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まるくんの夢物語  作者: まるくん
第20章 熾火
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静香は日本でマリーヌの手がかりを得るために国東半島を訪れ、ついに彼女の居所に近づく情報を掴みます。マリーヌが岡山に住んでいると知り、再び希望を抱きます。

 

 静香は帰国して、母親に礼を言って、新幹線の駅まで送りました。子供たちは、春休みが終わってから、それぞれ進級して新しい学校生活に入っていました。

 主人の雉原一郎に、

「アメリカまで行ったけど、マリーヌは日本に移住したみたいなの」

 と報告した。

「日本にいるのか? どこに住んでいるんだ?」

 一郎は、大きく目を見開いて言いました。

「それはまだ分からないわ。アメリカ大使館で分からないかしら」

「それはだめだね。弁護士といえども、個人情報は教えてくれない。まるくんの案件について、マリーヌの力を借りるのは諦めないといけないかなぁ」

「まだなんとかなるわ。アメリカで探すのは無理だけど、日本ならなんとかなるかもしれない」

「日本だって、けっこう広いぞ。当てはあるのか?」

「当てはないわ」

「どうやって探すんだ」

「すこし考えさせて」

 マリーヌが日本に向かったのは確かなはずでした。その後の消息はぷっつりと途絶えていたのも事実でした。最後に彼女が目撃されたのは、ワシントンでした。本当にマリーヌが日本に向かったのなら、なぜ何の連絡もないのか。

