シズカの導きで、まるくんは弁護士の雉原夫妻に会い、「空飛ぶミニカー」の秘密を共有し、アメリカに特許権を売る交渉を依頼します。
あと数秒で昼の2時になるころ、英語では2:00 p.m. 日本では14時という言い方もする。
私はその『時』を待っていた。
そう、私はハト時計の『ハト』だ。
「私は『時』そのものを見つめる存在だ」
時間は止まらない。目には見えないけれど、確かに流れている。それを感じ、伝えるのが私の役目だ。私はハト時計の『ハト』。一日の中で、ただ数秒だけこの小さな扉を飛び出し、『時』を伝える。
私がいなければ、『今』という瞬間を忘れてしまう人もいるかもしれない。だからこそ、このわずかな時間のために全てを捧げているのだ。これが私の仕事だ。学歴も技術もいらない。コツコツとやるだけだ。
「私にあるのは使命だけだ」
扉の中にいる間、誰にも話しかけられることはない。けれど、それが寂しいと思ったことはない。私は私の役割を知っているからだ。
毎日、同じ時刻に飛び出し、誰かのために『時』を告げる。それだけで十分だ。もし誰も耳を傾けなくても、それでも私は鳴き続ける。自分の声がどこに届くかもわからないけれど、私の中には、何か熱いものが流れている。
刻々と『時』が過ぎていく中で、私はある目標を持っていた。
今は、まるくんの家で『時』を伝えるだけのハト時計に過ぎないかもしれない。まるくんがこの世からいなくなっても、私はハト時計で居るだろう。すべての物は、時間の中で消えていく。道具も人も、忘れ去られればただの影となる。
「私はいつか永遠を手にしたい。」
みんなから忘れられ、哀しみに打ち捨てられようとも、私は生き続けるつもりだ。そして100年が経つと、私は精霊になることが出来た。日本では『付喪神』と呼ばれていた。100年を生き抜けば、『付喪神』という精霊になれるという話だ。
私は、『付喪神』になりたいと思った。
『付喪神』になって、孫娘にひと言ふた言、伝えたいことがあった。あともうすぐで私は付喪神になり、孫娘に伝える事が出来る。私は信じている。この時を刻み続ければ、いつか私自身が『時』の一部になれる、永遠になれる、と。
私はカウントダウンをしていた。4,3,2,1, 扉を両方にひらいた。
「さあ、出番だ!」
いきおいよくハトを飛び出させた。「ぽっ、ぽっ」とハトが2回鳴いた。日本中に昼の2時を知らせたのだ。
日本中に? 日本中に聞こえるのか? そんな事はお構いなしだ。誰に聞こえなくとも、私は自分の使命を果たすのだ。私は時間を伝えるだけだ。
犬の凜は、ハトが2回鳴くと、耳をぴくりと動かした。
私の住んでいるハト時計の屋根に、シズカというスズメがよく止まる。
彼女は、ここによく止まる。嬉しい時も悲しい時も、だ。今日はなにか真剣そうに考えていた。なにかを聞いているようだ。しかし、私には聞こえなかった。彼女の頭に直接きこえているようだった。
聞き終わると、彼女は屋根から飛び去り、喫煙所でタバコを吸うまるくんのもとにいった。
「まるくん!」
シズカが私の名前を呼びながら、飛んできました。
ミニカーが出来たのはいいけれど、これをどうするか、を考えているときでした。
特許を取れば、このミニカーが知られてしまい、コピー大国の国々から真似される恐れがありました。ひとつ悩みが解決すると、また新たな悩みが出てきました。
私は朝の日課、スズメたちにパン屑をやり、散歩、洗濯、掃除を済ませ、掃き出し窓のそとにある喫煙所でコーヒーを飲みながら煙草を吸いながら思案していました。
「まるくん!」
シズカは真剣な表情でした。
「どうした?」
「タバコ臭いわ、消して!」
「ごめん、ごめん」
謝りながら、私はタバコを消しました。
「今から私について来て」
「これからピアノの練習をしたいんだけど」
「ヒミコ様が私に申しつけられました」
「ヒミコ様の命令か。わかったすぐ行こう」
出かけようとすると、シズカは、
「その格好ではだめです。スーツに着替えてください。それからミニカーも持ってきてください」
これは尋常ではない、と思いました。それでナマイキではなくて、シズカが来たのだと思いました。ナマイキだといい話も壊れてしまう可能性がありました。
「わかった」
「急いでください」
スーツに着替えてくると、凜がそわそわし始めました。
「まるくん、買い物に行くの?」
「いや、別の用事だ。だから凜はお留守番」
「なんだ、つまんない」
玄関を出ると、シズカは車のほうに飛んで行き、その屋根に止まりました。その意味を悟った私は車に乗り、窓を開けました。シズカが入ってきて、ハンドルの前のパネルに止まりました。窓から凜がつまらなそうに見送っていました。
