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まるくんの夢物語  作者: まるくん
第19章 雉原静香はアメリカへ飛んだ
20/70

雉原静香は友人のマリーヌを探すためアメリカに行くが、彼女が日本に移住したことを知る。いくつかの手がかりを得て、静香は日本に戻る決意を固める。

 

 雉原静香は、友人のマリーヌ・ジョアネス(Marine・Joanes)に電話を掛けました。電話に出て来たのは、知らない男性でした。その電話番号は、もうマリーヌのものではありませんでした。

「彼女に連絡が取れないわ」

「実家の両親は?」

「父親は私がアメリカにいるころに他界された。母親だけが存命していたけど、連絡がつかないの」

「まさかマリーヌは死んでる、という事はないだろうな」

「それはないと思うけど、わからないわ。今回のまるくんの案件は、DARPA(国防高等研究計画局)の知的財産法務部門に勤めている彼女のコネが必要だと思った」

 彼女はそこで、特許権に関する法律の仕事をし、専門知識を活かして、DARPAの技術が商業化されるために働いていた。

「そこへ電話すればいいじゃないか」

「もうとっくに電話したわ。彼女はもうすでに8年前に辞めていた。残念だわ」

「残念がる事はないだろう。僕たちがアメリカに行って調べればいい」

「行くなら、私ひとりで行くわ。あなたには日本にいて、この弁護士事務所を頼みたい。それで安心してアメリカに行けるわ」

 静香はまるくんの案件だけではなく、アメリカ留学時代にシェアハウスで暮らし、妹のように可愛がっていたマリーヌに会いたいという気持ちが湧きおこっていました。連絡が取れないとなると、それは彼女の安否を確認したいという思いに変わっていきました。

「わかった。まるくんの案件はこっちで進めてめよう」

「子供たちは、私の母親に来てもらうわ。姉の沙織は高校生になるから大丈夫だろうけど、弟の翔太はまだ小学生だから心配だわ」

「大丈夫だ。ぼくひとりでも大丈夫だ」

「それだとまるくんの案件に集中できない。それに母親に来てもらうと私が安心できるし、もう実家には連絡しているわ」

「手回しがいいな」

「アメリカ行きの航空チケットも手配しているわ」

 静香は、母親がやって来た翌日、アメリカへ向かいました。


 マリーヌの行方を追うため、静香はニューヨーク行きの便に飛び乗りました。ジョン・F・ケネディ国際空港に到着すると、ハムレット・イン NY-JFKまでシャトルバスで向かいました。

 彼女は、そのホテルに到着するや否や、さっそくパソコンでマリーヌ・ジョアネス(Marine・Joanes)を検索して見ました。しかしヒットする事はありませんでした。

「マリーヌ、あなたはどこにいるの?」

 あくる日、レンタカーで、手帳の住所とグーグルマップと、薄れかけた記憶を頼りに、ニューヨークのブルックリンのグリーンポイントに行きました。

 グリーンポイントの通りには、鈴懸の木が並び、その枝先にはまだ小さな薄緑の葉が風に揺れ、煉瓦造りの古い建物の窓辺には鉢植えのチモモカップが控えめに咲いていました。

 ようやくマリーヌの実家に辿り着きました。20数年前、彼女自身も遊びに来た家でした。こんな感じの家だったのかな、と疑心暗鬼になりながら、静香は再度、住所を確認しました。

 ドアをノックすると、予想した通り他人が住んでおり、初老のアフリカ系の男性が出て来ました。

「いぜんこの家に住んでいたジョアソンさんを探しているのですが、ご存じないでしょうか?」

「私は2年前に他所から移り住んできたから知らないんだ。マリノフスキさんのところに行けばいい。この先に白い家があるだろ、そこの人がむかしから住んでいるから知っているかもしれない」

