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まるくんの夢物語  作者: まるくん
第31章 金閣寺
32/70

主人公が金閣寺との出会いを回想し、その象徴的な美しさを通じて夢と執着について考察する。同時に、ペレシュ城の喪失を経験しながらも再建を決意する物語の転機となる章。

 

 私はよく、三島由紀夫の金閣寺を読んだ。

 読み終えると、私は本の片隅に「正」の字を書いて、回数を書きこんだ。しかし50回になると、その習慣をやめた。それ以後も何度か読んでいたので、私はその本を50回以上は読んだことになった。殊に第2章の冒頭までが好みで、100回は読んでいる確信があった。

 金閣寺を初めて見たのは、20歳の時の1月だった。

 そのころ私は、名古屋に住んでいて、帰省した折、京都駅で途中下車をして、ひとつだけ京都の名刹を訪ねた。

 この日は金閣寺に行こうと決めていた。

 まだ京都に市電が走っていた。右も左も分からない私は、人に尋ねてようやく北野行きの電車に乗り、金閣寺前の電停で降りた。

 金閣寺の一文に、金閣寺はくすんでいて、屋根の鳳凰はカラスのようだった、とあったので、私は金閣寺に過度な期待を持っていなかった。それは焼ける前の金閣寺の姿であったが、再建されてもそれほど大差がないと思ったいた。だが私は、本で読んだ金閣寺の正体が見届けられると思って興奮はしていた。侘び寂びの世界を味わうことが出来ると感じていた。

 西大路の金閣寺前の電停を降りたとき、午後4時をまわっていたので、私は足早になった。京都に何度か訪れるうちに、多くの寺社仏閣が午後5時に閉門することを知っていたからだった。案内板を頼りに鞍馬口通りを行き、総門に着いたとき4時半になっていた。

 息を弾ませ順路に従って進み、鏡湖池のほとりに、西日を受けてまばゆい金閣寺があった。目を細めなければ見られない程、燦然としていた。日の入り前の太陽が、金閣寺を通して私に襲い掛かるようだった。期待を大きく上待って、金閣寺の美しさは私を圧倒した。

 私は、閉門まで身動きが出来なかった。

 鏡湖池には、さらに美しい金閣寺が投影されていた。刻々と金閣寺はその姿を、赤みの金色に豹変させていた。寺僧がまわってきて、

「閉門ですよ」

 と告げた。

 風が湧きおこって、鏡湖池の金閣寺が揺れていた。焦点の惚けた金閣寺が、陽炎のようにゆらゆらと水面を漂っていた。

 これが私と金閣寺の出会いだった。

 対決と言ってもいいような劇的な印象だった。金色の金閣寺が常に私の脳裏に棲みつき、数十年経っても消えるどころか、豚のように肥え太っていった。


 深夜、ペレシュ城に役行者が、前鬼、後鬼を従えて、やって来た事があった。

「まるくん殿。初めてお目にかかる。私は役行者という者である」

「役行者様ですか?」

 私の驚きは尋常ではなかった。初めて見る従者の鬼の姿も驚いたが、修験僧の祖といわれる役行者に実際に会えるとは思わなかった。彼は、舒明天皇6年(634年)に奈良県御所市茅原に生まれ、日本各地に訪れたという伝説があり、実在性の乏しい人物だった。前期は男で、後鬼は女で彼らは夫婦だった。

「まるくん殿、ヒミコ様があなたの事を案じられております」

「私自身の事ですか?」

「そうだ。そなたが物に執着しているとヒミコ様は感じておられる」

「私が? 私は物には執着していません」

「分からぬか! このペレシュ城だ!」

「このペレシュ城は私の夢なんです。こういうところに住みたいとずっと思っていたのです」

「それが執着である」

「でも私は、Fairy Town、スポーツ施設、病院、未来高校などたくさんの施設を建てて法人化しています。ペレシュ城だけが個人資産なのです」

「それらとは関係はない。身の丈に合った物を持ち、ペレシュ城に執着しない事だ」

 そう言うと、役行者の姿は消えていった。


 私は、ペレシュ城を手放すつもりはなかった。

 個人がこのような城を所有することは贅沢に違いなかった。私はそれに余りある施設を建て、多くの人々に提供していたから、ペレシュ城に住むことに罪悪感はなかった。実現不可能な夢が実現して、それを所有することは悪なのだろうか?

