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まるくんの夢物語  作者: まるくん
第30章 中島技師
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技師の中島は、かつて設計した部品がまるくんのミニカーに応用できることに気づき、猿投と協力して新たな空飛ぶミニカーの制作に成功する。彼らの技術的な挑戦が、未来の可能性を広げる。

 

「あの部品はどうなっているんだろう」

 中島技師は、建部製作所で日々仕事をしながら、気になっていることが頭から離れませんでした。彼は、広々とした工場内を歩きながら、機械の稼働音や、同僚たちの作業の音が響く中で、あの部品の行方が気になっていました。

 工場のラインでは、彼が設計した部品が流れていました。

 そのひとつを手に取って、彼は部品の仕上がり具合を眺めていました。でも、あの部品と重なって見えて仕方がありませんでした。自分が製造した部品は、彼にとっては子供と同じでした。これらの部品のひとつひとつがが、製品として組み込まれると命を与え、躍動するはずでした。とくにあの部品は、世界を変える可能性を感じたのでなおさらでした。

「たしかT電気の猿投さんに送り返したはずだが、あれはまるくんの部品に応用できるのではないか」

 彼は、増田社長に、

「有給休暇の申請をしたいのですが」

「君が有給休暇を? 珍しいな。なにかあったのか」

 増田社長は、中島技師が休日以外に休まないのを知っていました。盆休みの初日に出勤してきて、警備員に笑われた事もあるくらいでした。

「T電気に送り返した部品がありましたね。あの部品が気になるのです」

「支払いが遅れた部品だったね。あれ以来、T電気の仕事は断っている。あれはT電気ではなく、その会社の社員に送り返したんじゃなかったか?」

「そうです。T電気の猿投さんに送り返しました。彼が自己負担で支払いしたからです」

「彼が責任と取ったんだろうけど、T電気の在り方も問題があるね。その部品が気になるのか?」

「はい、あの部品はまるくんの試作品に応用できるのではないかと思ったのです」

「君がそこまでする事もないだろうけど、それがお客のためになるんだったら、最後まで面倒を見るのも大切かもしれない。それだったら有給休暇ではなく、社用で行ったらどうだ」

「お心遣いは感謝します。だけど私は有給休暇を取っていないので、労働基準法に違反します。この案件で有給休暇を取りたいのです」

「有給休暇は、年間5日は取らないと法律違反になるけど、君は1日も取ってなかったね。この際だ、1週間くらい有給休暇を取って、少しゆっくりしたらどうだ。交通費や宿泊費は会社で払うから、観光地巡りでもして来いよ」

「ありがとうございます。そうさせていただきます。明日にでも、まるくんのところに行ってきます」

 翌日、知らない土地の駅に降りて、中島技師はタクシーの運転手にメモした住所を見せました。近くまで来たタクシーの運転手は、偶然通りかかった人にメモを見せ、道を尋ねました。

 その人は、「まるくんの家なら、あそこの角を曲がって、、」と教えてくれました。

 見えないロープで手繰り寄せられているようにして、まるくんの家に辿り着きました。

 彼はその家の前に立って、呼び鈴に指を当てながら、まるくんが出てきたら、どう言おうかと考えを巡らせました。

 そうしているうちに、耳ざとい犬が玄関で吠えていました。彼は深呼吸をしたあと、呼び鈴を鳴らしました。

 まるくんが出てくるまで、しばらく時間があって、風が木の葉のまわりをさやさやと過ぎていきました。

 また呼び鈴を押そうとしたとき、戸が開いてまるくんが出て来ました。犬が飛びついて来ました。

 犬を制しながら、まるくんは中島技師の顔を見て、訝しそうな顔をしました。

「建部製作所の中島です。覚えてないですか?」

「思い出しました。その節はお世話になりました」

「いえいえ、部品が不具合だと仰っていたのに、ご連絡がないので、近くに来たついでに、心配で心配でやって来ました。その後どうなりました?」

「連絡するのを忘れていました。部品はそのままです。でも今、新たな展開になっています」

「すこし見させてもらっていいですか?」

「どうぞ、どうぞ」

「まるくん、まるくん。珍しいね。家の中に知らない人が二人もいるよ」

 凜は、そわそわして言いました。

「初めてかな? 快挙だね」

 中島技師は工作部屋に案内されました。

「いま猿投さんっていう方に制作してもらっています」

「猿投さん? って、もしかしてT電気の?」

 そう言われて、猿投さんは制作品から目を離し、立っている中島技師を見上げました。その途端、猿投さんは立ち上がって、「申し訳ありませんでした」と深々と頭を下げました。