 静香は、教えられたその白い家で、尋ねてみました。

 高齢に女性は、

「ジョアソンさん? もちろんよ、あの一家とは昔からの付き合いがあったわ。お時間はあるかしら?」

 と招き入れてくれました。

 彼女は、アンナ・マリノフスキ(Anna Malinowski)と言いました。

「お邪魔ではないですか?」

「歳を取ると、誰かたずねて来ると楽しいものよ」

 彼女はお茶を淹れてくれて、クッキーも勧めてくれました。

「私の先祖はポーランドだけど、ジョアソン家はフランスだったわ。私が子供の頃、ジョアソン家はパン屋をしていたわ。よくパンを買いに行ったものよ」

 彼女は上品にティーカップを傾けながら、遠いまなざしで言った。

「私は何度か、ジョアソン家に泊りがけで遊びに来たことがあります。マリーヌとワシントンでシェアメイトでした」

「おお、マリーヌね。よく覚えているわ。懐かしいわ」

「そのマリーヌを探しているんです」

「そうね、最後に彼女と会ったのは、母親の葬式のあと遺産整理に来たときかしら。3,4年前だった思うわ。その時は弁護士と一緒だったわ」

「その弁護士はわかりますか?」

「さあ、どうだったかしら」

 ご婦人は立ち上がって、小型キャビネットの引き出しを開けて、

「たしかその時、名刺を頂いたと思ったわ。まだあるかしら」

 と言った。

 彼女が引出しを掻きまわしているとき、静香はキャビネットの上に立てかけている鬼の面に目が行きました。

「これは、日本の鬼の面ですか?」

「そうそう、これはその遺産整理のとき、マリーヌから頂いたものよ。私にはなにか分からないけれど、魔除けになると言ってたわ」

「見させてもらっていいですか?」

 静香は、キャビネットまで行って、鬼の面を手に取りました。裏返してみると、『六郷』と銘が彫ってありました。

「マリーヌはよく日本に行っていたらしいわね。そのとき、母親に買ったお土産だと言っていたわ」

 ワシントンのシェアハウスのとき、マリーヌは2度、日本に行っていました。1度目のときは静香の実家に泊まり、2度目はひとりで各地をまわったのを思い出しました。

「あったわ! この弁護士よ」

 彼女は、その名詞を静香に見せました。

 静香は手帳を取り出して、その弁護士の名前、住所、電話番号を書きました。事務所はニューヨークにありました。

 ご婦人に礼をのべて、静香は弁護士の事務所に向かいました。

 弁護士事務所で、

「マリーヌ・ジョアソンという人を探しているのですが、あなたがジョアソン家の遺産整理をしたと伺ったのでお話を伺いに来ました」

「いつ頃のことですか?」

「3,4年前だと聞きました」

 弁護士は、書類棚から資料を取り出した。

「ありました。これがジョアソン家の遺産整理した時の書類です。マリーヌ・ジョアソンのサインがあります」

 静香は、その書類のマリーヌの住所と電話番号をメモしました。それらは、静香が知っている住所と電話番号でした。わざわざ弁護士をたずねた成果はありませんでした。静香は、前途多難な感じがしてきました。アメリカに来れば、マリーヌの居所は苦労しても、なんとかなりそうな気がしていました。それが意外と簡単ではないと打ちひしがれました。

 弁護士事務所を出ると、夕刻になっていたので、静香はホテルに帰りました。


 翌日3時間半かけて、ニューヨークのペンシルバニア駅から、ワシントンのユニオン駅に向かいました。そこからバスに乗り、アーリントンへ向かいました。

 ペンタゴンの近くのDARPAに到着すると、正面玄関で静香の留学時代の親友が待っていました。

「ハイ、静香!」

「ハイ、キャロル! 久しぶりだね。元気にしてた?」

 静香はその親友、キャロルとハグを交わしました。

「元気だよ。あなたも元気そうね」

「今回、無理なお願いして感謝しているわ」

「問題ないわ」

 DARPAに入るには事前の審査と予約が必要でした。キャロルもアメリカで弁護士をしていました。その手続きをキャロルが現地でしてくれていました。その手間に対して、静香はキャロルに感謝しても、し足りない思いでいました。

