まるくんが試験的な航空母艦「ステラ」とリニア戦闘機「バタフライ」を通じて、未来技術の限界を探るプロジェクトを推進。フランセティア将軍との契約が世界の軍事バランスを大きく揺るがす可能性を秘めています。
まるくんは、新しいプロジェクトをふたりのお客に案内していました。
未来高原都市の北側の空き地に、200mにも及ぶ工場を建設しました。中では、式神や凜とハクシキが作り上げたロボットが働いていました。
「驚きだね。これほど大きいとは思わなかった。長さはどれくらいですか?」
そのお客のひとり、アメリカ大使は驚きを隠せませんでした。
「長さはキリのいい数字で100mにしました」
シャチをずんぐりとさせたような流線型で、前部には窓がありました。
「私はこの乗り物をステラ(Stellar)と愛称で呼んでいます」
「ステラ、星という意味ですね。内部はどうなっているのですか?」
そう言ったのは、もうひとりのお客のリナ・フランセティア (Rina Francetia)海軍大将でした。フランセティアは、アメリカ海軍の最高責任者で、初めての女性の海軍作戦部長(Chief of Naval Operations=CNO)でした。
「2階構造になっています。上部はブリッジと居住区間、下部は格納庫と補給庫や食糧庫などです」
「内部を見ていいですか?」
「もちろんです。凜! ヘルメットをふたつ用意して」
「わかったわ、まるくん」
式神がヘルメットをふたつ持って来ました。
「安全のためにヘルメットの着用をお願いします」
まるくんはアルミ製の梯子を上がっていきました。
「怪我しないように気をつけて!」
アメリカ大使が梯子をあがって、ブリッジに入りました。フランセティアが梯子を昇り終えるとき、まるくんは彼女の手を取ろうとしましたが、彼女はそれを拒みました。
「これでもアメリカ軍人よ。男の手は借りないわ」
「この部分は運転席と呼ばずに、あえてブリッジと呼ぶことにしました。目指しているのは空飛ぶ航空母艦です」
「航空母艦? ここから飛行機が飛ぶのですか?」
「飛ぶのは飛行機ではありません。あとでお見せします」
まるくんは、ふたりを居住区へ案内し、船長室、ふたつの士官室、一般兵卒の寝室を見せました。
「士官室は実際にはゲストルームです。この航空母艦は私ひとりでも運転は可能です。コンピューターの凜がすべてを管理するからです。料理や細かい用事をさせるためにある程度の人員を乗せる必要があります。一般兵卒の寝室は雑用係のためのスペースです」
「コンパクトに作ってあるのね」
「そうです。あくまでも個人用の乗り物ですから」
食堂などを案内したあと、下部に降りて、格納庫を見せました。そこには4台の戦闘機がありました。
「これは新しい戦闘機です。私たちはこれをリニア戦闘機と呼んでいます」
「大きさは自動車くらいなのね。F22のジェット戦闘機が19mだから、それに比べればコンパクトですね」
「長さは5mです。ほぼ自動車並みです」
「速度はどれくらいなの?」
「マッハ10まで出せます」
「わぉ! 人間がそのGに耐えられないわ」
「その通りです。通常は人間だと6Gまで、特殊装置を着けても9Gまでしか耐えられません。さらに長時間は耐えられません。この能力を最大限引き出そうとすれば、ロボットを乗せるしかありません」
「ロボットも研究しているの?」
「もう実用段階になっています。ここではたくさんのロボットが働いています」
フランセティア将軍と大使は、辺りを見まわしました。そこにはロボットらしき物がたくさん働いていました。
まるくんは一旦、ふたりをペレシュ城に案内し、夕食を摂りました。
「8時半から試乗するので、アルコールは出しません。料理はごく普通の日本の家庭料理です」
彼らをキッチンではなく、食堂で接待しました。
食後、フランセティア将軍はSAランクの部屋で時間を過ごし、大使はAランクの部屋で過ごしました。8時半になると、ふたりはペレシュ城のエントランスに現れました。まるくんはふたりを車に乗せ、プロジェクト工場に連れて行きました。
プロジェクト工場に入り、
「凛! 入り口を開けてくれ」
「わかったよ」
