42 制圧の裏側(教皇視点)
神は、この国を愛している。
オルドがそう確信したのは、まだ若い神官だった頃のことだ。
豊かな大地、穏やかな気候、実り多い季節。この国が恵まれているのは、全知の神エルヴィスの加護があるからだ。そして、その加護を民に伝えるのが神殿の役割だ。
それは正しい。
しかし、オルドには疑問があった。
(なぜ、神殿は王家の下に置かれなければならないのか)
神の権威は、王の権威より上であるはずだ。
その思いは、年を重ねるごとに大きくなっていった。
(いつか、この国は神殿が統べるべきだ)
オルドは、そう確信していた。
***
機会は、王妃の懐妊という形でやってきた。
双子を身籠ったという報告を受けたとき、オルドは静かに考えた。
双子は、しばしば不吉の象徴とされる。民衆の間にも、その迷信は根強い。
(この状況を利用し……神託にすれば……)
全知の神エルヴィスの名において、神託を下す。神託は神殿の特権だ。神託の内容を、誰が確認できるというのか。
オルドは、神託を書いた。
『生まれてくる双子の片割れは、国に混乱をもたらす影となろう』
王家は従うだろう。これまでも、神託に従ってきた。神罰を恐れれば、従わざるを得ない。
双子の片割れを亡きものにする。
王妃は身体が弱いため、次の子どもは望めないだろう。
そうすれば、王位継承はもう一人の子供だけだ。時期をみて、神殿が取り込めば良い。
(取り込めなければ、その時に亡きものにすれば良いだろう)
子供のうちに二人とも亡きものにしてしまうと、王家が親戚筋から王位継承者を出してくるかもしれない。
(時間はかかるが……)
大成を為すには仕方のないことだ。
オルドは、神託を王家に告示した。
***
しかし、計画は最初の段階で躓いた。
双子の片割れが死産した、という報告が届いた。
神殿の多くの神官は沸き立った。「神罰が下った」「神は我々を見守っている」と。
しかしオルドは、その報告を聞いた瞬間、眉をひそめた。
(本当に死産だったのか?)
実際に亡骸を確かめたかったが、国王は「死産だった」と言い張り、それ以上の詮索を許さなかった。
オルドの中に、懐疑的なシミを残したが、正式発表でもアレクシスの誕生だけが伝えられたため、それ以上は調べようがなかった。
それから長い期間をかけて、オルドは着実に準備を進めた。
隣国との接触も、その一つだった。
隣国はこの国の豊かな土地を狙っていた。利害は一致した。神殿が内側から王家を崩し、隣国が外側から圧力をかける。その混乱の中で、神殿が国を統治するという構図だ。
隣国との契約は、互いの利益のためだ。
(しかし、最終的にはこちらが主導権を握る)
隣国を利用するだけ利用して、最後は切り捨てればいい。オルドはそう計算していた。
王太子アレクシスが成長したとき、隣国からキャロルという術師を送り込んでもらった。
魅了の術で王太子を籠絡し、次期国王を神殿の傀儡にする。
計画は、順調に進んでいた。
***
しかし、ある情報が入ってきた。
死産したはずの双子の片割れが、ヘルマン侯爵家に匿われているという。
オルドは、その報告を聞いた瞬間、椅子の肘掛けを強く握った。
(十八年……十八年も、隠し続けていたのか)
怒りよりも、国王への畏敬に近い感情があった。あの男は、神殿の目をずっと欺いていた。
しかし、今となっては好機でもある。神託の王子が生きているなら、その存在を利用できる。あるいは、排除すれば神殿の支配が確立する。
「ヘルマン侯爵家の嫡男を連行せよ」
オルドは命じ、神殿の聖騎士が動いた。
これで、計画が前進する。そう思っていた。
順調に進んでいるはずだった。
しかし……。
王宮騎士団が神殿に来たのは、何の前触れもなかった。
「神殿は、王家に無断で貴族を拘束し、隣国と通じて国家転覆を企てた。教皇オルド、事情を聴かせて貰おう」
騎士団長が、淡々とそう告げた。
「神の御心に従い、私はこの国のために動いてきた。神殿こそ国を統べるのに相応しい」
オルドは、騎士団長に向かって言った。
「私のしたことは、正しいのだ」
「それを判断するのは、神殿ではありません」
騎士団長は、表情を変えずに答えた。
オルドは、連行される前に一度だけ、神殿の聖堂を振り返った。
高い天井から差し込む光が、床に落ちていた。
オルドは、騎士たちに連行された。
__神殿の扉が、静かに閉まった。