 床が抜けそうな安アパートに住んでいた子供のころに、私はヨーロッパの城のような家に住みたいという宿望があった。ふかふかの床が、どれだけ私の心の瑕疵になっていたか、他人には分からない事だった。

 それにペレシュ城がある事で、人材が集まりやすくなるという利点があった。

 朝になって、私は凜と日課の散歩にでかけた。

 散歩コースの谷川沿いの道をあるいた。私はこの小径を「もみじの径」と名付けていた。その楓は、青々と茂っていた。

「ペレシュ城に住むことは罪悪なのかなぁ」

 凜は、私の独り言を聞き流して、先を進んだ。

「罪悪なのかなぁ」

「まるくん、ペレシュ城に住むことは罪悪じゃないよ。罪悪なのはそれに執着する事だと思う」

「夢を持つ事は悪い事なのかなぁ」

「夢を持つ事は悪い事じゃないよ。それに執着する事が悪い事じゃないの?」

「それってどういう事なんだろう」

「夢の実現のために、ほかの事がおざなりになる事じゃないの? たとえば、夢の実現のためだからと言って、やらなければならない事を怠けて、すべての時間を夢に充てるとか」

「夢もほどほどにしろ、という事なのかなぁ。なんでもほどほどにしないとね」

「そうだね、いくら好きな事でも、ほどほどがいいよね」

「夢も八分という事か」

 ペレシュ城に帰って、洗濯などの家事を終えたころ、料理人の和歌子がやって来た。

 彼女は、大分県の豊後大野に住んでいた。未来病院の看護師に応募して移住したが、ペットを飼っていたので、看護師の交代制勤務に馴染めず、辞職しようとした。その話を聞いて、私は彼女を引き留めてペレシュ城の料理人にした。

 さらに田舎の広い敷地の古民家を買い取ってリノベーションし、彼女を住まわせた。和歌子は、そこに鶏舎を建てて数羽の鶏を飼った。そこで獲れた卵は食べきれないので、ペレシュ城にも持って来てくれた。彼女は、黒のレドリバー、3匹の猫、数羽の鶏を飼い、畑には野菜を植えたり釣りに行ったりして、自給自足の真似事をするなど活動的な女性だった。

「また野菜を持って来てくれたんだ」

 彼女は段ボール箱に、レタスやキャベツ、白菜など入れて持ってきた。

「はい、食べきれないので」

 野菜だけでなく、釣りに行った次の日に大型のブリを持ってきたこともあった。彼女は、ブリを捌きながら、「お陰で、今日は腕がパンパンです」と筋肉痛の腕をさすって言った。

