まるくんや仲間たちが言語学習などの挑戦を通じて、新たな生活の始まりと希望が描かれる。キャラクターたちがそれぞれの役割を果たしながら、新たな挑戦を始める。
橋田みつゑと詩織がペレシュ城にやって来ました。
古民家のリノベーションも終わって、引越し業者が明日、荷物を運び入れるという段取りになっていました。その荷物搬入のために、彼女たちは前日からペレシュ城に泊まりました。
みつゑはキッチンに来ると、
「また会えたね」
とハト時計に言いました。
「元気そうで安心しました」
あくる日の日曜日、バスケット部のメンバーや、萌々香、紫鬼、まるくんらが引越しの応援に行きました。バスケット部のヘッドコーチのジョンまでが参加していました。
お昼には、近所に住んでいる和歌子がオニギリや卵焼きなどをたくさん作って持って来ました。
「おにぎり! 大好物だ!」
ジョンが嬉しそうに言い、オニギリをひとつ手に取りました。
「なにが入っているんだろうね。これが楽しみなんだ」
「ジョン先生が取ったのは、ね」
和歌子が中身の具を言いそうになると、
「だめだめ、言わないで。食べてからの楽しみなんだから」
とジョンは制しました。
「Mr. John, what was the filling in the rice ball?」
アマンディーヌが聞きました。
「いま、なんて言ったの?」
和歌子が雉原沙織に質問しました。
「ジョン先生、オニギリの中身は何だった? と聞いたの」
「フィーリングって聞こえたけど、気持ち悪いってこと?」
「そんな事はないよ。和歌子さんの言っているのは、feeling だよ。アマンディーヌは、filling って聞いたんだよ。Filling は中身の事で、中身はなに? って聞いたの」
「よかった、具が気持ち悪いのかと思った」
「Oh! The filling in the rice ball was salmon. (オニギリの中身はサケだった)」
「Wow! My rice ball had pickled plum in it. I'm not a fan of that. (わぉ!私のオニギリは、梅干しだった。これは苦手だわ)」
アマンディーヌは、目をしょぼつかせて言いました。
「いいなぁ、私も英語を勉強しようかな。みんながキッチンで英語を使うので、訳がわからない」
「賛成! やるといいわ。私が教えてあげる」
「沙織ちゃんが教えてくれるなら、心強いね」
それを聞いていた明菜が続けました。
「みんなが教えてあげられるわ」
「まず、英検の4級を取ればいい」
若菜が和歌子に提案しました。
「英検なんて私に取れるかな?」
「4級は中学1,2年だよ。すこし勉強すれば取れるよ」
「私も勉強したら、取れる?」
紫鬼が話に加わりました。
「取れるよ。小学生だって取っている人は多いわ」
「紫鬼ちゃんが英検を取るなら、私も取りたい」
萌々香が負けじと言いました。
「小学生が取れるのなら、私も取ろうかな?」
橋田詩織がオニギリを頬張りながら言いました。
「年寄りの私でも取れるかな?」
「英検4級は、お年寄りでも取っている人はいますよ。この未来高原都市でも」
「そうなの? 英語なんて習ってもないわ。戦時中は敵国語だと言っていたからね」
「お祖母さん、私が教えますよ。ABCからね」
桜花がみつゑに言いました。
昼の休憩が終ると、
「今日は、人が多いから、引越しも捗るね。もうひと息だ」
とジョンは、みんなにやる気をうながしました。
その休憩中のやり取りを、屋根の上から見ていたカラスがいました。
まるくんは、そのカラスを睨みつけると、そばまで降りて来て、
「旦那、あっしです。勘太です」
と身分を明かしました。
「オニギリが欲しいのか?」
「お察しの通りでやんす。あっしにもオニギリを分けておくんなさい。この御恩は決して忘れやしません。忘れろと言ったって覚えておきやす。物覚えのいい勘太って、有名なんでさ」
「わかった、わかった。オニギリを上げるから、喋るな! 勘太の血筋はおしゃべりだね」
まるくんは、オニギリの残りを勘太にあげました。勘太は、それを咥えると森の中に消えていきました。
橋田みつゑと詩織は、和歌子の家で夕食を摂りました。
和歌子の家では、1匹の黒のレドリバーと3匹の黒猫がいました。名前は犬が「フク」、猫が「クロ」、「ネネコ」、「サンタ」でした。
「和歌子さんは、動物が好きなんだね」
みつゑは、犬や猫を見ながら聞きました。
「はい、もっと飼いたいけど、限界かなと思っています」
