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まるくんの夢物語  作者: まるくん
第27章 ジョン・ブラッドリー(John Bradley)
28/70

ジョンは幼馴染のスチュアート・ベネットが強磁性窒化鉄の特許を取得したことを知り、日本で再会する。スチュアートからの提案で、日本で高校の教師として新たな生活を始めることを決意する。

 

 ジョンは、スチュアート・ベネットの名前を聞いて驚きました。

 強磁性窒化鉄の特許を取ってる人間が、幼馴染みのスチュアートではないかと思って、さっそくニューヨークの実家に問い合わせて調べました。

「日本にいるのですか?」

 ジョンは、自分のボスに特許の交渉をさせてくれと頼み込みました。

 そうして彼は日本に来て、未来高原都市にあるホテルに泊まりました。彼は、ホテルに着いてすぐにスチュアートに連絡を取り、夕食を共にしました。

「ジョンは背が高くなったね。言われなかったら分からなかった」

「ぼくもだよ。スチュアートは頭が良かったから、なにかやると思っていたけど、強磁性窒化鉄の特許を取るなんて驚いた。おまけに日本に住んでいるなんてびっくりだよ」

「アメリカの大学では、思うように研究できなかったから、日本の高校のインタースクールに就職したんだ。日本に来てよかった。日本に来なかったら、強磁性窒化鉄の製造方法は生まれなかった」

「でも元気そうでよかった。何年振りだろうね」

「ジョンだって元気そうじゃないか。大学までバスケをやっていて大活躍していただろう。一度だけ君の試合を見に行ったよ。すごい歓声が上がっていたのを羨ましく思っていた」

「あのころがぼくのピークだったね。今はしがない営業マンだよ。毎日数字に追われている。NBAのバスケのプロ選手になりたかったけどね。だめだった」

「そうだ、ぼくは今、高校のバスケのコーチをしてるんだ。すこし見てくれないか?」

「いいよ、明日の午前中は雉原弁護士に会うけど、そのあとはひまだよ」

 ジョンが驚いたのはそれだけではありませんでした。

 翌日に雉原弁護士事務所に行き、応接室で雉原夫妻に会いました。

「私の事務所では、アメリカの特許に関して専門の人間がいます。アメリカでは彼女のほうが詳しいんです。紹介しますね」

 しばらくして、白人の背の高い女性が部屋に入って来ました。

「マリーヌ・ジョアネスです」

 彼女は、握手を求めてきました。

 ジョンは、思わず立ち上がって、

「マリーヌ? マリーヌ・ジョアネス? ぼくだよ。ジョン・ブラッドリーだよ。覚えている?」

「ジョン! ジョンなの? 背が高くなってすっかり変わったわ。私より背が高いんじゃないの」

「そうだね、1m87あるからね」

「もうチビとは言えないね」

「それを言われると、子供の頃を思い出す。びっくりだよ。この日本で、マリーヌやスチュアートと会うとは思わなかった」

 ジョンはマリーヌの目を見つめました。あの頃と変わらない引き込まれるような澄んだ青い瞳、少しだけ大人びた表情が加わっていました。ジョンは、その瞳を見続けていられなくなり、目を反らしました。

「スチュアート? 彼と会ったの?」

「知らないのかい? 今度の強磁性窒化鉄の特許はスチュアートが取ったんだよ」

「そうだったの? 知らなかったわ」

「とうぜん知っていると思った。昨日、スチュアートと夕食を食べたんだ。今日もこれから会いに行くんだ。高校のバスケのコーチをしているそうだ。君も来ないか?」

「わぉ! 行きたいわ」

「なんだ、君たちは知り合いだったのか」

 雉原一郎がたずねました。

「幼馴染みなんです。子供の頃、同じバスケのチームでした」

「それだと仕事もスムーズに行きそうね」

 静香が安心した口調で言いました。

 ジョンは、書類などのサインを済ませると、雉原夫妻、マリーヌと4人でランチを食べに行きました。そのあと彼らと別れたジョンは、ホテルに戻って、会社に報告を済ませ、シャワーを浴びて身なりを綺麗にし、オーデコロンを着けました。