彼女は交差点に来るたびに「右」とか「左」とか言って道案内をしてくれました。私は片側2車線の右側を走っていましたが、信号待ちで左側に真っ赤な車が停まりました。女性ドライバーが乗っていました。シズカは左側の窓に飛んで行き、その縁に止まりました。そのシズカを見て、女性が手を振ってきました。シズカは羽をバタバタさせて応えていました。信号が青になると、「あの車について行ってください」とシズカが言いました。私は車線変更して、その車のうしろにつきました。
ある建物の駐車場でその真っ赤な車は停まりました。私は「お客様駐車場」と看板のある場所に車を停めました。車から降りるとシズカは私の肩に止まりました。赤い車から黒いスーツの女性が降りてきました。
「よく馴れてらっしゃいますね」
彼女は私とシズカを見比べながら言った。彼女の顔から、怪訝そうな表情が消えていきました。シズカがその女性の方に飛んでいって止まりました。女性はそのシズカを見ながらほほ笑みました。
「当事務所に御用ですか?」
そう言われて私は、事務所の看板を見た。「雉原弁護士事務所」と書いていました。
「はい、用事と言おうか、相談したいことがあるんです」
私とシズカは弁護士事務所に入った。そこで奥にいる男性が私に気がついて、応接室に案内してくれました。
「どうぞ」
その男性はソファーを勧めてくれた。私が座ると、その男性は、「いつもお会いしますね」と言いました。
「えっ?」
と、私が答えました。
「分かりませんか? あなたはいつも川のそばを散歩しているでしょ。いつだったかカワセミという鳥の名前を教えてくれました。翡翠(カワセミ=ヒスイ)という漢字もね。最近は子犬と散歩していますね。動物がお好きなんですね。そのスズメもよく馴れていますね」
「ああ、あなたはジョギングしている人」
「そうです。毎朝、会ってます。雨の日以外は」
「まさかこんなところで、お会いするとは思いませんでした」
私は意外な出会いに驚きました。
「ところで今日は、どのようなご用事ですか?」
真っ赤な車の女性がお茶を運んできた。
「私の妻です。同じ弁護士です。こちらの人は毎朝ジョギングでお会いする方だ」
私はその女性に挨拶した。
「顔見知りという事なんですね。奇遇ですね」
「申し遅れました。私はこういうものです」
男性は名詞を出してきました。「弁護士 雉原一郎」と書いてあった。お茶を出したあと、女性も名詞を持ってきた。それには「雉原静香」と書いてありました。私はシズカのほうを見ました。
「そうよ、同じ名前」
シズカがそう言うなら、縁があるのだと思いました。
「実は、」
と私が言おうとすると、雉原静香は「私は失礼します」と言って部屋を出ようとしました。
「あ、奥さんもいそがしくなければ居てください」
私はシズカと同じなまえだというので、縁を感じていました。
雉原静香は不思議そうな顔をして、男性の雉原弁護士のとなりに座りました。私は彼女が座ると、喉が渇いて来て、お茶を飲みました。
「実は、まず見て欲しいものがあります」
ミニカーを出して、ふたりに見せました。
「古いミニカーですね。これがどうかしたのですか? ビンテージ品で価値があるものなのですか?」
男性の雉原弁護士が聞いて来ました。
私は、ミニカーを手に取って、スイッチを入れました。そして空中で、ゆっくりと手を離しました。ミニカーは空中で浮かびました。
雉原夫妻はキョトンとしていましたが、やがて事の重大さに気がつき、お互いが顔を見合わせ唖然とした顔つきでいました。
ミニカーを空中に浮かべた瞬間、事実を目の前にしても、夫妻は何が起きているのか理解できない様子でした。
「どうなってるんですか?」
雉原弁護士の目が丸くなりました。妻の静香は、一瞬手元のお茶に目をやり、まるで見間違えたのではないかと自分を疑うかのようだった。
「ちょっと待って、これは、本物ですか?」
静香が身を乗り出し、浮いているミニカーをじっと見つめました。信じられないといった表情でした。
「手品ではないんですよね」
弁護士がつぶやくように言いながら、恐る恐る手を伸ばし、ミニカーの上や下をそっと手で見えない仕掛けを探ろうとしました。何もないことを確認し、目をまるくしたまま私とミニカーを交互に見ました。
「ワイヤーもない。いったいどうなってるんだ」
「すごいわ、本当に浮いてる。信じられないわ」
静香の声は次第に震え、目の前の光景に完全に圧倒されていました。
ミニカーは静かに浮いたままでした。
