卒業式後に、日本式のプラムを実現するための準備が進み、ダンス教室や衣裳作り、イベント設営に生徒や教師が一丸となって取り組み、最後にはダンスパーティで青春のきらめきが輝き、友情と感動が交差する。
まるくんは、スチュアート理事長にある提案をしました。
「日本でもアメリカのようにプラムをやりませんか?」
「当初、日本にやって来たときに、プラムという文化はないんだと驚きました」
「ただ日本ではアメリカほど性が解放されてない。プラムのあとで、車で男女が、というのは許されないんです」
「プラムが終ったら、強制的に保護者やタクシーとかで帰らせるとか、を考えればどうですか?」
「専用バスとかも考えられますね。でも日本人は踊れないんです。ジルバとか踊れればいいんですけどね」
「ぼくはツイストが踊れますよ」
「それはいいですね。みんなに教えてくれませんか?」
「とんでもない。ぼくなんかよりいい先生はいますよ。東京にいたころ、横浜の山下公園で踊っている人たちを見ました」
スチュアート理事長は当時、まわりの目を気にせずにツイストを踊っているグループを見て羨ましいと思いました。
「横浜は遠いね。無理です」
「1週間に1回でも来てもらいましょうよ」
提案したまるくんよりも、スチュアート理事長のほうが乗り気でした。
「岡山のほうでジルバやツイストを踊っている人がいないか探してみよう」
「まるくん」
凜が腕時計に話しかけて来ました。
「動画でツイストを踊っている人がいる。岡山だよ」
「正次さんは今なにをしてる?」
「ひまになったらペレシュ城に来てくれ、と連絡してくれ」
「わかったわ」
まるくんが理事長室を出たあと、スチュアート理事長は授業終了の鐘が鳴ると、急いで高橋先生を探しました。
職員室に高橋先生はいました。
「高橋先生、重大な話があるんだ」
「重大な話ですか?」
「そうです。わが校は卒業式のあとプラムをやります」
「プラム? アメリカでやっているプラムですか?」
「元理事長の提案です」
「プラム! 理事長、素敵です」
英語の森脇先生が賛成しました。
「プラムってなんですか?」
そばにいた先生が森脇先生に聞きました。
「卒業式のあとで開かれるダンスパーティです。プラム(Prom)は「プロムナード(Promenade)」の略で、もともとは舞踏会や華やかなイベントを意味します」
「在校生がダンスパーティを企画運営するのはどうですか? 屋台を出したりしてもいいと思います」
森脇先生は、ますます乗り気でした。
「でもプラムって、終わったあとの性行動が問題になりません?」
高橋先生は、水を浴びせるように否定的な意見を言いました。
「それはまるくんも気にしていました。終了後は出来るだけ保護者と帰宅してもらいます。保護者が同伴していない場合は、バスやタクシーで帰らせます。生徒同士の帰宅は許可しません」
「プラムに誘うのも生徒はだめ、というのはどうですか? 誘うのは両親もしくは兄弟というようにしては?」
「その考えはいいですね。隣のおじさん、おばさん、お兄さん、お姉さんまではOKということでどうですか?」
「新しい文化の創造ですね。理事長、素晴らしいですわ。チャレンジしましょう」
「森脇先生、そう言って下さると心強いです。みなさん賛成してもらえますか? 反対意見の人はいますか?」
ペレシュ城に、橋田正次さんがやって来ました。
「正次さん、忙しいところ申し訳ありません」
「いえいえ、問題ありません」
「正次さんの仕事は今どういう状態ですか。頼み事があるのですが」
「いまはどうという事はありません。女子野球も女子アイスホッケーもまだ本格的な活動はしてませんし、コンサートも大きなものは企画していません」
「それなら私のためにすこし動いてくれませんか」
「いいですよ」
「今度、Pink Fairy High Schoolでプラムをやろうと思っているのです」
「卒業式のあとのプラムですか? 日本で出来るのですか? 踊れないでしょ」
「そうなのです。やろうと思っても踊れる日本人は少ないのです。とくに高校生は踊れないと思います。それで正次さんにツイストやジルバを踊れる人に、先生になって教えに来て貰いたいのです」
「踊りの先生を探すという事ですね」
「短く言えばそうです」
「探すのがたいへんそうですね」
「凜が動画で見つけました。その動画をもとに口説いて欲しいのです」
「手掛かりがあれば見つけるのは簡単です。任せてください」
「バンドとかもお願いします。ジルバやツイストが踊れるようなバンドで、スローテンポの曲も出来るような感じがいいですね」
