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【完結】モブに転生したはずですが?  作者: 佐倉穂波


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【レティシア視点④】慌ただしい日々

 王都での日々は、慌ただしかった。


 到着した翌日、ラズベルトはフィンの屋敷へ向かい、魅了の術と、それを中和する魔道具について話を聞いてきた。

 報告を受けながら、レティシアは思い当たることがあった。

(アレクシス殿下が変わり始めた頃と、キャロルさんとの噂が聞こえ始めた時期が重なるわ)

 ずっとおかしいと思っていたのだ。アレクシスとレティシアはギクシャクした関係だったとはいえ、婚約者として交流を深めていた。疎まれているとは思っていたが、蔑まれることはなかった。それが、どうしてあんな変わり方をしたのか。

 その答えがわかった気がした。


 兄のクラウスが屋敷に来たのは、翌日のことだった。

 久しぶりに見る兄の顔は、以前と変わっていなかった。事情を説明すると、兄は何も言わずに全部聞いてくれた。

「顔色が良い」

 兄はそう言って安心し表情をみせた。

 兄はいつも、レティシアを気にかけてくれていた。アレクシスに婚約破棄されたことをレティシアよりも怒り、レティシアがヘルマン領に行くと決まった時も、「何かあったら、すぐに連絡を」と言ってくれていた。


 そのクラウスが、ラズベルトと二人きりで話したいと言い出した。

(大丈夫かしら……ラズベルト様なら、大丈夫よね)

 紅茶を用意して戻ると、二人に揃って視線を逸らされた。どちらも何も言わなかったが、兄の表情が、来たときよりわずかに和らいでいた。

(ラズベルト様は、兄に認めてもらえた、ということかしら。良かった……)

 そんな気配がして、レティシアはホッとした。


***


 夜会では、キャロルがアレクシスに魅了の術をかけていることが確認できた。

 中和の魔道具で術の効果が薄れ始めたとき、殿下の目に少しずつ焦点が戻ってくるのがわかった。

 しかしキャロルがすぐに気づき、殿下の腕に触れた途端、目がまたぼんやりとした。

 一度だけでは足りない。そのことは、屋敷に戻ってからラズベルトと確認し合った。


 そして、国王との謁見の当日。

 レティシアは落ち着いた色合いのドレスに袖を通しながら、静かに気持ちを整えた。

 国王と王妃への謁見は、ラズベルトと婚約してからの正式な挨拶も兼ねている。それは本当のことだった。それと同時に、エルハルトの件を伝える機会でもある。

 ラズベルトは、神殿からの目をそらすため従者に変装して同行することになった。


 謁見の間に通されたとき、国王と王妃の視線がレティシアに向いた。

 それからすぐに、国王の目がレティシアの後ろへと動いた。

(ラズベルト様に、気がついていらっしゃる)

 変装しているのに、一瞬で。

 それだけで、国王がどれほど鋭い人物かがわかった。

 そして王妃の目もまた、ラズベルトを捉えていた。静かな、けれど確かな目だった。

(王妃様……ずっとラズベルト様を、見ていらっしゃるわ)

 レティシアは正面を向いたまま、その視線の重さを感じていた。


 エルハルトの件を切り出すと、室内の空気が変わった。

 国王が「知らぬ」と答えたとき、その一言の重さをレティシアは感じた。怒りを押し込めた、静かな声だった。

(神殿が、王家に無断で動いた……ということですわね)

 それが確認できただけで、今日ここに来た意味があった。


 ラズベルトが壁際から一歩前に出たとき、レティシアは思わず小さく息を呑んだ。

(ラズベルト様……名乗り出るのね)

 レティシアは、静かに前を向いたまま、ラズベルトが国王と話すのを聞いていた。


 王妃は、謁見の間ずっと黙っていた。

 一言も発しなかった。ただ、その目はずっとラズベルトを追っていた。

 何かを言いたそうに唇がわずかに動きかけて、止まる。また動きかけて、止まる。

 生まれてすぐに引き離された子供が目の前にいる。お互いに分かっているのに、名乗ることができない。

 王妃の目の端に、光るものがあった。

 レティシアは、胸が痛くなった。


 謁見が終わり、部屋を出るとき、レティシアはもう一度だけ王妃を見た。

 王妃は、最後までラズベルトを目で追っていた。


***


 馬車に乗り込むと、しばらく二人とも黙っていた。

「……大丈夫ですか」

 レティシアが口を開くと、ラズベルトが「はい」と短く答えた。

 しばらくして、窓の外を見ているラズベルトの頬に、涙が伝っているのが見えた。

(ラズベルト様……)

 何も言えなかった。言葉では、届かない気がした。

 レティシアは、そっとラズベルト様の手に自分の手を重ねた。

 ラズベルトは、何も言わなかったが、その手をそっと握り返してくれた。

 それだけで、十分だと思った。


窓の外を、王都の景色が流れていった。

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