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まるくんの夢物語  作者: まるくん
第3章 「凛」という私
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ペットショップで、バーニーズマウンテンの「凛」と話せることを知って、運命的な出会いを感じて購入する。

 

「リ~ン!リ~ン!」

 飼い主の呼ぶ声がします。私はその声のほうへ走ってゆきました。「凛」というのは私の名前で、飼い主のまるくんがつけてくれました。飼い主と私はイヌ語が話せます。飼い主の名前は「まるくん」です。このまえスズメに「70歳だと」言っていました。

 私がペットショップでうたた寝していたとき、まるくんが店の前を通りました。私の頭の中に「まるくんと呼び続けなさい」と声がしました。ちょうどまるくんの姿が見えたので、一生懸命、「まるくん!まるくん!」と叫び続けました。まるでそれが私の使命であるかのように叫びました。喉が枯れるほどでした。そのおかげか、まるくんが店の中に入ってきました。私は柵を乗り越えんばかりに2本足で立って、「まるくん! まるくん!」と叫びました。まるくんが手を出してきたので、なめてあげました。

 そうまでしてあげたのに、まるくんは外に出てゆきました。私は声の限りに叫びました。まるくんの姿が見えなくなっても、叫び続けました。私は泣きそうになりました。あれだけ叫んだのに、わかってもらえなかったからです。

 私はあきらめて伏せっていると、誰かとスタッフが話しているのが聞こえました。私は耳をヒクヒクとさせました。まるくんの声です!まるくんが戻ってきたのです。

 私は飛び起きて、「まるくん!まるくん!」と叫びました。まさかまるくんが戻ってくるとは思いませんでしたから、何度も何度も「まるくん!まるくん!」と呼び続けました。私は自分でもどうしていいか分からなかったので、飛び上がったり、くるくると回ったりしました。この喜びをくるくる回ってみるしかありませんでした。まるくんとスタッフがなにやら話しているあいだも、飛んだり跳ねたり、クルクル回ったり、いろいろとやってみました。

 店内スタッフが私を抱え上げて段ボール箱に入れました。

「家につくまで、静かにしてくれないか」

 まるくんが私に諭すようにして言いました。私は、まるくんが「私」を買ってくれたのが分かって、気持ちが落ち着きました。生まれてから、まだ1か月だけど、これほど嬉しくおもったことはありません。こうして私は、まるくんと暮らすようになったのです。


 私はまるくんの家にある物が珍しくて色々とかじってみました。まるくんは、その度に「こら!」とか「だめだ!」と怒りました。私はなぜ怒られるのか分かりませんでした。近くにある物をかじってみてどんな物なのか調べてみようとしただけなのです。まるくんは本気で怒るので、私は上目遣いで見ながら耳を垂れているしかありませんでした。

 なんだか分からないうちに、まるくんの様子を見ていると、手で頭を撫でてくれました。怒ってないと分かると、私はその手に飛びついて遊びました。ひっくり返って仰向けになると、まるくんはお腹を撫でたり、掻いたりしてくれました。

