ジョンとマリーヌの華やかな結婚式と、生徒たちの美観地区の観光を通して、文化や絆が深まります。新しい学校の入学式では、生徒たちが希望に満ちた新たな一歩を踏み出し、小さな泡の中に大きな幸せが映りました。
アメリカから帰国したマリーヌは、すぐにジョンと倉敷教会で結婚式を挙げました。
式当日の朝8時、まるくんたちは貸切バスでペレシュ城を出発しました。春休み中だったこともあり、参加する生徒は多くありませんでしたが、自宅から教会へ駆けつけた生徒もいました。
橋田みつゑ、正次、詩織の家族、アンナ・マリノフスキさん、ジャクリーンの母・キャサリンの姿もありました。
アメリカからジョンの両親、ふたりの兄とそれぞれの奥さんが列席しました。
「あのお転婆娘のマリーヌと結婚するんだってね」
「こんなに綺麗な女性になると思わなかった」
「ジョンのお陰で日本に来ることが出来たわ」
その両親と兄夫婦たちは、ジョンとマリーヌを祝福しました。
パイプオルガンが「デンマーク王子の行進」を演奏し、式の開始を知らせました。
ジョンとマリーヌは教会の入口でその曲が終わるのを静かに待ちました。
バッハのカンタータ「主よ、人の望みの喜びよ」が鳴り響くと、ふたりはゆっくりとバージンロードを歩き始めました。
マリーヌのドレスの裾は、萌々香と紫鬼が大切そうに持っていました。
牧師の前で結婚の誓いを立てたふたりは、指輪を交換し、ジョンがマリーヌにキスをしました。
続けてアルカデルトの「アヴェ・マリア」が聖歌隊により歌われ、最後はメンデルスゾーンの「結婚行進曲」で締めくくられました。
式が終わって外に出ると、アマンディーヌがブーケをみんなに向かって投げました。
それを見事にキャッチしたのは、森崎先生でした。
「やったぁ! 次は私ね」
「先生、好きな人がいるの?」
「いないわよ」
「嘘だぁ! 赤くなってるよ〜」
「ほんとにいないってば!」
バスケ部員たちは、ふたりにシャボン玉を吹きかけました。
お米の値段が高騰しているため、世間に配慮してライスシャワーではなくシャボン玉にしたのです。
「マム、今日はとても綺麗よ」
「ありがとう、アマンディーヌ」
「アマンディーヌ、これからよろしくね」
ふたりはタクシーに乗り、新幹線の岡山駅へ向かいました。
まるくんたちは貸切バスで美観地区に向かいました。
貸切バスを美観地区の駐車場に停め、和食レストラン「白壁の宿 菊屋」に歩いて向かいました。そこで32人分の予約をしていました
白壁の蔵屋敷が並ぶ川沿いの通りは、観光客でにぎわっていました。
「すごい! 川舟が浮かんでる!」
「人力車もあるよ」
「お土産屋さんがいっぱい」
生徒たちは目を輝かせて、思い思いに写真を撮って騒いでいました。
「白壁の宿 菊屋」では、落ち着いた雰囲気の座敷に案内されました。
鯛の塩焼きや茶碗蒸し、天ぷらなどが並びました。
「うわ〜、ごちそうだ〜」
「いただきます!」
食後には、名物の「むらすずめ」や「デニムまんじゅう」を買い求める生徒の姿もありました。
昼食後は自由行動にしましたが、宿泊組は倉敷アイビースクウェアホテルで、荷物を預けました。ホテルのレンタル着物コーナーにも生徒が殺到しました。
「先生、これ似合いそう!」
「これは……ちょっと若すぎない?」
「いやいや、いけますって〜!」
アンナ・マリノフスキさんは、初めての着物で感激していました。
「思いっきり若々しいのを選んだ」
その着物は、深紅をベースに真っ黄色の大胆なひまわりが描かれていました。着付けには橋田みつゑさんが手伝ってあげました。そのみつゑさんは落ち着いた紺の着物でした。娘の橋田詩織さんも白地に花模様の着物を着ました。
ジョンの両親と兄夫婦たちも着物で美観地区を散策しました。
バスケット部員や萌々香、紫鬼も着物を着ていました。
「紫鬼ちゃん、可愛い」
紫鬼は、紫の着物を着ていました。
萌々香は、桃のデザインでした。
まるくんは、ホテルで荷物を預けるとそのまま歩いて、ジーンズショップ「デニムストリート」に向かいました。
まるくんは、佐々木唯、星愛麗母子、大牛蟹、乙牛蟹、白鬼、和歌子さんと歩きました。
「未来でも倉敷の美観地区は残っているのでしょうか?」
「はい、残っています。観光地になっています」
「デニムストリートは残っていますか?」
