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まるくんの夢物語  作者: まるくん
第2章 ハト時計の秘密
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ハト時計の時間が行ったり来たりするのに気がつき、時間が進んだり遅れたりすることに気がつく。


 ハト時計の小さな歯車が回り続けている。

喜びもなければ悲しみもない。ただ錘の力で歯車がまわり、時計の針を動かしているだけだ。扉の裏側では、ひっそりとハトが休んでいる。時が来ると、ハトが飛び出す。その瞬間だけは、部屋の中にいる人間たちの目がハトに向かう。その視線を受けるたびに、私は自分が何か重要な存在になったような気がする。その瞬間が近づくと、歯車たちはハトに促す。満を持したハトが「ポッポ」と音を響かせた。ハトはこの世界に重要な「時間」を告げた。


 ハト時計が8時を教えてくれました。

 スズメたちとの井戸端会議もおわり、私は健康のためにウォーキングに出ます。お金があれば、テニスやゴルフ、テントを背負って山に登ってみたいという願望もあります。ゴルフクラブ、アウトドア用品を一式そろえると、年金暮らしにはかなりの負担になります。ウォーキングだと歩くだけなので、お金はかかりません。

 歩くのが苦手なので、他人から見れば散歩のようなウォーキングです。

 途中でお馴染みの顔と挨拶を交わします。

「おはよう」

 と声を掛ければ、たいてい、

「おはよう」

 と返ってきます。

 ジョギング中の人たちは会釈だけをします。40歳前後の男性もジョギングしながら、会釈だけして通り過ぎます。この男性とは毎朝あいさつをします。男性と会えなかったときは、「体調がわるいのかな?」とか、会社員で「出張かな?」とか想像したりします。

ある時などは、その男性がジョギングせずに川のほうをずっと見ていました。不審に思って、「どうかされましたか?」と声をかけました。

 男性は指を差して、

「あそこに止まっている鳥が綺麗なので見とれていました」

 と静かに言いました。

「ああ、あれはカワセミです。綺麗でしょ。渓流の宝石と言われています。漢字だと『翡翠ヒスイ』  と同じです。『翡翠』と書いてカワセミと読みます。光線の具合によって緑に見えるでしょ」

「それで翡翠になるのですね」

 一度だけ、その男性とたわいもない話をしたこともあります。男性と毎朝、顔を合わせても話をしたのはそれだけです。

 ウォーキングはゆっくりですが、しっかりと歩きます。ネットで変な歩き方をすると、変な筋肉の付き方をする、とありました。それが病気の一因となることがあるとも書いてありましたので、出来るだけ足を真っすぐに出して大股であるくようにしています。お腹をすこし引っ込めがちにして姿勢も気をつけています。同じウォーキングでも出来るだけ自分の身体に、無理のない負荷をかけるようにしています。そのほうが時間を効率的に使えると考えたからです。

 道々、鳥が飛んでいたり、花が咲いていたりして、季節の移り変わり、時間の流れを感じます。花や鳥の半分くらいは名前が分かります。雑草でも少しは名前が分かります。それでもその名前が思い出さないときがあって、必死で思い出そうとしています。年を取ると言葉が思い出せなくなるのは、本当は覚えているのにそれを「引き出す能力」が劣るから「物忘れ」だと勘違いするとネットで教えてもらいました。だから他人からその言葉をいわれると、「そう、それそれ」と思い出します。

 その鳥や花の名前を必死に思い出そうとして、ウォーキングしていると、あっという間に家に着きます。家に着くまでにほとんど思い出しますので、それでなんだか時間を有効に使えたと嬉しくなります。なにより余計なこと、世間のわずらわしさとかを考えなくて済みます。どうしても思い出さないときは、家に帰ってからネットで検索します。その言葉、名前がヒットすると「やったー感」が生まれてきます。それを冷蔵庫に貼ってある紙に書き込みます。その単語が増えて行くのがひそかな楽しみでもあります。そのひとつひとつ、名前を思い出すことや、掃除、洗濯、自炊、スズメの餌やり、英語の勉強、ピアノの練習などで隙間時間を埋めることが出来ます。それを1か月の「達成表」にして、毎日、「〇」を書き込むのが楽しみで、表を眺めては達成感を味わっています。

 「小人閑居して不善をなす」と言うではありませんか。小さな人間の私は、ひまだとロクなことを考えないし、話し相手が欲しいとか願ったりします。そんな事に心の無駄遣いをしたくないのです。

散歩から帰ると、ハト時計を見て時間を確認します。およそ30分前後歩いています。

 淹れたばかりのコーヒーを持って、掃き出し窓から外へ出ます。そこには小さな丸椅子と灰皿が置いてあります。わたし用の喫煙所です。家の中でタバコを吸うと、部屋が汚れるから嫌なんです。コーヒーを飲みながら、タバコを吸って、ひと息つきます。