「岡山市民交響楽団に当たってみましょう」
「それから横浜の山下公園でツイストを踊っている人がいるらしいのです。その人たちにも交渉してみてもらえますか? ダンス教室も開催して欲しいのです。社交ダンスではなくて、ツイストやジルバです」
「楽しそうですね。Townの小ホールや講義室で教室を開催しましょう。施設の稼働率が上がります」
それから数日もしないうちに、Pink Fairy High Schoolでは、放課後にダンス教室が始まりました。
「プラムに参加したい人は、踊りを覚えよう! 卒業式まであと1ヶ月だ」
スチュアート理事長が卒業生に声を掛けました。森崎先生や高橋先生もダンス教室に時々参加しました。その傍ら在校生の屋台の手助けもしました。
日に日にプラムは盛り上がりを見せ、桜花は、
「私もダンスを習いたいなぁ」
と、ジョン先生に言いました。
「そんな事よりバスケの練習だ」
「やだぁ、ダンスがしたい!」
明菜と若菜が両足をバタバタさせて駄々をこねました。
「そんなに踊りたいのか? ほかの人は?」
「私も踊りを覚えたい」
沙織が言いました。
「アマンディーヌとジャクリーンは?」
「ダンスを覚えたいわ」
「私も」
「わかった。ダンスを許可する。ただしプラムまでだ。それが終ったら猛練習するぞ」
「やったあ!」
バスケット部員たちは、ユニフォームのままで走ってダンス教室に行きました。
「早く行かなきゃ、ダンスが終っちゃうよ」
若菜はそう言うと、一目散に走りました。
「競争だよ。どっちが早いか」
明菜は負けずに走りました。
「負けないわ」
桜花があとを追いかけました。
「勝負ね。負けないわ」
アマンディーヌも走りました。
この4人は足の速さでは負けていませんでした。沙織がそのあとを追いかけました。沙織もそこそこ足の速い子でした。
「待ってぇぇ!」
一番足の遅いジャクリーンがトコトコと走って行きました。
教室では、リズミカルな音楽が流れて、生徒がダンスの先生にツイストを習っていました。
明菜と若菜は、教室に入るなり、生徒が踊るのを真似しました。それを見て桜花と沙織も真似して踊りました。ジャクリーンは、高校に入学するまでアメリカにいたので、センスのいい踊り方をしていました。アマンディーヌはジャクリーンの踊り方を真似していました。
「腰をねじって、ねじった反対の足を出してステップして」
ダンスの先生が明菜と若菜に指導していました。双子の姉妹はすぐにその動きを習得し、踊り方もさまになりました。桜花と沙織もやがて上手に踊るようになりました。ジャクリーンはターンしたりして、自己流にアレンジして踊るようになりました。アマンディーヌはその踊りを真似していました。
次の日は、ジルバの先生がやって来ました。
「ジルバは6拍子でリズムを取って。1,2,3,4,5。ハイ6でお互いに引っ張り合って。たったそれだけよ。これが基本よ」
バスケ部員は、その日のうちにターンが出来るようになりました。
初日は恥じらいを見せていたシャイな生徒もだんだんとのめりこむように踊りました。ダンスの練習というよりは、ダンスを楽しんでいるという感じになっていました。
急用でダンスの先生が来られない日、教室ではみんなが重なり合うようになってiPadを見ていました。その画面には、映画「アメリカングラフティ」が流れていました。
「こんな踊り方するんだ」
「女性が男性の背中で1回転してる」
「この衣装がいいわ」
「このスカートなんて言うの? フワーっとしてる感じがいい」
「フレアスカートよ」
洋裁部の生徒がスカートの種類を教えました。
「フレアのワンピースがいいわ。自分で作ろうかしら」
アンナ・マリノフスキさんが教室に入って来ました。彼女は、洋裁部の教室に来たものの部員が誰もいなかったので、音楽のするほうへ興味を惹かれてやって来ました。
「アンナさん、私このワンピースを作ってみたいわ。プラムで着たいの」
「おお! プラムなのね。OK! 簡単よ。型紙なんかいらないわ。適当に作っちゃいましょ」
アンナさんが洋裁部の教室へ行くと、みんなが移動しました。
「さあ、好きな生地を選んで頂だい」
ストックしてある生地をみんなが引っ張り出しました。誰かがラジカセのスイッチを入れました。オールディズが流れてきました。
その音楽に合わせて、アンナさんがツイストを踊りました。
「アンナさん、踊れるのですか?」
「私の青春時代そのものよ」
「アンナさん、この生地で作りたいわ」