 セキモモカティを通過すると、キャロルと静香はマリーヌが勤めていた部署に向かいました。ふたりの靴の音が廊下の壁に反響していました。静香はドアの前で、ため息を付きました。

 ドアを開けて、近くの職員に事情を話すと、マリーヌを知っているという古参の女性職員、キャロラインを紹介してくれました。

「マリーヌの事ならよく知ってるわ。ここで働いていたのよ」

「彼女を探しているんですが、どこに住んでいるか知っていますか?」

「アメリカにはいないと思うわ。ずいぶん前にここを辞めて日本に移住したわ。今も日本にいるかどうかは分からないけどね」

「日本へ?」

 静香とキャロルはお互いの顔を見合わせました。日本から探しに来たのに、肝心のマリーヌはアメリカには居ないという事実に、静香は自分の知らない彼女の長い時間の流れを感じていました。

「彼女は離婚したあと、悩んでいたみたいで、子供と一緒に日本に行ったわ。日本が好きみたいで何度か行ったみたいだったわ。これは彼女がくれた日本のお土産よ」

 キャロラインは、デスクに飾っている小さな鬼の人形を手に取って見せました。

 静香はそれを見ると、

「根付だわ」

 と言いながら、それを手にして裏返しました。

 その裏には、『六郷』と彫られた銘がありました。

 根付とは、紐の端に取付けて、煙草入れや印籠などに付け、その紐を帯の下に差し込み、根付を帯の上に出して引っ掛ける物でした。これで袋や印籠などが落ちないように出来ています。

「魔除けだと言っていたわ。仕事で困ったことが少ないのは、この人形のお陰かもしれないわ。もしマリーヌに会う事が出来たら、DARPAのキャロラインがよろしく行っていたと伝えてくれる?」

 DARPAを出たあと、市街地のホテルまで、キャロルの車で戻りました。

「アメリカまで来て、日本に移住したことが分かるなんて、無駄だったわね」

「そうね。でもアメリカで探すのは大変だと覚悟していたけど、日本ならなんとかなるわ。それだけでも大きな進展だと思うわ」

 翌日、静香はワシントンのマリーヌが住んでいたアパートに行ってみました。

 そこにマリーヌが住んでいないのは分かっていましたが、念のためにたずねてみる事にしました。セキモモカティがきちんとしているアパートで、玄関に守衛室がありました。彼女はここで、子供と暮らしていたんだと思うと感慨深いものがありました。

