40 制圧
アレクシスの魅了が解けたあと。
「君たちは、事態が落ち着くまで、王宮の中にいた方が安全だろう」
国王の提案で、ラズベルトとレティシアは、王宮の客間でしばらく過ごす事になった。
ラズベルトは少し考えた後、俯いたままのアレクシスに近付いた。
「アレクシス殿下、これを」
手のひらに握っていた魔道具を、アレクシスに差し出す。
「……これは?」
「魅了の術を中和する魔道具です。これで、殿下にかかっていた術を解きました。キャロルさんに……会いますよね? もしかしたら、また殿下に術をかける可能性があるので、持っていて下さい。ここを押せば魔道具が発動しますので」
夜会のとき、キャロルは、魅了が解けかけたアレクシスに気が付き、術をかけ直していた。今回もそうする可能性は大きい。だったら、アレクシスに中和の魔道具を渡しておいた方が良い。ラズベルトは、そう判断した。
アレクシスは、一瞬悲しそうな、何かを耐えるような表情をしたあと、ラズベルトから魔道具を受け取った。
「……わかった。ここを押せばいいんだな」
愛した女性に裏切られ、貶められたのだ、アレクシスのショックは大きいだろう。
(レティシアさんにしたことは、許せないけど……立ち直って欲しい)
ラズベルトは、そう心の中で思いながら、レティシアと共に部屋を後にした。
王宮はすぐに事態収集に向けて動いた。
まず、術式の痕跡を記録した腕輪の魔道具の解析のために、魔術師が、ラズベルトの元に訪れた。
「フィンに聞いているよ」
ラズベルトから腕輪を受け取った魔術師は、そう言うと速やかに記録の解析をはじめた。
(フィンの王宮にある伝手って、この人のこのだったのかな?)
他の魔術師とは違うローブを着ているため、おそらく上層の者だろう。
魔道具の解析はすぐに終わり、解析結果と隣国の禁術波形と一致したことが、確認された。
ラズベルトたちが集めた証拠に加えて、王宮が調べた裏付けは、神殿の首謀者たちを捕縛するに十分値するものだった。
王宮騎士団が神殿に向かい、教皇以下の幹部が事情聴取のため連行された。神殿側は「言いがかりだ」と抵抗したが、隣国との金の動きの記録や、キャロルへの王宮内撹乱の指示文書の存在。それから、エルハルトを「神託の王子」として捕縛し王宮を貶めようと計画していたことが、神殿の内部告発により明らかになった。
「内部告発があったんですか?」
ラズベルトは、国王の側近から捕縛の顛末を聞いていた。
「はい。神殿内部にも、教皇のやり方に反発していた者がいたようです。王宮が動いたことで、証拠を提出する者が現れました」
陰謀の全容が、少しずつ明らかになっていった。
神殿の教皇オルドは、神殿こそがこの国を統べるべきだという野望を持ち、長年にわたって計画を進めていたそうだ。隣国はこの国の豊かな土地を狙っており、神殿と隣国の思惑が一致した。隣国は戦の準備を進めながら、内側から王家を崩すためにキャロルを遣わした。
キャロルの役割は、王太子アレクシスを籠絡することだけではなかった。国王と王妃にも魅了をかけ、王宮全体を混乱させる計画だったという。
「国王陛下と王妃殿下にも……」
ラズベルトは、思わず声が低くなった。
「幸い、そこまでは至らなかったようです。さらに、王宮を混乱させたところで、神託を無視して双子の片方を死産と偽り隠していたことを民衆に公表し、王家への怒りを誘導するつもりだったようです」
(そんな計画を……だから、エルハルトは殺されずに捕られられていたんだ)
エルハルトを捕縛したまま、神殿に何の動きもなかった理由画明らかになった。
「キャロルさんは、どうなりましたか?」
「禁術使用の証拠が揃ったことで、正式に捕縛されました。隣国は、キャロル嬢について『知らない』と言っていますが、証拠がありますからね。どういう処罰になるかは、これからの交渉次第です」
「そうなんですね」
隣国との問題は、すぐには解決しない。しかしそれは、国王と外交の問題だ。ラズベルトが関わる話ではなかった。
