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まるくんの夢物語  作者: まるくん
第23章 桜花と萌々香
24/70

まるくんは倉敷で桜花と萌々香という姉妹に出会い、彼女たちをペレシュ城に迎え入れる。彼らの新しい生活が始まり、まるくんは二人の保護者としての責任を感じる。

 

 1週間後の日曜日、私は朝早く起きて倉敷に行きました。

 児玉では、ジーンズの専門店を何店かめぐってみました。私は久しぶりに服を買える事で、気持ちは高ぶっていました。

 私の買い物の癖で、一度、いくつかのお店をまわって、気に入った商品に目星をつけ、カフェでコーヒーでも飲みながらどれを買うか検討します。そこでどれを買うか腹を決めると、目をつけていた店に戻ります。買い物に行くと、必ずこの作業をします。これが私の楽しみでもありました。

 その店に戻ると、店員が私のジーンズを褒めてくれました。

「ダメージ感がいいですね」

「10年くらい履いている」

「そんなに? いい感じでダメージになってます」

「勝手に穴があいたんだ」

「それがいいんですよ」

 店員は笑いながら言った。

「リーバイスの501が好きだ」

 と店員に伝えると、同じようなブルージーンズを勧めてくれました。

 試着すると、私の体系にピッタリでした。

「501のスタイルを真似た?」

「はい、同じ作りです。501を分解して、同じような型紙を作って、生地を切って縫ったものです。ほかにもダメージ加工したジーンズもあります」

「普通のでいい。これを貰おう」

 試着室で、店員が裾に印をつけてくれました。

「裾上げに時間をいただけますか?」

「ちょっと待って。ほかにも見たいんだ」

 私は、ブラックジーンズも買う気でした。ジーンズの上着もブルーとブラックを買いました。カフェでコーヒーを飲んでいるとき、ブルーとブラックの上下で充分だと思っていました。ふと私は、着替えのジーンズが必要ではないかと感じました。

「1着だけだと着たきり雀になってしまうな」

「ジーンズを何枚か持ってらっしゃるのではないですか?」

「みんな穴が開いてる」

 着替え用は、穴のあいたジーンズでいいと思っていました。一度に何着も買うのは贅沢ではないかと感じていました。

「上着はいいとしても、パンツは小まめに替えていると長持ちしますよ。パンツだけでも何着かお持ちになってはいかがですか」

 私は、未来高原都市に色々と貢献したので、これくらいの贅沢は許されるのではないかと思いました。ジーンズを長持ちさせるためにも、贅沢ではないし、これくらいは買ってもいいのではないかと自分に言い聞かせました。

「同じブルージーンズを2着下さい」

「分かりました。ブルーとブラックの上着が1着ずつ、ブラックのパンツが1着、ブルーが3着ですね」

 それだけ買うとけっこうな金額になりました。私は、これで良かったのだと自分に言い聞かせながらお金を払いました。


 裾上げが住むと、私は商品を受け取り、倉敷の保存地区に行きました。

 江戸時代からの街並みが残っている保存地区は、私の好きな街のひとつでした。こういう日本的な街並みを散策するのが好きでした。普段、生活しているのとは違った街並みにいると、日常の苦しみから解き放たれたような感じがするのです。それはスイスの山間の石造りの街並みとかでも同じような感じがしていました。

 歩きくたびれたし、お腹も空いたので、ある和食店に入りました。

 お腹もいっぱいになって、疲れも取れたし、コーヒーも飲みたかったので、店を出ました。数分もあるくと、カフェとかはたくさんありました。しかし私は自動販売機で缶コーヒーのホットを買って、辺りを見渡し、4畳半くらいのスペースの小さな公園のようなものを見つけたのでそこに行きました。

 公園は低い自然石に囲まれていました。公園の中にベンチもあったのですが、女の子がふたり座っていたので、遠慮して入り口近くの自然石の上に腰かけて、缶コーヒーの蓋をあけて石の上に置き、バッグからタバコケースを取り出しました。

 途中のカフェに行かなかったのは、私は遠慮なくタバコが吸いたかったからです。コーヒーを飲みながら煙草を吸うのは私の贅沢なひとつです。

 タバコを何回か吸ったとき、ベンチに座っていた小さいほうの女の子が「ごほん、ごほん」と咳をしました。彼女らは抱き合うようにして寒さを凌いでいました。

「ごめんね」

 彼女らとの距離は3mくらいです。きっとタバコの煙が嫌なんだろうと推測しました。

 年かさの少女が手を横に振って、

「この子は風邪気味なんです」

 と言いました。

 私はうなずきましたが、タバコを足でもみ消しました。その吸殻をタバコケースに入れました。缶コーヒーの残りを飲み干して立ち上がろうとすると、年かさの女の子が私のところにやってきました。彼女がなにを言いたいかすぐに分かりました。面白いことに彼女もそれを察しているのが分かりました。私は確信はなかったが、上野譲2等空佐の言葉を思い出していました。