 そこの守衛室に南米系の守衛がいました。

「いぜんここに住んでいたマリーヌ・ジョアソンさんを探しているのですが、ご存じないでしょうか」

 と、たずねてみました。

「マリーヌかい? よく覚えているよ。途中で離婚したけどね。女の子がいたね。ずいぶん前にこのアパートを出た」

「いまどこに住んでいるか分かりますか?」

「日本に行くと言っていたね。それ以上は分からない」

「こちらの大家さんを教えてもらえますか?」

「管理会社なら教えられるよ」

 アパートを管理している会社を教えてもらい、静香はメモを取り出して、書きこみました。

「ありがとう」

 静香は、その守衛に礼を言いました。そのとき、彼女の目に鬼の根付が目に入りました。彼のバッグに鬼の根付が取り付けられているのに気がつきました。

「これは、マリーヌのお土産?」

「ああ、これね。クールだろ。魔除けだと言っていたから、バッグに付けているんだ」

「見せてもらっていいですか?」

「いいよ」

 彼は鬼の根付をバッグから外して、静香に見せてくれました。それを手に取ると、裏返してみました。『六郷』という銘が彫られていました。

「ありがとう」

 静香は、その鬼の根付を守衛に返しました。

 管理会社は、車で10分も走らせたところにありました。

 入り口で、彼女は入り口で、訪問した理由を言いましたが、店員はお客でないと分かると、ぶっきらぼうに、

「そんなむかしのことは分からない」

 と面倒くさそうに言いました。

「移転した住所だけでも教えてもらえませんか?」

「そんなの分かる訳ないだろ」

 店員の不愛想な応対に、静香はこれ以上、粘っても無駄だと思って、管理会社を出ました。

 静香は、通りに出ると、植垣の段に腰かけました。マリーヌの捜索は、行き詰った感は否めませんでした。これ以上、どこを探せというのだろうか、もう手掛かりはないのだろうか。せっかくアメリカまで来たのだから、なにか成果を持って帰らなければ、と焦る気持ちに襲われました。

 目の前にフードトラックカフェを見つけると、急に空腹を覚えたので、なにか買おうと歩いて行きました。アフリカ系の女性スタッフに、コーヒーとホットドッグを注文してお金を払うと、出来上がるまでしばらく待っていました。彼女は、スタッフの調理しているのを目で追いながら、トラックの車内に鬼の面があるのに気がつきました。

「そのお面はもしかしてマリーヌのお土産?」

「あ、これね。これは私が買ったものよ。マリーヌが魔除けになると言っていた。マリーヌはよくここに来ていたわ。マリーヌを知っているの?」

「私が聞きたいくらいよ。マリーヌを探しに日本から来たのよ」

「日本から? 信じられない。マリーヌはたぶん日本にいるわ」

「住んでいるところを知らない? 連絡とか」

「知らないわ。私が教えて欲しいくらいよ。そうそう、一度マリーヌと一緒に日本に行ったことがあるわ」

「マリーヌと?」

「そう、子供も一緒にね。女の子よ」

「日本のどこに行かれたんですか?」

「あれはなんて言うところだったかな? 私が日本に行ってみたいと言ったら、連れて行ってくれたの。東京とか京都とかに行って、最後にこのお面を買ったところに行った。そこでトレイルしたわ。とてもスリルがあったわ」

 静香は、コーヒーとホットドッグを受け取ると、食べながら、

「マリーヌに会いたいわ。どうにかならないかな」

 と、きこえるともなしに言いました。

 その女性スタッフは、携帯の写真を見せてくれました。

「これがその時の写真よ。ここでお面を買ったの」

「この写真もらえませんか」

 その女性スタッフとメルアドを交換して、写真を静香の携帯に送ってもらいました。

 登録するのに、その女性スタッフの名前を教えてもらいました。彼女は、キャサリン・クラーク(Katherine・Clark)と言いました。静香はそのキャサリンに名詞を渡しました。

「静香っていうのね。いい名前だわ」

「あなたもいい名前ね」

「マリーヌに会いたいわ。ねえ、もしマリーヌに会ったら、連絡してもらえない?」

「もちろんよ。あなたもマリーヌの事がわかったら連絡してね」

「彼女は、私がアフリカ系でも、差別しなかったわ。話してみるとそれがよく分かるの。たまに家族同士でキャンプにも行ったわ。誕生パーティーにもね。だから会えるのなら、会いたいわ」

「私もよ。大学時代はハウスメイトだったの。それに今、どうしても彼女に会いたいわ。用事があるの」

「分かるわ、でないと日本からやって来ないものね」

「ありがとう、あなたのお陰で気が晴れたわ。マリーヌの居場所が分かりそうな気がしてきたわ」

 静香は、キャサリンに礼を言って、車を運転してホテルに戻りました。夕食を食べ、入浴も済ませて、午後8時に主人の一郎に電話しました。時差を考えると、日本では午前10時でした。

 一郎が電話に出ました。

「こっちの時間で明日、日本に帰るわ。詳しい時間はまた電話する」

 静香は電話を切ると、帰り支度を始めました。


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