「十八年前の神託の真偽についても、改めて調査が入りますが、おそらく教皇オルドによる虚偽の神託である可能性がたかくなりました」
神託が偽りだったと正式に確認されれば、その神託を根拠にエルハルトを捕縛したことも、完全な不当行為として処理される。
「それで……エルハルトは?」
「今、神殿内を捜索中です。しばらく、お待ち下さい」
「そうですか……」
(エルは無事だよな。頑丈だし……強いし……きっと、大丈夫)
祈るような気持ちで、ラズベルトはエルハルトの情報を待った。
それから数刻後、ついに待っていた知らせが届いた。
「エルハルト•ヘルマンを神殿の石牢から救出しました」
ラズベルトは、その言葉を聞いて、しばらく動けなかった。
隣でレティシアが、小さく息を吐くのが聞こえた。
「……良かったですわ」
レティシアの声が、わずかに震えていた。
「はい……っ」
ラズベルトは、涙が出そうなのをグッと堪えながら、頷いた。
*****
(何を緊張しているんだろう)
ラズベルトはエルハルトが保護されている部屋に向かっていた。
早く会いたいソワソワと落ち着かない気持ちと、真実を知ってからはじめて顔を会わせる気まずさが入り混じっていた。
案内された部屋の扉を、案内人がノックした。
「どうぞ」
聞き慣れたエルハルトの声がして、すぐに扉が開かれた。
エルハルトが椅子に座っていた。
少しだけやつれた感じはするが、いつものエルハルトと変わらない顔。
エルハルトは、ラズベルトの顔を見た瞬間、パッと笑った。
「ラズ。やっぱり、王都に来ちゃったんだな」
その一言に、ラズベルトは思わず笑ってしまった。
「当たり前でしょ」
「まあな、来ちゃうかもとは思ってた」
エルハルトが、ゆっくりと立ち上がった。
ラズベルトは、数歩歩いて、そのままエルハルトの肩を掴んだ。
「……本当に、無事で良かった」
「俺はタフだから」
「そういう問題じゃない」
エルハルトが、少し笑った。
「わかってる。ラズも無事で良かった」
ラズベルトは、手を離した。
何か言おうとしたが、言葉が出なかった。
エルハルトも、それ以上は何も言わなかった。
それで十分だった。
部屋の入り口で、レティシアが静かに見守っていた。
エルハルトがレティシアに気づいて、軽く手を上げた。
「レティシアさんも、ありがとうございました。お世話になりました」
「いいえ。……ご無事で良かったです」
レティシアが、静かに微笑んだ。
窓の外に、夕暮れの光が広がっていた。
***
翌日、ラズベルトは国王に呼ばれた。
ラズベルトが一人で通された部屋は、謁見の間ではなく、小さな執務室だった。
「座れ」
促されて、ラズベルトは椅子に腰を下ろした。
「神託の件は、教皇の捏造だったと証言が出た。正式に確認され次第、公表される」
「はい」
「つまり……双子の片割れが国を傾けるという神託は、最初から存在しなかった」
国王は、ゆっくりと言葉を続けた。
「だから……もし双子の片割れが生きていたとしたら、王子として名乗り出ても、何ら問題はないということになる」
国王の視線が、確かめるようにラズベルトを捉えた。
ラズベルトは、静かに国王を見つめ返す。
室内が、シンっと静かになる。
答えは決まっていたが、やはり国王……実の父親から問われていると思うと、感傷的な気持ちになった。
ラズベルトは少しして、口を開いた。
「その子は、きっと十八年前に亡くなっていると思います。神殿は『双子の片割れが生きている』と間違った情報を掴んで、エルハルトを捕縛したのでしょう」
静かに、しかしはっきりと答えた。
「そうか」
「ただ……もしその子が生きていたら、そう言って貰えて嬉しかったと思います」
ラズベルトは、国王を真っ直ぐ見て、そう続けた。
国王は、もう一度「そうか」と呟いたが、その瞳は和らいでいた。
「そなたは、これからどうする?」
「僕は、ヘルマン領に戻ります。レティシアさんと穏やかに暮らすことが……僕の望みです」
国王が、ゆっくりと目を細め、ゆっくり「わかった」と頷いた。
「では、失礼致します」
ラズベルトは、国王に深く頭を下げ、部屋を退室した。