 私がうっとりとしていると、まるくんは手をやすめました。

「もっと撫でて!」

 まるくんの手に縋りつきました。

「もっと?」

 お腹を出すと、また撫でてくれました。しばらくして、まるくんが立ち上がってキッチンのほうに行きました。私はまるくんを追いかけて行きました。

 まるくんは、コーヒーというものを淹れていました。まるくんは、たまにそれを飲みます。私はその匂いを嗅ぎましたが、ぜんぜん興味はありませんでした。

 そんなものよりも、私の興味はまるくんの足でした。私はまるくんのスリッパに噛みついて引っ張りました。まるくんの匂いがいっぱいします。

「ダメ!」

 と、まるくんは怒りました。

「なぜ怒るの? 私はまるくんの匂いがするスリッパが好きなの」

「スリッパが痛むだろ」

「まるくんは私が嫌いなんだ」

「嫌いじゃないよ」

 私はテーブルの下に行って、悲しくなりました。私がまるくんを好きだと思っても、嫌われているんだと感じました。

 何日かして、ナイトテーブルに飾ってあったミニカーを咥えて遊んでいると、また怒られたので、

「なぜ怒るの?」

 と聞いてみました。

「これは母親の形見だから触ってはだめだ!」

「こんな古ぼけたミニカーが大切なの? 新しいのを買えば?」

「むかし貧乏だったとき、母親が貰って来た物だ。だから大切にしている」

「でもあちこち塗装が剥げて、傷もついている」

「時間が経つうちに、だんだん汚れて壊れていくのは使い古された感じがして味わいがあるけど、かじったり、乱暴に扱うとそれも台無しになるんだ」

「味わい? わからないわ」

 でも、物をかじったら、まるくんの機嫌が悪くなるのを知りました。私は嫌われているのではないと思いました。ますます、まるくんに甘えるようになりました。

 そんな事があって、まるくんは鹿の角とウサギの縫いぐるみを買ってきてくれました。

「これからかじりたくなったら、鹿の骨をかじって」

 私は、それをかじってみました。面白くていつまでもかじっていられました。

 まるくんは、ウサギの縫いぐるみで遊んでくれるようになりました。まるくんが縫いぐるみを投げて、私が拾ってくる遊びです。ときどきボールも投げてくれます。私はくたくたになるまで遊び、快い疲れからうたた寝もするようになりました。


「リ~ン!リ~ン」

 まるくんが呼んでます。私は電線に止まっているカラスをずっと見ていたので、反応が遅れました。私は速く走ろうとして、足が絡まってコケてしまいました。私は生まれてまだ1か月なのです。

「まるくん!まるくん!」

 私がまるくんのところまで来たら、驚いたことに紺のダークスーツを着ていました。「これはひょっとして」と思う間もなく、

「やっと凜が来た。正月の食料品を買いにスーパーに行くけど、ついてくるか?」

「行く、行く」

 と私の予感、スーパーに行くのではないかというのが当たりました。

 まるくんはいつもスーパーに行くときスーツを着ます。他にスーツを着る機会がないからです。紺のダークスーツはすこし古びていますが、灰色のダッフルコートとよく似合っています。私はそれがすごくかっこいいと思います。私はまるくんが世界一のおしゃれさんに見えます。

 ほんとうは私もおしゃれなんですけど、まだ服とかは持ってません。いつかおしゃれして、まるくんと散歩できればいいな、と夢見ています。

 まるくんが自動車のドアをあけると、私は勢いよく飛び乗りました。

「あのカラスいつも来ているね」

 と、まるくんに教えました。

「そうだね。ときどき鳴いている」

「あのカラス、言葉遣いが悪いわ。窓から見てると『おい、こら』とか言うのよ」

「気にしないほうがいいよ。気にすると毛が抜ける」

 車に乗ると、まるくんは窓ガラスをあけてくれました。カラスがなにか言っていましたが、「ふん」という態度で接してやりました。

 スーパーにゆくのは4度目です。まるくんはスーパーにあまり行きませんし、車も滅多に乗らないから、私はシッポを思いっきり降りました。

 私は車に乗るのが大好きで、とくに窓をすこし開けてくれると最高です。背伸びして窓に顔を出すと、風が私に当たります。少々寒いですが、まるくんが暖房をがんがんにつけているので、気になりません。

 スーパーに着いても、私は店内には入れません。まるくんの車でおとなしく待ってないといけません。私はおとなしく寝ることにしました。しばらくすると、まるくんが買った食料品などを車に置きに戻ってきます。「待ってました」とばかりに私はシッポを振ります。このあと、まるくんは私をカフェに連れてゆきます。私はそのカフェが大好きです。なぜならすごくおしゃれだからです。

 まるくんがカフェの女性スタッフに挨拶して、コーヒーを注文しました。

「コーヒーをひとつですね。今日はダッフルコートがよくお似合いですよ。映画の『カサブランカ』みたいです」

 スタッフが私をみて、「凛ちゃん」と言ってくれたので、飛びついてあげました。このスタッフは私のファンです。だから過剰でもサービスしてあげました。そうすると女性スタッフはおやつをくれます。

 私たちはカフェの外のデッキに行きました。入り口くらいなら、店内に入っても許してくれますが、ペットと同伴なら外のデッキのテーブルに行かないといけません。外は寒いですが、バーニーズマウンテンは寒さに強いのです。まるくんもダッフルコートを着ています。

 まるくんが椅子に座ると、私は足元にうずくまりました。まるくんは椅子に座ると足を組むのが癖です。私は組んでない足のほうにアゴを乗せます。そうするとまるくんの匂いがよくするから好きなのです。