 和歌子が作ってくれたランチを食べながら、私は彼女に質問した。

「和歌子さん、あなたは夢がありますか?」

「もちろん、あります。でもほとんど実現しています」

「へぇぇ、どんな夢なんですか?」

「田舎の広い土地の古民家に住んで、鶏とかいろいろな動物を飼う事が夢だったんです。小さい頃はダンゴ虫を飼っていたんですよ」

「ダンゴ虫? 虫は苦手ではないんだ」

「平気です。蛇だって捕まえますよ。マムシはだめだけど」

「少年みたいだね。釣りはするし、虫は平気だし、蛇だって捕まえる」

「よく言われます。泳いでるものなら潜水艦だって食べる、って言われたこともあります」

「残りの夢ってなんですか?」

「普通なんだけど、結婚して子供を産みたい」

「いまいくつですか?」

「27歳になりました」

「いい人はいるの?」

「ぜんぜん、相手にもされません」

「お見合いとかは?」

「相手が良ければ構いません。いい相手を探してください。よろしくお願いします」

「あまり知り合いがいないからなぁ」

 私は、彼女の話を聞いて、夢に固執していないように感じた。

 萌々香が帰宅して、凜が一目散に走り寄って飛びかかった。

「お帰り、萌々香」

 凜は萌々香のカバンを咥えて、4階の屋根裏の自分の部屋に向かった。

 クラブ活動を終えて帰宅した桜花、明菜と若菜が夕食のテーブルに座った。萌々香と凜もキッチンに降りて来た。

「今日はシチューだ」

 明菜と若菜が嬉しそうに言った。

「まるくんが好きだからね」

 和歌子が言うと、

「正確にはハッシュドビーフ・シチューだけどね。クリームシチューはあまり食べない」

 と、私はシチューを注ぎながら付け足した。

 ご飯や汁物は、各人が注ぐのがペレシュ城のルールだった。箸が進むうちに、私はみんなに聞いてみたいと思った。

「萌々香の夢ってなに?」

「う~ん、私の夢は、いまは学校の勉強とクラブ活動かな。もうすこし成績を上げたいし、卓球もうまくなりたい」

「夢というより、目標に近いかな」

「夢と目標はどう違うの?」

「目標は頑張れば実現しそうな事だね。夢は実現がむつかしい」

「簡単に出来る事は夢とは言わないの?」

「どうなんだろうね、簡単な夢でも、本人が夢と言えば夢ともいえる」

「受験生が志望校を目指すのは、夢? 目標?」

「本人次第だろうね。目標が高いと夢という事もあるだろう。志望校が合格可能だったら夢とは言わないね。夢とは実現がむつかしいから面白いんだろうね」

「そうだよ。必死になったほうが面白い。たいへんだけど」

「萌々香は学校の成績はどうなんだ?」

「いま学年でトップ争いをしてる。だいたい3番くらい。たまにトップを取る事がある」

「それはすごいね」

「私たちもトップ争いだよ」

 明菜が自慢げに言った。

「私と若菜と、桜花、沙織がトップ争いをしてる」

「そうなんだ、それもすごいね。明菜の夢はなに?」

「バスケで優勝する!」

「私もバスケで優勝する!」

 若菜が同意した。

「私も同じく!」

 桜花も同じ夢を言った。

「それでバスケは勝ちそうなの?」

「地区大会では敵なしになった。全国大会で優勝したい」

「そうか、この前、岡山の地区大会で勝ったんだよね。忘れていた」

 貸切バスで、岡山まで応援に行った事を失念していた。

「ひどいなぁ、忘れるなんて!」

「全国大会はいつ?」

「7月の終わり。今年はインターハイが岡山で開催される」

「岡山で? それならまた貸切バスで応援に行こう」

 和歌子がデザートを出しながら、

「まるくんは人の夢に興味があるんですか? みんなの夢を聞きまわってる」

 と怪訝そうに言った。

「ペレシュ城が夢だったんだけど、人生でこんな夢が実現できると思わなかった。だからこそ思い入れがあるんだ。だからみんなの夢がどんな物だろうかと興味を持った」

「儚いって、『人に夢』っていう漢字ですよね。人が夢を見ると、儚いって、夢は頑張っても実現しないから、みんな諦める。そして夢を忘れる。それが儚いんだと思う」

「夢は実現できないから消えてゆくという事だね。諦めないと夢は実現するっていうけど、年齢を重ねるごとに夢はひとつずつ消えていく」

「でも、まるくんはペレシュ城という夢を実現した。これはもう消える事はないと思うわ」

「自慢するわけでないけど、簡単な夢ではないね。でもペレシュ城が完成したとき、夢ではないかと思った」

「それは寝ているときに見る夢ね」

 デザートのフルーツを食べ終わり、みんなで後片付けをした。

 萌々香は、凜を見て、

「凛の夢はなに?」

 と聞いた。

「それは、まるくんや萌々香とずっと一緒にいることだよ」


 夕食後、私はよく庭へ出た。

 その庭に簡易な東屋を設えていた。私は、ペットボトルのアイスコーヒーを持って、東屋まで歩いていった。道々、私は振り返る事があった。こうして歩いているあいだにも、ペレシュ城がとつぜん無くなるのではないかと不安になったからだ。これは何かの夢で、私はとつぜん醒めて、なにもかも消えてしまうのではないか、もとの貧乏な老人に戻るのではないかと危惧していた。

 決してそんな事はないと承知していても、振り返ってペレシュ城を見ないと気が済まなかった。

 振り返って、ペレシュ城がそこに建っていると安心していた。夜の闇に曖昧な輪郭であっても、書斎やリビングから漏れる燈りでペレシュ城の存在が確かめられた。

 私は、「美しい」と改めて感じていた。

 東屋のベンチに腰掛けて、タバコをふかしていた。ペレシュ城を眺めながら、アイスコーヒーを呑み、タバコを喫うことが、私のひそやかな愉しみだった。私は、私の人生を確かめているのだった。

 凜は、萌々香の部屋で寝ていたが、私が起きるころには、リビングにやって来ていた。年取ってはやく目覚める私に合わせて、彼女もはやく寝床を抜け出していた。ナマイキとシズカに餌をあげると、私はペットボトルのアイスコーヒーを持って散歩に出かけた。

