↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】モブに転生したはずですが?  作者: 佐倉穂波


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
40/55

39 後悔(アレクシス視点)

 レティシアと婚約したのは、幼い頃のことだった。


 オルティース公爵家の令嬢。

 顔合わせの後、母上は「良い娘(こ)だわ」と微笑み、父上もそれに頷いていた。アレクシスに選択の余地はなかった。政略的な婚約だ。それは仕方がない、と幼いながらに理解していた。

 しかしアレクシスは、レティシアという少女が気に入らなかった。

 何をやらせてもレティシアは、アレクシスより上手くこなした。礼儀作法、勉強、社交の作法。母上はレティシアを褒めた。臣下たちもレティシアを称えた。

(おもしろくない……)

 それに、無表情で何を考えているか分からないのも、アレクシスを馬鹿にしているようで、気に入らなかった。


 王太子として、アレクシスは努力した。

 政務の勉強も怠らなかった。剣の訓練にも参加した。いつかこの国を統べる者として、恥ずかしくない振る舞いを心がけた。

 レティシアに対する感情は、冷ややかなままだったが、それ以外では誠実であろうとしていた。

 ……そのつもりだった。


 神託のことを、知ったのは十五の頃だった。

『双子の片割れは、国に混乱をもたらすだろう』

 アレクシスに双子の兄弟がいたなんて、知らなかった。

 記録には、生まれてきた双子の片方は死産で、神殿はそれを「神罰が下った」と記されたていた。

 何かが胸に刺さる感覚を覚えた。

(本当に、そうなのか……?)

 アレクシスの双子の兄弟が、もし神罰で亡くなったんじゃなければ……もしかしたら、その神託の王子は自分の可能性もあるのではないか。

 そんな、不安が押し寄せた。

 神託について調べてみたが、新しい情報を得られることはなかった。


 父上にも、神託について聞いた。

「……終わった事だ」

 父上は短くそう言い、それ以上は何も言わなかったが、苦しそうな表情をしていた。


***


 学園に入学したのは、十六の春だった。


 学園での生活は、これまでとは違った。王宮では常に誰かの目があったが、学園ではそれが少し緩んだ。同年代の生徒たちと話し、学び、時には笑う機会があった。

 レティシアとの関係は相変わらず冷ややかだったが、それが日常だった。


 変化が起きたのは、入学して半年ほど経った頃。


 キャロルという少女が、声をかけてきた。

 隣国出身の留学生だと聞いた。おとなしく、可憐な少女だった。

「殿下、少しよろしいでしょうか」

 放課後、廊下で声をかけてきた。

「なんだ」

「落とし物をされていたので、お届けに参りました」

 差し出されたのは、アレクシスのハンカチだった。

 受け取ったとき、キャロルの指がアレクシスの手に触れた。

 ほんの一瞬の、接触。


 その日から、なぜかキャロルのことが気になるようになった。

(あの娘は、どんな者なのだろう)

 気になる理由が、自分でもわからなかった。ただ、目で追ってしまう。声を聞くと、安心するような気がした。


 今思えば、あの指が触れ合った瞬間から始まっていたのだ。


***


 キャロルと話すようになったのは、自然な流れだった……と、当時のアレクシスは思っていた。


 彼女はいつも穏やかで、アレクシスの言葉に静かに耳を傾けてくれた。王宮でも学園でも、誰もがアレクシスに何かを期待する目で見る中で、キャロルだけが違う気がした。

(キャロルは、俺を王太子としてではなく、一人の人間として見てくれている)

 そう感じた。

 今となっては、それが術の効果だったのだろう。しかし当時のアレクシスには、その感覚が本物にしか思えなかった。


 キャロルと過ごす時間が増えるにつれ、アレクシスの中で何かが変わっていった。

 最初は小さなことだった。

 レティシアの言動が、以前より気に障るようになった。勉強熱心なのが鼻についた。母上に可愛がられているのが癇に障った。そのうち、姿を見るだけで苛々するようになった。

(なぜ俺はこんなに苛立っているのだ)

 奇妙だとは思った。しかしキャロルのことを考えると、その苛立ちが和らいだ。だから、考えることをやめた。


 気がつけば、キャロルのいない時間が、どこか色を失ったように感じるようになっていた。


***


 レティシアとの婚約破棄を決めたのは、キャロルに言われたからではなかった。


 少なくとも、当時のアレクシスはそう思っていた。

 自分で考え、自分で決めた。レティシアは自分にはふさわしくない。キャロルの方が相応しい。その判断は、自分自身のものだと信じていた。

 あの卒業パーティーの場で、衆人の前でレティシアに言い放った言葉も、自分の本心だと思っていた。


 当時はわからなかった。

 何一つ、疑わなかった。


***


 父上に呼び出された部屋で、正気に戻った。


 レティシアと、レティシアの婚約者というラズベルトという男が、魔道具を使って術を中和したという。


 じわじわと、視界が開けていく感覚。自分が何をしてきたのか、少しずつ、しかし確実に、見えてきた。

(俺は……ずっと……)

 レティシアが目の前に立っていた。

 あの卒業パーティーで、衆人の前で言い放った言葉が、鮮明に蘇ってきた。

 胃が、締め付けられるようだった。


 彼女が王太子の婚約者として常に努力していたことも、気を張っていたことも、アレクシスは知っていたはずなのに、それを貶めた。


 謝っても、消えないものがある。

 それはわかっていた。


 俯いたアレクシスの肩に、父上が手を置いた。


 その手の重さを感じながら、アレクシスは静かに涙を流した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。