ブリッジの下部にある壁が、ゆっくりと外側に倒れはじめました。それはそのままスロープとなり、内部へと続く通路が現れました。まるくんたちは、そのスロープを歩いて中へ入っていきました。
螺旋階段を登って、ブリッジに入り、まるくんは艦長の椅子に座りました。
フランセティア将軍と大使は、うしろのほうのゲスト席に座りました。式神がふたりのシートベルトを装着しました。まるくんもシートベルトで身体を固定しました。
ロボットが運転席に座り、レーダーや各機器の前にも座りました。
「凛! 電気を消してくれ」
ブリッジが暗くなりました。
「工場の外の電気も消してくれ」
工場の外の電気がすべて消えました。このプロジェクトはトップシークレットなので、人の目に触れるのを避けました。工場の周囲を最高級のセキュリティが監視し、式神たちも警戒態勢に入りました。
「エンジン作動」
「了解。エンジン作動しました」
「シークレット装置作動」
「了解。シークレット装置作動しました」
ロボットがシークレット装置を作動し、母艦の姿が消えました。
「これは光を拡散して、ステラを見えにくくしています。つまり消えるという事です」
「消えるのですか?」
「正確には見えにくくしています」
「凛! 表の大扉を開けてくれ」
「空中浮遊開始」
「了解。空中浮遊開始しました」
大扉が全開すると、
「微速前進」
「了解。微速前進」
ステラはゆっくりと前進し、外へ出ました。大扉が閉まって行きました。
「周囲確認」
「了解。周囲確認しました」
「高度300m。速度100キロ」
「了解。高度300m。速度100キロ」
「高度300mに達しました」
「高度、速度そのまま」
「了解。高度、速度そのまま」
「凛、コーヒーを淹れてくれ」
「わかったわ」
まるくんはシートベルトを外しながら、ふたりにも「シートベルトを外してリラックスして下さい」と勧めた。しばらくして式神がまるくんとフランセティア将軍、大使にコーヒーをもってきた。
「いま空を飛んでいるのですか?」
大使が聞きました。
「はい、外が見えないので実感はないですが、空を飛んでいます。フロントカバーを開けてくれ」
前面の窓のカバーがすべて開きました。
「間もなく岡山市と倉敷市の夜景が見えます」
まるくんはふたりを窓のほうに案内しました。ふたりは窓に近づき下を覗いていました。
「ひときわ明るくなっているところが岡山市と倉敷市です」
「ほんとうに空を飛んでいるのですね。静かだから実感がないわ」
「リニアだから、音がしないのです」
「揺れや振動もないですね」
ステラが瀬戸内海に出ると、
「高度そのまま。速度500キロ」
とまるくんは指示をしました。
「了解。高度そのまま、速度500キロ」
軽いGが体に掛かりました。
「座席にすわってくれますか?」
まるくんは、ふたりのゲストを座らせました。
ロボットが「速度500キロです」と報告した。
「高度そのまま、速度マッハ1。フロントカバーを閉鎖」
「了解。高度そのまま、速度マッハ1。フロントカバーを閉鎖します」
グーンとGが加わりました。
「フロントカバーを閉鎖してないと、鳥と衝突するのです。灯かりを目指して来ますからです」
「まもなく四国上空です」
「どうぞ、リラックスしてください」
「乗り心地は最高ですね」
「そうですね。エンジンのような内燃機関がないから静かです。ほとんど弱点はありませんが、強いて言うなら、電気ですね。バッテリーを前部と後部に取り付けています。さらに空気を取り込んでその流れを利用して発電もしています」
「電気がないと電子機器が使えなくなるのですね」
「そうです。内燃機関がないから自力で発電できないのです。昼間だとソーラーパネルを出す装置もあります。その場合だと高速運転は出来ません」
「四国を過ぎて、太平洋に出ました」
「格納庫のほうにお越しください。これからリニア戦闘機、バタフライの離着艦を見ていただきます。そのようすを見られたくないので、太平洋まで出て来ました」
格納庫には、ラグビーボールをずんぐりとさせたバタフライがありました。
「凛。速度を300キロまで減速。4機の発艦準備をしてくれ」