 静香は、ノートを開いて、アメリカで拾った情報を見ました。これと言って目ぼしい情報はありませんでした。

 隣のリビングで子供たちが騒いで、静香は集中できませんでした。

「どうしたの? 騒がしいわよ」

「今度、劇をやるので練習しているんだ」

 弟の翔太が言いました。

「私はその練習に付き合っているだけよ」

「そうなの? 劇ってなにをやるの?」

「桃太郎だ! ぼくが桃太郎をやるんだ!」

「そう、主役なんだ。たいへんだね」

「それで私が鬼の役になって、練習の手伝いしてるの」

 姉の沙織が面倒くさそうに言いました。

「わかったわ。でも、もう少し静かに練習してね。いまママは大事な事を調べているから」

 静香は、隣の部屋に戻って、

「桃太郎か」

 と、つぶやきながら椅子に座りました。

 その夜は、主人の一郎の提案により、庭でバーベキューを行いました。

「君は忙しそうだから、ぼくが準備するよ。食材も買ってるし、炭も在庫がある」

 彼は、おにぎりも作り、炭も熾して準備が出来ると、

「おーい、出来たぞ」

 とみんなを呼びました。

 静香は、調べ物を切り上げて、バーベキューの前の椅子に座りました。

「たまにはバーベキューもいいわね」

「そうだろう。食欲が湧いてくる」

 翔太が桃太郎のお面を着けたまま来ました。沙織も頭のハチマキに2本の割り箸を両側に差し込んでやって来たした。

「なんだそれ?」

 一郎が言うと、

「鬼のツノよ。翔太の劇の練習に付き合わされているの」

 と言って、割り箸を取って割り、それで肉や野菜を網の上に置いて行きました。

「翔太は劇をやるのか?」

「桃太郎をやるんだ」

「主役だから練習したいって。私は付き合わされている」

「いいお姉さんだね」

「鬼が強すぎて、練習にならない」

「桃太郎が鬼をやっつけているのか? とんでもない鬼だ」

「社会の厳しさを弟に教えてあげているの」

「それだと、桃太郎の物語を変えないといけない」

「そうよ、なぜ鬼が負けるのよ。たまには勝ってもいいわ」

「鬼は悪役だからね」

「鬼が悪いって決めつけないで欲しいわ」

「沙織は鬼の肩を持つんだね。鬼は悪い意味ばかりじゃないよ。野球の鬼とか、サッカーの鬼とか、文学の鬼とか、仕事の鬼とか、その分野で入れ込む事を鬼って言うね」

 静香は、それを聞いて、

「沙織と翔太には勉強の鬼になって欲しいわ」

 と肉を取り上げながら言った。

「ママには主婦の鬼になって欲しいわ」

「仕事があるから鬼にはなれないわ。でも普通に主婦をしているわ」

「私も普通に勉強するわ。普通に勉強する鬼になるわ。勉強したくても我慢するの」

「ぼくも勉強を我慢する鬼になる」

 火の勢いが弱くなって、一郎は新しい炭を入れ、火吹き竹で拭いて火を熾しました。火がさかんになると、彼は新たに肉や野菜を金網に並べました。

「どんどん食べて。まだ肉も野菜もあるよ」

「このオニギリはおいしいわ」

 沙織は、オニギリを手づかみにして食べました。

「おいしいだろう。オニギリの鬼になったからね」

「なんでも鬼になるね」

 静香がそう言うと、

「そうかな? やさしさの鬼と言うとなんか違和感がある。やさしい鬼とは言うけどね」

 と、一郎は否定しました。

 焼いた肉を頬張りながら、

「そうね。鬼って使うと、なにか厳しさがあるわね。勉強を我慢する鬼って、厳しさが感じられないわ。怠け者の鬼って厳しさがないね」

 と、静香は言いました。

「ああ! お腹いっぱいになった。もう食べられない」

 沙織は、バンザイをしながら満足げに言いました。

「ぼくもお腹いっぱいだ」

「そろそろ片付けるか」

 一郎は、食器などを片付け始めました。静香はその食器をキッチンのシンクで洗い終わると、一郎がバーベキューセットを片付けていました。

 静香は、火消し壺に、まだ赤く燃えている炭を入れていきました。壺に入れて蓋をすると、炭は酸素不足で自然に消えていきます。水を掛けて炭を消すと、次に使うときに着火が悪くなります。静香は、消えたように見えた炭から熱を感じながら、すべての炭を火消し壺に入れました。

 満腹になった静香は、仕事をするためにリビングの隣の部屋でパソコンを立ち上げました。なんだか仕事の鬼にでもなったような気がして、

「鬼、か!」

 彼女はパソコンを見ながら、ノートも開いてつぶやきました。ノートの文字列の中で、『鬼』が彼女の目を惹きました。

「桃太郎? 鬼退治? 鬼?」

 静香は『鬼』を検索してみました。

 もともと日本では「オニ」とは祖霊であり地霊であり、目に見えない霊でした。死霊を意味する中国の鬼が6世紀後半に日本に入り、日本古来の「オニ」と重なって鬼になったと言われてます。その鬼伝説は、ローカルな伝説と結びついたりして、各地に残っていました。

 静香は、鬼のお面の裏に『六郷』と銘が彫られているのを思い出して、『鬼、六郷』と検索して見ました。

「六郷って大分県の国東半島?」

 正確には、六郷満山で、国東半島の6つの郷、来縄・田染・伊美・国東・武蔵・安岐の谷を指し、これの地域で盛んになった寺院群の事を言った。それと同時に「修正鬼会しゅじょうおにえ」もヒットしました。マリーヌがお土産に買った鬼は、この「修正鬼会しゅじょうおにえ」に関することだと分かりました。

 養老年間(717~723年)に、僧侶の仁聞(にんもん)が無病息災、五穀豊穣を祈願して始めたといわれていました。むかしは殆どの寺で行なわれていましたが、平成2年頃から、豊後高田市天念寺、国東町の成仏寺、岩戸寺で行なわれる祀りだと分かりました。

 修正鬼会面しゅじょうおにえめん、六郷民芸工房というワードをネットで検索して見ました。そこの工房で、鬼のお面を作っていることが分かりました。

 静香は、キーワードはこれしかないと思って、主人の雉原一郎に、

「大分県に行かせてくれない?」

 と頼み込みました。

「大分県? 別府にでも行くのか?」

「国東半島なんだけど、ここにマリーヌのキーワードがあるの。手掛かりはこれしかないの」

「どんな手掛かりだ?」

 静香は、パソコンで検索した「修正鬼会しゅじょうおにえ」を見せた。

「彼女は、ここで鬼のお面や根付を買って、お土産にしてるの」

「たったそれだけなのか? それだと手掛かりにもならないじゃないか」

「でも、何かあるような気がする」

「もう諦めたらどうだ。ぼくたちでまるくんの案件を進めていくしかない」

「なにかあるような気がするの。これだけは調べさせてくれない?」

「わかった。それなら家族で行こう。家族旅行というなら行ってみよう」

「ありがとう。それならこの週末にでも計画していいかしら」

「任せる。宿泊から行程まですべて頼む」

 静香は、旅行日程を計画し、週末に国東半島に向かいました。

 国東市に着くと、そこでレンタカーを借りて、ネットで調べた六郷民芸工房に行きました。国道を安岐の交差点を山側に行くと、10分くらいで六郷民芸工房に着きました。川沿いの道には、行き買う車は殆どありませんでした。静香は、これが最後の頼みの綱だと思いました。そう思うと、胸の奥に不安と期待が入り混じっていました。それでも、静香は自分を奮い立たせるように車のドアを開けました。もし、これで分からなければ、マリーヌの事は諦めようと思いました。

 その工芸店の駐車場で車を停めて、店内に入りました。そこには、静香がアメリカで見た鬼の面や根付が飾られていました。

 店内は木の香りで充ち溢れていました。家族でキャンプに行った焚火を思い出しました。火の勢いが弱まって、木材の熾火だけが赤黒く燃えていました。一郎が木材をくべて、残り火に息を吹きかけると、また炎はいきおいを取り戻しました。マリーヌの居所を探すこの旅路もまた、絶えそうな火をもう一度燃え上がらせるようなものでした。マリーヌ中で、めらめらと炎が立ち上がりました。

