30 回想(フィン視点)
フィンは作業台の前に座り、魔道具の設計図を広げていた。
しかし、手は動いていない。
フィンにしては、珍しいことだった。
作業台の前に座れば、大抵すぐに手が動く。それがフィンの普通だった。
今夜は違った。
(ラズは、うまくやっているだろうか)
考えたくないのに、考えてしまう。
フィンは基本的に、他人のことをあまり考えない。
興味があるもの以外に、思考を割くのは時間の無駄だと思っている。
ラズベルト・ヘルマンという男は、その例外だった。
学園で初めて話しかけられたのは、入学して間もない頃だった。
フィンは、魔道具の設計図を描いていた。授業中だったが、教師の話は頭に入らなかった。興味がなかったからだ。
隣の席から、声がかかった。
「それ、魔道具の設計図?」
フィンは顔を上げた。
薄い茶髪に、青い目の男が、好奇心旺盛そうな顔で、フィンの手元を覗き込んでいる。
「……そうだ」
「すごいな。自分で作るの?」
「作る」
「どんなものを作ってるの?」
フィンは少し考えた。
普通なら、ここで話を切り上げる。他人の質問に答え続ける理由がないからだ。しかし、この男の目が、本当に興味を持っている目だった。お世辞でも、話しかけるきっかけを探しているわけでもない。純粋に、フィンの作るものに興味を持っている。
それが、珍しかった。
「……今は、音を記録する魔道具を作っている」
「音を記録? それって、声とか音楽とか?」
「そうだ」
「それ完成したら、すごくない?」
男は目を輝かせた。フィンは少し戸惑った。自分の作るものをそんな顔で見られたのは、初めてだった。
「……まだ完成していない」
「完成したら見せてよ。俺、ラズベルト・ヘルマン」
「……フィン・ヴェルナー」
それが、始まりだった。
***
設計図から目を離し、フィンは天井を見上げた。
ラズベルトは変わった男だった。
貴族の子息なのに、自分でお菓子を作る。魔道具には詳しくないのに、フィンの話を最後まで聞く。人付き合いが苦手なフィンに対して、無理に距離を縮めようとしない。ただ、自然に隣にいた。
学園では、フィンに話しかけてくる者は少なかった。変わり者だと思われていたし、フィンも特に気にしなかった。
ラズベルトだけが例外だった。
なぜ例外だったのかは、今でもよくわからない。ただ、話しかけられるのが嫌ではなかった。それだけは確かだ。
ある日、ラズベルトがフィンの部屋に来て、焼いてきたクッキーを置いていったことがある。
「試作品なんだけど、感想教えてほしくて」
そう言って、ラズベルトは特に用もないのに一時間ほど居座り、フィンが魔道具の作業をしている横でぼんやりしていた。
「……退屈だろ?」
「邪魔なら言って。でもフィンが作業してるの見てるの、なんか好きなんだよね」
意味がわからなかった。
しかし、追い出す気にもなれなかった。
ラズベルトが帰ったあと食べたクッキーは、美味かった。それだけは素直に思った。
***
フィンは再び設計図に目を落とした。
今回ラズベルトが持ち込んだ話は、普通ではなかった。神殿と隣国の陰謀、禁術、捕らえられた義兄。
普通の人間なら、たとえ大切な人を助けたいと思っても、スケールの大きさに尻込みし、諦めるだろう。
しかし、ラズベルトは違った。
(らしいといえば、らしいが)
魅了を中和する魔道具は、以前から研究していたものの副産物だった。渡すのに迷いはなかった。
魔力を可視化する魔道具は、違う。
(術が見えないと、判断に困らないか?)
ラズベルトから話を聞いた夜、フィンは朝まで作業台に向かった。間に合うかどうかわからなかったが、間に合わせた。
渡すとき「興味があったから作っただけだ」と言った。
それは、半分本当で、半分嘘だ。
(うまくやっているだろうか)
また、同じことを考えていた。
自分にできることはした。あとはラズベルトを信じるしかない。
フィンは小さく息を吐き、設計図に視線を戻した。
作業台の端に、以前ラズベルトが置いていったクッキーの空き箱がある。
捨て忘れていた。
……いや。
フィンは視線をそこから逸らし、ペンを手に取った。




