41 制圧の裏側(キャロル視点)
この国に来たのは、命令だった。
王室から直々に下された任務だ。
『隣国の王太子を籠絡しろ。手段は問わない』
キャロルは、その言葉を聞いたとき、口元に笑みが浮かんだ。
手段は問わない。それはつまり、自分が最も得意なことを使っていいということだ。
キャロルは、魔術師だ。
魅了の術は、キャロルが幼い頃から鍛錬しており、得意としている。
この術は禁術に指定している国も多いが、キャロルの国では制限されていない。
対象者の感情に直接作用し、術者への好意と服従心を植え付ける。完璧にかかれば、対象者は自分が操られているとは気づかない。
(これほど、使い勝手の良い術はないわ)
キャロルはそう思っていた。
***
キャロルは、留学生として学園に入った。
王太子アレクシスに接触する機会を探しながら、キャロルはおとなしく、目立たない少女を演じた。
王太子は、婚約者のいる身だ。直接近づけば警戒される。だから、まず「偶然の出会い」を演出した。
落としたハンカチを拾って届ける。その瞬間、わざと指が触れ合わせる。
術をかけるのに、それで十分だった。
最初は薄く、気づかれない程度に。
それから少しずつ、濃くしていった。
魅了の術には段階がある。急に強くかけると、対象者が違和感を覚える。だから、時間をかけて、ゆっくりと染み込ませるのが正しいやり方だ。
アレクシスは、想定通りに動いた。
キャロルを気にかけるようになり、会う機会を作るようになり、やがてキャロルなしではいられないような状態になっていった。
(簡単なものね)
キャロルは、内心そう思った。
王太子という立場の人間は、常に周囲から期待と視線を向けられている。そういう人間は、ただ自分を見てくれる存在に弱い。アレクシスも例外ではなかった。
***
レティシアという婚約者は、最初から邪魔な存在だった。
公爵令嬢として、高い地位と知性を持つ令嬢だ。アレクシスとの婚約が続く限り、キャロルが王太子妃になることはできない。
(彼女には、消えてもらわなきゃ)
キャロルは、アレクシスのレティシアへの感情を少しずつ歪めた。
元々冷ややかだった感情を、苛立ちへ、侮蔑へ、と変えていく。アレクシスは気づかない。自分の感情が変えられているとは思わない。ただ、レティシアに対して嫌悪感を募らせていった。
あの卒業パーティーの場での婚約破棄は、キャロルが直接言葉で指示したわけではなかった。
その必要がなかったのだ。
もうアレクシスは、自分の意志でそうしたと思い込んでいた。
衆人の前で、レティシアに言い放った婚約破棄。
(これで、ようやく、邪魔者は居なくなったわ)
キャロルは、アレクシスの影に隠れながら、口元に小さな笑みを浮かべた。
*****
両陛下の反対を押し切って婚約までこぎ着けたのは良かった。本来ならその後、両陛下にも魅了の術を掛けていく予定だった。
誤算だったのは、両陛下と対面する機会がほとんどないということだった。これでは、術をかけることができない。
(まあ、いいわ。婚約者になったことだし、ゆっくり時間はあるし)
そう安易に思っていた。
アレクシスの婚約者になってしばらくが経った。周囲に不審がられるのは困るので、人目がある場所では、術の効果を調整はしているが、アレクシスはキャロルなしには何も考えられないくらいに術が効いていた。
時々、神殿を通して隣国とやり取りをしているが、そちらも準備は着実に整っていっているらしい。
このまま順調に計画が進んでいくと思っていた。
夜会で、レティシアが現れたとき、嫌な予感がした。
その予感は的中し、アレクシスに掛けていた術が薄れていく気配がした。
(まずい)
キャロルは、素早くアレクシスの腕に触れ、術を強めた。
それで、その場は乗り切った。
しかし、これまで術を破られたことがなかったキャロルには、なに起こったのか分からなかった。
***
夜会の数日後、キャロルは部屋に軟禁された。
「どうして、出てはいけないの!?」
「あなたには、ある嫌疑がかかっています。それが晴れるまで、この部屋で待機していて下さい」
「なんの嫌疑よ!!」
「それは、申し上げられません」
何度、扉を叩いて怒鳴っても「出られない」の一点張り。何の嫌疑かも教えてもらえない。
(術がバレたの? でも、王子にはすぐに術をかけ直したし……考えられるのは、あの女がなにかしたの?)
レティシアと会話中に、アレクシスの術が解けかけたのだ。
(でも、何ができるっていうの?)
これまで、キャロルは魅了の術で失敗したことはない。
魔術師でもないただの令嬢に、どうこうできるとは考えられなかった。
「ふんっ、私を閉じ込めたことを、後になって後悔しても知らないですよ」
キャロルは、扉の前に立つ衛兵に強気に言い放った。
それから数日後。
やっと扉が開いた。そこにいたのは……。
「アレクシス様っ」
久しぶりに会うアレクシスの姿がそこにあった。キャロルは、立ち上がり駆け寄ろうとして、すぐに立ち止まった。
「あっ……」
アレクシスに掛けた魅了の術が解けている。
キレイさっぱりに。
(そんな、どうしてよ……まぁ、いいわ。また掛け直せば良いんだから)
気を取り直し、キャロルは笑顔でアレクシスに近付き術を掛けようとした。
「え……どう、して」
魅了の術が掛からない。
「無駄だよ。もう、君の術には掛からない」
はっきりと言われ、キャロルは目を見開いて、アレクシスを見た。アレクシスは、悲しそうな顔をしていたが、その瞳にはキャロルを拒絶する色が見えた。
アレクシスの背後から王宮騎士団が数名部屋に入ってきて、キャロルを拘束した。
「ちょっ、何よ! 離して!」
「君が禁術を使用していた証拠が確認された。同行してもらう」
キャロルに逃げ場は、なかった。




