まるくんたちは凜を失い悲しみに包まれる中、邪鬼の襲撃が始まり、萌々香たちが襲撃を受ける。しかし、鬼たちや式神が力を合わせ、城を守るための対策が進められる中、新たな仲間が加わり結束が強まっていく。
ペレシュ城の敷地の北側に、まだ手付かずの森のような場所がありました。その一角に、まるくんは穴を掘っていました。
直径1m、深さ50㎝の穴をスコップで掘るのに、まるくんは少し掘っただけで腰が痛くなりました。見兼ねた前鬼が、まるくんからスコップを取り、穴を掘りました。
「これくらいでいいかな」
前鬼は、掘った穴を見ながら言いました。
「充分、充分。ありがとう前鬼」
「なんの、おやすい御用でさ」
しばらくして、後鬼が凜を抱えてやって来ました。後鬼が穴のそばに凜を降ろしながら、「死んだとは見えない。まるで眠っているようだ」と言いました。
まるくんは、凜の肩をポンポンと叩きました。凜が眠っているように見えて、肩を叩くと起き出すのではないかと思ったからでした。しかし、まるくんの手には、固く冷たい凜の感触があるだけでした。その感触を感じたとき、「やっぱり、凜は死んでいる」のだと確信が残るだけでした。
前鬼が穴の底に凜を寝かせました。
バーニーズマウンティンの凜は、まるくんが抱えられない程に大きくなっていました。
まるくんは、凜の身体に土を被せました。涙ぐむのを抑えられませんでした。前鬼と後鬼も土を被せていきました。
凜を埋めたあと、そこだけが他よりも少しだけこんもりと盛り上がっていました。盛り上がっている量だけ、凜の身体なのだと思いました。それは凜がここに眠っているという証でした。
「なにか石を置きたいなぁ。ここに凜が眠っているような印が欲しい」
「おやすい御用でさ」
しばらくして前鬼は、谷川から1mもありそうな大きな石を運んできました。
「どこに置きやすか?」
「この辺がいいだろう」
前鬼は、まるくんが指定した場所に石を投げるように置きました。ドスン、と音がして、地面が揺れるような気がしました。凜が起きるのではないかと心配になりました。
「石になにか文字を彫りたいね」
「おやすい御用でさ。どんな字にしましょうか?」
「凜でいい」
前鬼は、指先を大石に向けると、その先から赤い閃光を奔らせ、「凛」の文字を彫りました。大胆で迫力のある文字でした。
この文字が彫られたことで、ただの大石が意味あるものになりました。そこに凜の魂が刻まれているように感じました。
残された子犬は、2匹が雄で、1匹がメスでした。
まるくんは、ペット病院で相談したり、ペットショップで犬用のミルクを買ったりして育てました。動物好きの和歌子の助言は大いに助かりました。授乳後の便をうながす手際などを教えてもらいました。
まるくんは、夜は子犬たちの寝床を持っていって、4時間おきに授乳し、朝はキッチンで育てました。
子供たちや、バスケ部の女の子が起きてくると、みんな子犬に挨拶をしました。
「おはよう」
とくに萌々香と紫鬼は、当校時間のぎりぎりまで子犬と遊んでいました。
「ふたりとも、学校に遅れるよ」
まるくんにたしなめられて、やっと腰をあげる状態でした。
和歌子が来て、まるくんは洗濯や掃除をしました。子犬たちから目を離すのが不安だったからでした。短い散歩もそのあいだに済ませました。
和歌子は、炊事の合間に、授乳を手助けしてくれました。
まるくんが疲れて、キッチンの椅子に腰かけていると、シズカが話しかけてきました。
「凜がいなくなっても、淋しがっている暇はないね」
「ほんとだね。凜のことを忘れそうだ」
「まるくんが落ち込まないか心配してたわ」
「凛のいない世界が今でも信じられないけどね」
「私たちは餌を探して生きていくだけで精一杯だったわ。ほかのスズメが死んでも悲しんでいられない」
ナマイキは、ため息をついて言いました。
