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まるくんの夢物語  作者: まるくん
第39章 空飛ぶプリウス
40/70

ドイツ語で謎の声に語りかけられた紫鬼ちゃんが、付喪神と化したハト時計の秘密を追う。科学的な研究と文化的背景を交差させながら、ついに空飛ぶプリウスが完成する。

 

「Shiki-chan, kannst du mich hören? (紫鬼ちゃん、聞こえているかい?)」

「Wenn du mich hören kannst, befreie mich! (聞こえていたら私を自由にしてください)」

 キッチンに居た私は、耳を澄ませて、その声を聞いていました。

「紫鬼ちゃん、むつかしい顔をしてるね」

 アマンディーヌさんが声を掛けてきました。

「訳の分からない言葉が聞こえてくる」

 私は、英語だと思って、彼女にその言葉を教えました。

「分からないわ。ジャクリーン、理解できる?」

「分からない。でもドイツ語っぽい」

「そう言われてみれば、ドイツ語だよね」

 それを聞いていたまるくんが、

「ドイツ語を理解できる人がいる。そのひとに聞いてみようか? 用事もあるんだ」

 と話に入って来ました。

 あくる日の放課後、私は萌々香ちゃんと一緒に、まるくんの車に乗って、アンナ・マリノフスキさんの家に行きました。不思議な事に、彼女の家に近づくにつれ、声が鮮明になって来ました。

 私は、彼女の家の前に立ったとき、声はここから聞こえてくるのだと確信しました。

「あら、いらっしゃい。お待ちしていました」

 アンナさんは、私たちが着くと、待ちかねたようにドアを開けてくれました。

「Have a seat!(座ってちょうだい)」

「ふたりは私の子供です」

「チャーミングだわ」

 彼女は、ポーランド系アメリカ人でしたが、先祖がドイツのシュヴァルツヴァルト(黒い森)地方で時計職人をしていました。だからドイツ語もすこし理解出来ました。

 私は、この家に到着する前から、声が大きくなるのを感じていました。萌々香ちゃんもきょろきょろして辺りを伺っていました。

「萌々香ちゃん、声が聞こえる?」

 萌々香ちゃんは、ゆっくりとうなずきました。「

「アンナさん、今日うかがったのは、、。」

 まるくんが用事を言おうとしたとき、アンナさんは立てた指を2,3回横に振って、

「用事はあとよ。まずはお茶にしましょう」

 と、ティーカップをテーブルに並べました。

「クッキーも召し上がれ。私が焼いたのよ」

 私は、クッキーよりも、声が気になって、そわそわしていました。声は大きくなっています。この家から声が聞こえていました。

「あの? アンナさんはドイツ語がわかると聞いてきたんですけど」

「曽祖父母がドイツに住んでいたから、少しは分かるわ。私たちはポーランド人だけど、ね」

 アンナさんは、茶をティーカップに注ぎました。

「お茶を召し上がれ」

 私の気持ちは、お茶どころではありませんでした。

「Shiki-chan, kannst du mich hören? って分かりますか?」

「もちろん、『紫鬼ちゃん、聞こえているかい?』って言ってますわ」

「Wenn du mich hören kannst, befreie mich! は、どうですか?」

「それは、『聞こえていたら私を自由にしてください』という事ね」

「あなたは、ドイツ語がわかるの?」

「いいえ、これがドイツ語だというのも分かりませんでした。このドイツ語がこの家から聞こえてくるのです」

「この家から? 不思議ね。私には聞こえないわ」

「声の出所を探していいですか?」

「もちろんいいわよ」

 私は、目を閉じて、耳を澄ましました。そして立ち上がり、外へ出ました。アンナさんやまるくん、萌々香ちゃんが、私のあとをついて来ました。

 私は、物置の前で立ち止まり、

「ここを開けていいですか?」

 とアンナさんに聞きました。

「いいわよ」

 物置を開けると、棚にハト時計が置かれているのに気づきました。私は、それを手に取りました。埃まみれで、私の手にもそれが纏わりつきました。

「Danke, Shiki-chan. Endlich hast du es bemerkt.」

 私のうしろで立っていたアンナさんが、目を丸くして言いました。

「私にも聞こえたわ。『紫鬼ちゃん、ありがとう。やっと気づいてくれたね』と言ったわ」

 アンナさんから雑巾を借りて、外の水洗い場で簡単に拭いてあげました。

 そのハト時計を持って、私たちはリビングに座りました。

「このハト時計は、曽祖父がドイツに居たときに制作したものです。裏に製造番号が彫ってあります。このハト時計は、『003』つまり曽祖父が3番目に制作したものです。でも壊れて動かないから、捨てようと思って倉庫に置いていましたわ」