「泊めてあげる」

 私がそう言うと、彼女は小さいほうの女の子に手招きしました。

 彼女は、私の意識の中に入り込んできたのです。「泊めてください」と、ね。

「少し遠いけど」

「大丈夫です」

「途中で休憩がてら、ファミレスに寄って行こう」


 ファミレスで、妹がトイレに行きたい、と言いました。姉が立ち上がると、妹は「ひとりでゆける」と言いました。

 姉はふたたび席に座ると、下を向いたまま、私に、「好きにして構いません」と言いました。

「君はいくつだ?」

「15歳です」

「ませているんだね。好きにするかどうか、そういう言葉は君が大人になっても言わないことだ。家出なんだね」

 姉は軽くうなずいた。

「でも」と言い淀んで、「でも、父がそう言ったんです」

「お父さんが? 家ではお父さんは了承済みなのかな?」

「はい」

「それは嘘だ! どんな親でも家出を了承するものか! お父さんの携帯とか教えてもらえる?」

 私は、予感のようなものを感じていましたが、あえてそう言いました。

「教えてもいいけれど、父は出ません」

「お父さんの携帯だろう。忙しいのか?」

「父は死にました」

 姉の目から涙があふれてきました。姉は紙ナプキンを取って、涙を拭きました。右手でそのナプキンを取ろうとしたとき、数枚の紙が箱から出てきました。彼女は右手だけでそれを集めて箱に戻しました。そのときに左腕が見えました。手首から先がありませんでした。

「父が夢に出てきて、岡山県の倉敷に行け、と言ったんです。まさか?と思ったけれど、信じてみようと思って妹と家出してきました。お金も交通費だけで無くなってしまいました」

「それって、上野譲航空2佐だね」

 ある男性の姿が脳裏に浮かんできました。

「そうです。2等空佐です。いえ、でした」

「私もお父さんから、娘を頼むと言われて、今日、倉敷に来たんだ」

 上野2等空佐は沖縄に向かうヘリコプターが墜落して死亡しました。目の前にいるのは、その彼の娘でした。妹がトイレから戻ってきました。姉は紙ナプキンで涙を拭きました。

 妹は、お腹が膨らんだのか、家へ帰るドライブのあいだ、寝ていました。

 私は運転しながら、姉にたずねました。

「お父さんは、飛行機に乗っていたの?」

「飛行機は乗っていましたが、操縦はできませんでした」

「デスクワークが中心なんだね。どんな仕事をしていたんだろう?」

 姉はなにも言いませんでした。


 彼女たちをペレシュ城に泊めました。姉妹はその大きさに驚いていたようです。

「ここはホテル?」

「いや自宅だよ」

 凜が全速力で走って来ました。

「まるくん、お帰り! この女の子たちは今日からここに住むんでしょ」

「そうだよ。凜には見えていたんだ」

「見えていた。今日遅くなって女の子がふたりやって来るのも、ここに住むのも分かっていた」

「ここに住むの?」

 妹の萌々香が姉に聞いていました。

「さあ? わからないわ」

 私と凜は、萌々香の顔を驚いてみました。

「君は、犬の言葉が分かるのか?」

「えっ、なんだか、そう言ったような気がして」

「きっと、分かるんだ。私の名前は凜だよ。あなたは?」

「凜ちゃんって言うんだ。私は萌々香、お姉さんは桜花だよ」

「何がどうなっているの?」

 姉の桜花が聞きました。

「妹さんは、犬の言葉が分かるみたいだね」

「えっ、そうなの?」

「そうみたい。この犬が話してることがわかった」

「ここで立ち話をしても仕方がない。疲れただろう。部屋に案内する」

 私は、彼女たちを2階の部屋に案内して、バスやエアコンの使い方を教えました。

「まるくん、今晩はここで寝ていい?」

「いいよ」

 私は、凜の専用ベッドを彼女たちの部屋に持ってきました。

 そのあと、私は雉原静香に電話しました。

「よる遅く申し訳ない。明日、会ってくれないか?」

「いいですよ。急用ですか?」

「そうなんだ。明日、Fairy Town で会おう」

「分かりました。昼の1時くらいはどうですか?」

「お昼を一緒にどうですか?」

「はい、それでお願いします」

 あくる日、桜花と萌々香、凜を連れて、Fairy Town に行き、雉原静香とランチをしました。簡単な料理を食べたあと、フリードリンクとケーキを楽しみながら、静香に頼みごとをしました。

「彼女たちに下着などの着替えを一緒に買ってくれないか? あと部屋着も頼みます」

「彼女たちの? おやすい御用です」

「そんなのいいです。大丈夫です。着替えとかも持ってきました」

「充分ではないだろう。お父さんにふたりの事を頼まれているんだ。ここは大人に甘えなさい」

「分かりました。お願いします」

「静香さん、忙しいのに申し訳ない。彼女たちの保護者になりたい。後見人でもいいけど、忙しついでにそれをお願いできるかな? 詳しい事は彼女たちに聞いて、法的な部分をお願いします」

