がると、カラス天狗様に教えられた私の戦術が狂う事になります。中央の500人隊は、敵の集中攻撃に耐えてよく戦っていました。

 斜め陣のヤマト大国に敵が攻め込んで来ると、敵陣のあいだに隙間が出来てきました。敵は調子に乗って攻め込んできたので、後方の陣と開きが出て来ました。

 ここがチャンスとみて、

「大王様! 本陣を突撃させましょう」

 と進言しました。

「相分かった! 突撃!!」

 連絡板が「トントン、トントン」と打ち鳴らされました。相手の隙間にヤマト大国の精鋭部隊が一気になだれ込みました。ユズルさんが大王様の前に出て、走り出しました。大王様も走って突撃し、私も走り続けました。見事に私たちは敵の背後にまわり、うしろから攻撃して敵の混乱を誘いました。

 退き下がっていた1番目、2番目、3番目の500人隊も反転して攻撃に転じています。完璧だった敵の鶴翼の陣が徐々に崩れて行きました。私たちは敵の本陣にむかって、攻撃を始めました。先頭にはユズルさんが突撃していました。大王様も私もその中を走って行き、海の国王の顔が見えるほどになっていました。

 防ぐ者、攻撃する者がぶつかり合い、槍と槍が打ち合う音や悲鳴や喚声が私の耳を覆いました。その音の中、高齢の私も必死で戦いました。なにがどうなっているのか分かりませんでしたが、敵に向かって槍を突き出しているだけでした。とにかく槍を突き出さなければ、やられると思いました。腹の座っている大王様は、瞬く間に相手を倒していきます。

 海の国王が逃げ始めました。逃がさないように追って行きますが、敵の兵士がふさがってきて、断念せざるを得ませんでした。私たちの被害も大きくて、追いかけることは出来ませんでした。


 戦いの興奮が冷めぬまま、私はその場に立ち尽くしていました。ヤマト大国や、海の国の兵が散らばって倒れており、激しい闘いがあったことを思い知らされました。

 私は呆然と立ち尽くしました。 そこかしこで、うめき声が聞こえ、

「これで終わったのか」

 と悩みました。

 遠くに陽がかすみ、見張りの兵士たちが焚火を焚く中、薄暗い道を私たちは怪我人を抱えて集落に戻りました。戻るさなか私は、「これで良かったのか」と疑問に思いました。

 朝早くから、私たちは戦いで死んだ兵士たちを回収しました。死者を集落の近くに集めて横に並べました。私は戦場と集落を何度も往復して運んだので、筋肉がピクピクと震えていました。死者の近くでは女たちが埋葬するための穴を掘っていました。「おとう!」と泣き叫ぶ声が死者のそばで聞こえてきました。横にすわって静かにしている者もいれば、死者に覆いかぶさっている者もいました。

「これは味方にも犠牲が出る」

 カラス天狗様の言葉がよみがえりました。戦いに犠牲はつき物だと分かっていたことですが、改めてその言葉の意味を思い知らされました。

 あらかたの死者を運ぶと、私たちは穴掘りを手伝いました。

 シズカと凜の姿に気がついて、私は彼女たちに死者の姿を見せたくなかったので、集落に戻るように言おうと思って近づくと、モモカが泣きじゃくっていました。まさかと思った私は疲れていましたが、走って行って確かめました。

 サクラとモモカの前にはユズルさんが横たわっていました。泣いているモモカをサクラが強く抱きしめていました。

 サクラの目にも涙が溢れそうでしたが、歯を食いしばって口を固く閉ざして、泣きじゃくるモモカの背中を撫でていました。凜はそのかたわらに座ってモモカを見つめていました。シズカは凜の頭の上に止まってさえずっていました。

 リリコさんが無心で穴を掘っていたので、私も手伝ってユズルさんを穴に葬りました。サクラはさかんに瞬きして、ユズルさんの最後を見届けようとしていました。

 私は、ユズルさんに土を掛けると、凜が「ワン!」と吠えました。私はそのイヌ語が聞き取れませんでした。と同時にモモカが墓穴に飛び込んで、ユズルさんに抱きついて泣きじゃくりました。サクラも墓穴に飛び込んで来ました。

 私とリリコさんは、茫然と立っているしか出来ませんでした。私は墓穴に入って、サクラとモモカを引き離そうとしましたが、しがみついて離れませんでした。見兼ねたのか、近くにいた大人たちがやって来て、サクラとモモカを無理やり退き剥がしました。その途端、サクラは大声で泣き始め、リリコさんも泣き始めました。