「捨てるつもりなら、私に譲ってもらえませんか?」

 まるくんは、アンナさんに言いました。

「構いませんわ。捨てようと思っていたし、役立ててくれるのなら、お譲りします」

「おいくらで譲っていただけますか?」

「お金は結構です。必要な人にお譲りします。たしか001のハト時計をペレシュ城で見ました」

「はい、あのハト時計のかつての持ち主が分かったので、その人に譲りました。いまはペレシュ城にハト時計がなくて淋しくなりました」

「ペレシュ城には、このハト時計がよく似合いますわ。ぜひ飾って下さい」

「ハト時計を専門家に修理させて動くようにします。それから仕事の話なのですが、作業着とジャージの上下を作っていただけませんか?」

「それは構いませんが、作るより買ったほうが安いのではありませんか?」

「それを着る人が大きくて、市販されてないと思うのです」

 まるくんは、サイズの書かれたメモ用紙をアンナさんに見せました。

「ワォ! これはビッグだわ」

「これを、着替え用を含めて、ふた組ずつ作って欲しいのです」

「期限はありますか?」

「出来るだけ早く作っていただきたいのです」

「デザインは?」

「ピンクを基調にして欲しいのです。これを着る人は、Pink Fairy High Schoolに関係しています」

 私たちは、手作りのクッキーをお土産にもらって、アンナさんの家を出ました。


 壊れたハト時計を丁寧に梱包して、私は専門の職人に送りました。

「まるくん、ハト時計が修理されて戻ってくるといいね」

 ハト時計の好きなシズカが言いました。

「これを作った人は、前のハト時計と同じ人なんだ」

「同じ人が作ったんだね。通りでそっくりだと思った」

「修理されて戻ってきたら、前と同じようにキッチンに掛けよう」

「むかしに戻るね」

「また、シズカがハト時計に止まれるようになる」

「待ち遠しいわ!」

 梱包したハト時計を宅急便に出したあと、私はPink Fairy High Schoolに向かいました。そこの一室で、スチュアートが研究に精を出していました。建部製作所からも、中島技師と猿投さんが応援に駆けつけていました。

 そこではでデスクストップのパソコンを備え付けて、作業していました。

 画面には、ハクシキが指示していました。

 私は、ノートパソコンで凜を出しました。

「まるくん、こんにちは。今日の調子はどう?」

「まあまあだね。さっきハト時計を修理に出した」

「知ってるよ。前のハト時計と同じ製作者らしいね」

「誰かから聞いたんだ。早耳だね」

「私も進化してるんだ。ペレシュ城と同期させてるから、すべての事が分かる」

「同期させた? どうやって、電気工事とかのハードが必要だろ。電気工事が入ったなんて聞いてないぞ」

「私が式神にやらせた」

「大丈夫か?」

「私の指示でやらせているから、下手な電気工事技術者よりも優秀だよ」

「ハードはそれでいいとして、ソフトはどうしたんだ」

「ハクシキがいるよ。ハクシキがプログラミングした。それにChat AIのデーターも乗っ取った。Chat AIはデーターの書き込みが出来ないけど、私はどんどん出来るよ」