 午後4時、マリーヌが車で迎えにやって来ました。

「ジョン、おしゃれになったわね。いい匂いがするわ」

「ぼくも大人になったからね」

「背が伸びただけあるわ。どこでスチュアートはコーチをしているの?」

「未来高校って言ってた」

「未来高校なの? 私の娘が通っているわ。バスケのコーチをアメリカ人教師が引き受けてくれた、と娘が言っていたけど、それがスチュアートなの?」

「こんなに近くに住んでいたのに、お互いに知らなかったのか?」

「日本に来てから、大変だったのよ。ある人が特許を取って、それをアメリカのDARPA(国防高等研究計画局)に売って、詳しくは話せないけど、英会話教室をやめて今の弁護士事務所に勤める事になったの」

「DARPAって軍事関係なんだ」

「そうなのよ。その仕事関係がかなり複雑だったの。私はDARPAにいたから、ちょうどよかったの」

「スチュアートも研究しかしてなかったと言ってたね。お互い、生活に忙しかったんだ」

 未来高校に着いて、スチュアートをたずねると、

「マリーヌかい? なんてこった。アマンディーヌは君の娘だったんだ。なぜ気がつかなかったんだろう」

 と驚いていました。

 放課後、体育館で待っていると、アマンディーヌがやって来ました。

「マム、どうしたの?」

「今日はバスケの見学に来たの。さっき知ったんだけど、彼とは幼馴染みだったの」

 マリーヌは、スチュアートを指して言いました。

「スチュアートと私、こちらの人はジョンだけど、3人は子供のころ、バスケのチームメイトだった。地区優勝した事もあるのよ」

「マムがバスケをやっていたの? 初耳だわ」

 メンバーがぼちぼちとやって来て、全員が集まると、スチュアートは説明を始めました。

「今日はぼくの友達のジョンを紹介する。彼は大学でもバスケをやっていて、ぼくと違ってかなりの上級者だ。練習をみてもらおうと思って、今日は呼んだ。みんないいところがあれば吸収するように」

「ハーイ! 今日はよろしく!」

 ジョンは、上着を脱ぎ、ワイシャツの袖をまくって、準備運動を済ませました。通常の練習のあと、生徒たちと一対一の対戦をしました。彼のドリブル突破は鮮やかで、みんな置いて行かれました。引退してから月日が経っているので、現役のころのスピードはなかったものの、フェイクやターンなどでディフェンスを煙に巻き、次々とゴールしていきました。

 マリーヌもスーツの上着を脱いで、センターに入ってディフェンスの手伝いをしました。

「久しぶりにバスケをしたわ。身体を動かすのはいいわね」

「さすがに本場のバスケットは違うわ」

 明菜は感心して言いました。

「フェイクの掛け方が違うわ」

 若菜も感心していました。

「本場というほどではない。大学までのバスケだからね。NBAはもっとすごい」

 ジョンは、フェイクの仕方、ターンの仕方を手取り足取り解説しました。みんなの目がいつもよりも輝いていました。ジャンプシュート、レイアップシュート、バックステップなどを次々と教えていきました。

「あとは練習だ。反復練習を何回もやって、何回もシュートを打つことだ。シュート練習は飽きてから、さらにどれだけ練習できるか、だ。それに君たちはバスケットをやるにはすごく魅力的だ」

 練習のあとジョンは、スチュアート、マリーヌ、アマンディーヌとホテルのレストランに行き、そのあと別れました。

 ジョンはアメリカに、戻ってボスに報告し、特許料をスチュアートに振り込みました。彼はそれを製造会社に依頼して、超電導の製品をアメリカ全土に売り込んでいきました。やがて性能の良さが口コミで広がって、製品は黙っていても売れていきました。

 販売が軌道に乗り始めたころ、スチュアートから連絡がありました。

「ジョン、日本に来ないか?」

「日本に? どういう事だ」

「ぼくの勤めている未来高校が経営破綻したんだ。だけど奇特な人がいて未来高校を買収してくれたんだ。経営も教育方針も一新することになって、いま教師を募集してるんだ。それで君に電話をした」