生徒のひとりが白地に赤の小さな模様が散りばめられている生地を持って来ました。
「OK! 大胆にカットしましょう」
アンナさんは、さっさと生地を裁断し、彼女の身体に合わせてみました。
「これでいいわ。あとはこことここを縫って」
生徒はすぐにミシンで指定されたところを縫っていきました。
ほかの生徒たちが次々と生地を持ってくると、アンナさんは踊りながら裁断し、縫う箇所を指定してあげました。
「アンナさん、フレアスカートみたいなのがいいんだけど」
「OK! こことここを縫い上げればフレアに見えるわ」
この日この教室ではオールディズが流れる中、ミシンの音が鳴り止みませんでした。時間になっても彼女たちが帰らないので、警備員がやって来て、アンナさんや生徒たち、バスケ部員を追い出しました。
ほかの教室でも、1年生2年生が屋台の準備で残っていたので、警備員は寮に帰るように説得しました。寮の食堂では、音楽が流れ、踊る生徒やミシンをかける生徒がいました。
ペレシュ城に戻ったバスケ部員たちは、夕食後ミシンの取り合いになりました。まるくんは翌日、ミシン屋に電話して6台のミシンを納品させました。
「女の子だから、という事もないけど、ひとりに1台ミシンがあってもいいだろ」
まるくんは、そう言って、彼女たちにミシンを渡しました。
アマンディーヌがミシンで苦戦していると、和歌子さんが手助けしました。明菜や若菜は、佐々木唯さんが手助けしてあげました。意外にもジャクリーンは器用にミシンを扱っていました。桜花は、早いうちに母親を失くしていたので、ミシンなどの家事裁縫は手慣れたものでした。
紫鬼はしきりにみんなの様子に興味を示すので、まるくんはもう2台ミシンを追加しました。そのミシンが来たとき、紫鬼と萌々香は飛び上がるほどに喜びました。
橋田正次さんの功績で、横浜の山下公園の10人の踊子たちがペレシュ城にやって来ました。
彼らをペレシュ城のゲストルームに泊めました。ゲストルームは、以前はBランクと言っていましたが、名前を変えました。Cランクの部屋は、ゲストハウスにして一般の人にも泊められるようにしました。
彼らは同曜日の夜にやって来て、あくる日の日曜日の朝から高校の体育館でダンスを教えました。
リーダーらしき男性が、
「もっと格好つけて踊ろうぜ。恥ずかしいことなんてないさ」
と生徒たちを炊きつけました。
女性のダンサーは、
「腕をこう持ってきたほうが可愛く見えるわよ」
と指導しました。
彼女は、ポニーテールに真っ赤なリボンをしていました。
高橋先生は、このイベントに懐疑的でした。
「先生、踊りましょう」
森崎先生に促されて、ステップを踏むうちにだんだんと熱心になりました。森崎先生はアメリカに留学した時に、野外イベントなどで踊りを覚えていました。
そのダンス講習には、大牛蟹と乙牛蟹も参加しました。
ふたりは歌舞伎の見栄をはるような独特な踊り方をしていました。
「盆踊りみたいだよ」
明菜と若菜が笑いましたが、ふたりは意に介しませんでした。
「リズムに乗ればいいんだ。他人の目は気にするな」
リーダーの男性がふたりを褒めました。
遅れてスチュアート理事長もやって来ました。彼の華麗なダンスに、みんなは注目しました。リーダーの男性が手拍子しました。真っ赤なリボンの女性が、スチュアート理事長の手をひいて体育館の真ん中に連れて行き、ペアで踊りました。
理事長は、屈んだり、ターンしたりして、女性に負けないダンスを披露しました。体育館に居た全員が手拍子をしました。曲が終ると、理事長は女性とハグしました。
「とてもお上手ですわ」
「これでも本場の踊りだよ」
次の曲が流れると、
「さあ! 朝まで踊ろうぜ! ベイビー!」
と男性リーダーはますます炊きつけました。
「勉強も嫌な事はぜんぶ忘れようぜ!」
あちらでもこちらでも、踊子をつかまえて生徒たちはステップの習得に余念がありませんでした。
昼になって、みんな寮の食堂に行きました。
寮では、特別食が用意されていました。目玉焼きが入ったハンバーガーにポテトフライを出し、ポップコーンも付け出しでつけました。ハンバーガーは3つまで取る事が出来ました。飲み物はコーラなどを用意していました。
大牛蟹と乙牛蟹は、3つのハンバーガーをぺろりと食べ、ポテトフライを一気に喉に流し込み、持参した大きなおにぎりを食べ始めました。和歌子さんがふたりに作ってあげた弁当でした。
1時間の休憩のあと、2時間、練習して踊子たちは横浜に帰って行きました。
Townでは、高齢者のダンス教室が昼間に行われ、働く世代へは夜間に行われていました。