「まるくんが、あなたの事を少年のようだと仰っていました」
「よく言われます。釣りをしたり、バイクに乗ったりしているし、虫とかも平気だからだと思います」
「私も都会から田舎に来たときは、虫が苦手で、見ただけで足がすくんで動かなくなりました。でも、虫なんかに負けられないと思って、気を強く持ちました」
「引っ越しが落ち着いたら、畑のほうもよろしくお願いします」
「頑張って、おいしい野菜を作ります。なにがいいかな? トマト、キャベツ、白菜、ブロッコリーもいいわね」
「耕運機とかあるから、畝立ては任せてください。トラクターとかもあります」
「和歌子さんが運転するの?」
「はい、たいていの重機は運転できます。リフトの免許も持っています」
「ほんとうに少年のようですね」
「私もひまな時は手伝うわ。私だって農家の娘だからね」
「ご主人は、いつ来られるのですか?」
「どうなんだろう。仕事が片付かないと言っていた」
「離れ離れになると、淋しいですね」
「そんな事はないわ。カフェの準備とかで淋しがっているひまはないわ。それに亭主は達者で留守がいい、と言うしね」
そのジョークに和歌子もみつゑも笑いました。
食卓の様子を3匹の黒猫たちが、静かにみていました。フクは、ハウスでみんなのやり取りをうかがっていました。
みつゑと詩織は、和歌子の家で、その夜は泊まらせてもらいました。
布団を並べて、2人は床に入り、電灯を消したあと、語り合いました。
「これから忙しくなるね。年取っていられないわ」
「ほんとね、私もあしたからカフェの段取りがあるわ」
「死ぬまで、私は働き続けるわ。そのほうがきっと元気で居られるような気がするの」
「お祖母ちゃんには長生きして貰わないと」
「もうひと花、咲かせないとね」
あくる朝、まるくんが橋田家にハト時計を持ってやって来ました。
「橋田さん、この時計を引っ越し祝いに差し上げます。なんだか、あなたに因縁があるような気がするのです」
まるくんは、台所の柱に釘を打ち付け、ハト時計を備え付けました。
「うれしい。むかしの芦屋の別荘に戻ったみたいだわ」
みつゑは、柱のハト時計をしばらくのあいだ見詰めていました。
「やっと、あなたと幸せに暮らせそうだわ。えっ、あなたは時太っていう名前なの?」
「お祖母ちゃん、ハト時計に話しかけているの?」
「だって、このハト時計は、私の少女のころを知っているのよ。いい時代だったころの事をね」
まるくんには、すべてが分かっていました。ハト時計の時太と、みつゑとの会話は聞こえていました。この家に来たいと言ったのも、時太の強い願いでした。
ペレシュ城では、夕食後のひと時を、萌々香と紫鬼、和歌子が一緒に英検の勉強にも取り組んでいました。
「この調子なら、3人とも英検4級は取れるわ」
沙織が太鼓判を押しました。
その言葉に、3人はますますやる気を見せました。
「この調子なら、3級、準2級、も出来そうだわ」
和歌子が、自信ありげに言いました。
明菜と若菜も、3人の勉強を見ていました。
「この本を貸してあげるわ」
明菜が、森脇教諭が書いた英語の諺の本を差し出しました。
「学校で教えない基本的な事が書いてある。これを知るだけで英語が理解できるようになるわ」
和歌子は、パラパラとその本を捲りました。
「あれ、これはどういう意味?」
そこには、『I go to bedはみんな寝る』とありました。
「これは、I go to bed. は、この時間になるとみんな寝るという意味です。『寝る』という動作、行いに重点が置かれているんです。だからI go to my bed. とは言わないんです。もし、I go to my bed. と言ったら、『寝る』のではなく、ベッドに忘れ物したとか用事があるのだと思われます」
「中学のとき、寝るから、I go to bed. と教わった」
「間違いではないけど、みんなが同じ行動をする、という意味があります。たとえば、その本にもかいてあるけど、I go to school. は、その時刻になると、みんな学校へ行く、という意味があります。学校へ行って、勉強したり、クラブ活動をしたりするという意味があります」
「学校生活を送るという意味?」
「そうです。I go to my school. というと学校になにか用事があって行くという意味になります。I go to work. もその時刻にみんな仕事に行くから、『仕事をする』という意味が含まれます」