「さあ、そこまでは詳しくありません。デニムが並んでいるストリートですか?」
「そういう名前のお店です」
その店に入って、
「ジーンズを選んで、普段着にしてください」
とまるくんは母子に言いました。
まるくんは店員をつかまえて、
「この4人にデニムの上下を2着ずつ作ってくれないか」
と頼みました。
「2着ずつですね。かしこまりました」
店員はそれぞれ採寸をして、数字を伝票に書きこみました。
「デザインはどうしましょう」
「普通のジーンズでいい」
「かしこまりました」
「出来上がったら、ここへ送ってください」
まるくんは、ペレシュ城の住所を渡し、お金を払い、みんなで店を出ました。佐々木唯と星愛麗は、大きな紙袋を持っていました。白鬼と和歌子さんは先に店を出ようとしたので、まるくんは彼女たちに小遣いを渡しました。
「私たちも着物を着たい」
彼女は、ホテルに行ってレンタル着物を利用しました。
そのあと大牛蟹と乙牛蟹をバスケ部員の警護に戻し、まるくんは佐々木母子と美観地区を歩きました。
「このころの日本は平和なんですね」
「そうですね。平和ボケという人もいますね」
「未来に戻らずに、ここで暮らしたいわ」
「それは出来ません。未来の人は未来に帰るべきです。帰るころにはきっと平和になっています」
「そうだといいんですけど」
佐々木母子もレンタル着物を利用したいというのでホテルに連れ戻しました。和歌子さんと白鬼がいたので、まるくんはふたりを彼女たちに任せました。
佐々木母子の着付けが済むと、まるくんは彼女たちと美観地区を歩き始めました。
「たしかこのあたりだったよな」
歩くうちに、まるくんは空き地のような小さな公園を見つけました。桜花や萌々香と会ったところでした。と思う間もなしに、桜花、萌々香、紫鬼が座っていました。
「あっ、やっぱりまるくんが来た」
桜花がまるくんを見つけて言いました。
「ここが出会いの場所だからね」
「運命の場所だよね」
まるくんは、今日までの事を思い出さずにいられませんでした。運命がこうも劇的に変わるとは、むかしの自分だったら考えられない事でした。
「まるくんに出会ってよかった」
萌々香が言いました。
「私だって、桜花と萌々香に出会ってよかった。紫鬼にも出会えてよかった」
「ほんとうの子供ではないのですか?」
「みんな養女です」
「それでまるくん、と彼女たちは呼ぶのですね」
「違います。いつまでも彼女たちと友達のようでいたいから、まるくんと呼んでくれとお願いしたんです」
遠くで、スチュアート理事長が、和歌子さんと白鬼の着物姿を携帯で写真を撮っていました。
星愛麗がソフトクリームの看板を見て、「食べたい」と言ったので、まるくんはふたり分を買ってあげました。
そこにスチュアート理事長と白鬼、和歌子さんがやって来て、
「理事長、ソフトクリームを奢って下さい」
と彼女たちはせがんでいました。
「任せて。好きなのを選んで」
夕方の4時になって、未来高原都市に帰る組と、ホテルに泊まる組とに分かれました。まるくんは駐車場に行き、帰る組の人数を確かめ、全員が揃うと貸切バスを見送りました。白鬼と和歌子さんはペットの世話があったので帰りの組になりました。それからまるくんは、倉敷アイビースクウェアホテルに向かいました。
このホテルは1889年に建設された「倉敷紡績工場」を改装したもので、赤煉瓦の美しい建物でした。まるくんは、このホテルに16人の予約を取っていました。
食事は各自で、夜8時までに済ませるように伝えると、少食のまるくんはさっさと済ませ、近くの自販機で缶コーヒーを買って飲みながら建物の陰でタバコを吸いました。
「まるくん」
桜花がまるくんを呼びました。
「きっとどこかでタバコを吸っていると思った」
「食事は済ませた?」
「もう食べた。萌々香と紫鬼ちゃんと一緒にね」
「美味しかった?」
「うん」
桜花はそう言うと、しばらく考えていたようでした。
「あのね、まるくん。いつか言おうと思っていたんだけど、なかなか言えなくて。あのう、私と萌々香を助けてくれてありがとう」
「そんな事いいよ。経済的に余裕があるし、桜花や萌々香と運命的なものを感じる。なによりも賑やかでいい。遠慮しなくていいんだよ」
