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まるくんの夢物語  作者: まるくん
第36章 新たな挑戦⑵
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スチュアートが特許料を高校に寄付し、新たな挑戦として女子スポーツ部の創設を提案され、理事長交代や街全体の活性化に向けて動く中、凜との感動的な別れが起こる。

 

 スチュアートは、箸を動かすのも忘れたように、ノートパソコンを覗いていました。

「先生、料理が溜まってるよ」

 明菜がからかいました。

「お! ソーリー。パソコンは料理が終ってからにしよう」

 彼は器用に箸を使って、料理を食べ始めました。

 その様子を見て、雉原静香が、

「スチュアート先生、箸の使い方が上手ですね」

 と褒めました。

「練習しました」

「ところで先生、特許を高校に寄付するということですが」

「はい、そのつもりです。Pink Fairy High Schoolが好きなんです。この街もね」

「中学校も買収するというお話ですが」

「中高一貫高校が教育にはいいと思うんです。わが校の教育方針を中学校に当てはめれば、落ちこぼれはいなくなると思います」

「落ちこぼれ対策は早いほうがいいという事でしょうか?」

「いいえ、落ちこぼれそのものを作らないのです」

「なるほど、それには中高一貫の教育がいいという事ですね」

 スチュアートは、宮部葉月や石丸などの東大合格部の実績に手ごたえのようなものを感じていました。

 料理人スタッフが、各自の好み、日本酒やワインを注いでいきました。

「でも、せっかくの特許料なのに」

 雉原一郎が日本酒を飲みながら、聞きました。

「そのお金で、車や家を買い、それであとはどうするんだ、と思ったのです。まだ独身ですが、財産を子供に残して、それでそのあとはどうするんだ。と段々疑問に思ったのです。私はいまの生活で充分です」

「欲がないのですね」

「欲ではありません。欲はありました。すべての物を手に入れたとして、次は何を手に入れようと考えたのですが、次が浮かばないのです。車を買い、家を買い、さて次は? 悩みました。それならもう何もいらないという考えになりました。いっそのこと、どこかに寄付をしようと思ったら、高校が頭に浮かびました」

「私もスチュアートに提案があるんだ」

 まるくんがドクダミ茶を飲みながら言いました。

「わたしに?」

「私は高校の理事長を辞任して、後任にスチュアートを据えようと思っているんです」

「私が理事長ですか?」

「そうです。スチュアートなら適任だと思います。それに私は、そろそろすべての役職を順次、辞任しようと考えているのです」

「理事長をお辞めになるのですか?」

 雉原静香がたずねました。

「高校の理事長だけです。NPO法人はまだ続けます。でもそれもやがて辞任します」

 料理人スタッフが、

「食後のお飲み物はどうされますか?」

 と声をかけました。

「私はコーヒーを下さい」

 まるくんはスタッフに注文しました。

「そうだ、さっきのノートパソコンだ」

 スチュアートは、それを立ち上げてデーターを見詰めました。

 その様子を、建部製作所の増田社長が伺うと、中島技師や猿投紘太郎がうしろから覗き込みました。

「これは空飛ぶ車ですか?」

「課題の重量の解決策でしょうか?」

「それでも強力な電磁コイルがないと、出来ませんね」

 猿投紘太郎が横から口を挟みました。

「それなら強磁性窒化鉄がありますよ」

「なんですか? それは。聞いたことがありません」

「私の特許です。強力な磁力が生まれます」

 スチュアートは、強磁性窒化鉄の性能などの説明をしました。

「その性能なら、このデーターに応用できるのではないかな?」

 スチュアートのまわりに建部製作所の社員らで、物理の専門用語が飛び交いました。増田社長は、その中で、自社が関われるかどうかを探っており、中島技師は、この製品でプロジェクトチームを立ち上げ、自分が出世できるのではないかと思い始めていました。

「すみませーん!」

 橋田詩織が料理人スタッフを呼びました。

 その一人がやって来ると、

「緑茶をもらえますか? お祖母ちゃんもどう?」

「もらおうかしらね」

 緑茶が来ると、

「今日は美味しいものをご馳走になったわ。もうお腹がいっぱい」

 とみつゑは満足そうに言いました

「私もお腹がいっぱいだわ」

「ああ、食った、食った」

 明菜がお腹を叩きながら言いました。

「ほんとに食ったね」

 若菜もお腹を叩きました。

 その仕草を見て、萌々香と紫鬼が笑いました。

「明菜姉ちゃんも若菜姉ちゃんも、タヌキみたいだよ。お腹を叩いたとき、ポンポコポンと音がした」

 萌々香がからかいました。

「尻尾が出てる?」

 若菜がおどけました。

 ジャクリーンは、アマンディーヌに質問していました。

「これが本当の日本料理なの?」

「分からないわ。私もこういう料理は初めて食べた」

 それを聞きつけた和歌子が料理の説明をしました。

「これは懐石料理といって、日本料理の中でも高級料理になるわ」

「高級料理なの?」

「本来は、懐石料理といって、お坊さんの料理だったの。400年位前に禅僧が始めたもので、お茶の席のあいまで空腹を紛らわせるために出された料理なの。茶道の一種ともいえるわ」