「未来ですね。」
静香が、感嘆の声を漏らしました。
「これが、空飛ぶミニカーです」
一方、静香の表情は驚きから興奮へと変わっていきました。
「ちょっと、すごすぎる」
彼女は椅子から身を乗り出し、ミニカーの周囲を注意深く見回す。まるで、これが夢ではないか確かめようとしているかのようでした。
「これ、実際に操作できるんですか? 例えば前に進むとか?」
私がミニカーのスイッチを切り替えると、ミニカーが空中を滑るように動き出しました。その瞬間、静香は思わず手で口を覆いました。
「まだ細かい操作が出来るところまで出来ていません」
「これは、革命ね」
「科学の進歩ってやつか、いや、正直、言葉が出ない」
2人の弁護士はやっと落ち着いたのか、笑みを浮かべ、雉原弁護士はハンカチをだして額に浮かぶ汗を拭き取っていました。
「いや、ちょっと怖いくらいだな。どうしてこんなことができるんだ」
「これは地球の地磁気を利用したものです。リニアモーターカーみたいなものです。だから燃料も要りません」
「燃料が要らない? では多くの石油会社が倒産する」
「倒産といかなくても、業績は悪化するでしょうね。かつて1970年の後半に時計業界ではクォーツショックというのがありました。それまでの機械式時計から電池を使う時計が生まれました。世界の時計業界が苦境に陥り、倒産する会社、買収される会社がたくさんありました。それよりも衝撃的なショックが石油業界、自動車産業に起こります。それ以上かもしれない」
私は黙って彼らの反応を見ながら、原理を説明しました。自分が作り上げたものが、彼らを驚かせる自信はありました。彼らの驚きが私に満足を与えました。
「あなた方お二人は、未来の最初の証人になったのです」
雉原夫妻は、身を乗り出して、ミニカーを下から上から横からさまざまな角度で見まわしながら、私にうなずきました。
「こんな事ができるのですね」
「信じられないわ」
「こんな事ができる時代になったのです。これに関して協力していただきたいんです」
「特許を取る、とかですね。でも当事務所はそういう事はやってないです。出来ないことはないですが、得手不得手があると思っていただいたほうがいいです」
「いえ、特許は取りません。これをアメリカに売って欲しいんです」
「アメリカに売るという事は、アメリカが特許を取る事が考えられます。それでもいいのですか?」
「そうです。ひらたく言えば特許権を売るという事です。なぜかと言うと、特許を取った時点で、このミニカーの存在が世に知られて、他国などにコピーされてしまいます。日本では秘密を守れないどころか、命まで狙われかねません」
「アメリカに丸投げする、という事ですね」
雉原夫妻はうなずいていた。
「そうです。考えてもみてください。自動車産業だけで、500万人くらい居ます。彼らの何パーセントかが職を失うかもしれません。それに石油会社もたくさんの人が働いています。多くは言えませんが、まだまだ可能性があります。ほかの産業にも影響を与えます。世界が革新されるのです」
「私たちでは想像も出来ない事が起こるのかもしれない、という事ですね。発展途上国にも影響が出ますね。クォーツショックどころではないですね」
「いいか悪いかは別にして、手助けをして欲しいのです。それに私はもうお金がありません。このミニカーを作るだけで、なけなしの貯金を使い果たしました。でもこのミニカーは売れます。これは子供が喜ぶおもちゃではありません。このミニカーが売れたら、お金を払いたいのです」
「当然これは売れますわ」
「でも私はアメリカに行くつもりはありません。私は外国に行くのが億劫で苦手です。それであなた方にお願いしたいのです」
「それで私たちにアメリカに行け、と仰っているわけですね」
雉原弁護士が言った。
「アメリカ大使館で交渉してもいいです。このミニカーを持ってアメリカ大使に見せて欲しいのです。その場合、見せるのはアメリカ大使だけです。私のような者では大使は相手にしてくれません。これには弁護士という肩書が必要です。極秘です。スペシャル・シークレットです。大使にミニカーを見せたとしても、アメリカに行く必要があるかもしれません。先ほど言ったように私は外国が苦手なのです。背の高い人たちや大きな体の人たちに囲まれると卑屈になってしまいます。それで弁護士さんに一任したいのです」
「なるほど、その交渉を私たちが行うのですね。奇縁ですわ。私の友達にそういう方面に勤務している人がいます。留学時代の同級生でシェアハウスしていました。彼女にも連絡を取って見ましょう」




