32 謁見②
ラズベルトは、これまで調べてきたことを順に話した。
神殿と隣国の繋がり、キャロルがアレクシスに魅了の禁術をかけているのでは? と疑い、夜会での観察で魅了の術が実在することを確認したこと。そして、十八年前の神託が今回の件と繋がっている可能性があること。
国王は、一言も挟まずに聞いていた。
話し終えると、室内に静寂が落ちた。
国王はしばらく目を閉じていた。それから、ゆっくりと口を開いた。
「キャロル嬢が神殿と隣国と通じ禁術を……確かに、ここ数ヶ月のアレクシスの様子は、おかしいと感じていた」
「はい」
ラズベルトは、頷く。
「神殿と隣国が繋がっているという件は……我々も動きは察知していたが……」
国王の声には、重さがあった。
「陛下」
ラズベルトは、一呼吸おいてから口を開いた。
「一つお聞きしても宜しいでしょうか。十八年前の神託について……陛下は当時、どのようにお考えだったのでしょうか」
室内が、静まり返った。
国王はラズベルトを見た。それからゆっくりと、目を伏せた。
「……」
「聞く権利が、私にはあると思っています」
しばらく、沈黙が続いた。
やがて国王は、静かに語り始めた。
「神殿が王家に神託を下し、我々がそれに従ってきた歴史は長い。神の言葉に従わなければ、王国に神罰が降ると言われれば……国を統治する者として、従わざるを得ない。それが、これまでの慣わしだった」
国王は、一度言葉を切った。
「しかし、あの神託を受けたとき、私は初めて神託を疑った。本当に、これは神の言葉なのか、と」
「……」
ラズベルトは、黙って続きの言葉を待つ。
「神殿を調べた。しかし、はっきりとした証拠は出なかった。動きも、表向きは何もなかった。ただ……」
国王の目が、遠くを見るような色になった。
「国王としての、第六感とでも言うものか……この神託には、裏がある。そう感じてならなかった。そうこうしているうちに、王妃が双子を出産した。このままでは、神託を理由に神殿が片方を亡きものにしてしまう……私は決断した」
国王の声は、静かだったが揺るぎなかった。
「信頼できる者に預けること。そして、双子の片方を死産として公表すること」
「……信頼する者、ですか」
「乳兄弟だ。命を預けるに足る男だと、迷わず思えた」
ラズベルトは、拳をそっと握った。
「その判断は、正しかったと今も思っている」
国王が、ラズベルトを真っ直ぐ見た。
「そなたが……その証だ」
ラズベルトは、返事ができなかった。
「ヘルマン侯爵令息」として接しながら、国王はラズベルトだとわかっている。それが、この一言で確かになった。
ラズベルトは、深く息を吸ってから、もう一つ聞いた。
「陛下、エルハルトの件は……どうなりますでしょうか。神殿との均衡を考えると、迂闊に手出しできないのではと思っているのですが」
「その通りだ」
国王は頷いた。
「神殿は長年、王家と均衡を保ってきた。こちらが動けば、向こうも動く。証拠なく手を出せば、神殿は民衆に『王家が神殿を迫害した』と吹聴するだろう」
「では……」
「しかし」
国王の目が、鋭くなった。
「神殿が王家の知らぬところで人を捕縛し、隣国と手を組んで国家転覆を企てているとなれば、話は別だ。均衡を破ったのは、神殿の側だということになる」
「明らかな謀反の証拠があれば、動けると」
「そうだ。お前たちが持ち込んだ情報は、その証拠に近い。あとは、これを公式に確認する手続きを踏む必要がある」
ラズベルトは頷いた。
(まだ、すぐには動けない。でも、動ける状況は整いつつある)
「エルハルト・ヘルマンの件は、私が責任を持って動こう。神殿への正式な調査を始める。時間はかかるかもしれないが……必ず、解放する」
「……ありがとうございます」
ラズベルトは、深く頭を下げた。
***
謁見が終わりに近づいたころ、ラズベルトはふと顔を上げた。
王妃が、ラズベルトを見ていた。
謁見の間、ずっと黙ったまま座っていた。国王と話している間も、王妃は一言も発しなかった。
しかし、その目はずっと、ラズベルトを追っていた。
何かを言いたそうに、唇がわずかに動きかけて、止まる。また動きかけて、止まる。
言葉にしようとして、できない。そういう感じだった。
王妃の目の端に、光るものがあった。
(……)
ラズベルトは、その目から逃げられなかった。
何も言えなかった。言うべき言葉が、見つからなかった。
王妃は、最後まで何も言わなかった。
ただ、ラズベルトが部屋を出る瞬間まで、その目で見送った。
ラズベルトは深く頭を下げ、レティシアと共に部屋を出た。
***
王宮を出て、馬車に乗り込むと、しばらく二人とも黙っていた。
先に口を開いたのは、レティシアだった。
「……大丈夫ですか」
「はい」
少し間があった。
「王妃様が、ずっと貴方を見ていましたわ」
「……はい」
「何か、おっしゃりたそうでしたわ」
ラズベルトは、窓の外を見た。
「……そう、ですね」
それ以上は、言葉が出なかった。
いつの間にか、頬に涙が伝っていた。
レティシアは何も言わずに、そっとラズベルトの手に自分の手を重ねた。
***
屋敷に戻ってから、二人で今日わかったことを整理した。
「神殿が十八年前から動いていたとすると……全部、繋がりますわね」
レティシアが静かに言った。
「はい。全部、一本の線で繋がっている」
ラズベルトは短く答えた。
「陛下が動いてくださるなら……エルハルト様の冤罪も、晴れますわね」
「そうですね」
ラズベルトは少し考えてから、続けた。
「でも、神殿の謀反を公式に確認するには、もう少し証拠が必要だって陛下は言っていましたよね。僕たちにできることが、まだあるかもしれない」
「調べますか?」
「はい……できる限り」
窓の外に、王都の夜が広がっていた。