まるくんは、桜花や萌々香、紫鬼と喧嘩をしたことがありませんでした。喧嘩するほど仲がよい、と世間で言うけれど、だとしたら本当の親子になり切れていないという事でした。でも法律上の親子になっているだけで、上野自衛隊員からの預かりものだと思えば、それも致し方ない事だとも思っていました。まるくんは、彼女たちを引き取った時から、彼女たちの人生に立ち入るのはやめようと考えていました。
しかし、まるくんは紫鬼もふくめて彼女たちが可愛くて仕方がありませんでした。自分が出来る事はすべてしてあげようと感じていました。やがてバスケット部員にも同じような感情が湧いてきました。
「もしまるくんに会えなかったら、私の人生はどうなっていたかわからないわ。この前のプラムで踊っていたとき、こんなに青春をさせてもらって、感謝しかなかった。普通の高校生として青春が送れている事が幸せだと思ったの」
「普通のことが中々出来ないんだよね。普通でいいと思いながら、いつの間にか欲を出している。ペレシュ城が燃えたとき天罰だと思った。欲に目が眩んだんだ。それでペレシュ城はNPO法人の管轄にしたんだ」
「そうだったんだね」
「桜花と萌々香が不幸になったら、上野さんに申し訳が立たない」
「お父さんか。もう一度会いたいなぁ。お母さんにもね」
ペレシュ城に戻って数日後、まるくんはスーツを着て小学校へ行き、萌々香と紫鬼の卒業式に参加しました。式典が終って、まるくんは桜の木の下で記念写真を撮りました。卒業式や入学式には、たとえ咲いていなくても桜の木は欠かせない存在だと思っていました。
夕食は、雛祭りに合わせて、ちらし寿司を作ってもらいました。大きな8号ケーキをふたつ頼んで、和歌子さんがケーキ屋に取りに行きました。「卒業おめでとう。萌々香、紫鬼」とプレートに書かれていました。
まるくんは、ペレシュ城のエントランスにひな人形を飾っていました。
「今日は、雛祭りも兼用だ」
和歌子さんと白鬼がちらし寿司を皿に盛ると、錦糸卵、桜でんぶ、いくら、えび、シソ、絹さや、煮しいたけなどをトッピングしました。ハマグリのお吸い物、菜の花とタケノコの煮物、鶏のから揚げなどを添えました。
大牛蟹と乙牛蟹には、寿司桶にちらし寿司を山盛りにして出しました。
白鬼がお吸い物を大牛蟹と乙牛蟹にだすとき、
「ちらし寿司もお吸い物もこれで終わりよ。味わって食べて」
と釘を刺しました。
「美味しそう!」
明菜が舌なめずりをすると、
「お代わりしていいの?」
と若菜も言い足しました。
「大牛と乙牛以外は、お代わりはあるわ」
白鬼が答えました。
「ふたりがお代わりするとお釜まで食べてしまう」
明菜がふたりを非難しました。
アマンディーヌは、「これ、お寿司?」とジャクリーンに聞きました。
「わからないわ」
和歌子さんがその疑問に答えました。
「ふたりが思っているのは握り寿司のことね。これはちらし寿司なの。これがお寿司の原型よ」
「そうだね。ちらし寿司は平安時代だから千年以上も前からある。握り寿司は気の短い江戸っ子が手軽に食べられるように始まった江戸前寿司だから、出来て300年前くらいだね」
「さあ、食べよう! 今日は女の子の祭りだからみんなが主役だ」
アマンディーヌとジャクリーンは、ちらし寿司をひと口食べると、「美味しい!」と声をあげました。
「和歌子さんは料理が上手よね。これならプロも顔負けだわ」
沙織がそう言って持ち上げました。
「お世辞を言ってもなにも出ないわ」
「いつも思うけど、本当に料理が上手だわ。この酢と砂糖、塩の配合が微妙に上手なんだわ」
「なるほど、沙織はいい事言うね。酢と砂糖、塩の加減が微妙なんだね。それぞれ無くてはならない、でも多すぎても少なすぎてもダメなんだね。適正な量が料理を美味しくしているんだね」
まるくんは、神妙な和歌子さんの味付けに感動しました。物事はすべてそうなのかもしれないとも感じました。
紫鬼も美味しそうに食べていました。まるくんは、その隣の萌々香がちらし寿司に箸が進まないのを見て不審に思いました。
「萌々香、どうしたの?」
「ちらし寿司なんか大嫌い!」
「こんなに美味しいのに」
「お母さんの事を思い出して、食べられない!」
桜花が思い出したように、
「そうね、お母さんは雛祭りのとき、いつも作ってくれたよね」
と続けました。
「無理して食べなくていいよ」
まるくんがそう言うと、
「でも食べる」
と萌々香は涙を流しながら食べました。