 私は、静香に充分なお金を渡して、姉妹の買い物に付き添合わせました。

 そのあいだ私は、凛と散歩をして時間を潰しました。Fairy Town へ続く道は、青葉がゆたかに繁り、陽射しも強くなっていました。

 木陰のベンチに座ると、

「まるくん、あのふたりはまるくんの子供になるよ」

 と凜は予言しました。

「子供に? 後見人とかだと思っていた。もし子供になってくれたら、嬉しいね。跡継ぎがいないからね」

「私では跡継ぎになれないものね」

「日本の、いや世界の法律では犬は跡継ぎになれないだろうね」

「机や椅子、ベッドが跡継ぎになったらたいへんだね。人間は死んで跡継ぎを決めていくけど、机や椅子、ベッドだったら、いつ死んだのか分からない」

「遺産が欲しくて机を壊したら、犯罪になるのかなぁ? なる訳ないか。そもそも跡継ぎになれない」

「跡継ぎになれなくても、私はずっとまるくんと一緒だよ」

 静香から携帯に電話が入った。

「買い物は終わりました。いまどこにおられますか?」

「正面玄関で待っていて、近くにいるのですぐに行きます」

 Fairy Town の正面玄関で、静香たちと会い、

「詳しい事は彼女たちから聞き取りました。あとの事は任せて下さい」

「経費はどれだけ掛かっても構わないからね」

「分かりました」


 後日、雉原静香がペレシュ城に来て、詳しく語りました。

「ふたりは、父親が死んだあと、父親の従弟という人に引き取られていました。ほかに親族はいましたが、遠い親戚ばかりで、引き取りを拒否されました」

「養子縁組したという事?」

「いえ、従弟は後継人という立場です」

「親子関係はないという事か。それで引き取りは出来そう?」

「引き取りに関して、拒否をしました」

「ダメそうなんですか?」

「いえ、その件に関しては問題がありそうです」

「問題? 複雑そうですか?」

「自衛隊から送られた弔慰金、生命保険などは、姉妹が成人するまで、従弟が預かるという事でしたが、どうも自分が経営している会社に資金が流れているようです。会計とか見せてもらった訳ではありませんでしたが、経営している工務店の経営がかなり苦しそうでした。それは同業者が噂で教えてくれました」

 私は、書斎からの庭の景色を見ていました。庭にも2連の水車がありました。用水の水を揚げて、滝のほうに流すために作りました。その水車に揚げられた水がきらきらと輝いていました。

「会社がうまくいってないのは本当ですか?」

「たぶんそうだと思います。自家用車を見たのですが、古いクラウンでした。かなり傷も入っていました」

「では、お金で解決できそうですね」

「はい、かなりの金額を出して、弔慰金や生命保険のお金の権利を放棄すればなんとかなりそうです」

「それでなんとかして貰えますか?」

「分かりました。それからまだ問題があります」

「まだあるんですか?」

「どうも虐待を受けていた可能性があります」

「虐待、ですか」

「はい、この件に関しては姉を医者に連れて行こうと思います。それが証明できれば、従弟を後見人から外すことが出来ます」

「なるほど、だから父親が私に頼んだのか」

「父親と知り合いなのですか?」

「いえ、会ったことはありません。深く追求しないでください」

 静香は、姉の桜花を病院に連れて行きました。

 案の定、桜花の身体には虐待されたアザがありました。静香は、主人の一郎と一緒に、医者の診断書を持って、従弟と話し合いました。事を荒げるつもりはないこと、姉妹を引き取るにあたって相応の金額を手切れ金として渡すこと、弔慰金や生命保険は放棄することなどを話し合いました。

 姉妹は、従弟宅で掃除などをさせられ、行き届いてなければ、箒の柄で叩かれていた事を白状しました。従弟の奥さんが妹の萌々香を叩こうとしたとき、桜花がかばって余計に叩かれていたようでした。家族とは別の粗末な食事で、奥さんは気に入らないと、姉妹の食事を抜いたこともありました。倉敷までの旅費は、奥さんの隠し金を盗んだことも分かりました。奥さんは、警察に被害届を出していたので、それを取り下げさせました。それで晴れて、上野桜花と萌々香は、まるくんと養子縁組をしました。

「私の子供になってくれないか」

 まるくんは、ふたりに頼み込みました。

「はい」と姉は承諾して、妹は軽くうなずきました。

「これを父から預かっています」

 桜花は、首からぶら下げた袋から、USBを取り出しました。

「これをお父さんが?」

「はい、大事な物だと言ってました」

 私は、USBを受け取って眺めました。きっと重要な事が入っているように感じました。

「それからお父さんが、桜花さんに『左腕はごめんなさい』と言ってた」

 そう言うと、桜花は泣きだしました。

 桜花がまだ小さい時、父親が車で事故を起こして、彼女の左の手首から先がなくなってしまったのでした。


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