「茶道なんだ」

「お茶をおいしく飲むためと言えなくもないわ。最初は、シンプルな野菜中心の料理だったの。でも200年位前に、本膳料理というのと結びついて、いまの上品で高級な懐石料理になった。懐石というのも懐に温めた石を入れて空腹を我慢したのでこの名前があるわ」

「ビーガンの料理だったんだね」

「彼らは宗教上、肉類が禁止されていたので、野菜中心になったのね。それも季節の料理を出すのがルールだったの」

「日本のおもてなしなの?」

「そうだけど、『一期一会』という茶道の精神と結びついたの。その意味は、一生に一度しか会えない人であっても最大限のおもてなしをする、という意味なのよ」

「高級料理なんだね」

「そうね、日本人でも普段はこういう料理は食べないわ。高いからね。京都のある料理店では一人前が10万円くらいする」

「わぉ! そんなにするんだ。この料理も?」

 アマンディーヌは、目をまるくして聞きました。

「この料理はそんなに高くないわ。でもそこそこの値段だと思う。出張で来てもらってるしね」

「私たちはラッキーなの?」

「そうね。あまり食べるチャンスはないかも」

「ママにも食べさせてあげたいわ」

「ジャクリーンが稼いで、お母さんにプレゼントすることね」

「ワォ! 私の挑戦ね」

 宴も終わりとなり、

「それではこれでお開きとしましょうか?」

 と、まるくんはみんなに言いました。

 タクシーが玄関前に並んでいました。明菜と若菜は、タクシーチケットを運転手に配りました。

 全員が玄関で、見送りをしました。まるくんは、ドアを開閉して、それぞれに挨拶しました。

 橋田みつゑは、タクシーに乗るときに、

「まるくん、今日はありがとう」

 と深々と礼をしました。

 建部製作所の増田社長は、

「ぜひ当社に仕事をさせてください」

 と、まるくんに頭を下げました。

「ハイ、まるくん。今日はありがとう」

 スチュアートはぎごちない礼をしました。

 彼が乗った最後のタクシーがペレシュ城を出ていくとき、アマンディーヌとジャクリーンがエントランスに入ろうとしましたが、みんなが立ったままでいるので、不思議に思って和歌子に聞きました。

「最後のタクシーが出たのに、なぜみんな中に入らないの?」

「日本では、お客様の姿が見えなくなるまで、お見送りをするの。姿が見えなくなって中に入るのよ」

「そういうルールがあるんだ」

「ルールではないわ。相手に対してのリスペクトね」

「なるほど」

 まるくんは、タクシーが見えなくなって、一礼して中に入りました。みんなも真似をして一礼してから、エントランスに入りました。


 まるくんは、雉原弁護士に、Pink Fairy High Schoolの理事長をスチュアートに移す手付きを任せました。彼は新たに理事長と校長を兼任しました。まるくんは、高校の役職をすべて辞任しました。

 雉原弁護士は、スチュアートの特許料をNPO法人Pink FairyのPink Fairy High School部門に移管しました。

 まるくんは、理事長室に行き、スチュアート新理事長に女子バスケットのほかに、女子アイスホッケー部と女子野球部の創設を頼みました。

「女子サッカーも作りたいけど、いまは無理だね」

「女子ばかりですか? 男子チームは?」

「男子は人員的に無理がある。それに新規参入もむつかしいと思う。体制が整ってからでいいと思う」

「私はかねてから不思議に思っていたんですが、まるくんは女性ばかりを集めていませんか?」

「よく気がついたね。その通りなんだ」

「まるくんの事を信じているつもりですが、趣味や偏向が入っていませんか?」

「趣味や主義主張ではないね。この街や高校を生まれ変わらそうとすれば、女性の力が必要なんだ。女性には『産む力』があるんだ」

「そんなのは理由になりません」

「そうなんだ。統計を取ったわけではないし、理屈ではないんだ。信じてもらうしかない」

「男性ではだめなのですか?」

「男性は想像力や『産ます力』はあるけど、『産む力』はない。実現するかどうかは女性の力が必要です」

「分かりました。まるくんを信じてやってみましょう。女子アイスホッケーと女子野球を作るとして、具体的にどう行動しましょう」

「まず、創部しましょう。それで世界が動くはずです」

「顧問とかコーチの問題はどうします?」

「それを君に任せたいんだ」

「分かりました。高校を活性化させるためには、なんでもやってみます」

「Ping Fairy Sport Parkはほとんど稼働してないんだ。アイスリンクも人がいない。Pink Fairy Domeも使用は限られている。バスケットボールの体育館も稼働が少ない」