「ぼくが教師に? なにを教えるんだ。日本語は話せないよ」

「インタースクールのほうで教えて欲しい。君は化学とか数学が専門だったはずだ」

「高校レベルなら教えられない事はないけど、ぼくにやれるかなぁ」

「日本人には英語を教えてくれてもいい。理事長には、それとなく話をしているんだ」

「ちょっと待ってくれ。すこし考えさせてくれないか」

 その電話のあと、ジョンは考え込みました。

 かつてジョンは結婚していましたが、最愛の妻はガンで早く亡くなっていました。彼は独り身だったので、気軽に動くことは出来ましたが、異国の日本で生活が出来るとは思えませんでした。

 しかし、数字に追われる仕事にも嫌気が差していました。今度のプロジェクトは成功して、会社に巨額の利益を上げる事は出来ました。

 そのプロジェクトは終わって、もう次のプロジェクトに取り掛かっていました。自分の収入、プロジェクトチームの人件費を彼が稼がなくてはなりませんでした。次から次へとプロジェクトを立ち上げるのも疲れて来ていました。

 何日か悩んで、ジョンはスチュアートに連絡しました。

「心は決まったかな?」

 スチュアートが聞いて来ました。

「いや、まだ決めていない。収入とかどうなんだろう」

 彼が聞いた収入は、予想に反して低額でした。

「そんな収入で生活できるのか?」

「日本は物価が安いから、生活できるよ」

 たしかに日本のレストランでは、信じられないくらい安かったので驚いた事がありました。

「もうすこし考えさせてくれないか」

「わかった。でもゆっくりは考えないでくれ、こっちの高校にも都合があるし、いま求人をしているところなんだ」

「明日また電話する。それでいいかな?」

 一度、電話を切って、ジョンは考えました。

 いまの仕事であれば、収入も高いし、ある程度の生活レベルを保つことが出来た。日本では、この収入を得る事は出来なかったが、物価を考えれば充分とも思えた。教師だと大金持ちになる事は出来ないだろう。その分、仕事に対して気が楽だった。いまの仕事だと、お金を稼ぐために次々とプロジェクトを考え出さなければならない。考えが浮かばなければ、仕事も収入もなくなり、ホームレスになるしかなかった。それが日々の負担にもなっていた。走り続けなければ、職を失う事になった。

 日本にいる事は気が楽だった。

 街を歩いていても警戒することがなかった。アメリカでは、気を許して街を歩くことは出来なかった。誰かとすれ違うたびに、この人間は襲ってこないだろうかと警戒を怠らなかった。日本人はちらちらと見る事はあったが、襲ってくることはなかった。夜も安心して歩くことが出来た。

 それ以外にも、幼馴染みのスチュアートやマリーヌと同じ街に住むのは心強かった。ふたりとは気心が知れていた。ある程度、彼らが何を考え、何を行動しょうとするのか理解できた。しかもスチュアートとは同じ職場だったので、これほど心強い事はなかった。

 バスケットが出来る事も魅力だった。

 たった1日のバスケットだったけれど、ジョンの心の中でその魅力を思い出して、虫がうごめいていました。未来高校へ行って、バスケットチームのコーチを引き受けてみたいという衝動にも駆られていた。メンバーの動きが女性とは思えないほど魅力があった。あのメンバーなら、きっと素晴らしいチームが出来ると感じていました。ジョンは、彼女たちなら、最強のチームが作れるという直感があったし、作ってみたいと思い描くようになりました。

「スチュアート、ぼくは決めたよ。日本に行く」

「ではOKなんだね。明日、学校へ報告するよ。君が来てくれると心強いよ」

「それはぼくのほうだ。君やマリーヌがいなかったら、日本に行く事は考えなかった」

 ジョンは、あくる日、出勤すると辞表を提出して私物を段ボール箱に入れて、会社を出ました。ボスは引き留めましたが、決意はもう変わりませんでした。

 自宅に帰ったジョンは、ニューヨークの日本総領事館に行って、就労ビザに関する書類を集めました。スチュアートは、未来高校の就労証明書を送って来ました。それを添えて、日本総領事館に提出しました。

 ワシントンに行って大学のときの友人にも会いました。

「ぼくは日本に行く事にした。もう君とも会えないかもしれない」

「大丈夫だ。ぼくが日本に旅行にいくよ。そのときは日本を案内してくれ」

 友人はそう言ってくれました。

 彼は仕事中だったので、早々に退きあげて、ジョンは清々しい気持ちになり、近くの公園を歩いてみました。目の前の世界が急に変わって見えました。なにもかもが新鮮に見えてきました。世界は、自分の気持ち次第で変貌するのではないかと感じました。

