【レティシア視点②】王都へ
翌日のお茶の時間、ラズベルトが「昨日は重い話を聞かせてしまってすみませんでした」と申し訳なさそうに謝ってきた。
レティシアは首を振った。
「謝らないでください。貴方が話してくださったことが、嬉しかったのです」
さらっと言ってから、恥ずかしいことを言ってしまった気がして耳が赤くなるのを感じた。
(どうしてラズベルト様には、こう正直に言ってしまうのかしら)
王都にいた頃は、言葉一つで揚げ足を取られたり、いらぬ誤解を生んだりする可能性もあり、よく考えて言葉を発しなくてはならなかった。
しかし、最近はその感覚が緩んでいた。
(ラズベルト様には、そんな心配をしなくても大丈夫だと、心を許しているのだわ)
過ごした時間はまだ少ないけれど、レティシアはヘルマン領に来て、ラズベルトに出会い、救われたのだ。
穏やかなお茶の時間が続いた後、レティシアは口を開いた。
「エルハルト様を助けに行こうと、考えていますよね」
ラズベルトが、静かに頷いた。
(やはり、そうね)
昨日から、そうだろうとは思っていた。エルハルトが身代わりになっていると知って、ラズベルトがこのまま領地に留まる人ではないと、レティシアにはわかっていた。
だから、昨夜のうちに、自分の中で答えを出しておいた。
「でしたら、私も一緒に行きますわ」
ラズベルトはしばらく黙ったあと「危険です」と固い表情で言った。
「わかっています」
「王都に戻ることになります。レティシアさんにとっては……」
「それも、わかっています」
ラズベルトが言いかけた言葉を、レティシアは静かに遮った。
(王都に戻ること、アレクシス殿下と顔を合わせることになるかもしれないこと、危険な目に遭うかもしれないこと)
全部、昨夜考えた。怖くないとは言えない。それでも、答えは変わらなかった。
「これは僕の問題で……」
「ラズベルト様」
レティシアは、少し強い声で言った。
「貴方の問題は、私の問題でもありますわ。婚約者ですもの」
ラズベルトが、何も言えない顔をした。
レティシアは、静かに続けた。
「オルティース家の名前を使えば、王都で身を隠せる屋敷も手配できます。私が同行した方が、動きやすいはずですわ」
それは本当のことだった。でも、それだけではなかった。
(貴方が一人で行って、何かあったら。それの方が、ずっと怖い)
それくらい、レティシアにとって大切な人になっていた。
***
侯爵夫妻への直談判には、同席させてほしいと申し出た。
ラズベルトは少し驚いた顔をしたが、頷いてくれた。
書斎に入ると、侯爵の表情はすでに厳しかった。おそらく、ラズベルトが何を言うのか分かっているのだろう。
ラズベルトが「王都に行きます」と言うと、やはり侯爵は「駄目だ」と制止した。
夫人の「駄目、絶対に駄目」という泣きそうな声が、レティシアの胸に刺さった。
(この方たちは、本当にラズベルト様を大切に思っているのね)
王太子婚約者として多くの貴族を見てきたが、これほど子を思う親の顔は、久しぶりに見た気がした。
ラズベルトの「エルは僕の身代わりで捕まっています。それを知らないふりは出来ないんです」という悲痛な声、それから沈黙が流れた。
その沈黙を破るのは少し緊張したが、レティシアは口を開いた。
「私も、一緒に参ります」
全員の視線が集まった。
レティシアは、侯爵を真っ直ぐに見た。
「オルティース家の名前を使えば、王都での動きが楽になります。ラズベルト様一人で動くよりも、私が同行した方が安全なはずです」
それは、昨夜考えた言葉だった。感情ではなく、理屈で話すべきだと思っていた。
侯爵が、しばらくレティシアを見つめた。
「……全部、聞いたのですね」
「はい。全て聞きました。その上で、一緒に行きたいと思っています」
夫人が震える声で「……必ず、二人とも、帰ってきなさいよ」と言ったとき、レティシアの胸が痛んだ。
(帰ってきます。必ず)
声には出さなかったが、心の中でそう誓った。
***
書斎を出るとラズベルトが「さっきは、ありがとうございました」と頭を下げてきた。
「当然のことを言ったまでですわ」
「当然じゃないですよ」
ラズベルトは真剣な顔で言った。
「レティシアさんが、オルティース家の令嬢で良かったです」
レティシアは、思わず目を丸くした。
(変なことを言う人ね……でも)
嬉しかった。
ずっと、公爵家の名前は重荷だった。王太子の婚約者として利用されるためにあるものだと思っていた。婚約破棄の後は、不名誉のレッテルとして追いかけてくるものになった。
それを「良かった」と言ってくれる人が居るとは、思っていなかった。
「お、王都の屋敷の件ですが、兄に連絡を取れば、すぐにでも使えます。出発前に手紙を出しておきますわ」
声が上ずりそうになったので、早口で話題を変えた。
ラズベルトが苦笑した気配がしたが、見なかったことにした。
***
出発の朝は、まだ暗いうちに目が覚めた。
荷物は昨夜のうちに整えてある。侍女たちに声をかけると、二人とも既に起きていた。
「お嬢様、本当に行かれるのですか」
「ええ」
「危ないのでは……」
「そうね。でも、一緒に行きたいの」
侍女たちは、それ以上は言わなかった。黙って、レティシアの支度を手伝ってくれた。
(ありがとう)
言葉にはしなかったが、胸の中で思った。
屋敷の裏手に回ると、馬の準備がされていた。
ラズベルトが、少し驚いた顔で手綱を見ていた。
(侯爵様か、夫人が手配してくださったのね)
止めると言いながら。
レティシアは、その馬をしばらく見つめた。
(この家の人たちは、本当に……)
胸の奥が、じわりと温かくなった。
「行きましょう」
ラズベルトが言った。
「ええ」
レティシアは頷いた。
レティシアはふと後ろを振り返った。
屋敷の窓に、人影が見えた。すぐにカーテンが引かれた。
(行ってまいります)
心の中でつぶやいて、レティシアは前を向いた。
夜明けの光の中を、二人は王都へ向けて進んだ。




