エピローグ
次の日の午後、ラズベルトはレティシアに声をかけた。
「少し、外へ散歩に出ませんか?」
「散歩ですか?」
「はい。前に領地案内をした丘です。春になったら花が咲くって話をした……」
レティシアが、少し目を大きくした。
「もう、咲いているのですか」
「はい。今年は少し早くて」
レティシアは微笑み、すぐに頷いた。
「行きたいですわ」
***
ラズベルトは、レティシアをエスコートしながら、丘を目指した。以前、領地の案内をした時には、何を話そうかと緊張していたが、今では自然とレティシアと会話をしている自分に、ラズベルトは感慨深くなった。
(こうやって、話せるようになるなんて、はじめは想像出来なかったな。笑顔を見ると、いまだにドキドキするけど)
坂を登りきると、視界が開け——斜面一帯に、色とりどりの野花が広がっていた。白、黄色、薄紫。風が吹くたびに、波のように揺れる。
「まぁ……」
レティシアが、小さく声を漏らした。
その横顔が、花の色を映して柔らかく輝いていた。
「綺麗でしょう」
「ええ……とても」
レティシアが、ラズベルトを見て楽しそうに微笑んだ。
二人は並んで、斜面に腰を下ろした。
眼下に屋敷と村が広がり、その向こうには山の稜線が連なっている。
最初に案内したときと、同じ景色だ。しかし、今は全く違って見えた。
ラズベルトは、しばらくその景色を見ていた。
頭の中で、何度も考えてきた言葉を、もう一度確かめた。
(今日、言おう)
エルハルトに「婚約と告白は別だろ」と言われたとき、確かにそうだと思った。
正式な婚約は、両家が決めたことだ。しかし、自分の気持ちを自分の言葉で伝えることは、まだしていなかった。
「レティシアさん」
「はい」
レティシアが、ラズベルトを見た。
ラズベルトは、その琥珀色の瞳を真っ直ぐ見た。
「僕はあなたが好きです」
レティシアが、少し目を見開いた。
花を揺らす風が、二人の間を通り過ぎた。
「婚約者だから、ではなく。レティシアさんだから、好きなんです」
「……」
「はじめは、学園で話をしたこともなかったし、突然の事で正直戸惑いの方が大きかったです。でも、レティシアさんの事を少しずつ知っていって……今では、僕にとってかけがえのない人だと断言できます」
ラズベルトは続けた。
「レティシアさんと一緒にいると、楽しいんです。レティシアさんが笑うのを見ると、心が温かくなります」
「……」
「だから、これからもずっと……一緒にいてください」
レティシアは、しばらく黙っていた。
レティシアの目が、じわりと潤んだ。
「……すみません、イヤでしたか?」
「そんな、わけありませんわ」
「目が潤んでいます」
「……っ、気のせいですわ」
レティシアが、顔を背けた。
しかし、すぐに前を向いて、ラズベルトを見た。
目が、少し赤くなっていたが、口元は笑っていた。
「……はい」
小さな声だったが、はっきりと聞こえた。
「もちろん、一緒にいますわ。私も、ラズベルト様の事が好きですもの」
ラズベルトは、その言葉を聞いて、胸の奥がじわりと温かくなるのを感じた。
ラズベルトは、レティシアの手をそっと取った。
レティシアも、その手を握り返してくれた。
屋敷に戻ると、屋敷の前でエルハルトと鉢合わせた。
二人の顔を見て、ニヤリとした。
「……言ったんだ」
「たまたま通りかかっただけだよな?」
「……たまたまだよ」
「本当?」
「ホント、ホント」
軽い返しが怪しいが、エルハルトは心底嬉しそうに笑っているので、追及はやめておいた。
***
夜、ラズベルトは自室の窓から夜空を見上げた。
星が、変わらず瞬いていた。
乙女ゲームっぽいこの世界で、モブとして転生して、関係ないと思っていた物語に巻き込まれて、実は王子だったなんて笑い話もいいところだ。
(でも、僕は僕だ)
ラズベルトは、窓を閉めた。
この領地で、好きな人と、家族と生きていく。
ラズベルトは、そう決めた。