 飼い主がコーヒーを飲むあいだ、私はLadyだから、おとなしくしていないといけません。たくさん人がいるところでは、「他のお客にも迷惑をかけないように大人しくしていなさい」と、まるくんに教わりました。大晦日なので、デッキのテーブル席には、まるくんの他にもお客がたくさんいました。大好きな足の上にアゴを乗せているので、だんだん眠くなってきました。

 私は夢を見ていました。

 ここはどこでしょう。野原で石の上にまるくんが座っています。その横で私は、まるくんの足の上にアゴを乗せていました。まるくんの隣に女性が座って、歌を歌っています。この女性はだれ? 私は見たことがありませんでした。焚火がちろちろと燃えていて、暖かさが伝わってきます。その歌を聞いて私は幸せな気分になりました。

 お客のひとりが私に近づいて来て、手を出してきました。私は気配を察して目を開けました。面倒だったけど、私は思いっきりシッポを振ってあげました。そうしてあげると人間が喜ぶのを私は学んでいました。そのお客は私の頭を撫でてきました。私はそれにも愛想よく対応してあげました。それがバーニーズマウンテンとしての誇りです。私は誇り高きバーニーズのLadyです。


 まるくんは、家にかえると、食料品をキッチンのテーブルに並べました。

 面白そうなので、椅子にあがって、

「なにをやってるの?」

 と聞きました。私はまるくんのすることがなぜか何でも気になるのです。

「冷蔵庫や冷凍庫に入れる物を並べてる」

「冷蔵庫?冷凍庫?」

「そこの白い箱みたいなのが冷蔵庫だよ。冷蔵庫の上に冷凍庫がある。この中は冷たいよ。冷凍庫はカチンカチンになる」

「こっちは冷蔵庫に入れない物なのね」

「よくわかったな。正解だ」

 私はまるくんの考えていることが段々わかるようになってきました。まるくんは、独身用の小さな冷蔵庫にどんどん入れてゆきました。冷凍庫に入れるものは、小分けにしてビニール袋にいれていました。

「なぜ、そんなことをするの?どうせ冷凍するのだから、全部そのまま入れたら早く済むのに」

「ひとつずつ袋に入れると、解凍するとき楽なんだ。全部をそのまま冷凍すると、ひとつだけを取り出すとき引っ付いて離れないんだ。これだと必要な数だけ取り出せる」

「へぇぇ、そうなんだ」

 冷凍庫に食べ物を小分けして入れる姿を見て、私は『さすが、まるくんだ』と思いました。きっとすごく頭のいいことをしているんだと思いました。

「ねえねえ、こっちはなに?」

「それは正月用だ」

「おせち料理?」

「いや、正月用だけどおせち料理じゃない。おせち料理は食べない物が多いので、好きな物だけを重箱に入れるんだ。だから唐揚げとかエビフライを入れてる」

「おいしそうな匂いね」

 私は鼻をヒクヒクさせました。Ladyとして恥ずかしくなるくらい吠えました。

「ちょうだい!ちょうだい!」

「ひとつだけだぞ。これは正月用なんだから」

 そう言いながらも、まるくんは唐揚げをひとつくれました。私は嬉しくて、最上級のシッポ振りをして、唐揚げを食べました。

「お餅はお雑煮ね。お雑煮はつくるの?」

「焼いたお餅を、インスタントのみそ汁にいれるだけ。気分だけお雑煮にする」

「気分だけでもお正月にするのね。それでもお正月が来るのが楽しみになるね」

「形だけでもお正月にするんだ。こういう季節の行事は大事にしたいんだ。死んだ母親がこういうのが好きだったからね。この前、いつもやらない箪笥の裏を簡単に掃除していただろう。あれは大掃除のつもりだ」

「大掃除も季節のイベントなの?」

「そうだよ。年末に大掃除をして新しい年を迎えるんだ。こっちに新しい下着を買ってるだろう。これも新しい年は、新しい下着で迎えるためだ」

「ふ~ん、そうなんだ」


 夕方、お風呂から上がると、まるくんはラジオのスイッチを入れました。ラジオを聴くことはほとんどありませんが、テレビがないので「紅白歌合戦」を聴くために今日は特別でした。とは言え、聞き流しているだけです。まるくんは「大みそかは『紅白』を聴く」のが恒例になっていると言いました。真剣には聞いていませんが、夕食のあいだもラジオを流していました。