 タバコを吸い終わると、「ヨイショ」と自分に掛け声を掛けながら行動します。洗濯機を回している間に部屋の掃除を始めます。ベッドルームから順番に進めるのが習慣で、洗濯物を干した後はキッチンを整えるのがいつもの流れです。決まった順番で進めるので無駄がなく、終わったときの達成感が心地よいのです。ただ、途中で訪問者があると流れが狂い、つい掃除をし忘れてしまうことがあります。「ひとつ片付けるとひとつ忘れる」そんなことで老いを感じます。


 そうして掃除が終わると、ピアノを練習します。このとき、タイマーのスイッチを設定します。こうしないとピアノの練習ばかりするからです。この時間のピアノはハノン(ピアノ練習曲)だけです。終了時間はタイマーが教えてくれます。タイマーが鳴ると、練習はピタッとやめます。これが難しいのです。ピタッとやめないとダラダラと時間を浪費してしまいます。

 ハト時計が正午を教えてくれると、タイマーが鳴らなくても練習をやめます。

 お昼は、トーストを焼き、バターとジャムを塗って牛乳を飲みます。コーヒーは1日に3杯だけにしています。それ以上飲むと、夜、眠れなくなります。

昼からタイマーを設置して、一時間だけ、ピアノを練習します。この時は自分が弾きたい曲を練習します。いま練習しているのは、ショパンの前奏曲20番です。映画「戦場のピアニスト」で有名になった曲です。こう書くと私はピアノが上手と思われるかもしれませんが、はっきり言って下手です。でも、簡単なショパンは弾くことができます。タイマーが鳴ると練習は終わります。

掃き出し口から外へ出て、タバコを吸います。やっと吸える、ということでしょうか。タバコも吸う本数は限定しています。お金と健康のためです。死ぬ寸前まで健康でいたいからです。

作業部屋と呼んでいる部屋で、私は作業に掛かります。その部屋は衣装部屋と兼用です。下着以外の洋服はここの箪笥などに収めています。

 作業は、ビニール傘の修理です。骨の折れた物や、ビニールが破れた傘などを修理するのです。修理の終わった傘は近所の公民館に持って行き、箱に入れます。箱には「自由にお使い下さい。出来れば戻して下さい。壊れた傘もここに入れて下さい」と張り紙がしてあります。私が下手な字で書いて貼りました。

今日の作業は、自動で開くビニール傘の修理です。取り掛かってから何日目かになるのですが、バネの部品がうまく入りません。私は独自に部品を制作してバネを収めることにしました。部品は簡単に出来ました。その作業に慣れているからです。部品が合わないときは、自分で作ってきたからです。それでその日は3本の傘を修理できました。3本の傘はその後、公民館へ持って行き、新たに壊れた傘を自宅に持って帰りました。

 家に帰ると、スズメのチュンチュンという鳴き声とコツコツという音が微かに聞こえました。早い夕刻にスズメが来ることは珍しかったけれど、私はベッドルームに行ってみました。

窓辺にシズカがガラスを突いており、私は窓を開けてやりました。

「こんな時間にめずらしいな」

 シズカは無視して目覚まし時計のうえにとまりました。途端に時計の針の動きがおかしくなりました。長針も短針も行ったり来たりし始めました。私はフラフラして、その場にうずくまりました。

私が目を覚ますと暗くなっていました。どうやら気絶していたようで、肌寒くて二の腕をさすりました。灯かりを点けると、シズカの姿はありませんでした。窓が開いたままだったので、シズカはそこから外へ出たのかもしれません。「通りで寒いはずだ」と窓を閉めました。

 寒気がしたので、私は風邪を引き始めているかもしれないと思って、早めにお風呂を沸かしました。お風呂が沸くと、すぐに入りました。身体が暖まって来て、なぜ気絶したのだろうか、歳のせいかと疑心暗鬼になりました。歳を取ると、若いときにはなんでもなかった事でも注意が必要だと感じました。とまれ、気がついて良かったと安心しました。気絶したまま朝まで寝ていたら、どうなっていた事でしょう。

 髪を洗い、身体を洗い、再び湯船でゆったりとしていると、ある事に思い当たりました。シズカが時計に止まると、時計が狂う事でした。ベッドルームの置時計にシズカが止まっていたとき、私は動画を観ていましたが、知らない間に時間が過ぎていたことがありました。ハト時計の屋根の上でシズカがパン屑を食べているときも、針が行ったり来たりしました。私はハト時計が壊れたと思って、叩いてみました。そして今回の事です。シズカが置時計に止まったときに、針の動きがおかしくなりました。そのあと、私はフラフラしたのです。

 あくる朝、スズメたちがやって来て、窓を開けるとキッチンまで飛んできました。私がキッチンに来るまでに、シズカはもうハト時計の屋根に止まっていました。針が行ったり来たりしています。

 私はシズカに言いました。

「シズカ、君がハト時計に止まると、針がおかしくなるみたいなんだけど。これはシズカのせい?」

「きっとそうだと思う」

 シズカは首を傾げながら言いました。

「そうよ。シズカは時間を操ることができる」とナマイキは続けました。

「つまりや、時空を行ったり来たりできるいう事や」

 とハクシキが言い加えました。

 ナマイキはさらに、

「だけど、まだ時間を自由にコントロールできない。そのコントロールの練習のために、まるくんの置時計やハト時計に止まっている。街の時計台で練習したらたいへんな事になる。NHKもどこに時間を聞いていいかわからなくなる。テレビの時間表示がおかしくなったら、遅刻する人間が出来たり、電車もダイヤがおかしくなって事故が起こるかもしれない。かと言ってほかに時計がない。まるくんだったら怒らないと思って私が静かに進めた」