カフェPink Fairyで、橋田みつゑはジュースを飲んで休憩していました。
「今日もダンスに行ったんだね」
娘の橋田詩織がみつゑに聞きました。
「若いときに行けなかったからね」
「お祖母ちゃんの若いころ、ダンスが流行っていたの?」
「そうだよ。戦争で負けてアメリカ軍に占領されたとき、進駐軍がダンスを持ち込んだのさ。働くようになって、ダンスホールがたくさん出来たけど、親が行くのを許さなかった。ダンスホールに行く娘は不良と思われていた」
「不良だったんだ。いまでもそういう雰囲気があるわね」
「ダンスホールが売春の温床になっていたんだよ。女性がそこで売春を持ち掛けていたんだ。だから法律で深夜の12時までしか営業できないようにしたんだ。いまでも風俗店は12時までの営業しかできない」
「へぇぇ。そうだったんだ」
「社交ダンスだったけど、行きたくて溜まらなかった。どんなところだろうと思ってね」
「青春を取り戻しているのね」
「お店があるから、私はダンス教室にはいけないわ」
「私が教えてあげるよ」
卒業式の3日前に、バンドがやって来てリハーサルをしました。
メンバーは、岡山市民楽団がメインで、ギターリストなどは知人などを集めていたようでした。総勢10人のバンドでした。
アップテンポの曲がほとんどで、バラードが数曲、混ざっていました。
その中を在校生が机や椅子などをセッティングしていました。
体育館の入り口に大型の靴箱を何台も設置し、スリッパもたくさん用意しました。体育館のトイレだけでは足りないので校舎のトイレも使えるように灯りや順路の立て看板も備え付けました。
「卒業おめでとう」や「プラム会場」の看板も出入り口に掛けました。
体育館の中は、入り口のほうに料理などを並べるテーブルをずらりと置き、両側の壁面のすべてに椅子を置きました。丸テーブルなどもたくさん設置し、椅子を配置しました。体育館の真ん中だけに空間を作って、そこで踊れるようにしました。料理は調理部の部員が担当し、調理師と料理人が、食中毒がおきないように安全管理を徹底しました。
卒業式の前日に、遠方の父兄たちがペレシュ城のゲストルームに宿泊しました。その食堂には父兄と生徒たちが一緒に食事をする光景がありました。
その年の卒業生は29人でした。
式が始まると、君が代を斉唱し、World in Unionを校歌の替わりに歌いました。みんな歌詞の「One mind」で人差し指1本を頭上に掲げ、「One Heart」でその手を胸に当てました。
校長兼理事長のスチュアートが祝辞を述べ、在校生の送辞、卒業生の答辞が述べられました。卒業生は在校生や教師に見送られて校舎から送り出されました。
早咲きの桜が彼らを見納めするかのように咲いていました。
一旦、寮に戻った生徒たちは、友達と寄せ書きノートの交換を行ったり、連絡場所を教え合ったりしました。
夕刻間近になると、女子生徒たちはダンス用に衣裳に着替え、お化粧や髪のセット、リボンを着け始めました。
「可愛いイヤリング!」
大きなハート形のイヤリングでした。
「誰かリボンを結んで!」
男子生徒は髪にポマードをたっぷりつけてリーゼント風にしていました。
会場ではちかくにテントを立てて警備員が10人体制で監視していました。イベントの安全と不純異性交遊の監視でした。彼らはグランドや校舎を何度も巡回していました。
夕方の6時になると、たくさんの人が体育館に集まって来ました。ペレシュ城に泊まっている父兄もやって来ました。
ダンス教室の先生、横浜の踊子たちもやって来ました。スチュアート理事長は、彼らに「壁の花」を作らないように指示していました。シャイで気後れして踊れない人たちを「壁の花」と呼んでいました。「壁の花」だと思ったら、3人くらいでダンスに誘い中央で躍らせました。
バンド演奏が始まると、少しずつ踊り始め、やがてひと組み、ふた組と踊る人が増えてきました。
横浜の踊子のリーダーが、壇上に上がってマイクを取り、
「卒業おめでとう! さあ、朝まで踊ろうぜ!」
と囃し立てました。
数曲の音楽が流れたあと、まるくんが壇上にあがり、歌を歌いました。「恋の片道切符」、「ダイアナ」を歌うと、最後に「煙草の烟が目に染みる」のバラードを歌いました。
チークダンスが始まって、ある男子生徒は、ポケットからボタンを取り出して女子生徒に、「制服の第3ボタンだ」と言って渡しました。制服の第3ボタンは自分の心臓だという伝説がありました。
彼女は、それを受け取ると、その場にへたり込んで泣き出しました。