「まるくん、最近、食パンの減る量が多いような気がする。また買って来ないといけない」
和歌子が食パンのストックを見ながら言いました。
「育ち盛りだから、みんなよく食べるんだろう」
「それなら知ってるよ。紫鬼ちゃんと萌々香ちゃんが食パンを持っていっている」
シズカが言いました。
「部屋で食べているのかな?」
「きっと、夜にお腹が空いてるのよ」
「和歌子さん、今度から余分に食パンを買っておいて」
「はい、分かりました」
放課後、高校の図書館へいつもの道を、萌々香と紫鬼が歩いていました。そこへ雉原翔太と猿投紘一が走って来ました。
「今日のテストどうだった?」
雉原翔太が萌々香に言いました。
「100点だった」
「紫鬼ちゃんは?」
「100点」
「ぼくだけが95点なのか」
「紘一君は?」
「100点だった」
「計算間違いがなかったら、ぼくも100点だったのに」
「次のテストで、計算間違いに気をつければいいじゃない」
「そうだけど、ぼくだけが置いて行かれた気がする」
「5点くらい、どうってことないじゃん」
「それでも負けは負けだ!」
「早く行かないと、席がなくなる」
Pink Fairy High Schoolの図書館は高校生と小学生で溢れていました。中学生の姿はあまり見られないという珍しい現象が起こっていました。小学生が高校の図書館で宿題や勉強をするのが流行になっていたからでした。
「そうだね。みんなで走ろうか」
萌々香が提案しました。
「では、位置について」
と、猿投紘一が言いました。
「いまはそんな事は言わないよ」
「なんて言うの」
「On your matって言ってる」
「そうなんだ。日本でも?」
「この前、動画を観ていたら、どこかの陸上競技大会で、そう言っていた。日本の大会のほかの動画でも、どこもOn your matと言っていた」
「用意は?」
「Setだった」
「OK! では、On your mat!」
4人はスタートの構えをしました。
「Set!ドーン」
一斉に駆けだしました。
とつぜん、カラスの群れが、4人の頭を目掛けて飛んで来ました。
「なあんだ。カラスが襲って来る」
雉原翔太は、手で払いのけようとしました。
紫鬼は、カラスを鷲づかみにして、投げ飛ばしました。
「紫鬼ちゃん、すごいね。負けてられない!」
猿投紘一は、そばにあった棒切れを拾い、カラスに打ちつけました。
5,6羽のカラスが、萌々香に集中攻撃していました。猿投紘一は、そのカラスを棒切れで叩きました。雉原翔太は、石を拾って投げました。
式神たちがやって来て、カラスをつかまえて投げ飛ばしました。猿投紘一と雉原翔太の目には、萌々香が手も触れずにカラスを投げ飛ばしているように見えました。ふたりには、式神の姿が見えなかったからでした。
邪鬼が萌々香に襲い掛かって来ました。
すぐに紫鬼があいだに入り、その邪鬼を投げ飛ばしました。
別の方角から、カラスの大群が現われました。
「わ! こっちからカラスがいっぱいやって来る!」
雉原翔太が指さしました。
「逃げよう!」
そう言って、猿投紘一が逃げようとしたとき、
「逃げなくてもいい!」
と紫鬼が制しました。
あとからやって来たカラスの大群は、襲ってきたカラスを攻撃して追い払っていきました。襲ってきたカラスの群れは、散々の体で逃げていきました。
「すごかったね。何だ、今のは」
雉原翔太が驚いたように言うと、
「カラスって、人を襲うんだ!」
と猿投紘一が信じられない顔をして言いました。
「今日は図書館に行くのはやめよう」
萌々香は、みんなに言いました。
「行くな、って事ね」
4人は、踵を返して、帰路につきました。
ペレシュ城に帰った萌々香は、
「今日、カラスの群れに襲われた」
と、まるくんに報告しました。
「大丈夫だったか?」