 と説明しました。

「うちの時計を練習台に使ってるのか。それもパン屑を食べながら」

「私の意思とは関係なく動くことがある」

 シズカは申し訳なさそうに言いました。

「まるくんは、世の中がたいへんな事になってもいいの? 自分だけが良ければいいの?」

「わかった、わかった。練習すればいい。ひょっとして昨日、眩暈がして気絶したのはこのせい?」

「うむ。たぶんそうやろ。現在と未来と過去のあいだで、まるくんの存在があやふやになったのかもしれへん。まるくんの意思や肉体がどこに存在していいのか分からんよになったんやろ。たとえばやな、時間が止まったり、進んだり遅れたりしたら、電車はどうなる。ダイヤ通りに走らにゃならんのに、時間が進んでみぃ、早よ、走らなあかん。逆に時間が遅れたら、元に戻らなあかん。それが秒単位で起こったとして、電車はどうしたらええかわからんよになって、右往左往する。それで電車は眩暈を起こす。そういうこっちゃ」

 ハクシキがなんでもないように言ったので、

「シズカが練習するたびに、眩暈がしていたら問題だな」

 と私は不安そうに言いました。

「いいじゃない、瞬間的に過去に行ったり、未来に行ったり、また現在に戻ったりして楽しそう!普通はこんなこと経験できないわ」

ナマイキは得意そうに顎をあげて言いました。

「他人事だと思って! 俺の身になってみろよ。練習のたびに気絶するんだ」

「それなら大丈夫です。少しはコントロールできるようになって、昨日のようなことは起こらないとおもいます」

「練習の賜物ね。その調子でまるくんを気絶させてあげて」

「おいおいナマイキ! 無茶なことを言うな!」


 シズカは朝以外にもやって来て、置時計やハト時計に止まります。その度に時計がおかしくなります。私は気にせずにいつものように家事をこなして行きます。シズカが来ても来なくても、家事をやらなくてはなりません。いつものように洗濯機に洗濯物を入れ、ベッドルームから順番に掃除してゆき、掃除が終われば、ピアノの練習をします。時計がなくても、毎日の日課の終了に30分と誤差は出ません。

その日、ピアノの練習を済ませると、自分用の喫煙所でタバコを吸いました。部屋を覗くと、シズカが目覚まし時計とにらめっこしていました。かと思うと、置時計の上に飛んだり、また文字盤を睨んだり、忙しくしていました。

 突然、シズカは掃き出し窓まで飛んできて、喫煙所の私に、

「まるくん、まるくん」

 と呼びました。

 私はタバコをもみ消して、掃き出し窓を開けて中に入りました。

 シズカは私の肩に止まって、

「時計が元に戻った。針を元の位置に戻すことが出来た。自由に動かせるわ」

 と早口で喋りました。

「やったね。動かして見せて」

 私はシズカを肩に乗せたまま、キッチンのハト時計の前まで行きました。シズカがパワーを送ると、ハト時計の針が動きました。12時20分から12時30分になりました。

「今度は、元に戻すね」

 またシズカがハト時計にパワーを送りました。針が12時20分に戻りました。

「どう?」

 どや顔でシズカは言いました。

「やったね!」

「これで時間を自由にできる。もうまるくんを気絶させることはないわ」

「でも、時間を自由に出来たからと言って、これをどう使うんだ」

「分からないわ。あるお方から言われただけ。『時を司る者』と言われた。それをリチギさんが説明してくれた。時間を操れる、って」


 不思議なことはそれだけではありませんでした。

 あるペットショップを通りがかっていたとき、「まるくん、まるくん」と声が聞こえてきました。赤ちゃんのようなか細い声でした。私はペットショップに入り、その声のほうにあるきました。そこには小さなバーニーズマウンテンのメスの子供がいました。「まるくん」と呼んでいたのは、その子犬でした。

値段を見ると、20万円でした。「高い」と私はつぶやきました。年金暮らしの私には宇宙規模の金額でした。でも、この子犬の私に訴えるような瞳を見ると、この子を買わなければならないと思いました。ATMにゆき、なけなしのお金を降ろして、子犬を買いました。私は「イヌ語」も理解していたのでした。

その子犬を「凛(Ring)」と名付けました。Ring の「g」は読みません。英語でそれを「サイレントレター (silent letter)」と言うのをかなり後で知りました。

 凜は子供なのでいたずらが好きです。いろいろな物をかじりました。しかし聞き分けの良い子で「かじったらだめだよ」と教えたら、そのあとはかじるのをやめます。それをひとつひとつ教える必要がありました。イヌ語が理解できるので、教えることは簡単でした。これらのことは、つまり私は動物と話が出来るという事でした。


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