33 追手
謁見から二日が経った。
国王が神殿への正式な調査を開始したという話は、翌日にはラズベルトの耳にも入ってきた。
「王宮が動いたようだな」
その話を持ってきたクラウスは、静かにそう言い、紅茶のカップを置いた。
「陛下は、既に動く準備をされていたのかもしれない。君たちが持ち込んだ情報が、後押しになったということだろう」
ラズベルトは頷いた。
国王が既に神殿を疑い、動く機を窺っていたとすれば、今回の調査開始は自然な流れだ。
「ただ、気をつけた方が良い」
クラウスが、低い声で続けた。
「王宮が神殿に動き始めたと知れば、神殿も動く。どのような経緯で、神殿が君たちの関与を疑い、こちらの居場所を特定してくるか分からない」
「……この屋敷も安全ではないと、言うことですね」
「ああ、否定できない」
ラズベルトは、室内を見渡した。
王都に来てからずっとお世話になっている屋敷だ。目立たない場所にあるとはいえ、ここを訪ねる人間の出入りで、場所が割れることは十分あり得る。
***
その夜、ラズベルトはフィンに手紙を書いた。
謁見での魔道具の効果と、両陛下と謁見し神殿の目論見について進言したことを書こうと思ったが、手紙を検問などされるリスクがある。だから、簡素に『魔道具の事で相談がある』とだけ書いた。相談があるのも本当のことだ。
魅了の術を中和した記録を、正式な証拠として出せないか。今のままでは、レティシアやラズベルトの主観によりものだ。証拠とするには、客観的にわかるものがいる。
フィンなら、魔道具で記録した魔力の変化を証拠として提示する方法を知っているかもしれない。
(このまま、神殿に勘付かれるなければ、良いんだけど……)
ラズベルトは手紙を封じながら、窓の外を見た。
静かな王都の空……その静けさが、どこか嵐の前の静けさに感じた。
翌朝、ラズベルトは早くに目が覚めた。
何かが、おかしい気がした。
理由は、はっきりしない。ただ、屋敷の外の気配が、いつもと違う気がした。
(気のせいか……?)
着替えて廊下に出ると、管理人の老人が小走りでやってきた。
「ラズベルト様、外に……」
そこまで言いかけたとき、屋敷の表で馬の蹄の音がした。
複数だ。
ラズベルトは窓に近づき、外を覗いた。
遠くに見える、白い鎧に金の意匠。
見間違えるわけがない。あれは、エルハルトを連れて行った者たちが着ていたものだ。
(神殿の聖騎士……!)
三人、いや四人。馬を止め、屋敷の表門に向かって来ていた。
ラズベルトは、すぐに廊下を走った。
「レティシアさん!」
レティシアの部屋の扉を叩くと、すぐに扉が開いた。レティシアはまだ就寝着姿だったが、目は覚めていたようだ。
「聖騎士が来ました。今すぐ出られますか」
「……はい」
レティシアは一瞬で状況を察し、頷いた。
「すぐ、準備します」
「僕も荷物をまとめてきます」
扉を閉めて、ラズベルトは自分の部屋に戻った。
(落ち着け。まだ表門まで距離があった。時間はある)
必要なものだけを素早く鞄に詰める。フィンから受け取った魔道具、書き溜めた調査の記録、最低限の着替え。
ラズベルトは鞄を掴み、再び廊下に出た。
レティシアも、すぐに部屋から出てきた。簡素な旅装に着替え、小さな鞄を持っている。
「クラウスさんには?」
「使用人が知らせに行きました」
管理人の老婦人が、青ざめた顔で廊下に立っていた。
「裏口から出てください。馬は裏手の厩舎にいます」
「ありがとうございます」
ラズベルトは老婦人に礼を言い、レティシアと共に廊下を走った。
裏口に向かう途中、表の方から声が聞こえた。
「神殿の命により、この屋敷を調査する。開門せよ」
聖騎士の声だ。
(もう、着いたのか)
ラズベルトは足を速めた。
裏口を抜け、厩舎に向かう。
「レティシアさん、手を」
ラズベルトが先に馬に乗り、レティシアを引き上げる。
屋敷の表の方で、扉が開かれる音がした。
「行きましょう」
ラズベルトは手綱を握り、馬を走らせた。
夜明け前の薄暗い王都の路地を、二人を乗せた馬が駆けていく。
(どこへ……)
頭に浮かんだのは、手紙を出した男の顔。
(そうだ、フィンの屋敷に!)
ラズベルトは、迷わずそう決めた。