「へぇぇ、そんな事がかいてあるんだ。中学では教わらなかったわ」
「私も知らなかった」
今度は若菜が言いました。
「あなたたちは、バスケの練習も大変なんでしょ」
「はい、インターハイで、1回戦で負けたから、12月のウィンターカップでリベンジしようと頑張っています」
「インターハイのとき、Pink Fairy Townで大型スクリーンを見ながら応援していたけど、接戦だったね」
「私たちは6人しかいないので、終盤に息切れしてしまった」
「でも部員は増えてないんでしょ」
「6人のままです。でもみんな持続力をつけてきてます」
夏休みのあいだ北海道を旅行していたスチュアートも、新学期となって忙しくしていました。
彼は、ある提案を持って、理事長室のまるくんの部屋に来ていました。
「北海道旅行をしていたんだってね。どうだった」
「現地でレンタカーを借りて、北海道を1周しました」
「それはいい経験だったね」
「今までは、奨学金の返済で、お金が無くて、旅行にも行けなかったので、存分に楽しませてもらいました」
「今日は私に何か用事でも?」
「はい、私の特許料がまだ充分残っているので、Pink Fairy High Schoolに寄付しようと考えているのです」
「そんな事せずに、せっかく研究したのだから、自分の好きなように使えばいいだろう」
「奨学金の返済がなくなったら、今の給料でも充分生活を楽しめるようになりました。それで提案があるのです。中学も作って、中高一貫校にしませんか?」
「それは考えたけど、そうすると公立の中学の生徒数が減って困る事になる、と思うんだ」
「そこなんです。私の考えでは、公立中学を廃止して、Pink Fairy Junior High Schoolを作って、授業料を無償にするんです。そのための資金として、私の特許料を提示したいと思っています」
「それだと、自治体とも話し合わなければならないね」
「はい、教育革命を起こしませんか? 中学から海外との交換留学生とかもいいと思うのです」
「それが実現したら、自治体も教育費が減って、いい事になる。でも私立だと充分な教育が出来ないのではないかと反対意見が出るだろうね」
「その反対意見を抑えるために、私の特許料を出資するのです」
「分かった。その話は雉原弁護士とも相談してみよう。ところで、君の特許ってどういうものなんだ。詳しくは知らないんだけど、いい機会だから教えてくれないか」
「強磁性窒化鉄の製造です。強磁性窒化鉄は自然界にありますが、希少性が高くて、ほとんど目にする事は出来ません。それの製造方法が特許なのです」
「それはどんな特性があるのですか?」
「強磁性です。磁力が強いのです」
「磁力が強い? 電動コイルとかにも用いられるのかな」
まるくんは、頭にぴんと来るものがありました。
「はい、いままでよりも強い電動コイルができます」
「その話、詳しく聞かせてくれないかな? 今度、ペレシュ城で食事に招待するから、そのとき専門家も呼ぶから、詳しく聞かせてくれませんか」
まるくんは、ペレシュ城で食事会を開きました。
スチュアートはもちろん、建部製作所の増田社長、中島技師、新たに職員となった猿投紘太郎と奥さんの弘美、橋田みつゑ、詩織、雉原弁護士夫婦も呼びました。まるくんの3人の子供と、バスケット部のメンバーもいたので、キッチンのテーブルでは収まらなかったので、食堂を使いました。
食堂は、30人が座れるスペースがありました。
この日は、和歌子もお客で招いたので、都合18人になりました。食事の支度は、料理専門の派遣会社から和食の料理人やスタッフを雇い入れ、懐石料理でもてなしました。
服装はあえて指定していませんでしたが、男性はみんなスーツ姿で、女性もそれなりの装いでした。萌々香と紫鬼、バスケ部のメンバーも余所行きの格好で参加したのですが、明菜と若菜だけはジャージの上下を着てきました。
出迎えは、まるくんと凜、ナマイキ、シズカが行い、案内は和歌子や子供たちに任せました。
「まるくん、ペレシュ城がどんどん賑やかになるね」
凜が大きなお腹で言いました。
「ほんとだわ、むかしの家だったら、人間はまるくんだけだったのに」
シズカが感慨深げに言いました。
「人間は食事会が好きだね。食べられればええのに、味にうるさいんだよ」
ナマイキが面倒くさそうに言いました。
「まるくん、最初のお客さんが来たよ」
建部製作所の増田社長と中島技師がタクシーでやって来ました。
まるくんは玄関の外に出て、タクシーのドアを開けました。萌々香が運転手にタクシーチケットを渡しました。