「請求書の件ですか?」

「そうです。せっかく作ってもらったのに、不義理をしてしまいました」

「私は気にしていませんよ。たいへんなのは社長だけです。それに遅れても支払ってくれたじゃないですか」

「支払いに時間を掛けてしまいました。帰ったら社長さんにも謝っていたと、お伝えください」

「分かりました。伝えておきます。それよりも今、新たな展開ってお聞きしましたが、猿投さんだったんですね」

 中島技師は、自分の制作した部品を撫でながら、久しぶりに対面して嬉しくなり、心で呟きました。

「まだ生きていたんだ」

 ミニカーを手にした彼は、部品と見比べました。

「ミニカーに命を吹き込んでやる」

 ぶつぶつと独り言を繰り返しました。

 その日は、完成しませんでした。中島技師は、ビジネスホテルを予約しようとしましたが、猿投さんの奥さんの実家に泊めてくれることになりました。

 田舎の山際にある古民家風の建物でした。

 広い敷地に、その古民家は悠然と建っていて、何年も歴史を見て来た門かぶりの松が中島技師を迎えてくれました。玄関を入って式台から上がり框にあがり、脇の丸窓のそばの伊万里焼風の花瓶には桃の花が飾られていました。

 床の間がある本座敷をあてがわれて、荷物を置くと、「食事の用意をするから、先にお風呂に入って下さい」と猿投さんが言いに来ました。

 猿投さん夫婦と男の子、奥さんのご両親と一緒に食堂で夕食をご馳走になりました。

「何もありませんけど、うちで採れたものばかりです」

 奥さんの父親が言いました。

 テーブルには、菜の花や蕗の薹などの山菜が天ぷらにされて並べられていました。

「私から見ればご馳走です。こういうものは滅多に食べられません」

「そう言ってくれると作った甲斐がありますわ」

 奥さんの母親が言いました。

「どんどん飲んで」

 彼女は、グラスにビールを注ぎました。

「いったい何が起こっているんですか? 主人に聞いても秘密と言って、何も教えてくれないんです」

 猿投さんの奥さんが聞いて来ました。

「いやそれは、、」

 中島技師が言葉を濁していると、猿投さんが遮りました。

「だめだよ。今は秘密なんだ。教えられない」

「なんだかCIAの機密事項みたい」

「CIA以上だよ」

「そんなバカな! 中島さん本当なの?」

「いやそれは、、」

「中島さんが困ってるだろ。今は聞かないでくれ」

「ひとつだけ知っているわ。あの部品と関係あるんでしょ」

「勘が鋭いな。そうだよ。でもそれ以上は秘密!」

 翌日は朝早くから、まるくんの家に行きました。

 呼び鈴を押すと、犬とスズメが出迎えてくれました。犬は中島技師に飛びついていました。

 食事とトイレ以外は、付きっきりで製品に当たりました。

「あと少しなんだけどなぁ」

「この部分の接続が悪いのかな?」

 ふたりはそう言って、少しずつ完成させていきました。

「これで完成だ。動くか確かめてみよう」

 猿投さんがスイッチを入れました。

 ミニカーは反応しませんでした。

「さあ、どこが悪いのか原因追求だ!」

 ふたりは、ミニカーを分解して、また組み立てていきました。

 何回かそれを繰り返しましたが、ミニカーは動きませんでした。

 また分解して原因を突き止めようとしたとき、中島技師はある事に気が付きました。

「このミニカーはブリキで出来ているから、全体に電導したらどうだろう」

「ミニカー全体を伝導体にするんですね」

「そうです。それで力が強くなります」

 猿投さんは、そうやって組み立てたミニカーのスイッチを祈るように入れました。

 しばらくするとミニカーがゆっくりと宙に浮きました。

「やったー!」

 ガッツポーズをして、私は猿投さんや中島技師と喜びました。

 犬の凜やスズメたちも喜びました。