「最近はどんな曲が流行っているのか分からないからね」

 まるくんは紅白を聞き流しながら、動画でニュースを観たりしていました。そのあいだ私は、まるくんの足の上にアゴを乗せていました。途中から英検3級の動画に変わりました。英語を聴くうちにうつらうつらして眠ってしまいました。

「凛! 新年になった。明けましておめでとう」

 まるくんは立ち上がって、食料置き場へ向かいました。私もついてゆきます。そこから犬用のおやつを取り出したのを私は見ました。まるくんに飛びついて、ねだります。まるくんは私専用の皿におやつを置きました。

「これはお年玉だよ」

 私はあっという間に食べ終わりました。

「さあ、寝よう。眠くて仕方がない」

 いつもは夜更かしをしないのですが、この日は特別でした。


 翌朝は目覚ましで起きました。まるくんは目覚ましを止めて、また布団にくるまって寝ています。私はベッドに飛び乗って起こしました。早くしないとスズメたちが来るからです。

 まるくんは「目が覚めたら3秒で起きないといけない」と言っているくせに、寝つきも寝起きも悪いのです。本人は低血圧だと言い訳をしています。

「早くしないと、スズメさんが来るよ」

「わかった」

 それでようやく身体を起こしました。首の運動をしたり、両手をまわしたりして、トイレにゆきました。

 朝食を食べていると、スズメたちがやって来ました。まるくんはベッドルームの窓を開けてあげました。スズメたちがキッチンのほうに飛んできました。ナマイキ、シズカ、ハクシキ、それに今日はリチギさんも来ていました。彼らはまるくんがトーストをちぎる前に齧りついていました。でもトーストが大きすぎて、うまく齧れないようでした。

「おいおい、俺の朝食だ」

「いいじゃない。ケチケチしない」

 ナマイキさんが言いました。確かにまるくんはケチです。言い換えれば、倹約家です。ビニール傘の修理だって元は壊れたので、ネットやYouTubeを見ながらなんとかやっているうちに直してしまったのが最初だそうです。それは私が考えるに、捨てるのがもったいないという「ケチの心理」から来ていると思っています。

 まるくんはスズメさんたちにトーストをこまかくちぎってやりながら、

「明けましておめでとう」

 と言いました。

「あけましておめでとうございます」

 シズカさんが最初に挨拶しました。

「まるくん殿。明けましておめでとうございます」

 リチギさんが挨拶して、「明けましておめでとう」とハクシキさんも続いきました。

「あ、おめでとう。人間社会は面倒ね。ただ日付がかわるだけでしょ。それでなぜ『めでたい』のよ」

 ナマイキさんが独自の理論を展開していました。

「それはだね。太陽の動きで、一周して元に戻るからや。太陽は地球から見て約1年、正確には365.25日で元の位置に戻るんや。地球が太陽を一周するこれが「公転」や。だから、ほぼ1年で同じ季節や星座が見えるようになるわけや」

「だれが1年のその最初の日を考えたのよ。それともアメリカの憲法で決まってるの?」

「それはローマ時代まで考えなあかん。それについては専門家やあらへん。それに日本では太陰暦を使っていた。日本では簡単にいうと、冬至と立春のあいだの新月の日が『1月1日』や。年によって、新月が2回ある時ある。その場合は遅いほうの新月が1月1日や。現在の日本ではそれを旧正月と呼んでる」

「さすがハクシキさんです。いろいろとご存じでございます」

 リチギさんが感心して言うと、

「それだけ知ってても、餌がどこにあるか知らないんだから、ぜんぜん役にたたない」

「それを言われると辛い」

「生活力がないんだから、困ったものね」

「ナマイキさんとハクシキさんは夫婦なんですか?」

 私はナマイキさんに聞いてみました。

「そうよ。私たちのあいだに産まれた子がシズカよ」

「そうだったんですね」

「私たちは結ばれるように出来ていたの。こんな生活力のないスズメでもね。そしてシズカも産まれるべくして産まれてきた」

「私も産まれるべくして産まれてきました」

 リチギさんが言いました。

「凛!あなたも産まれるべくして産まれたのよ。世界が必要としていないのなら、産まれてこないわ。必要のないものは滅びるのよ。人間も私たちスズメも同じ。必要が無くなったら死ぬの」

