35 囚われの身(エルハルト視点)
石牢の中は、昼でも薄暗い。
しかし、小さな窓から差し込む光が、時間の経過を教えてくれる。朝になれば白い陽が差し込み、夕方になれば陽は橙色に変わり、夜になれば月明かりがうっすらと入り込む。
エルハルトは、その光の変化で一日を数えていた。
(三十日……いや、もう少し経つかな)
正確な日数は曖昧だ。
***
エルハルトは、自分がなぜまだ生きているのか、考えていた。
聖騎士に連行されたとき、最初はすぐに殺されると思っていた。
神殿にとって、エルハルトは「神託の王子」だ。神託の真偽がどうであれ、存在していることが分かれば、邪魔な存在を生かしておく理由はない。連行されたその日のうちに始末されても、おかしくなかった。
しかし、エルハルトは生かされている。
(何か利用価値がある、ということか?)
エルハルトは、そう結論付けた。
どういう理由にせよ、今の自分には価値があるということなのだろう。
(だったら、しばらくは大丈夫……たぶん)
楽観的すぎるかもしれないが、そう考えることにした。
怯えていても、何も変わらないなら、今できることをするだけだ。
(ラズ、大丈夫かな……)
エルハルトが捕縛されたときの、ラズベルトの様子を思い出す。かなり取り乱していたようだったから、心配だ。
エルハルトは、「ヘルマン侯爵の養子」として育てられてきた理由を、物心ついた頃に両親から聞いた。ラズベルトが神託の王子であること。神殿の目を欺くためにエルハルトを養子、ラズベルトを実子としてヘルマン家で育てていること。
幼いエルハルトには、難しい話だった。
しかし一つだけ、はっきりと理解したことがある。
(ラズは、オレが守るんだ!)
両親からそうしよと言われたわけではない。
守ると決めたのは、エルハルト自身の意志だった。
だから、神殿の騎士団が来たとき、抵抗せずに捕まった。
神殿がエルハルトをラズベルトだと思い込んでいる限り、ラズベルトに危害が及ぶことはない。
(でも、あいつのことだから、じっとしてないだろうな)
ラズベルトは普段のんびりしているが、こうすると決めたことは曲げない頑固さがある。エルハルトを助けようと動く可能性は……おおいにあった。
だから、心配だった。
扉の外で、足音がした。
食事の時間だろう。
扉が開き、若い神官が盆を持って入ってきた。毎日顔を合わせているが、名前は知らない。聞いても答えてもらえなかった。
「今日もパンか」
エルハルトは盆を覗き込み、のんびりとした口調で言った。
「……文句があるなら、上層に申し上げますが」
「いや、文句じゃないよ。あれ、昨日より一切れ少なくない?」
神官が、わずかに眉をひそめた。
「気のせいです」
「そうかな」
「……」
神官は黙って盆を置き、出て行こうとした。
「ねえ」
エルハルトは、気軽な調子で声をかけた。
「最近、王宮の方で何か動きはある?」
「……それは答えられません」
「そうか。じゃあ、神殿の中は? なんか騒がしくなってる気がするんだけど」
神官が、少し動きを止めた。
「……気のせいです」
「さっきも気のせいって言ったね」
「……」
「まあ、良いや。ご飯、ありがと」
神官が、振り返らずに扉を開け、出て行った。鍵のかかる音がする。
(騒がしくなってる、か)
実際には、石牢からは外の様子は全く分からない。音もあまりしないため、本当のところ「騒がしくなっている」か、エルハルトには分からない。
しかし、神官の「気のせいです」という返事は、いつもより一拍遅かった。
エルハルトは盆の前に座り、パンを手に取った。
毎日、神官が来る度に何か質問をした。そうして神官の反応を観察することで、外の情報の欠片を拾い集めていた。
得られる情報は、かなり少ないが、それでも何か起こり始めているのは分かった。
(もしかして、ラズが来てる……とか?)
根拠はないが、そんな気がした。
ラズベルトの安全を考えれば、あのまま領地で大人しくしていて欲しいと思う。しかし、もしラズベルトが自分を助けに動こうとしているのなら……それはそれで、嬉しいと思うエルハルトもいた。
エルハルトは、食事を半分だけ残した。
残りは、夜中の分だ。
牢の中でも鍛錬は出来る。
牢から逃げれる機会があれば、それを逃がすわけには行かない。そのときに備えて、筋力はつけておかなければ。
窓の外の光が、少しずつ傾いてきた。
(もう少ししたら……出れるかな)
エルハルトは、窓の外の傾いた光を見ながら、静かにそう思った。
根拠はない。ただの勘だ。
しかし、エルハルトの勘は、わりと当たる方だった。




