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まるくんの夢物語  作者: まるくん
第17章 空飛ぶミニカー
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猿投さんや中島技師の助けを得て、「空飛ぶミニカー」の制作が成功する。ミニカーは宙に浮き、まるくんと仲間たちは喜びと感動を分かち合う。

 

 一陣の風が通り過ぎました。

 川沿いの道をウォーキングしていると、いきなりの突風が私を襲いました。世界が私に反応しているのを感じました。

「なにかある」

 私は身を固くして身構えました。凜もなにかを感知したのか、低い態勢で唸っていました。黒雲が現われて、いまにも雨が降り出しそうに暗くなりました。

 数えきれないカラスの群れが竜巻になって、ぐるぐると回っていました。それらは黒い柱となって、天空を覆いました。

 その中から黒い大きな塊が現われて、私に向かってきました。

「まるくん! 気をつけて!」

 凜は歯を剥き出して吠えました。

 黒い塊は、私の目の前を塞ぎ、大きなカラスになりました。とつぜんだったので、逃げるひまもありませんでした。戦うしかないと観念しました。

「余は、カラス大王である」

「何の用だ!」

「おまえが目障りだから、成敗に来た」

 凜がカラス大王の前に立ちはだかって、戦おうとしました。

「まるくんに手を出すと、私が許さない!」

 私も身の危険を感じて、そばにあった石をつかみ、先手を取ろうとしました。カラス大王が飛びかかって来たので、石を投げつけました。カラス大王は大きな羽根で払いのけ、私を鷲づかみにしようと爪を伸ばして来ました。身を伏せて避けました。

 カラス大王は、一撃に失敗すると、ユータンして、また襲い掛かって来ました。凜がまた前に出てきて、応戦しようとしました。カラス大王はさらにスピードをあげて、爪を伸ばして来ました。

「懲らしめてやる!」

「私の台詞よ!」

 凜がその爪に噛みつきました。

 カラス大王は、凜を振り切り、高く飛び上がりました。私はカラス大王に石を投げつけました。その石は大きく逸れました。すぐにまた石を拾って投げました。なんなく交わされてしまいました。

 反転して襲い掛かって来ましたが、突然の風に態勢を崩しました。カラス天狗様が団扇で素早い速さで扇いでいました。ひと振りするごとに突風が起こり、カラス大王はふらふらとよろめきました。

「くそ! 邪魔が入った」

 カラス大王は遠くに逃げて行き、黒雲は追い払われて、周囲が明るくなりました。

「まるくん殿。大事ないか」

「大丈夫です。お陰で助かりました」

「まるくん、怖かったね」

「凜は勇敢だったね」

「これでも犬だから、いざとなると番犬になるよ」

 凜は、8か月になっていて、私では抱えきれないくらい大きくなっていました。

 風が草木を震わせ、川の水面がざわめき立ちました。

「まるくん殿、ヒミコ様がお越しになられた」

 私は全身、鳥肌が立ち、高貴な方の存在を感じました。ヒミコ様は姿を見せたのではなく、光となって現れました。

「まるくん、あなたを『鬼道』の継承者として正式に伝えます。上野譲が本来の継承者でしたが、寿命が尽きるのを予感したので、私はあなたを選んでいました。」

「上野譲って、自衛隊員の?」

「そうです。その男性から、あなたに継承されました。あなたはすでに手にしているはずです」

「たしかに幻で見せられました。でも私は何も出来ません」

「あなたの存在が必要なのです。能力のある者たちが、磁石が鉄を引き寄せるように、あなたのもとに集まって来ます。それが、あなたの『鬼道』です。いま『鬼道』は、あなたに伝承されました」

「伝承されたって、、。」

 ヒミコ様はそう言うと、何処へかと去って行きました。光は消えていきました。


 買い物のあとに、スーパーの敷地内にあるカフェに行ったとき、紘一君は大人の男性とウッドデッキに出て来ました。会話から、紘一君の父親だと分かりました。

「やあ、紘一君」

 凜は尻尾を振って喜びました。

 私は紘一君にボールを渡しました。さっそく紘一君は、ボールを投げて凛と遊び始めました。そのあいだ、私は、カバンからハクシキの形見のメモを出して、勉強を始めました。図書館で借りた参考書とメモを見比べていました。この歳になって、こんな高等数学を勉強するとは思いませんでした。もう私は分数の計算もあやふやになっていました。