「ようこそ、いらっしゃいました」
彼らは玄関に入ると、和歌子が指定された席に案内しました。
「まるくん、またタクシーが来たよ」
凜が急かすと、
「まるくん、こっちのドアもあけて!」
シズカもまるくんを急かしました。
「私たちはドアを開けられないんだからね。まるくん、急いで」
スズメと会話できる萌々香と紫鬼も、タクシーチケットを渡すと大急ぎでドアを開けました。
「紫鬼ちゃん、忙しいね」
「自分たちでドアを開ければいいのに」
「そんな事言ってはだめだよ。みんな今日のお客さんなんだから、きちんとおもてなしをしないとダメだよ」
「そうなんだ」
次々とタクシーがペレシュ城に入って来ました。萌々香と紫鬼がタクシーチケットを次々と運転手に渡し、まるくんと明菜、若菜が挨拶しながらドアを開けました。
彼らはエントランスに入ると、和歌子と桜の案内で、食堂の席に着きました。沙織が彼らに緑茶を出しました。
沙織は、雉原夫妻にも緑茶を出しました。
「沙織、元気そうね。たまには家にも帰って来なさいよ」
雉原静香が娘の沙織に言いました。
「分かってるわ、ママ。いまはバスケと勉強で忙しいの」
「勉強を頑張ってるらしいね」
「バスケのみんなでトップ争いをしてる」
「そう言えば、バスケも頑張ってるらしいね」
「12月のウィンターカップに照準をあわせているわ。パパ」
「インターハイは、善戦したけど、1回戦で負けたからね。有線のテレビで応援した」
「今度は負けないわ。パパ」
みつゑがまるくんを見つけて、挨拶に来ました。
「まるくん、ハト時計をありがとう。毎日ハト時計に朝の挨拶と、おやすみを言っているわ」
「お祖母ちゃんたら、毎日ハト時計にむかって独り言を言ってるのよ」
「詩織、独りごとじゃないよ。時太と話しているんだ」
「はいはい、ハト時計を時太って呼んでるのよ」
「そこまで大事にされているのなら、プレゼントした甲斐がありました」
エントランスで、桜花が彼らを待ち構えて、食堂の席に案内しました。
「桜花ちゃん、この前は引越しの手伝いしてくれて、ありがとう」
「いえいえ、力が有り余っているから」
最後に来たのは、スチュアートでした。
明菜がドアを開けると、略式の礼服にワインレッドの蝶ネクタイをしたスチュアートが現われました。胸元のポケットにも蝶ネクタイとお揃いのワインレッドのハンカチーフを差していました。
若菜がその格好を見て、
「スチュアート先生、今日はおしゃれです」
と褒めました。
スチュアートは、彼女にウィンクをしました。
エントランスで、アマンディーヌが彼を迎えました。
「Mr. Stuart, you're looking stylish today! (ミスタ―・スチュアート、今日はおしゃれですね)」
「Thanks, Amandine. I bought this suit at Harukawa. It's custom-made. (サンクス、アマンディーヌ、スーツのはるかわで買ったんだ。オーダーメイドだよ)」
「You bought it with your patent royalties, didn't you? (特許料で買ったのね)」
「That’s right! (そうだよ)」
スチュアートが席に着くと、まるくんは料理スタッフに指示して食前酒とお通しを出させました。派遣の料理スタッフが各自に、日本酒の食前酒と簡単なお通しを出し、お酒がだめなバスケメンバー、子供、まるくんにはウーロン茶を出しました。
「それでは食事会を始めます。みんなの健康と幸福を祝して乾杯!」
みんなが一斉に、「乾杯!」と唱和しました。
バスケット部の声が大きく、わけても明菜と若菜の声が際立っていました。
「料理が順次、運ばれてきますので、どんどん手をつけてください」
まるくんは、最下座の席に、和歌子と座りました。まるくんが席に座ると、凜が足もとにやって来ました。上座にはスチュアートや建部製作所の面々が座り、その隣に雉原夫妻が座りました。
「和歌子さん、キッチンからノートパソコンを持って来てくれないか? 凜が足に顎を載せているから」
「あら、凜ちゃんは甘えん坊になったのね」
和歌子がノートパソコンを持ってくると、まるくんは上野自衛隊員の形見のUSBを差し込みました。そのデーターを開き、和歌子にノートパソコンをスチュアートに持っていくように頼みました。
そのデーターを見た途端、スチュアートの顔色が変わりました。