「まるくん、やったね!」

「これでお父さんと飛べるわ」

「ふん、スズメの世界に人間がやって来る」

  ナマイキは、それでも嬉しそうでした。

「なるほど、これだったんだ。これは秘密にする訳だ!」

「中島さん、どうか内密にして頂けますか?」

「もちろんです。喋りません」


 中島技師は、近在のひなびた温泉旅館に泊まっていました。

 古い建物でしたが、彼には新鮮に見えました。ミニカーを完成させたことが、彼の世界への認識を変えてしまいました。

「これから世界が変わる。これを知っているのは極一部の人間だけだ」

 彼は、ある種の優越感のようなものを感じていました。

「みんな知らないだろう。でも私は知っているんだ」

 また、歴史的な発明に関わったことで満足感も味わっていました。彼は、自分の名前が歴史の中で生き続けるだろうか、とも考えました。

 温泉に浸りながら、彼はこれからの会社の在り方、経営戦略も考えないといけないと思いました。

 ミニカーの技術が世に出るまでに、関連した仕事を勉強し、何が必要なのかを考え、対処する必要があると考えました。それによって、会社が生き残り、発展するはずでした。

 彼は、自分や会社の未来を想像すると、晩餐のビールがとても美味しく感じられました。

 自宅に戻った中島技師は、休暇の残りを図書館に行って、関連する技術の勉強を始めました。また、どういった勉強が必要なのかも調べました。

 この技術に関しては、明らかにスタートラインが有利になっていました。世に知られる前から、スタート出来る事で、仕事の受注が増えると予想しました。

 休暇があけて出社すると、建部製作所の増田社長には、全容を教える事は出来ませんでしたが、それとなく教えました。

「これから、この分野が発展するかもしれません」

「電導技術のことか?」

「それを含めた全体です。この分野で抜きんでる必要があります」

「君の事だから大丈夫だと思うけど、失敗してもいいからやってみろ。今の業務もおろそかにしないでくれよ」

「この技術には、最適な人間がいます」

「私も知っている人間なのか?」

「はい、今は退社していますが、T電気の猿投さんです。彼は技術者というより、設計が出来ます。この大学院で分野の研究をしていました」

「例の支払いが遅れた部品の責任者か」

「ただ、3、4年は我慢してもらえますか?」

「わかった! 君がそこまで入れ込むのなら、問題ない。その人間をヘッドハンティングしろ」

 中島技師は、猿投さんに連絡し、増田社長の意向を伝えました。

 1週間後に、彼から電話があり、建部製作所に入社することになりました。

 ミニカーの特許がアメリカ政府に売れたという情報が、まるくんから中島技師のもとに届きました。それによって、2台目のミニカーが作られることになり、中島技師に依頼されました。

 中島技師は、猿投さんとコンビを組んで、2台目のミニカーを制作しました。1台目と違って2台目は思ったよりも早く出来上がりました。

「2台目は、要領が分かっているから、製作は早いですね」

 猿投さんは、中島技師に言いました。

「ゼロから物を作るのが、いかにたいへんかって事だね」

「本当にそうですね。これを考え出した上野自衛隊員が素晴らしいという事だと思います」

「君や私だって、相当な労力を費やしたけどね。とくに君の労力はたいへんだったね」

「私など、まだまだです」

「謙遜しなくても、君の成果は充分感じている」

「このミニカーは世界を変えますね」

「その通りだ。これによって何が変わり、そのためには何が必要かを考えないと将来はない」

「たとえば、すぐに思いつくのは車ですね。今はミニカーだけど、実際の車の大きさまで発展したとき、部品製作会社として何が出来るか、あるいは何をしないといけないか、ですね」