「スポーツパークを稼働させるために、女子アイスホッケーや女子野球チームを作るということですか?」

「早く言えばそうだけど、それだけではないんだ。いまは使用料を格安にしているけど、これを世間並みに引き上げる。安売りしてもだめなんだ。正規の料金にしないと、だれも使おうとしないんだ」

「正規の料金にしたほうが稼働はふえるという事ですか。反対ではないですか?」

「不思議なもので、あまり安売りすると、お客はつかないんだ。そのあいだ空いた時間は生徒に使わせるのです」

「それでうまくいきますかね」

「とにかくやってみようと思う」

「わかりました。女子アイスホッケー部と女子野球部を創設します」


 理事長室を出たまるくんは、その足でPink Fairy Townに行き、橋田詩織の経営しているカフェに行きました。

 そのカフェの名前は、Pink Fairyでした。

 改装のお金を出す代わりに、名前をまるくんがつけました。

「まるくん、いらっしゃい」

「ホットコーヒーとチーズケーキをお願いします」

「先日は食事会に招待してくれて、ありがとうございます。祖母は喜んでいました」

「それはよかった。お祖母さんはどうしてる?」

「もう畑仕事をしていますよ。収穫はまだまだですけど」

「どんな野菜ができるか楽しみだね」

「今日は、凜ちゃんは連れて来なかったのですか?」

「凜はいま、お腹が大きいんだ。もう生まれそうなんだけどね」

「あら、そうだったんですか。食事会で見たときは気が付きませんでした」

「もう生まれてもいいと思うんだけど」

「子犬だった凜ちゃんが子供を産むんですね。信じられないわ」

「ところで、この店はどう? うまくいっている?」

「まあまあ、なんとかやっています。お陰で常連さんも出来て、お昼は忙しいんですよ」

「ひとりでやっているのですか?」

「お昼に弘美さんが来て、手伝ってくれています」

「ああ、猿投さんだね」

「お祖母さんや詩織さんがこの街に来てくれて嬉しいよ」

「私もこの街に来てよかったと思っています。なんだかパワーを感じるんです。お祖母ちゃんもそう言ってましたよ」

「そう言ってくれると、ますます嬉しくなるね。ご主人はいつ来るの?」

「仕事の段取りがもう終わるので、もうすぐ来てくれると思います」

「雉原弁護士から話があったと思うけど、NPO法人を手伝ってくれると助かる」

「大丈夫です。主人はそのつもりでいるみたいです。主人もいまの仕事がマンネリ化しているので、なにか新しい事をやりたいと言ってましたわ」

「お祖母さんや詩織さんが新しい事に挑戦しているのだから、私もなにか挑戦しようと考えているんです」

「いまはどんな事に挑戦しているのですか?」

「女子アイスホッケー部と女子野球部をつくろうと思っているのです」

「アイスホッケーと野球ですか。私も知り合いに声を掛けてみます」

「あれ? 英検の勉強をしているんですね」

「そうなんです。もうすぐ試験なんです。4級ですけど」

「私も勉強しないと」

「英検は持ってないのですか?」

「4級はずいぶん前に取りました。3級の勉強を休んでいるのです」

「ペレシュ城では、あんなに英語が飛び交っているから、勉強になるでしょ」

「いや、わからない単語が飛び交ってます。英語は萌々香や紫鬼に抜かれそうです」

「失礼ですけど、そのお歳で勉強をするなんて、すごいと思います」

「ボケ防止で始めたんです。脳みそは使わないと衰えると聞いたから」

「私も子供が大きくなるまでに英語が話せるようになりたい」

 まるくんは、カフェで時間を過ごしたあと、ペレシュ城に帰りました。

 和歌子がもう出てきていて、

「凜がキッチンで子供を産みました」

 と慌てて言いました。

 まるくんは、急いで凜のところに走りました。凜が「子供を産んだら死ぬよ」と言っていたのを思い出したからでした。

「凛!」

 凜はキッチンの片隅で、寝床の中で静かに横たわっていました。そばにはまだ目の開かない子犬が3匹いました。

「まるくん、やっと会えた。まるくんに合えないうちは死ねない。言っておきたい事があるの」

「ごめんよ。早く帰ろうと思ったけど、カフェで寄り道してしまった」

「会えたからいいの。まるくん、私はもう死ぬけど、これで終わりじゃない」

「なに言ってるんだ。しっかりしろ! いまから病院に連れて行く」

「まるくん、無駄だよ。これが使命なんだ。まるくんに会えたのも、ここで死ぬのも、私の役目だったんだ。でも、これで終わりじゃない。また会えるから、悲しまないで。まるくん、ありがとう。さよならは言わない」

「凛! 凛!」

 いくら呼んでも、凜は反応しませんでした。

「凛!」

 まるくんは涙が止まりませんでした。


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