「研究の進み具合はどう?」

「順調だよ。ハクシキが上野譲自衛隊員の数式の解明をしてる。スチュアートの強磁性窒化鉄が威力を増してる」

「ハイ、まるくん」

「スチュアート、研究は順調らしいね」

「そうなんだ、さすがにハクシキだ。尊敬するね。それでまるくんに頼みがあるんだ」

「なんですか?」

「自動車を買って欲しいんだ」

「普通の乗用車でいい?」

「そうだね。普通車ならなんでもいい」

「分かりました。さっそく雉原弁護士に電話しよう。プリウスでもいいかな?」

「それでOKです」

 私は、雉原弁護士に電話しました。そのあと外に出て、カラスの勘太を呼びました。

「旦那、御用でやんすか?」

「この作業場を手下に監視してくれるように言ってくれ。式神にも監視させてくれ」

「へい、おやすい御用でさ」

 作業場に戻った私は、入り口は窓などの警備状況を確認しました。

「警備会社が入っているみたいだね」

 スチュアートに確認すると、

「研究がたいへんな物だと分かったからね。24時間の警備体制になってます」

 と説明しました。

「凛! ここも同期できるかな?」

「簡単だよ。夜中にでも、式神に電気配線をやらせる」

「24時間の警備体制だって言ってたよ」

「式神は戸を開けなくても、どこでも入れる」

「スチュアート、もうお昼だ。ランチに行かないか? 中島さんと猿投さんもランチにしないか?」

 私たちは、校舎と寮との中間にある食堂に行きました。

 生徒たちが、私の顔を見て、「まるくん!」と挨拶してきました。アマンディーヌとジャクリーンがハイタッチしてきました。

「まるくん、今日はここでランチなんだ」

 明菜と若菜の双子が声を掛けてきました。

「ここのランチは美味しいからね」

 この食堂は、法人の管轄でしたが、独立採算でやっていました。生徒はIDカードを機械に通すだけで、支払いが出来ました。料金は定食で200円くらいですが、実際には法人が2/3を補助していました。高校だけでなく、Pink Fairy病院の医師や看護師もたまに利用していました。彼らは病院のIDカードで支払いが出来ました。値段は学生と同じでした。病院にも同じような食堂がありましたが、医師や看護師らは目先を変えたくて、たまに利用していました。高校も病院も独立採算制で、料理の値段は同じでした。

 大牛蟹と乙牛蟹にもIDカードを渡していました。

「やあ、まるくん殿」

 ふたりはIDカードを機器に通しました。でも彼らの食事は特別食で別に作られていました。定食のおかずや種類は同じでしたが、普通の人の3倍くらいありました。ご飯茶碗も特大のどんぶりにご飯が山盛りについでいました。

 中島技師と猿投さんは賓客用の無料で利用できるIDカードを渡していました。しかし、NPO法人に請求が行きました。

 食堂を独立採算制にしないと、味やメニューが落ちて、みんなが利用しなくなる恐れがあったからでした。私は、すこしでも競争の原理を導入したかったのです。

 高校には、調理部があって、部員たちは放課後この厨房で活動していました。

 実践的な料理方法を学ぶだけでなく、自分たちも料理を考え、提案し、それを料理責任者と調理師が判断して、昼食や夕食に並べました。

 高校の部活動は夕方6時まででした。6時半までには着替えて、学校を退出させるルールでした。

 学校生活が部活動一辺倒になるのを、私は嫌いました。片付けなども1年から3年まで全員で行うように指導しました。部内で、先輩が後輩に暴力を働いた場合は、退学にさせると通達しました。でも、その事例はまだ一件もありません。

 私は、定食を取ると、テーブルに着きました。

 中島技師が正面に座ったので、

「毎日ご苦労様です。手伝っていただいて恐縮です」

 と、ねぎらいました。

「これを完成させることで、わが社にも利益が生まれるはずです。いわば先行投資です」

「そう言っていただけると、感謝しかありません」

 猿投さんが中島技師の隣に座ると、私は彼にも労をねぎらいました。

「私は大学時代からの研究の延長みたいなものです。私の一生は、この研究に始まって、この研究に終わるような気がします」

「そう言っていただくと、おふたりには頭があがりません」

 スチュアート先生が私の隣に座って来ました。

「中学の件なんですが、融資が通って、設計士に建築の相談をしています。間もなく設計士があなたを訪ねてくると思います」

「いよいよ実現に向けて動き出すんですね」

「中学校が出来るのですか?」

「はい、中高一貫校を始めます。公立の中学校を買収しょうとしているのですが、むつかしいですね」

「中学校を買収するのですか? そんな事が出来るのですか?」

「わかりません。でも、我々の中学校は無料でやるつもりです」

「私の息子は来年中学ですから、入学させたいですね」

 猿投さんは、興味を示しました。


 昼の休憩後、すこし彼らの研究のようすを見て、作業場を出ました。

 校舎をあるいて授業風景を眺めていると、ある教室で、大牛蟹と乙牛蟹が授業に参加しているのを見ました。マリーヌ・ジョアネスと図書館のカフェで働いているキャサリン・クラークがいました。

 英会話のシチュエーションで練習しているようでした。

 私は、気になったので、許可を得て教室に入りました。

 スターバックスの注文のシチュエーションでした。宮部葉月さんと石丸君の姿もありました。

「Can I help you? (ご注文は?)」

 マリーヌが大牛蟹に聞きました。

「ええと、なんだっけ? I'd like a Venti Dark Mocha Chip Frappuccino with extra chocolate chips and extra dark cocoa powder inside, please. (ダークモカチップフラペチーノをベンチサイズで、チョコチップと中のダークパウダーを多めにしてください)」

