36 準備
一日で魔道具を作ると言っていたフィンは、約束通り翌朝には新しい魔道具を完成させていた。
徹夜して作ってくれたのだろう。フィンの目の下には、くっきり隈ができていたが、本人は特に気にした様子もなく、いつものように淡々としていた。
「できた」
フィンが差し出したのは、細い腕輪だった。銀色のシンプルな意匠で、魔道具には見えない。
(本当、フィンの作るものはすごいなぁ)
ラズベルトは、腕輪を手に取り、しげしげと眺めながら感心した。
「これが……術式の痕跡を記録する魔道具?」
「そうだ。対象者の近くで使えば、魅了の術式のパターンを記録できる。記録したデータは、後から取り出して解析できる」
「どのくらい近づけば良いの?」
「同じ部屋にいれば十分だ。袖で隠せるから、目立たない」
「わかった」
ラズベルトは腕輪をそっと握り締めた。
(あとは、アレクシス殿下と会う場をどうするかだけど……)
「フィン、一つ頼みがあるんだけど……」
ラズベルトは、フィンに向かって言った。
「なんだ」
「国王陛下に、連絡を取りたいんだ。王宮に伝手のある人間を、知らないかな」
フィンは少し考えた。
「……一人、いる」
「頼めるかな?」
神殿に追われている今、公式な形でアレクシス王子に接触するのは難しい。そのため、事情を知っている国王に、非公式の形でアレクシスと会う場を用意してもらいたい。
そのことをフィンに説明する。
黙って聞いていたフィンは、少し口元に手を当て考えたあと、頷いた。
「わかった。連絡してみる」
「ありがとう」
「ただ、返事が来るまで時間がかかるかもしれない。それまでここにいろ」
「助かるよ」
フィンは短く頷き、部屋を出て行った。
***
返事が来たのは、その日の夕方だった。
フィンが一枚の手紙を持って戻ってきた。
「返事が来た」
「早かったね」
「向こうも急いでいるんだろう」
手紙を開くと、簡潔な内容だった。
〝三日後の午後、王宮の一室でアレクシスとの面会の場を設ける。参加者はレティシア・オルティース公爵令嬢と、その同行者一名。詳しい場所と時刻は追って連絡する〟と。
「……陛下が動いてくれた」
ラズベルトは、ほっと息を吐いた。
***
ラズベルトはレティシアに手紙の内容を伝えた。
「三日後、アレクシス殿下と会う場が用意されました」
レティシアは、手紙に目を通してから静かに頷いた。
「わかりましたわ」
「レティシアさんに、またお願いすることになってしまって……」
「構いませんわ」
レティシアは、真っ直ぐラズベルトを見た。
「私にできることが、あるならします」
「……ありがとうございます」
ラズベルトは腕輪をレティシアに渡した。
「術式の痕跡を記録するものです。同じ部屋にいるだけで記録できるので、特別な動きは不要です」
「分かりましたわ」
「魅了の中和については、僕がします」
「あなたが?」
「はい。国王が場を用意してくれるなら、僕が直接アレクシス殿下の近くに立てる。中和の魔道具を使えば、解除できるはずです」
(レティシアさんに負担をかけたくないって理由もあるけど……)
夜会で、レティシアとアレクシスが話をしている姿を見て、何となくモヤモヤした気持ちになったのは、胸に秘めておくことにした。
レティシアは腕輪を受け取り、しばらく眺めた。
「前回の夜会のとき、殿下の魔力の靄が薄れていくのを貴方は見ていましたわね」
「はい」
レティシアが、腕輪を手の中で握った。
「今度こそ、ちゃんと解いてあげられると良いですわ」
「そうですね」
***
三日間、フィンの屋敷で過ごした。
神殿の動きを警戒して、外出は控えた。フィンは黙々と作業を続けており、食事の時間だけは三人が同じテーブルを囲んだ。
ラズベルトは、食事のたびに何かしら作った。フィンの屋敷には最低限の食材しかなかったが、あるもので工夫した。
「また作ったのか」
フィンが、テーブルに並んだ料理を見て言う。
「気分転換になるから」
「……」
「口に合わないのがあったら、教えて」
フィンは黙って食べ始めた。
何も言わなかったが、皿は空になったので、嫌いなものはなかったらしい。
「美味しかったですわ」
レティシアが言うと、フィンが少し目を逸らした。
「……悪くなかった」
(なんだ、照れてるのか)
珍しいフィンの様子に、ラズベルトはこっそり笑った。
三日目の夜、ラズベルトは眠れなかった。
明日、アレクシスと会う。
術式の痕跡が記録できれば、証拠が揃う。しかし、うまくいかなければ、また振り出しに戻る。
ラズベルトは天井を見つめながら、目を閉じた。