 雉原一郎と2人の子供は、鬼の面や根付を顔に当てたり、手にしたりして笑っていました。

 静香は、子供たちに、

「鬼の面はどれがいい?」

 と聞きました。

「ママ、買うの? 私は気味が悪いわ」

 姉の沙織は乗り気でないようでした。

「これは魔除けになるそうよ。どれがいい?」

 弟の翔太は、興味津々でした。

「鬼の面って怖くない?」

「ぜんぜん。格好いい」

 翔太が選んだ鬼の面を買いました。彼女は、この面がマリーヌの居場所を教えてくれそうな気がしました。お金を払うとき、店主に尋ねました。

「このお面を買いに来たアメリカ人はいますか?」

「女性の方が一度ありますよ。子供連れでね。多分その人の事かな?」

「えっ! その人は分かりますか? 名前とか」

 静香は、キャサリンからもらった携帯の写真を見せました。

「この女性なんですけど」

「ああ、この人だよ」

「住んでいるところとか分かりませんか?」

「それは分からないよ。ただ外国人がこの店に来ることはないから、覚えているだけだ。でもその人は国東半島には何回も来たことがあると言ってた。ロングトレイルに興味があって来たらしいけど、何度か来るうちに自分を磨きたいと言っていた。修行だってね」

「ほかには何かいってませんでしたか? 住所とか、電話番号とか」

 静香は店主に詰め寄りました。

「そんなに責めないでくれ! 分からないよ。一度来ただけなんだから。あ、そうだ! 泊っている宿で私の作った鬼の面を買ったって言ってたね」

「その宿って分かりますか?」

「分かるよ。このお面を置いている宿は1件しかないからね」

「ぜひ教えてください」

「シーガルセイラーっていうゲストハウスだよ」

 店主から簡単な地図を書いてもらって、そのゲストハウスに向かいました。海沿いの小さな岬へ続く道を走らせました。豊後水道の海は5月の陽にきらきらとしていました。車の窓をあけると、風が潮の香りをふくんで飛び込んで来ました。

 そこではレストランも併設していたので、静香たちは昼食を取ることにしました。食事中も静香は落ち着きませんでした。もし、ここでマリーヌの手掛かりが得られなければ、彼女の足跡が消えてしまう事になりました。マリーヌの事を聞くのが、静香は強くなってきました。

 食事を済ませると、静香は勇気を出して、女性オーナーに尋ねました。

「ここにマリーヌという女性が来たことがあると思うんですが、彼女の連絡先とか分かりますか? 私はこういう者で、彼女とはアメリカで一緒に暮らしていました」

 静香は身分証明書を女性オーナーに見せました。

「分かりますけど、教えられません」

 女性オーナーはきっぱりと言いました。

「お願いします。もうここしか当てはないんです。どうかお願いします」

 何度も静香は頭を下げました。

 昼時でお客が何組か入って来ました。女性オーナーは、その対応に追われました。注文を聞き、厨房のシェフに伝え、配膳していきました。慌ただしく歩きまわっていました。静香は、彼女を目で追いながら、なんとか話を聞き出そうと機会を伺っていました。

 お客がひと段落すると、女性オーナーは、「こちらに来てもらえますか?」とゲストハウスのほうの受付に案内しました。

「あなたの視線を感じて、仕事がやりにくいわ」

「すみません。どうしても彼女の居所が知りたいんです」

「彼女が最初にここへ来たときはアメリカに住んでいました。まだ学生でした。学生のときに3回来たことがあります。次に来たときは日本に移住したと言っていました。そのころは東京に住んでいました。この春、子供連れでやって来ました。岡山に住んでいるという事でした」

 女性オーナーは、そう言いながら、宿帳を出し、マリーヌの欄を開きました。

「私は忙しいので」

 宿帳をカウンターに置いたまま、彼女は厨房のほうへ行きました。

 静香は、「岡山に?」と驚きながら、素早くマリーヌの住所と電話番号を盗み書きしました。静香は胸の鼓動が早まるのを感じ、ペンを持つ手の震えが止まりませんでした。ついに手がかりを掴んだ。その期待と不安が入り混じる中、彼女は震える手でペンを走らせました。鬼のお面や根付が、マリーヌの生き様を凝縮していました。それはあたかも鬼のお面や根付がマリーヌのようでした。

「ありがとうございました」

 と静香が言うと、女性オーナーは敬礼をしてウィンクをひとつしました。

 炎はますます大きく立ち上がって来ました。もう静香の炎は誰にも消すことは出来ないと思いました。


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