44 エルハルトの帰還
エルハルトが戻ってきたのは、ラズベルト達がヘルマン領に帰ってから十日ほど経った頃だった。
馬の蹄の音が聞こえて、ラズベルトは窓から外を覗いた。
見慣れた茶髪が見えた瞬間、ラズベルトは廊下を走っていた。
玄関を開けると、エルハルトが馬から降りるところだった。
「おかえり、エル!」
ラズベルトが迎え出ると、エルハルトはパッと顔を上げニカッと笑った。
「ただいま。元気にしてた?」
「いや、それはこっちのセリフだよ。体調は?」
「元気、元気。美味しい物食べて、よく寝たら復活したよ」
確かに、神殿から救出された時の疲れた感じは全くなく、いつも通りの活力あるエルハルトに戻っていた。
ラズベルトとエルハルトが話していると、母が飛び出してきた。
「エルハルト! 無事で良かった……!」
「ただいま、母上。心配かけてすみません」
「本当よ!」
そう言って、エルハルトを抱きしめた。
エルハルトは「わぁ、熱烈歓迎」と笑いながらも、母の背中を優しく抱きしめ宥めるように撫でている。
母のあとから父も出てきたが、玄関の柱にもたれて二人のやりとりを、ホッとしたように眺めていた。
「お帰り、エルハルト」
「ただいま戻りました、父上」
「少し……痩せたか?」
「ほぼ、元通りになったよ」
「そうか、なら良かった」
***
その日の夕食は、にぎやかだった。
料理長が腕によりをかけた料理と、ラズベルトが作ったデザートがテーブルがところ狭しと並ぶ。
エルハルトは、久しぶりの家の食事を、黙々と食べていた。
「美味しい?」
「ああ。神殿に捕らえられてた時はずっとパンだけだったし。王都のご飯は美味しかったけど、やっぱり家のご飯が一番だな。毎日、石牢の中でパンを眺めながら、ラズのお菓子を思い出してたよ」
「大げさな」
「大げさじゃないよ。マジで」
エルハルトは、真顔で言った。
二人のやり取りに、レティシアがくすりと笑った。
「牢の中でも、ラズベルト様のことを考えていたのですね」
「まあ、他にすることもなかったので」
エルハルトが、レティシアに向かって軽い調子で答えた。
「それで、二人は俺が居ない間に、仲良くなれたみたいだけど」
「……まあ、それは……うん」
ラズベルトがゴニョゴニョと答えると、エルハルトがニヤリとした。
「いや~、俺が背中を押した甲斐があったよ。最初は『声をかけるのは迷惑じゃないか』とかゴチャゴチャ言ってたのに」
「エル」
「お茶に誘っただけで顔を赤くしてたよな、ラズ」
「エル」
「しかも、レティシアさんが型抜きしたクッキーは『僕のだから』とか言って……」
「エルっ」
恥ずかしい過去を暴露され、ラズベルトは顔を赤くしながらテーブルの上のクッキーをエルハルトの口に押し込んだ。
エルハルトが、もぐもぐしながら笑っている。
レティシアも、耳まで赤くなって俯いていた。
「ラズベルト様……そんなことを言っていたのですか」
「……言ってません」
「言ってたよ」
エルハルトが、クッキーを飲み込んでにこにこと言う。
「このクッキー美味しいね。でも、ラズの作ったのと少し違う気がする」
さすが、小さな頃からラズベルトの手作りクッキーを食べてうりだけあり、エルハルトは味の違いに気が付いたようだ。
「それは……私が作りましたわ」
レティシアが、小さく呟いた。
「え、本当に? 上手いですね」
「ラズベルト様に教えていただいたので」
「へえ~」
エルハルトが、ラズベルトを見てニヤニヤと目を細めた。
「仲良くて、兄は嬉しいよ」
「……うるさい」
ラズベルトは、顔を逸らした。
しかし口元が緩むのは、どうしても止められなかった。
***
夕食の後、ラズベルトとエルハルトは庭に出た。
二人並んで、夜空を見上げる。
しばらく、何も言わなかった。
「エル」
「なに」
「ずっと、知ってたんだな。僕のこと」
エルハルトは、少し考えてから答えた。
「うん」
「……それで、ずっと一緒にいてくれたんだな」
「お前がオレの弟なのは、変わらないからな」
「守ってくれようとして、捕まって……本当に、ごめん」
エルハルトが、ラズベルトを見た。
「謝るな」
「でも」
「俺が決めたことだ。お前のせいじゃない。だから『ごめん』じゃなくて、『ありがとう』の方が良いな」
エルハルトは、ラズベルトの肩をポンと叩いた。
「エル……ありがとう」
「どういたしまして。じゃあ、これで終わり。この話はおしまい」
エルハルトが、ぱんと手を打った。
「それより、告白はいつするんだ?」
「……は?」
「レティシアさんに、ちゃんと気持ちを伝えたのか?」
「それは……婚約してるし」
「婚約と告白は別だろ」
ラズベルトは、少し黙った。
「……まだ」
「期待してるよ」
エルハルトが、にかっと笑った。
夜風が、庭を通り過ぎる。
星が、変わらず瞬いていた。
ラズベルトは、星空を見上げながら、少しだけ目を細めた。