 散歩からペレシュ城に戻って来て、東屋でペレシュ城を見るのが愉しみになり、日課となっていた。

「まるくんは、ここからペレシュ城を見るのが好きなんだね」

「好きという意味ではないけどね」

 ペレシュ城を好悪で見ていたのではなかった。朝の挨拶をするのでもなかった。安心を得るためでもなかった。私は、私がペレシュ城を見る事で、この建物が存在しているような錯覚に囚われていた。

 造園業者と清掃業者が毎日やって来て、ペレシュ城を維持管理していた。

 庭の芝に雑草を見かけると、造園業者の責任者を呼んで通達した。雑草があることが許せなかった。清掃業者には、塵ひとつも見逃さないように申し渡していた。

 空飛ぶミニカーの研究に疲れると、私はアイスコーヒーを持って東屋に行った。そしてタバコを喫いながら、ペレシュ城を眺めていた。不思議と私は疲れが取れて落ち着いてきた。書斎でPCと格闘していると、そわそわとするようになっていたからだ。

 夕焼けがペレシュ城を朱に染めると、私は金閣寺を思い出していた。あのときの金閣寺の美しさに比して物足りなくはあったが、充分な自己満足を与えるほどに美しかった。

 凜が、私の姿を認めて、東屋にやって来た。

「まるくんがいなかったので、ここだと思った」

「もう充分だろ」

「どうしたの?」

 空飛ぶミニカーは乗り物の概念をかえるものたった。

 それは地球の地磁気を利用して空を飛ぶもので、リニアモーターカーが宙を浮くのと同じような理屈だった。地磁気とミニカーの磁石のバランスをずらすことで、前進、後進ができ、空中停止のホバーリングも出来た。

 ミニカーのような軽いものだとそれが可能だったが、実際の車ではまだ重量を克服することに問題があった。重い宇宙船のような母艦を浮かせるのが私の挑戦だった。

 空飛ぶ自動車ができたら、燃料が要らなくなる。

 時間はたくさんある訳ではない。「重さ」を克服出来なければ、アメリカが契約を破棄する事も想定された。

 私は、その葛藤の中で疲れていた。

「もうペレシュ城を建てたから、充分かな、と思った。2050年に第三次世界大戦が起こっても、どうせ生きてないし、関係ないかなと思うこともある」

「それは自己中心的な考えだよ」

「そうなんだ。分かっているんだけど、自分ではなにも出来ない。ヒミコ様から能力のある人間がやって来ると言われたけど、肝心なところで誰もやって来ない」

「まるくんは疲れているんだね」

「ひっそりと生きていきたいと思っていたんだけどね」

「まるくんがここで諦めたら未来はないよ。夢の実現にむかっていかないと進歩はないよ」

「夢は進歩なんだ。夢を持つ事は進歩する事なんだね」

「たとえ実現できなくても、諦めても、そこまでは進歩した事じゃない?」

「凜はいつの間にか大人になったね」

「犬の成長は早いよ。まるくんと死に別れすることを考えると悲しくなる」


 その日は、朝から不穏な雲行きだった。

 真っ黒な重い雲が未来高原都市を覆い、いくつもの大蛇がうねりように東へと急いでいた。

 天気予報でも、大雨警戒の予報が流れていた。

 昼過ぎから、降り始めた雨は滝のようになった。小学校中学校では早めに授業が取りやめになり、萌々香がびしょ濡れになって帰って来た。

「萌々香、たいへんだったね」

 すぐに凜が出迎えた。

「桜花と双子を迎えに行こう」

 私は、車を出して、彼女たちを迎えにいった。

 案の定、高校に到着すると、授業は中止になっていた。彼女たちを連れて戻ってくる途中、谷川からひいた用水路は水で溢れ、流れも急になっていた。2連の水車は、けたたましい音を立てて、ぐるぐると高速でまわっていた。