 大牛蟹はメモを見ながら、しどろもどろに言いました。

「I got it. Can you a second? (分かりました。少しお待ちいただけますか?)」

 私は、そばにいた石丸君に聞きました。

「大牛蟹と乙牛蟹は、英語の勉強をしてるんだ」

「正確には、英語の勉強というよりも、スタバの勉強だね」

「スタバの勉強?」

「先週、都会の高校にバスケが練習試合に行ったかえり、スタバに寄ったらしい。そこでフラペチーノを飲んで感激したそうだよ」

「彼らは甘党だからね。感激するだろう」

「でも、注文の仕方がさっぱり分からなくて、今日、英会話でスタバの注文って聞いて、参加させてくれと頼み込んだらしい」

「Your order is ready. Please pick it up at the Pick-up Counter. (お客様の注文が出来上がったので、ピックアップカウンターで受け取って下さい)」

 大牛蟹は、ピックアップカウンターに近づいていき、

「Thank you. Is this my Venti Dark Mocha Chip Frappuccino? (ありがとうございます。これが私のベンチサイズのダークモカチップフラペチーノですか?)」

 と、ジャクリーンからフラペチーノの模造品を受け取りました。

「兄者、完璧だな。これでスタバに行っても自分で注文できる」

「あとは、このメモを覚えればいいだけだな」


 1週間もすると、プリウスがPink Fairy High Schoolに納車されました。

 私は、大急ぎで高校に行きました。

 到着すると、彼らは部品をプリウスに装着している最中でした。中島技師は、プリウスのボンネットを開け、部品の装着に苦戦していました。

 エンジンは、すでに外されていました。そばに大牛蟹と乙牛蟹が立っていました。おそらく彼らがエンジンを取り外したのだと思いました。

 そのエンジンがあったところに、部品を取り付けるブランケットを溶接でつけていました。

 取り付けが終ると、配線を確かめながら接続していきました。

「よし、これで完成だ!」

「動かしてみよう!」

 デスクトップのコンピューターから、ハクシキが声をかけました。

 猿投さんが、コントロールパネルのスイッチを入れました。

 すると、プリウスが30㎝くらい浮かびました。

「やった! 成功だ!」

 猿投さんと中島技師がハイタッチしました。私は、そばにいたスチュアート理事長とハイタッチし、猿投さんや中島技師ともハイタッチしました。

「ハクシキ、君のお陰で完成した」

 私は、ハクシキに礼をのべました。

「わてがやってるんや。動かん訳がない!」

 ハクシキは、どや顔でもなく、澄ました顔で言いました。

 私は、和歌子さんに電話をかけて、赤飯を炊くように頼みました。


 その日の夕食に、赤飯が出て来ました。

「今日はいい事があったんですか?」

 和歌子さんが聞いて来ました。

「長年の研究が完成したんだ」

「それはよかったですね。どんな研究なんですか?」

「トップシークレットだ。いまは言えない」

 子供たちやバスケの女の子たちがキッチンにやって来ると、

「今日はいい事があった。長年の研究が完成した。赤飯にしたから、みんな食べてくれ!」

 と私はみんなに言いました。

「どんな研究なの?」

 沙織が聞くと、

「トップシークレットだそうよ」

 と白鬼が答えました。

「いい事があると、ご飯が赤くなるの?」

 ジャクリーンが言いました。

「そうなのよ。日本ではいい事があると、赤飯を炊くの。小豆と一緒にね。小豆から赤い成分が出てくるの」

「習慣なんだね」

 アマンディーヌが聞いて来ました。

「そうね。むかしの日本ではさかんに行われてきたけど、最近はあまりやらないわ」

 和歌子さんは、みんなの茶碗に赤飯を少しずつよそおいました。

「こんなんじゃ、足りない!」

 乙牛蟹が不満を言いました。

「小指の先くらいしかない。これじゃどこに入ったか分からん」

 大牛蟹も不満を言いました。

「これは縁起ものなの。少しでいいの。いい事をみんなで分かち合うのよ。これを食べたら白いご飯を腹いっぱい食べて」

「なるほど、縁起ものか」

 乙牛蟹は、納得したようでした。

「いい事を、みんなで分かち合うっていうのが日本らしいね」

 ジャクリーンは、感激したように言いました。

「まるくん、これってお父さんの研究?」

 桜花が私に聞いて来ました。

「そうだ。お父さんの上野譲さんの研究だ。それが完成したんだ」

「なんだか、お父さんを思い出しちゃった」

「へぇぇ! お父さんの研究が完成したんだ」

 萌々香も感慨深げに言いました。

 食事が終ると、大牛蟹と乙牛蟹は、リビングでバスケの女の子たちを相手に、スターバックスの英語の練習に余念がありませんでした。


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