 フードトラックカフェがあったので、ジョンはホットドッグとコーヒーを注文しました。アフリカ系の女性が調理してくれ、そのあいだ彼女はジョンに話しかけました。

「なにかいい事があったわね。顔がしあわせそうだわ」

「君の言う通りだ。わかるかい?」

「わかるわ。この仕事をし出して、お客さんの事がわかるようになったわ。悲しい顔、嬉しい顔、心配な顔、あなたのように幸せな顔とかね。でもネガティブな顔をしていたら話しかけないわ。そっとしておくの」

「仕事をやめたんだ。いつも数字に追われてプレッシャーがあったからね。解放された感じだよ。それに再就職先も見つかって、再出発するんだ」

「それはクールね。どんな仕事をするのか、よかったら教えて」

「問題ないよ。日本で教師をするんだ」

「日本に行くの? ああ、羨ましいわ。私も日本に行きたいわ。友だちが日本に行ったの」

「そんなに行きたいのなら、思い切っていけばいいのに」

「友だちとは連絡が取れないんだ。そうそう以前、この友だちを探しに日本から来ていた人がいた」

 彼女は、ジョンに出来上がったホットドッグとコーヒーを渡しながら言いました。

「その人は探し当てたのかな?」

「どうなんだろう。その後、連絡はないわ」

 ジョンはコーヒーで喉を潤し、ホットドッグを食べながら言いました。

「これがその友達だよ。今よりだいぶ若いけどね」

 女性は、携帯の写真をジョンに見せました。

 ジョンは、思わずコーヒーを吹き出しました。

「マリーヌじゃないか!」

「あなたもマリーヌをしっているの?」

「幼馴染みだよ。マリーヌを探していた人って、日本人の女性弁護士ではなかった? 名前は雉原静香って言わなかった?」

「苗字まで分からないけど、静香って言ってたわ。メルアドなら分かるわ」

「彼女は岡山県の未来高原都市っていうところに住んでいるよ。ぼくはこれからそこに移住するんだ」

「ワォ! 出来たらあなたの電話番号を貰っていいかしら」

「問題ないよ」

 ジョンは、彼女の電話番号にワンギリしました。

「名前は?」

「キャサリン・クラーク(Katherine・Clark)よ」

「マリーヌの電話番号もわかるよ」

「ぜひ教えて!」

 ジョンは、彼女にマリーヌの電話番号を教えました。

 ニューヨークに帰ってから、ジョンはブルックリンの実家を訪れて、両親に日本に移住することを伝えました。

「日本に行くのか? 転勤か?」

 父親は、ジョンが思うほど驚きませんでした。

「仕事は辞めた。でも日本で新しい仕事を見つけたんだ」

「君がいいと思うことをやればいい。私は賛成だ」

「日本に行くの? 淋しくなるわ」

 母親は、悲しそうにしました。

「でも、子供のやりたい事を応援するのが親の務めよ。あなたが居なくなってもふたりの兄さんが居るから、淋しさを紛らわせるわ」

「おお、マム。たまには日本に遊びに来てよ」

「きっとそうするわ。必ず日本に行くわ」

「そうとも、みんなで日本に旅行に行こう。落ち着いたら連絡をくれ」

 父親は、新しい目標が出来た、と喜びました。

 その両親は、兄たちも呼んで、引越しの準備を手伝ってくれました。独りでやるのと違って、準備は思ったよりも捗りました。

 その夜は、家族だけのお別れパーティーを行いました。母親は腕によりをかけて料理を作ってくれました。ジョンは、母親の料理を食べるのは、これが最後になるかもしれないと思うと、すこし悲しくなりました。その思いを隠して、ジョンはいつもより明るく振舞いました。

 家族の写真を何枚も撮りました。

 ジョンは、日本に行って、必ず両親を日本旅行に招待しようと決意しました。お別れパーティーが終わって、ジョンはその夜、実家に泊まり、翌日のあさ、家族に別れを言って日本に行きました。


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