その萌々香も、ケーキを食べるころには、涙も止まっていました。
和歌子さんがケーキを切ると、
「こんなちっちゃいのどこに入ったか分からん」
と難癖をつけました。
「小指の先くらいしかない」
乙牛蟹も文句を言いました。
「縁起物だからすこしでいいの!」
和歌子さんは彼らを叱りました。ふたりは亀のように首をすくめました。
Pink Fairy High Schoolと中学のJunior High Schoolの仮入学がありました。その日、遠方からの父兄にはペレシュ城のゲストルームを宿泊所に当てました。
生徒たちに教科書や体操服、上靴を無償で配布し、業者が彼らの制服の採寸を行いました。
高校の新入生は、一次二次の試験を合わせて、117名でした。インタ―スクールのほうは17名が新たに加わり26名になりました。総生徒数は211名で、前年度の2倍になりました。インタ―スクールが増えた要因は、スチュアート理事長、ジョン先生、マリーヌの活動でした。彼らは電話や手紙で、知り合いなどへの勧誘を行いました。わけてもジョンのふたりの兄は積極的に勧誘してくれました。
新設の中学の新入生は78名になりました。
その中には、全寮制だという事で、未来高原都市以外の生徒も数人いました。
まるくんは、和歌子さんに萌々香と紫鬼の仮入学の付き添いをお願いしました。中学でも教科書、体操服や体操帽、上靴を無償で配布し、制服の採寸も行いました。
入学式では、君が代のあとに、World in Unionを在校生が歌いました。中学も高校も校歌が無い替わりに、この歌を歌いました。
新入生は、みんな私服でした。
スチュアート理事長の挨拶がありました。
「この中学はPink Fairy Junio High Schoolという新しい学校です。私も先生もあなたたち生徒もみんな新しい仲間です。これからみんなで新しい文化と伝統を作って行こうと思っています。
ここでは、ただ学ぶだけではなく、色々な経験が出来、みんなが個性を輝かせてほしいと願っています。そのために教職員一同全力でサポートします。
どうか、今日ここでの新しい出会いや経験を大切にし、自分自身の可能性を信じてください。ここでの経験が、皆さんの人生の新たな章の素晴らしいスタートとなりますように」
挨拶が終ると、「制服授与式」と司会が告げました。
「制服を受け取る事によって、正式にわが校の生徒になります。名前を呼ばれた生徒は返事して壇上に上がって下さい」
司会が生徒の名前を次々と呼ぶと、「はい」と返事がおこりました。生徒は次々と壇上に上がり、制服を受け取りました。先生たちが生徒を誘導して、時間をかけずに制服授与式を終えました。
「我が中学では、服装は自由です。この制服を着る着ないのはあなた方の自由ですが、これは大変なお金が掛かっています。私からのお願いですが、ぜひこの制服を着て学校に来てください。無理強いはしません」
「これにて入学式を終わります」
新入生は、出入り口で高校生の2年3年生が歌うWorld in Unionが流れる中、退出しました。数人の高校生が新入生にシャボン玉を吹きかけました。シャボン玉は、春のやさしい光に包まれて、虹色の景色を浮かばせました。
彼らは教室へと案内されました。各クラスの先生が自己紹介し、挨拶のあと、寮へと案内されました。
高校でも入学式が行われ、学校法人Pink Fairyの理事でもある雉原一郎弁護士が挨拶をしました。2年生になったバスケット部員は、新入生にむけてシャボン玉を吹き付けました。
寮では、各部屋に宛がわれた生徒たちが自分たちの布団や荷物を運び入れました。式神たちが事前に各部屋の前の廊下までそれらの荷物を運んでいました。
夕刻の6時になると、食事が始まり、ゲストルームに宿泊している遠方の父兄たちも生徒と一緒に食べました。
「これから寮生活だけど頑張ってね」
「洗濯はこまめにやるんだよ」
そういう会話がおこっていました。
ペレシュ城では、萌々香と紫鬼の簡単な入学祝いを行いました。紫鬼の両親である前鬼と後鬼もやって来て、一緒に祝いました。
「まるくん、ありがとう。お陰で紫鬼は中学生になりました」
前鬼と後鬼は、まるくんの手を取って、涙を流しました。
まるくんは、ペレシュ城の歴史が1ページ書き加えられたような気がしました。