 嫌になる気持ちを抑え込んで、必死になっていました。なんとしてもミニカーを完成させないと、ハクシキに申し訳が立ちません。

 苦戦していると、紘一君の父親がのぞき込んで来ました。

「見てわかりますか?」

「大学でこの分野が専攻でした。苦手ではないです」

「私はさっぱり、です」

 彼はメモを見ながら、顔つきが真剣になってきました。

「すみません、詳しく見せてもらっていいですか?」

「いいですよ」

 私は、彼にメモを渡しました。

 驚いた顔で、彼はメモをめくっていきました。

「これはどこで手に入れたのですか? あなたが書いたメモですか?」

「メモは私が書きました。考えたのは私ではありません。これ以上は話せません」

 映像が見えて、それを私がメモに書いたと言っても、彼が信じる訳がありません。

「私はT電気という会社に勤めていたころ、このメモのような製品を作りました。これを考えたのは自衛隊員の方ではありませんか?」

 今度は私が驚きました。

「そうです。その自衛隊員は、上野譲さんという方だろうと思います。面識はありません。ご存じですか?」

「ヘリコプターの事故で無くなった方です。そうか彼はこれが作りたかったのか! やっと全貌が見えてきた」

 ヒミコ様の『鬼道』が頭に蘇りました。彼がミニカーの完成に欠かせない人物ではないかと感じました。

「申し遅れました。私は紘一の父親で、猿投と申します。この製品は作るつもりなのですか?」

「絶対に作ります!」

 作らなければ、上野譲さんやハクシキに顔が立ちません。

「私にお手伝いさせてもらえませんか?」

「もちろん、大歓迎です」

 私は、その男性、猿投さんに住所と簡単な自宅の地図、電話番号を教えました。


 その日に猿投さんから、あくる日に家を訪ねるという電話がありました。

「重要な要件なんです。詳しくは明日にでも」

 猿投さんは、そう言って電話を切った。

 翌早朝、凛と散歩から帰って来ると、猿投さんが玄関で待っていた。まだ約束の時間よりも30分も早かった。

「すみません、お待ちになりました?」

「いえいえ、少しだけです」

 凜が、「紘一君のお父さんだね」と猿投さんにまとわりついた。

 猿投さんを家に招き入れると、私は凜の足を洗って、リビングに入った。凜は洗い終えると、一目散に猿投さんのもとに行き、ソファーに座っている彼に飛びついた。私の家では人が来るのは珍しい事なので、それが凜には嬉しい事なのだと思いました。他人がこの家に入るのは、何人目かな、と知らず知らずに数えていました。

 私は彼を待たせたのを申し訳なくおもいながら、

「コーヒーでも飲みますか?」

 と聞いてみた。

「いえ、それよりこれを見てください。重要な要件とはこれです」

 彼は、紙包みから、厳重に梱包された、小さな部品を取り出した。

「これがないと、あのメモの製品は完成しません」

 ナマイキとシズカも興味深そうに見ていました。

「よく馴れたスズメですね」

「よく言われます」

 私は、答えながら、

「このミニカーに取り付けてほしいのですが、取り付けられますか?」

 と母との思い出のミニカーを出して質問した。

「部品は問題ないですが、製品自体をすこし小さくすれば取り付けられますね」

「工作室に行きましょうか」

 工作室と呼べる部屋ではなかったが、いろいろと道具があるので、猿投さんをそこへ案内した。凜と、ナマイキ、シズカも追いかけて来た。

「必要な物とかありますか?」

 彼はそれには答えず、ミニカーを器用に分解し始めていました。

「もう粗方、出来上がっていますね。でもこれだけだと完成は無理です。どうしてもこの部品を組み込む必要があります。どうにかスペースを確保しましょう」

 猿投さんは、道具箱や素材が保管されている場所を丹念に調べていました。ブリキを工作台に乗せ、寸法を測り始めました。金切り鋏で切ったり、ハンダ付けをしたりして新たな製品を作ろうとしていました。