「わかった。発艦準備に入って」
バタフライにはそれぞれロボットが乗っていました。ほかのロボットたちが準備を始め、そのバタフライは発艦場に運ばれ、扉が閉まりました。凜はバタフライの前の壁を左右に開きました。
「発艦準備出来たよ」
「発艦してくれ」
「発艦!」
後ろのほうのバタフライから、次々と外へ飛び出て行きました。
ブリッジに戻って、フロントカバーを開けて、バタフライが飛んで行くのを確かめました。
「このバタフライが攻撃にも防御にも使えます」
バタフライはさまざまな動きを見せました。
まるで蝶々のようにひらひらと飛んだかと思うと、急発進したり、急停止したりしました。
「バタフライと名付けた理由がわかるね」
大使が感心して言いました。
「これで驚かないでください。凜。バタフライのシークレット装置を作動してくれ」
「わかった」
飛んでいた4機のバタフライが次々と姿を消しました。
「おお!」
「信じられない!」
フランセティア将軍と大使は驚愕の声をあげました。
「すごいのは分かったわ。攻撃力はどうなの?」
「車体がコンパクトなので、ミサイルが4発しか積めません。でもプラズマ砲の開発に成功しました。30回くらい発射できます」
「プラズマ砲の開発に成功したの?」
「それも軽量化に成功しました」
4機のバタフライは、シークレット装置を解除して、姿を現しました。
「これから着艦させます。空母でも着艦は難しいのですが、バタフライは簡単に着艦できます。こちらから誘導レーダーを出します。その方法で着艦します」
「いま速度500キロですね。その速度で着艦できるのですか?」
「理論的にはもっと速い速度で出来ますが、練習が必要だと思います」
話をしているあいだに、バタフライは4機とも着艦しました。
深夜近くにステラは未来高原都市に戻りました。
まるくんは、ペレシュ城に戻って、フランセティア将軍と明日、話し合う約束をして部屋に入りました。
翌朝、マリーヌと雉原一郎弁護士がペレシュ城にやって来ました。
彼らは、大使とフランセティア将軍にすこし話して、まるくんと一緒に玄関で見送りました。
「先に書斎で待っていてください」
まるくんはエントランスで座っていました。
30分もしないうちに、フランセティア将軍が戻って来ました。その車は、将軍を降ろすと、そのまま走り去っていきました。
まるくんは、将軍を書斎に招き、ソファを勧めました。
雉原一郎とマリーヌが立ち上がって挨拶しました。ふたりはきょとんとした顔をしていました。さっき見送ったばかりだったので無理もありませんでした。
白鬼がコーヒーを持って来ました。
彼女は、カップを将軍とまるくんの前に置き、コーヒーをポットから注ぎました。
将軍は、彼女の所作をずっと見ていて、「サンクス」と礼を言い、部屋から出て行くとドアの前に立ち、耳をそっと当てて様子を伺っていました。白鬼の気配を感じないと安心してソファに座り、話し始めました。
「あの乗り物、ステラでしたよね。あれを貸していただけるのですね」
「はい。ただし無料という訳にはいきません」
「いくらでしょうか?」
雉原一郎が金額を提示しました。
「貸出料はステラが1000億円、バタフライが4機で1000億円、ロボットが数体で1000億円。特許料が2000億円と月々100億円です」
「ぜんぶで5000億円と月々が100億円ですね」
「そうです。月々の100億円は私が死ぬまでです」
「再度確認したいのですけど、特許はアメリカ政府の物ですよね」
フランセティア将軍が念を押すように聞いて来ました。
雉原一郎が再度、彼女に伝えました。
「間違いありません。その特許を民間に売るのはアメリカ政府の自由です。それでまるくんに支払うお金は回収できると思います。ただし日本における特許権はまるくんにあります」
「アメリカが日本の企業に売らないと私が困るからです」
まるくんは、将軍に諭すように言いました。
「分かりました。それで話を勧めましょう」
「特許をオープンにしてもいいのですけど、それだと敵対国への秘密保持が出来ないと思います。民間から情報が洩れます」
