27 夜会
夜会の当日の朝、フィンが屋敷を訪ねてきた。
とても、珍しいことだった。
引きこもりのフィンが自分から人を訪ねることは、ほとんどない。
なので、ラズベルトは驚いて目を丸くした。
「……フィン? どうした、突然」
「渡したいものがある」
フィンは前置きなしにそう言い、手に持った袋を差し出したため、ラズベルトは咄嗟に受け取った。
中を確認すると、小さな魔道具が三つ入っていた。
「これは?」
「一つ目。会話の内容を離れた場所で拾える魔道具だ。片方を相手が持ち、もう片方を君が持つ。会場から離れた場所でも、向こうの声が聞こえる」
「二つ目は?」
「緊急時に音を出して知らせるもの。危険を感じたら使えと、相手に渡しておけ。一度しか使えない」
「これは?」
ラズベルトが残った魔道具を手に取ると、フィンは少し間を置いた。
「魔力の変化を可視化するものだ。魅了の術がかかっていれば、対象者の周囲に暗い紫色の靄が見える。解除されれば、その靄が消える」
「……これは、いつ作ったんだ」
「昨日」
昨日。つまり、ラズベルトが話をした翌日に作り上げたということだ。
「フィン、これはわざわざ——」
「興味があったから作っただけだ」
フィンは遮るように言い、視線を逸らした。
「魅了の術の魔力がどう変化するか、前から気になっていた。データが取れれば、それで良い」
「……そうか」
ラズベルトは、それ以上追及しなかった。
フィンはこういう男だ。素直に「心配した」とは絶対に言わない。
「使い方は?」
「効果範囲は限られる。会場のすぐ外か、窓越しに見える位置でないと使えない」
「わかった」
フィンは踵を返した。
「フィン」
「何」
「ありがとう」
フィンは振り返らなかった。しかし、扉を出る前に短く言った。
「無事にデータを取ってこい」
それだけ言って、行ってしまった。
つまり、「無事に帰って来い」ということだろう。
***
夕刻、屋敷が慌ただしくなった。
レティシアが夜会の準備をしているのだ。
ラズベルトは自分の部屋で、今夜の段取りを頭の中で整理していた。しかし、廊下を侍女たちが行き来する気配が聞こえてくると、どうにも落ち着かなかった。
(レティシアさん、今頃準備しているんだな)
余計なことを考えるのをやめようと、もう一度魔道具に目を落とした。
準備が整ったという知らせが来たのは、夜会の開始まで半刻というころだった。
ラズベルトが居間に向かうと、クラウスが既に待っていた。そして、その隣にレティシアが立っていた。
ラズベルトは、思わず足を止めた。
濃紺のドレスを纏ったレティシアは、いつもと全く違う雰囲気だった。きめ細やかな白い肩が露わになり、丁寧に結い上げた金髪に細かな装飾が輝いている。
ヘルマン家にいた頃のレティシアも美しかったが、今は息を呑むほどだった。
「……」
「ラズベルト様?」
黙ったまま見ていると、レティシアが首を傾けた。
「あ、すみません。えっと……とても、綺麗です」
「……ありがとうございます」
レティシアが、かすかに頬を染めた。
「ドレスの選択は正解でしたわ。貴方のおかげです」
実はドレスのデザインについて相談され、ラズベルトの選んだものをレティシアは身につけてくれたのだ。
「似合うのはレティシアさんだから、です」
「……っ」
レティシアが言葉に詰まり、頬がわずかに朱に染まった。
横でクラウスが、静かに咳払いをした。
「……出発の時間だ」
ラズベルトはレティシアに、フィンの魔道具のうち二つを渡した。声を拾う魔道具の片割れと、緊急時に音を出すものだ。
「何かあれば、これを使ってください」
「わかりましたわ」
レティシアは魔道具を受け取り、ドレスの内側に収めた。
「……絶対に、無事で」
ラズベルトが言うと、レティシアはまっすぐこちらを見た。
「ええ。貴方も」
***
レティシアとクラウスを乗せた馬車が出発するのを見送ってから、ラズベルトは着替えた。
クラウスが事前に手配してくれた、給仕の制服に似た格好だ。帽子を深めに被れば、顔はほとんど隠れる。
(これなら、会場の外壁沿いに立っていても不自然じゃない)
夜会スタッフが控えるのは会場の外周だ。窓越しに中の様子が確認できる位置に立っていても、誰も気に留めない。
王宮に着くと、夜会はすでに始まっていた。
窓の明かりが眩しく、外まで音楽が漏れてくる。
ラズベルトは外壁沿いに移動し、会場に面した窓の近くに陣取った。魔力を可視化する魔道具を手に持ち、声を拾う魔道具を耳に当てる。
会場の中の音が、はっきりと聞こえてきた。
やがて、入り口のあたりで人垣が動く気配がした。
濃紺のドレスが見えた。
(レティシアさんが、入場した)
クラウスに腕を預けたレティシアが、静かに会場の中へ進んでいく。会場のざわめきが、微かに変わった。
(行ってくれ、無事に)
ラズベルトは魔道具を握り直し、その背中を見守った。