 大人たちが姉妹を引き留めているうちに、私はリリコさんと泣きながら、土を掛けていきました。サクラは大人たちに引き留められながらも、片手でユズルさんに土を掛けました。

 暗くなってきて、リチギさんが焚火に火をつけ、死者たちに備えると、その灯りに照らされたヒミコ様が呪文を唱えて冥福を祈りました。私がヒミコ様を見たのはそれが最初で最後でした。

 呪文が終わると、北風が吹いていました。私は腕を擦りながら、冬が来たのを知りました。

 夜、私たちは、ユズルさんの家で、みんなと過ごしました。リリコさんが夕食の準備をしてくれ、座ってなさいと言ったのに、サクラは彼女の手伝いをしていました。凜はモモカの膝に乗って撫でられていました。みんな口数も少なく、囲炉裏の火を見つめていました。私もその火を見つめながら、今夜は多くの家で死んだ人をしのびながら過ごしているのだと感じました。モモカはシズカの膝を枕に寝てしましましたが、彼女の頭をそっと降ろすと立ち上がって外に出ました。リリコがそのあとを追い、私も遅れて外に出ました。サクラがリリコに抱きついて泣いていました。嗚咽を堪えるような「ヒッ、ヒッ」というサクラの声が聞こえてきました。

 私はいつの間にか寝ていたようで、凜に起こされて朝を知りました。私は目がさめて不思議な感覚に襲われました。自分がなにか得体の知れない者になっている気がしました。胸の奥から波が広がるような感覚、何もかも飲み込んで行く大津波のような感覚、それでいて恐ろしさはなく、むしろ穏やかで優しく包まれていました。部屋の空気がいつもとは違うように感じました。澄み切った何かが流れ込んでくるようで、静けさの中に隠された力強さがありました。自分の中で何かが変わったとしか思えませんでした。

「まるくん、どうしたの? なにかいつもと違うような感じがする」

「いつもと違う? どんな感じ?」

「なんだかとても清潔になったような気がする」

「いつもは汚いみたいな言い方だな」

 私は自分の身なりを見まわして、匂いまで嗅ぎました。

「身体が汚いとかじゃない。とても透き通っていて、どこか清々しい感じがするの」

「それって透明人間っていうこと?」

「雰囲気が、って事! それからなにかとても広くて大きなものがまるくんを包み込んでいる」

「何んなのかわかる?」

「わからないわ」

 凜は首をかしげましたが、澄み切った空気の中で、耳には何も聞こえないはずなのに、どこかで風のささやきのような音が聞こえた気がしました。

 軽く朝食を済ませたあと、私は大王様に会いに行きました。なぜかそうしないといけないような、理由はわかりませんでしたが、どうしても大王様に会わなければならないという思いだけが、私を突き動かしました。それがどこから来るものなのか、考える余裕もありませんでした。

「とつぜんで恐れ入ります。どうしても申し上げたいことがございます」

「うむ。なんなりと申せ」

「海の国と話し合いはできませんか?」

「ならぬ! あの国のせいで多くの人間が死んだのだぞ。死んだ人間に言い訳ができぬ」

「このままでは死ぬ人が増えるだけで、お互いに得することは何もありません。大王様の広いお心をお示しになることが必要です」

 大王様は腕組みをして天井を見つめていました。

「最後には両方の国が滅んでしまいます」

 私は続けて言いましたが、大王様は無言でいました。長い時間が流れて、「実は姉上にも言われておる」と明かしました。姉上とはヒミコ様のことです。

「そんな事は出来ぬ、と姉上にも断った」

「人が居なければ、その国がさかんになることはありません」

「それも分かっておる」

「ヤマト大国を離れた国を説き伏せたらいかがですか? その国ならば説き伏せやすいと思います」

「我が国を裏切って離れた国だぞ。そんな事が出来るか!」

「今回の戦いで勝ちをおさめましたので、離れた国々も説き伏せやすいと思います。ひとつずつ説き伏せて、我が国に加えることで、海の国を孤立させるのです。そうすれば話し合いもし易くなりますし、海の国が断れなくなります。ぜひ大王様のお心の広さをお示しください」

 大王様は、また腕組みをして天井を見上げ、しばらくしてから、

「わかった。考えさせてくれ」

 と言いました。

 主だった人たちが大王様の家に呼ばれ、10日のあいだ話し合いが行われ、国々に何度も使いの者が遣わされました。やがてヤマト大国に賛同する国が現れて、その数が増えてくると雪崩を打ったように我が国は最大勢力になりました。大王様は、その国々を集めて連合国家を建て、自らが王になるのではなく、ヒミコ様を前面に立てて女王様としました。


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