 夢中になっている猿投さんに、私はコーヒーを淹れてあげました。彼にコーヒーを勧めると、私は凜やスズメたちを連れて、外の喫煙所でタバコを吸いました。

「まるくん、あの人は誰なの?」

 ナマイキが聞いて来ました。

「猿投さんって言って、『空飛ぶミニカー』を作ってくれる人だ」

「ミニカーは完成するの? お父さんが喜ぶわ」

「そうだね。ハクシキをもってしても、肝心なところが分からなかった」

「私は、あの人の子供の紘一君と仲良くなった」

 足もとで寝ていた凜が頭を上げて言いました。

「私も仲良くなりたいわ」

 スズメたちは、カラスの源三が怖かったので、ほとんど部屋の中で過ごしています。外に出る時は、必ず私がそばにいる時にしか出ませんでした。

「ああ、自由に空を飛びたいわ」

 シズカが羽根をばたつかせて言いました。

「ここでもいいじゃない。3食昼寝つきよ。外で危ない目に合うなら、ここでいいわ」

 ナマイキが楽しそうに言いました。

「お母さんはそれでもいいかもしれないけど、私は自由に飛びたいわ」

「自由に危険はつき物よ。そんなのまっぴらだわ。ひまな時は適当にまるくんの相手をしてあげればいいし」

「適当に相手しているんだ。随分だな」

「私は『空飛ぶミニカー』と一緒に自由に空を飛ぶわ。そうすれば、お父さんと飛んでいるような気がするかも」

 みんなで工作室に戻ると、猿投さんは制作に夢中で、コーヒーも飲まれずに冷めていました。暗くなって、電灯を点ける時刻になると、さすがの彼も工作部屋を出て来ました。

「遅くまですみません。そろそろ帰ります。なにせ居候の身分なので」

「私のほうは構いませんよ。独り身ですし、気兼ねはしないで下さい」

 彼は週に2日か3日、家に来ました。

 朝早くからやって来て、昼に持参した弁当を掻き込み、すぐにまた暗くなるまで制作に取り掛かっていました。

「進み具合はどうですか?」

「うまく行きません。設計が主で、技術者としては素人ですからね」


 ある日、家のピンポーンが鳴りました。

「まるくん、まるくん、お客さんだよ」

 私が玄関に向かうと、凜はドアの前で尻尾を振りながら、待ち構えていました。ドアを開けると、凜は訪問客に飛びつきました。

「凛、だめだよ」

 凜に大人しくするように促しました。

「お久しぶりです」

 訝しそうにする私に、訪問客は、

「建部製作所の中島です。覚えてないですか?」

 と言いました。

「思い出しました。その節はお世話になりました」

「いえいえ、部品が不具合だと仰っていたのに、ご連絡がないので、近くに来たついでに、心配で心配でやって来ました。その後どうなりました?」

「連絡するのを忘れていました。部品はそのままです。でも今、新たな展開になっています」

「すこし見させてもらっていいですか?」

「どうぞ、どうぞ」

「まるくん、まるくん。珍しいね。家の中に知らない人が二人もいるよ」

 凜は、そわそわして言いました。

「初めてかな? 快挙だね」

 私は、建部製作所の中島技師を工作部屋に案内しました。

「いま猿投さんっていう方に制作してもらっています」

「猿投さん? って、もしかしてT電気の?」

 そう言われて、猿投さんは制作品から目を離し、立っている中島技師を見上げました。その途端、猿投さんは立ち上がって、「申し訳ありませんでした」と深々と頭を下げました。

「請求書の件ですか?」

「そうです。せっかく作ってもらったのに、不義理をしてしまいました」

「私は気にしていませんよ。たいへんなのは社長だけです。それに遅れても支払ってくれたじゃないですか」

「支払いに時間を掛けてしまいました。帰ったら社長さんにも謝っていたと、お伝えください」

「分かりました。伝えておきます。それよりも今、新たな展開ってお聞きしましたが、猿投さんだったんですね」

「新たな展開どころか、苦戦しています」

「見せてもらっていいですか?」

「どうぞ」

 と猿投さんはミニカーと制作中の製品を見せた。

 しばらく眺めて、

「これは素人には無理でしょ。精密過ぎる。プラモデルのレベルじゃないですね。分かりました。私が作って差し上げましょう」

「いや、でもこれはまだ世間に出したくないのです」

 私は、中島技師の申し出を断ろうと思いました。

「ここで作ればいいじゃないですか。会社には急に用事が出来た、と言って有休を取ります。2、3日あれば出来るでしょう」

「でも泊まるところがありません。この狭い家では無理です」

「ビジネスホテルかなんかあるでしょ」

「私の嫁の実家に来ませんか?」

 猿投さんは、奥さんに電話しました。外に出て電話していたので、詳しくは分かりませんでしたが、さかんにお願いしているようでした。

「嫁の許可が出ました。うちに泊まってください。ぜひお願いします」

 中島技師は、2日で製品を仕上げました。

 彼は部品をミニカーに取り付けました。私は、凛やスズメたちと息を呑んで見守りました。猿投さんがスイッチを入れました。しばらくするとミニカーがゆっくりと宙に浮きました。

「やったー!」

 ガッツポーズをして、私は猿投さんや中島技師と喜びました。犬の凜やスズメたちも喜びました。

「まるくん、やったね!」

「これでお父さんと飛べるわ」

「ふん、スズメの世界に人間がやって来る」

 ナマイキは、それでも嬉しそうでした。

「なるほど、これだったんだ。これは秘密にする訳だ!」

「中島さん、どうか内密にして頂けますか?」

「もちろんです。喋りません」

 秘密のプロジェクト、『空飛ぶミニカー』に光が当たったような気がしました。この部屋のどこかで母親が見守ってくれたような気がしました。


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