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【完結】モブに転生したはずですが?  作者: 佐倉穂波


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29 外からの観察

 夜会が始まって、どのくらい経っただろう。


 ラズベルトは夜会会場の外側、窓越しに中の様子が見える位置に立っていた。給仕の制服に似た格好で帽子を深く被っているため、近くを人が通っても特に怪しまれることはない。

 耳にはイヤーカフ型の魔道具。会場の音が、直接耳に届いてくる。

 目には、フィンが作ったモノクル型の魔道具をかけていた。魔力の変化を可視化するものだ。


 レティシアとクラウスが入場したとき、会場のざわめきが変わるのが聞こえた。

(やっぱり、目立ってる……)

 当然だとわかっていても、心臓が嫌な跳ね方をした。

 窓越しに見える濃紺のドレスが、人垣の中を静かに進んでいく。クラウスの腕を取ったレティシアは、視線を集めながらも動じた様子がなかった。

(さすが、レティシアさん)

 ラズベルトは、ほっと小さく息を吐いた。


 しばらくして、耳元の魔道具からレティシアの声が聞こえた。

『お久しぶりですわ、キャロルさん』

(見つけたか)

 ラズベルトは会場の中央寄りに目を向けた。

 モノクル越しに見ると、アレクシスの周囲に暗い紫色の靄が纏わりついているのが見えた。

(やっぱり……魅了の術が……)

 フィンが言っていた通りだ。この魔道具で魔力の色が見えるということは、魅了の術がかかっている証拠だった。

 ラズベルトは拳を握り締めた。


***


 耳元の魔道具を通して、キャロルとレティシアの会話が聞こえてきた。


『そういえば……レティシア様、ご婚約なさったと聞きましたわ。おめでとうございます。確か、とても田舎の方だとお聞きしましたけれど……大丈夫ですか? ご不便はないかしら』


 言葉は気遣いの形をしているが、声音が違う。

(……イヤな言い方だな)

 ラズベルトは眉をひそめた。

 気遣っているように見せかけて、明らかにレティシアを下に見ている。婚約破棄された相手に対して、わざわざこういう言い方をする必要がどこにあるのか。

 ラズベルトは、飛び出して行ってレティシアを庇いたい衝動に駆られた。

 しかし、ここで飛び出せば全てが台無しになる。

 それはわかっているから、自制するしかない。


『ええ、とても良いところですわ。自然が豊かで、人も温かくて。王都とは違う良さがあります』


 キャロルに対するレティシアの声は、穏やかで揺るぎなかった。

(すごいな……)

 ラズベルトだったら、もう少し声が固くなっていたかもしれない。


『婚約者様は、どのような方なのですか?』

『とても優しい方ですわ。自分でお菓子を作って、いつも食べさせてくれるんです』

『……お菓子を? 殿方が、ご自分で?』

『ええ。とても美味しいんですよ』


(……レティシアさん)

 ラズベルトは、顔が熱くなるのを感じた。

 嫌みへの返しとしてではなく、本音で話してくれているのが分かるから、嬉しさが胸にしみた。

(今はそれどころじゃないんだけど……)

 ラズベルトは小さく咳払いをして、意識をモノクルに戻した。


***


 その後も、ラズベルトはモノクル越しにアレクシスの様子を観察し続けた。


 変化は、じわじわと現れた。

 アレクシスの周囲に纏わりついていた暗い紫色の靄が、少しずつ色を失っていく。濃かった色が褪せ、輪郭がぼやけていく。

(効いている)

 ラズベルトは息を詰めた。

 靄が薄れるにつれ、アレクシスの様子も変わっていくのが、窓越しでもわかる気がした。


 耳元の魔道具から、アレクシスの声が届いた。

『レティシア……お前、どうして』


 声の質が、先程と違った。

(これは……)

 確かに変わっている。


 しかし、そのとき。

 キャロルがアレクシスの腕に手を添えた。

 その瞬間、モノクル越しに見ていたアレクシスの周囲の靄が、見る見る色を取り戻した。褪せかけていた暗い紫色が、またどす黒く濃くなっていく。

(また、濃くなった……気づいて、かけ直している?)

 キャロルはアレクシスの変化に気付き、意図的に術を強めたように見えた。


『殿下? どうかなさいましたの』

『いや……』


 アレクシスが首を振るのが見えた。

 二人は連れ立って、会場の奥へと向かい始めた。

 モノクル越しに見るアレクシスの周囲には、また暗い紫色の靄が戻っていた。


***


 屋敷に戻り、レティシアと夜会での様子をすり合わせる。

「見えていましたか?」

 レティシアが、ラズベルトに尋ねる。

「はい。アレクシス殿下の周りに纏わりつく靄が、レティシアさんが近付いたあとから色が褪せていくのがはっきり見えました。効果は出ていたみたいです」

「アレクシス殿下の様子も、変わっていきましたわよね。でも……途中で退室してしまいました」

「アレクシス殿下が操られていることは確認できました。そして、中和の魔道具で解除できることも」

「はい」

 ラズベルトは頷いた。

 それだけでなく、キャロルが変化に気づいてすぐに術をかけ直したことも確認した。キャロルは魅了を意図的に使いこなしている。それは、衝動的に術をかけた素人ではなく、フィンが言っていたように訓練を受けた術者だということだ。

「次はどうしますか」

 レティシアが、ラズベルトを見た。

 ラズベルトは、少し考えてから口を開いた。

「……エルハルトが連行されたことを、王家は知っているんでしょうか。神殿の聖騎士が動いたのに、王都では全く話題になっていないのは、おかしいですよね」

「確かに、そうですわね」

「もし王家が知らないとしたら……神殿が単独で動いているということになりますね」

 レティシアが、静かに言葉を受けた。

「神殿が王家の知らないところで動いているなら、王家に直接伝える必要がありますわ」

「はい。そう思います」


 ラズベルトは窓の外の夜を見た。

(国王と王妃……僕の本当の……)

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