「そのために社長に言って、君を入社させたんだ。頼むよ」

 中島技師と猿投さんは、2台目のミニカーを持って、ペレシュ城にやって来ました。

 このミニカーは、アメリカ政府に渡すための物でした。最初のミニカーは、まるくんにとって母親との思い出があったので、アメリカ政府に渡すのはためらわれました。

 彼らは、書斎に通されると、

「すごい家ですね」

 と目を丸くして言いました。

「こういう家に住むのが私の夢だったんですけど、後悔しているんです。私はこういう家に住むような身分じゃない」

「そんな事はありませんよ。男のロマンじゃないですか」

 中島技師が、大げさに言いました。

「夢がないと男は成長しません。世の中も成長しません。まるくんのミニカーがその証拠ですよ」

 だがまるくんは、財産を増やすために、ミニカーを作ったのではない、と言おうとしてやめました。時間を越えて未来に行ったことを彼に話しても理解できないだろうと思ったからでした。

「ところで猿投さんは、いまどちらに住んでいるのですか?」

「いま建部というところに住んでいます。建部製作所の近くです。一応、岡山市の北区になりますが、田舎です」

「田舎ついでに、未来高原都市に住みませんか? 会社からすこし遠くなりますが、車だったら通えない事はありません。家はこちらで用意します」

「それはいいな、私も住もうかな?」

「子供の学校の事もあるので、女房と相談しないとなんとも言えません」

「中島さんも未来高原都市に住みますか?」

「住みたいけどね。子供の学校の事があるからね。いま高校生だけど、未来高原都市は公共交通機関が不便なんですよね。建部だとJRの駅があるから通学が出来るけど」

「無理にとは言いません」

 しかし猿投さんは、奥さんと相談して、未来高原都市に住むようになりました。奥さんは、車を運転するのに、むかしの街並みの狭い道が苦手で、常々、怖さを感じていました。子供にとって、また転校することはたいへんなストレスになるのは間違いありませんでしたが、息子の紘一はあまり気にしていませんでした。

 引越しは、すべてまるくんが面倒を見てくれました。但し、業者の予約が殺到していたので、引越しは1か月後になりました。

 猿投さんは、息子の紘一の転校届をして、ペレシュ城から学校に通うようにさせました。そのあいだ、猿投さんの奥さんもペレシュ城に住む事になりました。

 紘一君は、ペレシュ城に入るなり、

「ひょっとして、凜?」

 と、驚きました。

「まるくん、紘一君だよ」

 凜もすぐに気づいて、彼に飛びつきました。

「えっ、カフェで桃の花をくれた人?」

 奥さんの弘美さんも、まるくんに気が付きました。

「そうです。だから未来高原都市に住むように勧めたんです」

「あなたに桃の花を頂いてから、私の運命が変わって来ました。私はあの桃の花のお陰ではないかと思っていたのです」

「それは良かった。桃の花は『再生と復活』だからね」

 料理人の和歌子さんの仕事が増えたので、まるくんは弘美さんに料理の手伝いをしてくれるように頼みました。

「もちろん、アルバイト代は出します。手伝ってくれると嬉しいんですが」

 まるくん、桜花、萌々香、明菜と若菜、たまにアマンディーヌとジャクリーンが泊まりに来ました。さらに猿投親子、これだけの人数だと和歌子さんひとりでは対応できませんでした。

「とうぜん手伝わせてください」

 朝ご飯は、まるくんの仕事でした。弘美さんは、朝ご飯も手伝ってくれました。

 弘美さんがペレシュ城に来て間もなく、歳下の幼馴染み、橋田詩織から連絡がありました。橋田詩織は、弘美の実家の隣に住んでいたので、小さい頃からよく遊んでいました。

「おばあちゃんがなぜかペレシュ城に行ってみたい、というの」

「ペレシュ城に?」

 弘美さんは、詩織さんにペレシュ城のことを話しただろうか、と疑問に思いました。

「そうなの、とつぜんペレシュ城のことを話し始めたの。ペレシュ城ってなに? 私がおばあちゃんに聞いたくらいだわ。弘美さんの力でなんとかならない?」

「わかったわ、お願いしてみる」

 弘美さんは、まるくんに詩織の母親の事を伝え、泊まれるように頼み込みました。

「いいよ、詩織さんって、カフェのオーナーだよね」

「桃の花を頂いたカフェです」

「いつもスーパーで買い物したあと、コーヒーとケーキをたのんでいたよ」

「私の幼馴染みなんです」


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