「この通り、どうもないよ。紫鬼ちゃんがいたし、雉原君や猿投君が助けてくれた。式神も助けに来てくれた。カラスの勘太が追っ払った」
「無事でよかった」
まるくんは、そう言ったものの、邪鬼たちが焦って行動をおこしているのだと感じた。
「勘太によくお願いするわ」
紫鬼がまるくんに言いました。
「それはそうと、紫鬼ちゃんは夜お腹が空くの? ご飯が足りない?」
「いまの量でぜんぜん問題ないよ」
「夜、食パンを持っていっていると、シズカが教えてくれた」
「カラスたちに上げてる。夜、勘太たちが窓にやって来るから、食パンをあげてるの。だめ?」
「ダメな事はないよ。紫鬼ちゃんはやさしいんだね」
「まるくん、お願いがあるんだけど」
と萌々香が申し訳なさそうに言いました。
「どうぞ」
「子犬を私が育てたい」
「構わないけど、時間がある? ミルクをやったり、下の世話もしたり大変だよ」
「頑張るわ。私が育てないといけないようなきがするんだ」
「そう言うんだったら、育てなさい。夜は犬の寝床を部屋に持っていって、ミルクとかあげなさい。朝になったらキッチンに持って来なさい」
その時から、子犬は萌々香が育てることになりました。
食後、萌々香が子犬の寝床を部屋に運んでいると、桜花が声を掛けました。
「萌々香、どうしたの?」
「おねえちゃん、この子犬は私が育てる事にしたの。まるくんが許してくれた」
「生き物だから、きちんと育てなさいよ」
「わかってる」
深夜、まるくんの部屋に、役行者様とカラス天狗様が訪れました。
まるくんは、コーヒーを淹れるために、電気ポットでお湯を沸かしているときでした。
大牛蟹と、乙牛蟹という二人の鬼が初めて来ていました。
彼らは、鳥取県の鬼住山に住んでいて、大牛蟹が兄、乙牛蟹が弟の兄弟の鬼でした。第7代孝霊天皇に降伏して、そのエリアの治安に当たっていました。
「いまコーヒーを淹れるところですが、飲みますか?」
彼らに聞いてみた。
「コーヒー? 初めて飲むなぁ。ぜひ頂こう」
大牛蟹が言いました。
ほかのお客にも、まるくんは尋ねました。役行者様は、軽くうなずきました。カラス天狗様は、「ぜひ」と短く答えました。
コーヒーが入ると、まるくんは、役行者様、カラス天狗、大牛蟹、乙牛蟹へとマグカップで出していきました。
乙牛蟹は、マグカップを覗き込み、
「これがコーヒーと言うものか。真っ黒ではないか」
と警戒しながら言いました。
大牛蟹は、カップに口をつけて、コーヒーをなめていました。
「苦い! 人間はこんなものを飲んでいるのか」
「その苦いのが美味しいのだ」
カラス天狗様がたしなめました。
「苦いのが?」
「緑茶でも少しは苦いだろ。日本人はその苦さを美味しいと思っているんだ」
まるくんは、急いでキッチンに行き、砂糖とミルクを取って来ました。それを大牛蟹のマグカップに入れて混ぜてあげました。
大牛蟹は、すこし飲んでみて、
「うまい!」
と叫び、コーヒーをずるずると音を立てて一気に飲みました。
「まるくん殿、もう一杯所望してよろしいか?」
「いいですとも」
まるくんは、大牛蟹にコーヒーを入れ、砂糖とミルクを入れて混ぜて出しました。
「わしにも砂糖とミルクを入れてくれ」
弟の乙牛蟹が、まるくんに頼みました。
「いいですとも」
乙牛蟹は、砂糖とミルク入りのコーヒーをひと口飲み、
「これは美味い!」
と、ずるずると音を立てて一気に飲みました。
「すこしは味わって飲んだら、どうだ」
カラス天狗様がふたりを嗜めました。
「いいではないか。コーヒーは冷めると味が落ちる。熱いうちに飲むのがよい」
役行者様が諭すようにいいました。
そのとき、一陣の風と共に、新たな鬼が現われました。
「遅くなって申し訳ない」
「おお! 酒呑童子殿。待っておったぞ」
大牛蟹は、今度はゆっくりとコーヒーを味わいながら言いました。
