31 謁見
謁見の日の朝、ラズベルトは鏡の前で従者の服装を確認した。
クラウスが手配してくれた、オルティース家の従者の制服だ。
ラズベルトは、レティシアの従者に変装して王宮に赴く。
元々目立たない顔立ちなので、眼鏡と前髪で目元を隠せば、普通に従者に見えるだろう。
(よし、これで大丈夫)
変装の目的は一つ。神殿がどこまで王宮に関与しているか、まだわからない。王宮の中にも神殿の目があるかもしれない。ヘルマン侯爵家の人間が王宮に現れれば、神殿に勘付かれる可能性がある。
正体を隠して動くのが、今は最善と判断した。
ヘルマン家の人間として、王宮に出向く機会は今まで一度もなかった。学園時代に遠目に見かけたことはあったが、それだけだ。
(本当の親、か……)
まだその事実は、ラズベルトの中では受け入れきれていない。
ラズベルトは、そっと鏡から目を逸らした。
居間に向かうと、レティシアが既に準備を整えていた。
落ち着いた色合いのドレスに、控えめな装飾。夜会のときとは違う、上品で引き締まった印象だった。
「準備できましたわ」
「レティシアさん……本当に大丈夫ですか。無理をさせてしまっているんじゃ……」
「大丈夫ですわ」
レティシアは、真っ直ぐラズベルトを見た。
「両陛下には、婚約してからのご挨拶もきちんと申し上げたかったので。それは、本当のことですから。それに……貴方が隣にいてくれますもの」
レティシアの言葉に、少し気持ちが和らいだ。
***
王宮に着くと、クラウスが段取りを整えてくれていた。
「オルティース公爵令嬢が、両陛下にご挨拶申し上げたい」という形での謁見だ。〝王太子に婚約破棄された手前、非公式での謁見を希望した〟ということにしている。
謁見の間に通されると、ラズベルトはレティシアの後ろに下がり、従者として壁際に立った。
部屋の奥に、国王が座っていた。
隣には、王妃が寄り添うように座っている。
(あの方が……)
ラズベルトは、視線を落としながらも、二人の様子をそっと確かめた。
国王は穏やかそうな顔をしていたが、目は鋭く、室内をゆっくりと見渡している。王妃は、華やかな雰囲気の気品漂う女性だ。
その目が、入室したレティシアの後ろにいるラズベルトを、一瞬だけ捉えた気がした。
(……こっちを見た? いや、まさか)
ラズベルトは、スッと下を向く。
「レティシア・オルティース公爵令嬢、よく参られた」
国王が、静かな声で言った。
「はい、陛下。先日の婚約の件につきまして、きちんとご挨拶できておりませんでしたので、本日こうして参上いたしました」
レティシアは礼儀正しく頭を下げた。
「新しい婚約者殿は、ヘルマン侯爵の息子だと聞いた。良いお方かな」
そのとき、国王の視線が一瞬だけ、レティシアの後ろに立つラズベルトに向いた。
ほんの一瞬だったが、確かに、ラズベルトはその視線を感じた。
(……やっぱり、気が付いてる)
「はい。とても良い方です」
レティシアの声は、淀みなかった。
しばらく、形式的な挨拶が続いたあと、レティシアが静かに口を開いた。
「陛下、一つお聞きしても宜しいでしょうか」
「何かな」
「ヘルマン侯爵家の嫡男エルハルト様が、先日神殿の聖騎士に連行されたとのことですが……陛下はご存知でしょうか」
室内の空気が、微かに変わった。
国王の目が、わずかに細くなった。
「……知らぬ」
短い答えだったが、その一言に重みがあった。
「神殿が、王家に無断で動いたということですの?」
国王は、すぐには答えなかった。
顎に手を当て、静かに目を伏せた。
やがて国王は、ゆっくりと口を開いた。
「……そういうことになるな」
声は静かだった。しかし、その静けさは怒りを押し込めた静けさに見えた。
(エルハルトの件を王家は知らなかった。ということは、やっぱり“アレクシス殿下暗殺未遂”というのは、神殿のでっち上げの単独行動だ)
ラズベルトは、壁際に立ちながら頭の中を整理した。
(国王も王妃も、僕に気づいている……なら)
変装してきたのは、神殿の目を欺くためだ。それは間違っていなかった。しかし今、目の前にいる国王は、ラズベルトが誰かを知った上で黙っている。
(僕には十八年前の神託について、聞く権利がある。聞けるとしたら、今しかない)
そう気づいた瞬間、ラズベルトは決めた。
「陛下」
ラズベルトは、壁際から一歩前に出た。
レティシアが、小さく息を呑むのが聞こえた。
「無礼をお許しください」
ラズベルトは、深く頭を下げた。
そして、頭を上げ、国王を真っ直ぐ見た。
「私は、ヘルマン侯爵の息子、ラズベルト・ヘルマンと申します。お話したいことがございます」
室内に、静寂が落ちた。
国王の目が、ラズベルトを見た。
驚いた目ではなかった。
ただ静かに、しかし確かに、ラズベルトを捉えていた。
「……ヘルマン侯爵の息子か」
一拍の間があった。
「話してみなさい」
その言葉を聞いて、ラズベルトは深く息を吸った。