「凜さん」

 ハクシキさんが私に向って言った。

「私たちスズメの寿命を知ってる?」

「いいえ」

「どれくらい生きるとおもいますか?」

「さあ?10年くらい」

「とんでもない。2、3年くらいのものや。平均だと1.3年という数字もあるくらいや。野生だと卵から産まれて翌年の春まで生きているのは40から60パーセントくらいや。それでも私らは4年も生きている。シズカかて、もう2年は生きている。私らはなにかを託されているからや。あんたかてそうやろ」

 そうなんだわ。私は何かをするために産まれてきたのかもしれない。でも私はまだ1か月の子犬なのよ。こんな事をもう考えないといけないの? 私はまだまだ、まるくんの投げるボールを追いかけるほうが重大な気がするの。だってまるくんが私にボールを追いかけて、持って来いと言ってるんだから。


 まるくんがくれたおもちゃで遊んでいると、嫌な予感がしました。

「まるくん、まるくん、嫌な予感がするよ!」

 私はピアノの練習をしていたまるくんに叫びました。

「どうした?」

「窓を開けて! シズカさんが来る」

 私は急いで窓まで行き、背伸びしました。あとから、まるくんがやって来て、窓を開けました。

 その途端、「助けて!」とシズカさんが飛び込んで来ました。よろよろと窓にぶつかりながら、また「助けて!」と、シズカさんは叫びました。

「まるくん! まるくん!」

 私があまり叫ぶものでしたから、まるくんは私を抱きかかえました。

「もういい、吠えなくていい」

 まるくんがそう言ったので大人しくしました。シズカさんは震えていました。

「シズカさん、どうしたの?」

 と聞くと、

「カラスに襲われたの」

 と言ってカラスのほうを見ました。私もそのカラスを見ました。

「ちぇ、食いそこなったぜ」

 カラスは舌打ちしながら、私たちのほうを見て言いました。

「おい! まるくん、と言ったな」

「そういうお前はだれだ!」

「俺か。俺はこの辺りじゃ、ちょっとは知れた源三だ。この辺りのカラスは俺の子分どもだ」

「へぇぇ、そんなに偉いんだ。たいしたもんだ」

「忠告しておくがな。大カラス様に逆らうんじゃないぞ。逆らったら命はないぞ」

 まるくんの替わりに私がこたえてやりました。

「ふん、ただのカラスじゃないの。なにが出来るのよ」

「大カラス様はただのカラスじゃないぞ。この世の大親分だ。出来ないことはないお方だ。お前みたいな犬コロなんか、あっという間に食べられてしまう」

「ただのカラスだろ」

 まるくんも同じことを言いました。

「大カラス様はカラスじゃねぇ。俺たちがそう言っているだけだ。そうそう大事な用事を忘れるところだった。大カラス様がお前に伝言だ。言う通りにすれば、欲しいものは何でも与える、だとさ。余計なこともするな、とも言っていた」

「その大カラス様に伝えてくれ、今のところ欲しいものはない、ってね」

「そんなこと言っていいのか、侘しい独り暮らしじゃねぇか。ほんとは欲しいものがあるんじゃねえのか?やせ我慢しねぇで正直に言ったらどうだ」

「いいとも正直に言ってやる。物を欲しがってもキリがないということだ。それでいいだろ」

「ふん、聞いたようなセリフを言ってんじゃない。大カラス様にはそう伝えておくぜ。どうなっても知らないならな。それから俺がお前のことを見張っているからな」

 カラスの源三は捨てセリフを吐いて飛び去りました。

「ああ、怖かった。もう少しで食べられそうになったので、ここまで逃げてきたの」

「そうだったんだ。でも安心して、ここはまるくんがいるから心配しないで」

「カラスがスズメを襲うなど、あまりないけどなぁ、油断してたのかな」

「そうなの、なんか変な物を見て、すこしボーッとしてました」

「変な物って?」

「なんだか現実でない、そう映像というのでしょうか、それが見えてきたの。それで父のハクシキに聞こうかと考えていたらカラスに襲われた」

「映像って?」

「田舎の風景なの、見たこともない景色なんだけど、でもどこかで見た感じがするの」

「すこし大きな川があった?」

「そう、その通り。川があったわ。川のある風景なんだけど、なぜか懐かしくなるわ」

「ひょっとして、僕たちは同じ風景をみているのではないか?」

「まるくんも見えるの?」

「ときどきイメージが浮かんでくるんだ。夢で見たのかなぁ、と思うけど、思い出せないんだ」

 犬の私にはなんの話なのかさっぱり分かりませんでした。


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