 夜になって、さらに雨の勢いは増してきて、雷も鳴って来た。闇の中に稲妻が何度も奔った。

 とつぜん大きな雷の音がした。

「近くに落ちたのかな?」

 凜はふるえて萌々香に抱きついていた。

 電気が消えて、真っ暗になった。雷が何度も落ちて来た。激しい音が襲ってきた。

「みんな非常に備えろ!」

 雷がペレシュ城に落ちた。屋根裏部屋から火が出ていた。次々と雷が落ちて来た。ペレシュ城があちこちで燃え始めていた。

「みんな逃げろ!」

 桜花が部屋に行こうとして、

「だめだ! 逃げろ! 東屋へ行け!」

 と私は彼女を制した。

 私は、書斎からUSBを取り出して、ペレシュ城を出た。私は携帯で、消防署に電話した。そのあいだにも雷が激しい音と共にペレシュ城を襲った。

 東屋に来ると、桜花、萌々香、明菜、若菜、凜やナマイキとシズカがいた。私は全員が居るのを確認して安心した。料理人の和歌子には、この雨でペレシュ城に来なくてもいいと伝えていた。

「まるくん、まるくん」

 と声が聞こえて来た。

 私はみんなを見まわしたが、だれも声を発していなかった。耳を澄ますと、ペレシュ城のほうから聞こえて来た。私は走り出した。ペレシュ城に誰かがいるような気がした。

 燃え盛る中、ペレシュ城に入ると、「まるくん!」と声は大きくなった。私は辺りを見回しながら、その声のほうへむかった。

 その声はキッチンのほうから出ていた。

 私はキッチンに入り、

「誰かいるのか!」

 と大声で呼んだ。

「まるくん、こっちです」

 と、その声は言った。

 キッチンには誰もいなかった。

「まるくん、私です。ハト時計です!」

「ハト時計?」

 私はなんの疑問も持たずにハト時計を壁から取り外し、抱えて逃げた。入った時よりも火のまわりは早かった。口を抑えながら、私は走った。燃え盛る柱が炎を巻き込みながら落ちて来た。あやうく柱の下敷きになるところだった。柱は落ちた拍子に一部が飛び跳ねて、私の顔に跳ねた。熱いと感じて、それを手で払った。

 私はハト時計を抱えて一目散に走った。外に出ると雨が激しく私を打った。私は息切れがして、座り込んだ。凜が吠えながら走って来た。

「まるくん、大丈夫?」

「大丈夫だ!」

 私は、喘ぎながら途切れ途切れに言った。

 そのとき、天地を引き裂くような大きな雷が落ちた。

 私は振り返った。

 空から割れ目が出来て、また激しい音と共に雷が落ちた。

 ペレシュ城は、紅蓮の炎をあげて燃えていた。激しい豪雨をものともせずに幾筋もの炎が天高く立ち上がっていた。

「金閣寺が燃えている」

 私は、思わずつぶやいた。

 燃える炎の熱が、しこたま私に放射してきた。熱いくらいだった。

 消防車のサイレンが近くに聞こえた。何台もの消防車が放水したが、火の勢いは収まらなかった。

 私は、みんなと東屋に避難して、ペレシュ城が燃え落ちるまで見ていた。ただ見ていただけだった。

 火勢が収まって、焼け焦げた柱からぶすぶすと燃え残りが音を立てていた。その煙と、雨の水蒸気とがゆらゆらと立ち上がっていた。焦げ臭い匂いが東屋まで漂っていた。

 その光景を、私は呆然と見続けていた。

 ペレシュ城には、数本の焼け焦げた柱だけが残っていた。

「なにも無くなった」

 明菜が落胆したように言った。

 そうだ、なにも無くなったのだ。

「まだ思い出だけは残っているわ」

 若菜が続けて言った。

 短いあいだだったが、ペレシュ城の思い出だけは残っていた。私は落胆して、顔を伏せた。

 消防員たちの会話が遠くでしていた。

 その刹那、煙と水蒸気でゆらゆら揺れる中、ペレシュ城が現われた。

「ペレシュ城だ!」

 萌々香が言った。

 私は、顔を見上げた。たしかにそこにペレシュ城がゆらゆらと建っていた。

「萌々香、何を言っているの?」

 桜花が心配そうに言った。

「ペレシュ城だ!」

「まるくんまで何を言っているの?」

 桜花と双子が不思議そうに、私と萌々香を見ていた。

 だがペレシュ城は、すぐに消えて、焼け残りだけが見えた。

「まるくん、私にも見えたよ。ペレシュ城の幻影が」

「幻影?」

 あれは幻影だったのか。

「でもきっとペレシュ城の魂だったんだわ」

 私は、金閣寺を自分の身内に取り込んだと思った。私は、そのとき決意した。

「ペレシュ城を再建しよう」


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