酒呑童子は、京都の北の大江山に住む鬼でした。
「なにやら、よい香りがすると思ったら、コーヒーを飲んでおられるか」
「酒呑童子様も飲まれますか?」
「うむ。馳走になろう」
まるくんは、マグカップにコーヒーを入れて出しました。
「酒呑童子殿、砂糖とミルクを入れると美味だぞ」
「バカな! 砂糖を入れると、コーヒーの味が損なわれる。緑茶に砂糖とミルクを入れて飲まないだろ」
「そんなものか」
せっかく美味しい飲み方を教えた大牛蟹は、がっかりとしたようでした。
「お主は甘党だな」
「まあ、それはそうだが」
「コーヒーや抹茶は、大人の味だ」
「コーヒー談義はそれくらいでいいだろう。肝心な話をしよう」
役行者様が本題に入りました。
それを受けて、
「今日、まるくんの子供の、萌々香と紫鬼がカラスに襲われたそうである」
とカラス天狗様が説明しました。
「勘太の手下と式神たちで、なんとか追っ払ったが、問題は直接行動に出た事だ」
「とうとう動き始めたか」
酒呑童子が腕組みをして、ため息をつきました。
「こっちから攻撃して、やっつけよう!」
乙牛蟹が強気に言いました。
「それはだめだ! 邪鬼どもの軍勢が多すぎる」
役行者様は、乙牛蟹を制しました。
「なんの、邪鬼どもの1000や2000は、わしがやっつけてやる!」
「冷静になれ! 今のままでは、1万や2万でもこっちが劣勢だ」
「では、どうされる」
「まるくんの研究が完成するのを待たなくてはならぬ」
「それで勝てまするか?」
「科学の力を借りても、まだ邪鬼の勢力が多いかもしれぬ」
「それほど邪鬼の勢力は大きいのか」
「邪鬼の勢力だけではない。邪鬼が人間の心の隙間に入り込んで、人間を悪人にするのだ。それも問題だ」
カラス天狗様が、
「まるくん、研究は進んでいるのか?」
と聞いて来ました。
「いま一段階、進みました。重量の問題がクリアできそうです」
「完成まで、拙僧が邪鬼除けの結界をペレシュ城のまわりに張っておこう」
役行者様は提案しました。
「それでわしら兄弟はどうすればよいのでござるか」
「大牛蟹と乙牛蟹は、ペレシュ城に住んでもらいたい」
「あっしらがここに住むのでござるな。かしこまった」
「ちょっと待ってください。ここには年ごろの女の子が多いんですよ。こんな鬼がうろうろしていたら、みんな怖がってしまう」
「食べたりしないから、安心してくれ」
「襲ったりしないでしょうね」
「とんでもない。そんな事をしたら女房にどつかれる」
「それから人間の姿に変えて下さいね」
「承知した」
そう言うと、大牛蟹と乙牛蟹は人間の姿になりました。
「大きいね。2mくらいありそうだ」
「これでも小さくしたのでござる」
「いい事を思いついた。大牛蟹と乙牛蟹にPink Fairy High Schoolとバスケの女の子たちの護衛をしてもらおう。スチュアートに話しておく」
「それはいい。通学や高校での生活が安心できる。カラスの勘太や式神だけでは不安だ」
カラス天狗様は、その案に賛成しました。
「書斎はあまり使ってないから、大牛蟹と乙牛蟹はそこに住んでもらおう。ベッドを買ってきて入れておく」
「そんなものは要らない。床で寝るから大丈夫だ」
「ほかの人間が変に思うから、形だけでもベッドを入れる」
「かしこまった」
「それで拙者はどうしたらいい?」
酒呑童子が聞きました。
「いざというときに備えて、配下の鬼どもを準備させておいてくれ」
役行者様の依頼に、
「あい承知した」
と酒呑童子は同意しました。
みんなが居なくなると、まるくんの部屋は静かになりました。
子犬がいなくなってミルクをやる事もなくなり、手持無沙汰を感じるようになりました。まるくんは、これが人間の心の隙間だと気がつきました。
まるくんは、寝る事にして、洗面所で歯を磨きました。