「私もその意見に賛成です。特許を公開するのも、アメリカの軍艦などがほぼ出来上がってからにしようと考えています。そのほうが敵対国に対してアドバンテージが取れると思います」
「分からない事があれば、凛と繋がっていますので相談してください。それから強磁性窒化鉄に関しては別の特許があるので注意してください。それに関してはこちらに相談してください」
「これでアメリカの軍事費が大幅に削減できますわ」
「でも今ある空母は無駄になりますね」
「そうですね。あっという間に時代遅れになります。空母だけでなく、戦車、ジェット機などすべてです」
「書類などの契約に関しては、マリーヌ・ジョアネスがDAPERに行くと思います。彼女と相談してください」
「よろしくお願いします」
マリーヌは、フランセティア将軍に言いました。
「貸出期間はいつまでですか?」
「短ければ短いほどいいです。一応、1か月を考えてください」
「分かりました。ではこれにて失礼しますわ」
「ステラまで車で送ります」
その車にマリーヌも乗り込みました。プロジェクト工場に着くと、凜は入り口を開け、フランセティア将軍とマリーヌを中に入れました。
「将軍、運転はすべて凜とロボットに任せてください」
「承知してますわ」
将軍は、まるくんにハグをしました。
マリーヌにもハグをしました。
「私こんなの乗るのは初めてだわ。税関をとおらなくてもいいの?」
「軍用機の扱いだから問題ないよ。帰るときはこれで帰ってくればいい」
「ペレシュ城では不思議な事ばかり起こるわ」
ゆっくりとドアが閉まり、ステラが起動しました。少ししてフロントカバーが開き、フランセティア将軍が手を振りました。ほどなくシークレットモードに入り、ステラの姿が消えました。工場の大扉が開いていきました。
ステラの姿がすべて見えない訳ではありません。光の撹拌の具合でところどころが見えました。その様子は煙のスクリーンに映し出された映像のようでした。
2時間とすこしくらいで、凜が報告してきました。
「まるくん、ステラはネバダ州のエリア51に着いたよ」
「早いなぁ」
「マッハ4で飛んだからね」
「人間はマッハ4でも大丈夫なんだね」
「加速するときGが掛かるよ。でも特設シートなので負担を軽減できるように設計してある」
「契約がすんなりいくといいけどね」
「議会に予算が通ればいいけど、軍事機密だから問題ないと思うわ」
「喋る訳にいかないからね」
まるくんは、外の喫煙所に出て、コーヒーを飲みながら煙草を吸いました。やっと問題が一件、片付いたと思いました。
「空飛ぶミニカーから長かったね」
「そうだね。やっとステラが出来るまでになった」
「上野譲さんからだよね」
「まさか自分がこんな事をするなんて想像もしなかった」
「これからまるくんは、どうするの? なにか考えているの?」
「未来の世界大戦を阻止しないとね」
「大きく出たね」
「本当だ! こんな大きなことをやるなんて信じられないよ」
3匹の子犬が外に出て来ました。
和歌子さんが外に出したようでした。
「日光浴させないとね」
「ユウキ! フジ! モモ!」
凜が呼びました。
3匹はどこから声が出たのか、キョトンとしていました。
まるくんが「ユウキ」と呼ぶと、青色のリボンをつけたユウキが尻尾を振りながら近づいて来ました。
「なああに、まるくん」
「おや、もう話せるんだ」
「フジ」
赤紫のリボンをつけたフジがやって来ました。
「はあい、まるくん」
モモが今度は自分だと思って、そわそわしていました。
「モモ」
モモは飛びつくようにまるくんにやって来ました。
エントランスからピアノの音が流れてきました。ショパンのエチュード3番「別れの曲」でした。
「こんなむつかしい曲を誰が弾いているんだろう」
まるくんは、エントランスに行って確かめました。
佐々木唯さんが弾いていました。
まるくんは演奏が終わるまで聞いていました。唯さんが弾き終わって鍵盤の蓋を閉じると、まるくんは拍手しました。
「聞いていたのですか?」
「このペレシュ城でまともにピアノを弾いたのは、あなたが初めてですよ」
「練習してないから恥ずかしいわ」
「遠慮せずにどんどん弾いてください。だれも止めませんよ」




